前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会にきた護衛騎士様の婚約者になりました

ayame@コミカライズ決定

文字の大きさ
6 / 42

腐女子から出たサビ

しおりを挟む
「あの、もうそろそろよろしいでしょうか。ホテルに帰りたいのですが」

 サイン会のために2日前に王都に出向いた私。同行してくれた父と2人、ホテルに滞在していた。うちは王都に近いためタウンハウスを所有していないのだ。父の商談が終わり次第、一緒に領地に帰ることになっている。その前にオードリー社長と次回作の打ち合わせもしたい。

「あぁ、そのことなんだけどね。残念ながら帰してあげるわけにはいかないんだ」
「はい!? なぜですか?」
「だって君には不敬罪の容疑がかかってるでしょ?」
「そ、それは許していただけるんじゃ……」
「まさか。あの小説が世に出たことで、私とジェストが恋人同士だと密やかに思われてしまってね。かわいそうに、ジェストは婚約間近だった女性に逃げられてしまったんだ。“どうせ私はアレン殿下との仲を隠すための、偽装結婚の相手にすぎないのでしょう”と言われてね」
「そんな……あれはあくまで小説でっ!」

 言い訳を述べる私に対して、アレン殿下は突如として声を低めた。

「でも、実際にはそれを信じる者たちが大勢出た。君は王族である私の品位も貶めた。私も王位継承権は2番目とはいえ王家に連なる身。いずれは駒として他国に婿がねとして差し出される未来もあったかもしれない。けれど君の小説のせいで、その未来も立ち消えそうだな。何せ私は今、男色家と思われている。種馬にもならない婿を欲しがる国はないからね。そうなればこの国の政治上の政策にも暗雲が立ち込めることになる。君がしたことは、一国の未来を潰す行為と言えなくもない」

 ひゅっと空気が漏れたのは、それまで温和な表情を見せていたアレン殿下が目を細めたから。表情らしい表情が削げ落ちたその顔には、なんの感情も乗ってはいなかった。護衛騎士のジェスト様を初めて見たときも無表情怖いと思ったが、それとは比にならないほどの冷たさと恐怖。これに比べれば、ジェスト様はまだわかりやすかった。無表情らしい仮面の下に、躍動的な怒りや呆れの感情がこもっていたから。

 これが為政者の目。王族や高位貴族相手に驚きながらもふてぶてしく対応していた私でも、これに逆らってはいけないとわかった。自分がこの先どうなるのか、それを問うことすらできない。ただただ恐ろしい。

 息をすることも苦しい中、震える私の肩に、不意に触れるものがあった。

「殿下……」

 先ほどまでイラついていたジェスト様の声が、今は少し温かい。アレン殿下の絶対零度の視線の前で、私はすがるように肩に置かれた手の先のジェスト様を見上げた。

「殿下、恐れながらこの者はまだ社交界デビューも果たしておりません」
「子どものしたことだと、見過ごせというのかい? ジェスト。王族である私をコケにしたのだよ? あぁ君も、小説のように忘れられた第一王子など、取るに足らないのだから今更と、そう思っているのかな」
「そのようなことはありません。殿下の尊き御身は、何よりも尊ばれるべきものです」
「……まぁいい。だが、君がその少女を庇うなら、それなりに監督責任を持ってもらうよ」
「は? 責任とは……」
「そうだな、彼女と婚約してもらおうか」
「「はい!?」」

 目を丸くして声を重ねた私たちに、アレン殿下はなんでもないように言った。

「クインザート侯爵家のお相手として、ハミルトン伯爵家は悪くない。武門として名を馳せる侯爵家に、軍用馬の生産もあるハミルトン家。つながりもないわけじゃないだろう。その筋から婚約が成り立ったとすれば言い訳もたつ」
「しかし……! 私は侯爵家とはいえ養子の身です。ハミルトン家のご令嬢と釣り合いが取れるとは思いません」

 いやいやいやウチの方こそ釣り合い取れませんからね? 今世の貴族社会には疎い私でも、侯爵家が伯爵家よりすごいことはわかるというもの。それにうちは伯爵家といえ、父も兄も領民たちに混ざって畜産に励んでいるような家。馬小屋の掃除とか、普通にしてるからね、あの人たち。その家の娘である私も、馬の世話は一通り仕込まれている。最近は執筆が忙しくてあまり手伝えてはいないけれど、なんなら馬にも乗れるし馬車も御せる。

 加えて前世の庶民感覚。どう考えても侯爵家に嫁入りしてやっていける身上ではないだろう。何より執筆ができなくなっては困る。今の私は目指せ職業婦人! 孤高の覆面BL小説家だ。

「困ります! 私、小説が書けなくなるの嫌なんで!」
「おまえはそれしか言うことはないのか……」

 横で獣のような唸り声をあげるジェスト様だったが、それとはなんだそれとは。私にとっては命の水が絶たれるのと同じことだ。ノーBL、ノーLIFE。

「あぁ、安心するといいよ。君の執筆活動をジェストは邪魔しやしないから。むしろ応援することになるんじゃないかな」
「本当ですか!? 私、小説が書けるの?」
「だからおまえは、それしか頭にないのか!? 婚約の話が出ているんだぞ!」
「まぁまぁ、ジェスト。ちょうどいい話だよ。グレース嬢、実は君の作家としての腕を見込んで頼みがある。それをきいてくれたら、今回の不敬罪は水に流そう。なに、難しいことではない。君にはとあるテーマで小説を書いてもらいたいんだ」
「小説、ですか?」
「そう。執筆に必要な環境はこちらで整えよう。衣食住や道具のことだ。君はその恵まれた環境の中で、思う存分腕を振るってもらえればいい。必要であれば王族しか入れない王立図書館の閉架図書の閲覧も許可しよう。資料になりそうな書籍がたくさんあると思うよ」
「王立図書館の閉架図書……」

 そう、薔薇の騎士の執筆にあたり通ったのが王立図書館だった。なるべくこの世界の常識を小説に落とし込みたくて、歴史や芸術などについての知識を学ぶべく、図書館で資料となる本を読み漁ったのだ。おかげで小説はリアリティを増してベストセラーとなった。離宮の描写がなんとなく被っていたのも、参考図書が王宮の建築図鑑だったからかもしれない。

 あれ以上の知識に臨める閉架図書の誘惑に、ごくりと唾を飲む。

「加えて執筆期間中はジェシーことジェストの護衛付きだ。君の生み出した黒騎士が、君のことをすぐ側で守ってくれるシチュエーションは、男色が好みの君と言えども味わってみたいんじゃないかい? そう、アランの視点として」
「アラン殿下の視点……」

 私がジェスト様を見上げれば、彼は驚きながらも咄嗟に顔を顰めた。初めて見たときと同じ、無表情を取り繕う中で、うっすらとその耳が赤くなっていることに気がついた。それが照れではなく怒りからだと推察できたが、そこは私の妄想でカバーだ。

「……いい、すごくいい。無表情でクールなジェシーだけど、実は己の感情を表に出さぬよう訓練していただけ。そのことに気づいたアランは、その仮面を剥がそうとひたむきに彼に接するうちに、やがてはアランの感情に揺さぶられたジェシーが、彼の前だけでは紳士の仮面を脱ぎ捨てる。そして身も心も生まれたままの姿になった2人は、互いの愛情をその身に注いで……」
「だからそのただれた妄想から離れろ! れ者!!」

 ついに怒りを爆発させたジェスト様がまたしても私の両目を塞いだ。

「離してください! いえ、離さなくとも大丈夫です! いつだって心の目は真実を見つめられるもの……っ! そう、腐は虐げられてこそ豊かに醸成されていくものなのです!」
「頼むからもうやめてくれ……」

 ついには崩れ落ちるジェスト様を前に、なぜかアレン殿下が爆笑していたのだけど、私には関係のないことですよね、はい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。 「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。 フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。 対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。 「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」 聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。 「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」 そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。 イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。 ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼ そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ! イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。 しかし……。 「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」 そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

外れ婚約者とは言わせない! 〜年下婚約者様はトカゲかと思ったら最強のドラゴンでした〜

秋月真鳥
恋愛
 獣の本性を持つものが重用される獣国ハリカリの公爵家の令嬢、アイラには獣の本性がない。  アイラを出来損ないと周囲は言うが、両親と弟はアイラを愛してくれている。  アイラが8歳のときに、もう一つの公爵家で生まれたマウリとミルヴァの双子の本性はトカゲで、二人を産んだ後母親は体調を崩して寝込んでいた。  トカゲの双子を父親は冷遇し、妾腹の子どもに家を継がせるために追放しようとする。  アイラは両親に頼んで、マウリを婚約者として、ミルヴァと共に自分のお屋敷に連れて帰る。  本性が本当は最強のドラゴンだったマウリとミルヴァ。  二人を元の領地に戻すために、酷い父親をザマァして、後継者の地位を取り戻す物語。 ※毎日更新です! ※一章はざまぁ、二章からほのぼのになります。 ※四章まで書き上げています。 ※小説家になろうサイト様でも投稿しています。 表紙は、ひかげそうし様に描いていただきました。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

処理中です...