鈴蛍

久遠

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第十一章 盆踊り(1)

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「何が始まるの?」
 美鈴の声で、宴席の方がなにやら騒がしくなっているのに気づいた。
「里恵義姉さん、まな板とすり棒をもって来て下さい」
 昌造が里恵に頼んでいた。
 洋太郎と万太郎の二人を残し、皆立ち上がって座敷に移動し、南北の座敷を隔てる襖を取り外していた。
「総領と美鈴ちゃんもこっちに来て踊りなさい」
 昌造が二人を呼んだ。どうやら、盆踊りへ繰り出す前に、ひとまず稽古をしようということになったらしい。
 昌造は、里恵から手渡されたまな板とすり棒を、太鼓とバチに見立ててリズムを取り始めていた。
「節はどげするの」
 洋平の懸念に、
「叔父さんが、口説いてみせるよ」
 と、昌造は自信満々に答えた。
 洋平は、いつも場を盛り上げようと、率先して音頭を取る叔父のこういうところが大好きだった。
「半分ぐらいまでしか憶えていないけど、まあそれで何とかなるだろう」
「ああ。半分も口説ければ、上等、上等。そいを繰り返せばええがな」
 誰もが口々にそう言った。地元に住んでいる者でも、半分も憶えている者は少なかった。
 盆踊りの節は四十九番まであった。
 四十九番といっても、一番一番の節は短く、それが踊りの動作のひと括りになっていた。節の間に二度の合いの手が入り、二度目の合いの手で踊りの最初の姿勢に戻った。
 昌造は、海岸から聞こえてくる太鼓の音に合わせて、まな板を叩きリズムを取りながら口説き始めた。大人も子供も一緒になって、昌造を中心に楕円を作って周回した。
 村に住む親戚の人々は誰もが上手に踊れたが、外から帰省して来た人たちは初めてだったり、忘れてしまったりしていて、教わりながらあるいは他の者の踊る様を見て、思い出しながら踊った。
 美鈴は、洋平のすぐ後ろを付いて来ていた。
 彼女は、これまで盆踊りを見たことすらほとんどなく、ましてや実際に踊ったことなど一度もなかったので、洋平の動作を見ながら、少しずつ覚えようとしていた。
 たまに、まるっきり動作を間違えると、おどけた仕種をしながら、ケラケラと声を出して笑った。その笑い声が周りの笑いを誘い、広い屋敷の中は和みの声で満ち溢れていった。
 途中で、昌造が洋平に目配せをした。彼の意図を見抜いた洋平は、踊りの輪から外れ、叔父の元に寄り、まな板とすり棒を受け取った。
 昌造は口説きながら踊っていた。そのうち一人、また一人と一緒に口説く者が増えてゆき、合いの手は全員で声を上げた。
 単純な振り付けなので、美鈴もすぐに覚えたようだった。洋平はリズムを取りながら、皆が笑顔を溢し、楽しく賑やかに踊っているこの情景の一つ一つをかけがえのないものとして、脳裏に焼き付けていた。
 ひとしきり踊った後、洋平は再び昌造と役目を代わり、美鈴と縁側で休んだ。すると、いとこたちも踊りの輪から外れてやって来て、二人の手を引いた。庭で花火をし
ようというのだ。どうやら、美鈴と触れ合う機会を窺っていたらしい。
 洋平は、彼らの輪には入らず、少し離れた庭石に腰掛けて眺めていた。彼は、家でする花火はあまり好きではなかった。花火を終えた後の、そこはかとない虚しさに、胸を締め付けられるからだ。とくに線香花火は、火花と人のはかない命が重なり合い、ついものの哀れに思いを馳せてしまうのだった。
 持ち前の人見知りをしない明るい性格が幸いし、美鈴がいとこたちと馴染むまでに、それほどの時間を要しなかった。まるで本当の親戚のように戯れていた。洋平は、火の粉に映し出される彼女の顔をじっと見つめ、このまま時間が止まって欲しいと強く願った。
 洋平は彼女と出会う前から、自分の生涯の中で、小学生までが一番幸福なときであろうと思っていた。
 ただでさえ、大人になれば人は誰でも何がしかの責任というものを背負わなくてはならない。ましてや、自分は恵比寿家の総領である。この界隈で一番の旧家の跡取りなのだ。
 家格だけではない。
 この村の半数以上の家が恵比寿家の事業に携わっている現実を見れば、近い将来彼らの生活の浮沈は自分の双肩に掛かると言っても過言ではないのだ。そうであればこそ、この先周囲が寄せる期待は日に日に過剰なものになり、つれて見る目は厳しさを増してゆくことが火を見るより明らかだった。
 言葉を改めれば、洋平は生まれながらにして、絶えず己の真価を世間から問われ続けるという、過酷な宿命を背負っているということである。
 洋平の腹の底には『それに良く応えることができるだろうか』という不安が、絶えず澱のように横たわっていたのである。
 だからこそ、少なくとも家族の期待に対して言えば、完璧なまでに応えている今こそが、最も安んじて幸福感を満喫できるときであり、己の人生において、おそらく二度とこのような心の安穏は訪れないと、洋平は直感していたのだった。
 しかも美鈴との初恋の真っ直中にいたことを加味すれば、
――数十年後の未来から振り返ったとき、きっと最も輝きに満ちた時を生きていたと懐かしむことだろう。
 と、思い詰めていたとしても無理のないことであろう。

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