鈴蛍

久遠

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 花火を終えたいとこたちは、家の中に戻って行った。洋平と美鈴は庭に残り、直径が二メートルもある半球の庭石に凭れて夜空を見上げた。
 片田舎の明澄な夜空には、狭い空間に放り投げられたビー玉のような無数の星々
が競うように潤んでいた。
「ねえ、洋君、宇宙ってどうなってるの」
 美鈴は洋平の心を見通しているかのように訊ねた。
「ちょうど、おらも鈴ちゃんと同じことを考えてただ」
「洋君は、天体観測をしているのでしょう?」
 洋平は、天体の授業を受けたのを契機に、天体望遠鏡を買ってもらい、家で星を観測していた。宇宙に関する本も数冊購入し、多少なりとも学習はしていた。
 だが洋平は、
「地球は太陽系だろう。太陽系は銀河系の中にあって、銀河系の中に地球のような星は何十万もあるというし、その銀河系のような星雲は無数にあるし……いったい宇宙の果てはどげんになっちょうかな」
 とありきたりのことしか言えなかった。しかも、途中から美鈴が求めているものは、決してこのような乾いた答えではないことに気づいていた。
 彼女が、少しも反応を示さなかったことが、それを如実に証明していた。
 洋平は、ばつの悪さを隠すため、校庭で天体観測をしたときに、先生から聞いた話を口にした。
「鈴ちゃん、プレアデスって知っちょう?」
 東の夜空に、星座を探しながら訊ねた。
「プレアデス? 知らない。それ、なに」
「日本語では昴(すばる)っていう星団だが」
「昴なら聞いたことがあるけど、よくわからない。どの星なの」
 洋平は、美鈴がプレアデスを知らないことに、ほっとした。
「あれだが」
 洋平は、南東の空を指差した。そして、美鈴が指差す方向に視線を向けたのを見て、言葉を継いだ。
「ほら、あそこに、大きくて少し赤く光る星が一つあるけど、わかる」
「たくさん星があって、よくわからない。どれ?」
 美鈴が、洋平の指差す方向に視線を合わせようとして顔を近づけため、頭がぶつかってしまったが、彼女は構わず頭を押し付けてきた。彼女の息遣いが耳に届いていた。
「ローマ字のVが横を向いているようなのがわからんかな」
「Vが横を向いてるの?」
 美鈴がさらに顔を傾けたため、今度は頬と頬が触れてしまった。夜とは言え、庭は燈篭の薄明かりの中にあった。誰かに見られているのではないか、と心穏やかではない洋平を他所に、美鈴は全く意に介することなく夢中で星を探していた。
「あっ、Vが横を向いている星たちって、あれがそうなのかな?」
 美鈴はそれらしき星を見つけると、顔を元に戻した。洋平は、ほっとした反面、彼女の頬の温もりが名残惜しく思った。
「そう、それ。そこから少し真上に、小さい星が六つ固まっているのがわかる」
「小さい星が六つ? あれかな? いち、に、さん、し……。四つしかないけど、あと二つは……。あれとあれかな? 洋君、あれでいいの」
 美鈴は、目当ての星を見つけたらしい。
「うん、そう。それだが。鈴ちゃん、それがプレアデス星団だが」
「ふーん。さすがに洋君、よく知っているね。やっぱり勉強しているんだ」
 素直に感心した美鈴に、気が咎めながらも、洋平は本題の神話へと話を進めた。
「鈴ちゃん、プレアデスは、目に見えるのは六つなんだけんど、ギリシャ神話では、星は七つなんだが」
「えっ、どういうこと?」
「プレアデスはね、七人姉妹を現しているんだが。だけん、元々は七つの星が光っていたんだけんど、あるときから、一つ減ってしまったのだが」 
「どうして一つ減ったの」
「それがね、二つの説があって、一つは七人姉妹のうちの一人の娘が、ギリシャの都市が滅びるところを見ていられなくて、髪を靡かせたホウキ星になったという説と、もう一つは同じ娘なんだけど、彼女が人間に恋をしてしまい、地球にやって来たからという説だが。おらは、後の方だと思っちょうけんど……」
「へえー。すごく素敵な話だね。洋君って、案外ロマンチストなんだ」
 洋平には当てが外れた反応だった。言葉とは裏腹に、彼女の声は沈んでいたのである。
 美鈴は、しばらく黙考した後、
「でも……」
 と口を濁した。
「でも、なに?」
「でも、相手は人間でしょう? その人が死んだ後、どうしたのかな」
 洋平は唇を噛んだ。
――ああ、そういうことか……。
 そこまでは知らなかった。
「うーん、それは知らんけんど、星が七つじゃないということは、プレアデスには戻らんかったということかなあ。もしかすると、この空のどこかで二人仲良く星になっちょうのかもしれんね」
 咄嗟の思い付きにしては気の利いた答えだと思ったが、美鈴はそれの先には触れなかった。
「でも不思議だね。今こうやって輝きを放っている星も、実際にはもうすでに無くなってしまっているかもしれないんでしょう」
 と話題を変えた。
「光の中にはこの地球に届くまでに、何千万光年、何億光年も掛かるものもあるけん、星の寿命を考えると、そげなこともあるよね」
「それって、死んでからも人の記憶に残ることと同じだよね」
 美鈴が呟くように言う。
「――そげ、かな」
 洋平は、その悲し気な響きに間の抜けた返事しかできなかった。
 美鈴は、時々このような物言いをした。宗教的な影響を受けている様子でもなかったが、観念的なことを言って洋平を戸惑わせた。

 わっはっは……、という笑い声に、家の中の様子を窺うと、すでに踊りの稽古は終わり、皆はまた酒を飲んで騒いでいた。男たちはしきりに何かを論じ、女衆は酌をしながら興奮する者を宥め、子供たちは広い屋敷の中でかくれんぼをして遊んでいる。その賑やかな光景が、なぜか洋平の目には物悲しく映っていた。
 そのときだった。突然美鈴が、洋平の肩を二、三度叩きながら叫んだ。
「あっ、蛍。洋君、池に蛍がいるよ」
 美鈴の声に池に目をやると、池の淵に植えてある水仙の葉の上で、夜空より零れ落ちた迷い星のように一匹の蛍が明滅していた。屋敷に一番近いところでは、北西に広がる水田の横を流れる小川に蛍を見ることができた。
 今宵、夏の夜風に乗って一匹だけ逃避行をして来たのだろうか、と不思議に思っていると、
「洋君、捕まえて」
 と、洋平にすれば突拍子もないことを言い出した。
 普段であれば彼女の願いを叶えてやるのだが、お盆にそれはできない相談だった。
 洋平は、美鈴をやさしく諭した。
「鈴ちゃん、お盆に虫を捕まえちゃいけんだ。お盆には亡くなった人の霊が乗り移って戻ってござあけん。あの蛍もきっとそげだけん」
「そうなんだ。誰でも帰って来れるの」
「誰でも……、だと思う」
「好きなところに?」
「たぶん、そげじゃないかなう」
 美鈴の核心を突く問いに、洋平は曖昧な返事しかできない。
「ふうーん。そうなんだ。だったら……」
 そう言ったきり美鈴は口を噤んだ。
 洋平には後に続く言葉が想像できた。先刻の灯篭を見たときの彼女の言葉を思い出したからだ。
『だったら……私が死んだら蛍になって洋君ちに戻って来よう』
 洋平は、なんと皮肉なことだろうかと思った。
 彼女の問いには明確な返事ができないのに、このことは確信が持てたのだ。
 その悲しい言葉を美鈴の口から聞かなかったことだけが、洋平にとってせめてもの救いだった。

 二十二時を過ぎる頃、海岸に押し出そうということになった。
 盆踊りは十三、十四、十五日の三日間行われた。十三日と十四日は二十時、最終日の十五日は花火大会の後に始まることになっている。いずれも午前零時が終了時刻になっていたが、そのようになった試しはなかった。
 男衆は、皆どこかの家に集まって酒盛りをしており、踊りに繰り出すのは遅くなってからだ。それまでは女衆と子供が踊る時間帯だった。二十二時頃になって、ようやく酔いの回った男衆が踊り始めるので、零時に終わるはずもなかったのである。 
 踊り手が大勢残っていれば、深夜一時、二時は当たり前で、場合によっては東の空が白み始める頃まで踊る場合もあった。
 海岸に出てみると、すでに大勢の人だかりができていて、踊りの輪は三重にもなっていた。海岸通りに並んだ夜店の前には、色とりどりの浴衣を着た子供たちが、眠気も忘れて金魚すくいやら、的当てやらの遊興に没頭し、年にわずかな機会しか許されない夜遊びを満喫していた。
 洋平たちは、さっそく踊りの輪の中に入っていった。
 美鈴は洋平のすぐ後ろで、愛嬌を振りまきながら踊っていた。その無邪気にはしゃぐ彼女を見て、庭で想像した言葉は思い過ごしだったのだろうか、と惑う洋平だった。 








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