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26話 酩酊
しおりを挟むカリンのこれまでのイメージは冷静沈着。
騎士のような佇まいで礼儀正しい上、細かい気配りもできる。
……そんなカリンが……。
「ぷっ……はぁぁぁぁぁ!! よっしゃあ、いっくぞぉぉぉぉおおお!!!!」
壊れてしまった。
いや、何が起きてるの!?
僕は勿論、エマもカリンの代わりように放心しているし、『悪餓鬼』の連中も混乱しているようだ。
「おいおいおい、何ほうけてんにょよ! もう、戦いは始まってりゅにょよー」
やめて!
もうこれ以上喋らないで!!
僕の中のカリンのイメージが粉々に破壊されていく。
ふわり、とカリンの方から風に乗って匂いが香ってくる。
……こ、これは……酒臭っ!?!?
さっきまでのカリンからは涼しげで爽やかな香りがしていたのに、今のカリンからはアルコールの香りがする。
えっ、もしかしてカリンって今酔ってる!?
そういえば、既に呂律も回っていないようだし、足取りもふらふらしている上、目の焦点も合っていない。
……うん、間違いない。
これは酔っ払いの動きだ。
ということは、さっきカリンが一気飲みした液体ってお酒だったの!?
戦闘前にアルコールを摂取するなんて意味がわからない……。
何やってるの、この子!?
「な、なんなんだ、コイツ……、酔っ払ってるのか? ……ええい、構いやしねぇ。やっちまえ!!」
「「「おおおおお!!!!」」」
『悪餓鬼』のリーダー格の男の号令に合わせて、他の男達がカリン目掛けて襲い掛かる。
ま、まずい。
突然のことに動揺して対処が遅れてしまった。
僕の『呪い』が間に合わない!
『悪餓鬼』達の凶刃がカリンに振り下ろされる。
「カリン! 逃げっ……あれ?」
僕は思わず間抜けな声をあげてしまう。
……だって仕方ないじゃないか。
複数の刃は、カリンにあたることなく地面に突き刺さっていたんだから。
カリンは目にも止まらぬ速度で回避し、『悪餓鬼』達の背後を取っている。
近くにいた『悪餓鬼』達からしたら、カリンが突然消えたように見えたんじゃないかな?
「よーし、じゃあ……やりゅかぁー」
「「「ぐっ、ぎゃぁぁぁぁ!?」」」
カリンの剣の一振りで、三人の男達が吹っ飛んでいく。
……何てパワーだ。
それに、剣速もかなりのものだった。
少なくとも、僕なんかじゃ視認できないほどに……。
「このクソアマがぁっ! 調子に乗ぶぎゃあっ!?」
あっ、またひとり吹っ飛ばされた。
「ぬはははは。安心しりょ、峰打ちりゃー」
いや、峰打ちどころか普通に斬ってるよね!?
そもそも、カリンが使ってる剣は両刃剣だから峰なんてないし。
……でも、手加減してるのは本当なんだろう。
人をあんなに簡単に吹っ飛ばせる程のパワーがあるなら、今のカリンが本気で斬ったら、多分、人体なんて簡単に真っ二つにできるんだろう。
だけど、斬られた奴らは原型が残っているどころか、両断されるほどの傷では無さそうだ。
まあ、めちゃくちゃ痛そうではあるけど。
「ほりゃほりゃ、じゃんじゃん行っちゃうよぉー」
「「「ひいっ!?」」」
なんだか『悪餓鬼』が可哀想に見えてきた。
カリンはとても楽しそうに『悪餓鬼』を蹂躙を始める。
……5……いや、8回?
今、何回剣撃を入れた?
僕程度の動体視力じゃ、この距離から見ても、カリンの剣筋をろくに視認すらできない。
あっという間に、次々と敵が斬られていく。
それに、なんだあの足捌き。
千鳥足のように見えて、その実、流水のような足運びで敵との距離を詰める。
あっ、気がついたら、もうあんなところにいるし……。
しかも、カリンの攻撃は面白いくらいに当たるのに、敵の攻撃は一向に当たる気配がない。
背後からの攻撃もまるで後ろに目がついてるんじゃないかってくらい避ける。
……なんで前宙で避けながら、蹴りを入れれるんだよ。
蹴られた奴は顎が割れて、気を失ったのか、そのまま地面に突っ伏す。
「ば、化け物がぁー!!」
『悪餓鬼』の魔法使いが炎魔法をカリンに放つ。
「無駄無駄無駄ぁっ! どっ……かーん!!」
「んなっ!? うぐぁぁぁぁぁ!!!!」
……嘘でしょ?
カリンは剣の腹の部分で敵の炎魔法を打ち返しちゃった。
無茶苦茶が過ぎるよ……。
少なくとも、こんな剣術を僕は知らない。
ものの数分で『悪餓鬼』のほとんどが壊滅し、残ったのは……たったひとりだ。
『悪餓鬼』のリーダーで……確か名前はビルボって言ったかな。
双剣使いの『剣士』で、悪い噂は絶えないが、その実力はギルド内でも折り紙付きだ。
そんなビルボでも、今の状態のカリンに勝てるイメージが全く湧かない。
それほど、カリンの強さは圧倒的だ。
ただ、唯一気掛かりなのは……。
「うっ……おえっ……。目が回りゅ……。……うっぷ」
カリンの酔いが深くなってることなんだよねー……。
そりゃあ、酔っ払ってる状態であれだけ激しく動き回れば酔いも回るさ。
ダメージは受けていないのに、既にふらふらになっている。
普通なら、こんな状態のカリンはすぐにでも介護してあげたい。
だけど、助けにに入らないのは、酔いが回れば回るほど、カリンの動きがより洗練されていったからだ。
「くそっ……くそっ……くそっ……。なんなんだおまえはぁ!?」
ビルボが吠えながらカリンに突撃する。
「死ねっ! ……『連牙流天』!!」
『連牙流天』……確か双剣の技の一つで、最大10連続の剣撃。
しかも、Bランク冒険者の放つ技はその威力も速度もかなりのモノだ。
……だけど、カリンには当たらない。
避ける、避ける、避ける、避ける。
足取りはどう見ても酔っ払いのソレなのに、ビルボの剣がカリンに当たる気配が全くしない。
「当たれ、当たれ、当たれ……当たれぇっ!!」
「……おっ? よかったじゃーん。当たったよぉ、おめでとぉー」
ビルボの執念が勝ったのか、双剣の剣先がついにカリンの髪に触れ、カリンの髪を縛っていた紐を切る。
パサリ、とカリンの髪が広がった。
……なんだろう、この姿のカリンに既視感を覚える。
僕はこの姿のカリンを見たことがある……気がする。
「それじゃあ今度はわたしの番だにぇ。手加減すりゅから、死にゅにゃよー」
カリンはゆっくりと剣を構える。
ビルボはそれを見て防御の構えをとるけど……もう遅い。
「いっくぞぉー……『爆突』!!」
「がっ!?」
まるで爆発音のような大きい音がしたと思ったら、同時にビルボは数メートルほど後ろに吹っ飛ばされていく。
……本当に手加減したのだろうか?
ビルボの胸当てに目掛けて放たれた強力な突きは、鉄製の胸当てを粉砕した。
カリンが『爆突』を放った地点では地面が大きくえぐれている。
もしかして、あの爆発音に似た音って、カリンの踏み込みの音だったの!?
「……うっぷ……。ふう……これでお終いかにゃぁ?」
ひと仕事終えたように、カリンが髪をなびかせる。
その瞬間、僕はカリンの事を完全に思い出した。
この髪色に髪型、雰囲気……そして声。
むしろなんで今まで気が付かなかったんだろう。
カリンは……昨日酒場でナンパされていた子だ!!
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