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貴方みたいな

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目の前で、婚約者が伸びている。彼は今大きな体を投げ出して、ひたすら反省をしている。反省と言うよりは、込み上げてくる羞恥と戦っていると言った方が正しいだろうか。

先日やり終えた一部始終を、自分の考えで一から十までやり尽くしたと思っていたら、今まで散々馬鹿にしていた憎い相手に、最初から仕組まれていたことだと、判明したからだった。

これは内緒の話だが、私は何となくわかっていた。あの王妃様が、息子の王子が失脚したぐらいで、心労から病で帰らぬ人になるはずはないと。

隣国のあの途方もない混乱の中、生き延びた人だ。多少のことでは動じない。

今回の件で驚いたのは、あの王妃様が私の元婚約者である王子に、愛情を持っていたことだ。私がまだ彼の婚約者だった時、何度か王妃様と話す機会があった。

私に冷たいウィルヘルムに、驚くほど冷たい視線を向けた後、私に対する笑顔は、満面の、とは言わないが、幾分柔らかかったように思う。

だから、ルーカスには理解できないかもしれないけれど、私は王妃にあまり悪い感情は持っていない。

ルーカスの頭を撫でて、そんなことを考えていると、苦しそうな呻き声が小さく聞こえてくる。

よほど悔しいのだろう。

いつのまにか、うつ伏せから、顔の向きが変わっている。こちらを見つめている顔はいつものルーカスで安心する。

「もう少し、撫でて。」

可愛かったので、お願いをきいてあげる。ウィルヘルムは絶対に甘えてくれなかったし、私もそんな気は起きなかったけれど、ルーカスはその点、彼より甘え上手だ。よしよし、と撫でていると、気持ち良さそうに目を閉じる。

私は彼に甘やかされているな、と思う。甘えてくれるから自然と甘えることができている。どう言った原理かはわからないが、私は彼の側にいられることに安心していられる。

王妃様の過去について、私は知らないことが多い。生まれる前なのだから仕方ないが、それに加えて隣国の話だからだ。

前王妃は、一番好きだった人と結婚できなかった。一番好きだった人との間に子どももできなかった。公爵家に生まれた娘として、それは当然なことかもしれない。私だって愛のない結婚をしようとしていたのだから。

今となっては、私はそうならないことに安心している。

私にできることと言えば、せめて、義母になり損ねた人のこれからの幸せを願おう。あのパワフルさは見習わないと。

あとは元婚約者に。

貴方みたいな人は好きにはなれなかったけれど、貴方が幸せになることは喜んで応援するわ。

もう、彼に会うことは叶わないけれど。
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