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番外編 クロエとウィルヘルム

大切な時間

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それから、急に距離をつめる、とかそう言うのはなく、あまり関係は変わらない。変わったことといえば、私に対する彼の顔が少しだけにこやかに見えることと、手を繋いでくることぐらい。あと、おでこにキスをしたがること。

なんか、キスとかハグとかはお願いしなくてはいけない、らしい。恥ずかしいのですけど。

大切なものは、中々手が出せないらしい。

「やっぱり、あれは真実の愛ではなかったんだな。」

スッキリした顔で、そう言うけれど、それって……顔が赤くなるようなこと言うのやめてほしい。本当に、嫌な男。バーカバーカ。

もう、さっきから、と言うか好きだと自覚してからずっと心臓が自己主張してくるようになって、ドキドキと煩い。

少し前までは、いろんなことを考えられてたのに、私は一体全体どうしちゃったのだろう。これでは、恋する乙女みたいじゃない。こんな頭の悪い女、柄じゃないんだよ!

ずっとそうやって、頭の悪い女を演じていたからバチが当たったのかな。


「クロエ、こっち。」
連れてきてくれたのは、最近平民に人気のデートスポットらしい。

街が一望できる高台から見る景色は今まで見たことのない美しさで、この景色を一緒に見られる人がいることに嬉しさを感じる。

貴族であったなら見ることはできなかっただろう。

「こんなこと、王子の時はしなかったでしょ?女の子をエスコートしたり、景色をのんびり眺めたり?」

「エスコートはあったけど、まあ、そうだな。お金を使うことが遊びだと思ってる節はあったな。」

まあ、それは私も同じか。

貴族としての遊びよりも、平民になった今の方が中身の濃い人生を送っている気がしてる。私はこちらの生き方の方があっているのだと思う。

王妃様にお会いした日、王妃様は、ただのマリアになって、息子との毎日を幸せに過ごしていた。

あの叔母がどれだけ願っても超えられなかった壁。どれだけ、我儘で傲慢な人かと思ってたのに、笑顔の可愛い女性だったことに驚いていた。

でも、この人に敵わなかった叔母に少し同情を覚えてしまう。元々の資質が違うのは、努力でどうにかできることではないから。

私がどれだけ頑張っても敵わなかった王女みたいに。

王女は愛してくれる存在の兄を裏切って、親友を選んだ。それで、罰を受けることになったけれど、今幸せかしら。

自分が思いの外、早く幸せを手に入れてしまうと、今度は兄が心配になる。兄は、私と違い性格も悪くないし、頭も良いから、心を開けば、すぐに幸せになれるだろう。

散々迷惑をかけてきた妹に心配されるなんて、兄は嫌がりそうだと思って、苦笑した。
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