君の顔が思い出せない

mios

文字の大きさ
1 / 21

記憶喪失らしい

しおりを挟む
目覚めると、知らない部屋に寝ていた。目覚めた時に近くにいた侍女が家人を呼びに行っている隙に周りをよく観察すると、まあまあ綺麗に整頓されたこざっぱりとした部屋に趣味のいい調度品があって、この家の主人とは気が合うような気がする。

とは言え、あまりにも何もない部屋に少し辟易する。何というか、本当にここに人は住んでいるのだろうか。

人が住んでいないのを隠す為に、とりあえず必要そうな物を運んでカモフラージュしたみたいな…?

何の為にそんなことが必要なのかもわからないが、そんなことを考えているのは、自分自身のことが全く思い出せないせいだ。

これって記憶喪失ってやつでは?
だって自分の名前すら知らないんだから。何だか変な感じだ。

窓から差し込む光が柔らかい。ああ、こんな日に眠っていられるなんて、贅沢と言うか、勿体ないと言うのか。

それにしても……さっきの人はどこまで呼びに行ったんだ?中々帰ってこないんだけど。
屋敷が広いのか、人の気配がさっきから全くないのも、気になる。誰か呼んでくるなら、と静かに待っていたのだが、来ないなら動いてもいいかな?

「ちょっと失礼しますよっと。」
ベッドから起き上がれば、自分の体が予想以上に軽い。寝たきりだったのか、元からなのか、筋肉どころか脂肪すらない、骨と皮のみのヒョロヒョロした体に衝撃を受ける。

その証拠に、ベッドから出ただけで、立ち眩みがして、座り込んでしまう。

「体力なさすぎだろ。」
自分の声の生気のなさも、今なら頷ける。

とりあえず廊下に出てみる。どちらが正解かわからないが、光のある方へ進んでいくと、扉があった。

開けようと手を伸ばすと、扉の前に小さな字で立ち入り禁止の文字がある。

立ち入り禁止、と言われると、入りたくなるのはどう言う訳だろう。開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。

扉の隙間から中を覗こうにも、何も見えない。なら、音はどうだと、扉に耳をくっつける。

どこからか、何人かの近づく音が聞こえてきた。それで、我に返る。ようやく、家人が現れたのだ。

部屋に戻ると、何人かが驚いた顔で、こちらを見ている。

「心配しましたよ。いらっしゃらないから。」

先ほどの侍女だろうか。

「あ、ごめんなさい。お手洗いを探していて。」

この部屋にいる誰一人思い出せないのと、全員から発せられる無言の圧に気まずさを出さないように笑いかけると、奥にいた女性が泣き崩れた。隣にいた男が女性を抱えるように抱きしめている。

「元気そうでよかったよ。エドワード。」

どうやら、私の名前はエドワードと言うらしい。

手を差し出してきた彼の名前がわからなくて、手を握らずに、尋ねる。

「申し訳ないが、君の名前がわからないんだ。教えてくれないか。」

誰かが喉をゴクリと鳴らした。

「もしや、記憶が?」
私は頷く。

「あ、ああ、悪い。私はアレックスだ。友人だ。そして、彼女は、君の奥方の、エリー様だ。もしかして彼女のことも?」

涙目で見上げる瞳は痛々しく、申し訳なさが込み上げるが、嘘はつけない。

ごめんなさい。

首を振って、頷くと、エリーと呼ばれた彼女が意識を失ってしまった。

彼女の介抱の為、皆が出て行ってしまうと、元の簡素な部屋に戻る。

妻と呼ばれた彼女からは、強い香りがしていた。周りの男性達は何とも思わないか不思議だが、鼻が潰れるかと思った。

考えることはたくさんあったものの、どれもめんどくさそうで、ふとあの立ち入り禁止の扉の向こうに何があるんだろうと、考えてみた。

考えていると腹が減る。ずっと寝ていた体を労るように侍女がスープを運んできてくれる。

「ありがとう。」
お礼を言っただけなのに、固まる侍女。

「早く、思い出せるといいですね。」
侍女の言葉は、温かいスープと共に体に染みた。


それから、また誰も来ない日が続いた。ご飯時には侍女がどこからか食事を運んでくる。あの、妻と名乗る女性は、本館に住んでいるらしいが、あの時一緒に来た男達は入れ替わり立ち替わり訪れているらしい。

あの時、アレックスと名乗った男は、友人と言っていたが、それは私の友人と言う意味ではなく、妻の友人であったのだと気づく。

アレックスと言う男に手を差し出された時、何故か握手する気になれなかったのは、記憶を失う前の自分が、アレックスと妻の関係を疑っていたのではないか。

アレックスだけではない。あの場にいた男達誰もが、目を覚ました私ではなくて、妻の態度に注目していた。

中には私のことを忌々しそうに睨んでいた男がいたからだ。

「なあ、妻のエリーの交友関係を教えてほしいんだが。」

駄目元で、侍女に話しかけると、不思議な問いかけが返ってきた。

「かしこまりました。今のエリー様で宜しいでしょうか?」

何とも不思議な言い回しだな、と思いながら頷く。

「少々お時間をいただきます。」

そう言ってすぐに、部屋を出ていく。

意外とやり手なのかもしれない。侍女が出た後の扉をじっと見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

基本一話完結集

らがまふぃん
恋愛
基本2~3000文字程度の一話完結の色々なお話を置いていきます。基本恋愛です。何も考えずに読んでいただく作品集となりますので、気まぐれにお話が増えていきます。どんな内容かは、タイトルで判断出来るかもしれないようにします(?)サブタイトルがタグだと思ってください。連載中表記ですが、基本一話完結ですので、お気軽にお立ち寄りください。

記憶喪失のフリをしたら婚約者の素顔が見えちゃった

ミカン♬
恋愛
 ビビアンには双子の弟の方、エリオットという最愛の婚約者がいる。  勉強なんて大っ嫌いなビビアンだったけど、エリオットが王立学園に入ってしまった。 1年頑張ってエリオットを追いかけてビビアンも入学できたんだけど──  **歩いていた、双子兄のブラッドさまをエリオットだと間違えて、後ろから「わっ」なんて声をかけてしまった。  肩をつかんだその瞬間、彼はふりかえりざまに、肘をわたしの顔にぶつけた。**  倒れたビビアンを心配する婚約者エリオットに記憶喪失のフリをした。  すると「僕は君の婚約者ブラッドの弟だよ」なんて言い出した。どういうこと?  **嘘ついてるのバレて、エリオットを怒らせちゃった?   これは記憶喪失って事にしないとマズイかも……**  ちょっと抜けてるビビアンの、可愛いくてあまーい恋の話。サクッとハッピーエンドです。  他サイトにも投稿。

入れ替わり令嬢奮闘記録

蒼黒せい
恋愛
公爵令嬢エリーゼは混乱の極地にあった。ある日、目覚めたらまったく別の令嬢シャルロットになっていたのだ。元に戻る術は無く、自身がエリーゼであることを信じてもらえる見込みも無く、すっぱり諦めたエリーゼはシャルロットとして生きていく。さしあたっては、この贅肉だらけの身体を元の身体に戻すために運動を始めるのであった… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています *予約時間を間違えてしまい7話の公開がおくれてしまいました、すみません*

処理中です...