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記憶喪失らしい
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目覚めると、知らない部屋に寝ていた。目覚めた時に近くにいた侍女が家人を呼びに行っている隙に周りをよく観察すると、まあまあ綺麗に整頓されたこざっぱりとした部屋に趣味のいい調度品があって、この家の主人とは気が合うような気がする。
とは言え、あまりにも何もない部屋に少し辟易する。何というか、本当にここに人は住んでいるのだろうか。
人が住んでいないのを隠す為に、とりあえず必要そうな物を運んでカモフラージュしたみたいな…?
何の為にそんなことが必要なのかもわからないが、そんなことを考えているのは、自分自身のことが全く思い出せないせいだ。
これって記憶喪失ってやつでは?
だって自分の名前すら知らないんだから。何だか変な感じだ。
窓から差し込む光が柔らかい。ああ、こんな日に眠っていられるなんて、贅沢と言うか、勿体ないと言うのか。
それにしても……さっきの人はどこまで呼びに行ったんだ?中々帰ってこないんだけど。
屋敷が広いのか、人の気配がさっきから全くないのも、気になる。誰か呼んでくるなら、と静かに待っていたのだが、来ないなら動いてもいいかな?
「ちょっと失礼しますよっと。」
ベッドから起き上がれば、自分の体が予想以上に軽い。寝たきりだったのか、元からなのか、筋肉どころか脂肪すらない、骨と皮のみのヒョロヒョロした体に衝撃を受ける。
その証拠に、ベッドから出ただけで、立ち眩みがして、座り込んでしまう。
「体力なさすぎだろ。」
自分の声の生気のなさも、今なら頷ける。
とりあえず廊下に出てみる。どちらが正解かわからないが、光のある方へ進んでいくと、扉があった。
開けようと手を伸ばすと、扉の前に小さな字で立ち入り禁止の文字がある。
立ち入り禁止、と言われると、入りたくなるのはどう言う訳だろう。開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。
扉の隙間から中を覗こうにも、何も見えない。なら、音はどうだと、扉に耳をくっつける。
どこからか、何人かの近づく音が聞こえてきた。それで、我に返る。ようやく、家人が現れたのだ。
部屋に戻ると、何人かが驚いた顔で、こちらを見ている。
「心配しましたよ。いらっしゃらないから。」
先ほどの侍女だろうか。
「あ、ごめんなさい。お手洗いを探していて。」
この部屋にいる誰一人思い出せないのと、全員から発せられる無言の圧に気まずさを出さないように笑いかけると、奥にいた女性が泣き崩れた。隣にいた男が女性を抱えるように抱きしめている。
「元気そうでよかったよ。エドワード。」
どうやら、私の名前はエドワードと言うらしい。
手を差し出してきた彼の名前がわからなくて、手を握らずに、尋ねる。
「申し訳ないが、君の名前がわからないんだ。教えてくれないか。」
誰かが喉をゴクリと鳴らした。
「もしや、記憶が?」
私は頷く。
「あ、ああ、悪い。私はアレックスだ。友人だ。そして、彼女は、君の奥方の、エリー様だ。もしかして彼女のことも?」
涙目で見上げる瞳は痛々しく、申し訳なさが込み上げるが、嘘はつけない。
ごめんなさい。
首を振って、頷くと、エリーと呼ばれた彼女が意識を失ってしまった。
彼女の介抱の為、皆が出て行ってしまうと、元の簡素な部屋に戻る。
妻と呼ばれた彼女からは、強い香りがしていた。周りの男性達は何とも思わないか不思議だが、鼻が潰れるかと思った。
考えることはたくさんあったものの、どれもめんどくさそうで、ふとあの立ち入り禁止の扉の向こうに何があるんだろうと、考えてみた。
考えていると腹が減る。ずっと寝ていた体を労るように侍女がスープを運んできてくれる。
「ありがとう。」
お礼を言っただけなのに、固まる侍女。
「早く、思い出せるといいですね。」
侍女の言葉は、温かいスープと共に体に染みた。
それから、また誰も来ない日が続いた。ご飯時には侍女がどこからか食事を運んでくる。あの、妻と名乗る女性は、本館に住んでいるらしいが、あの時一緒に来た男達は入れ替わり立ち替わり訪れているらしい。
あの時、アレックスと名乗った男は、友人と言っていたが、それは私の友人と言う意味ではなく、妻の友人であったのだと気づく。
アレックスと言う男に手を差し出された時、何故か握手する気になれなかったのは、記憶を失う前の自分が、アレックスと妻の関係を疑っていたのではないか。
アレックスだけではない。あの場にいた男達誰もが、目を覚ました私ではなくて、妻の態度に注目していた。
中には私のことを忌々しそうに睨んでいた男がいたからだ。
「なあ、妻のエリーの交友関係を教えてほしいんだが。」
駄目元で、侍女に話しかけると、不思議な問いかけが返ってきた。
「かしこまりました。今のエリー様で宜しいでしょうか?」
何とも不思議な言い回しだな、と思いながら頷く。
「少々お時間をいただきます。」
そう言ってすぐに、部屋を出ていく。
意外とやり手なのかもしれない。侍女が出た後の扉をじっと見つめた。
とは言え、あまりにも何もない部屋に少し辟易する。何というか、本当にここに人は住んでいるのだろうか。
人が住んでいないのを隠す為に、とりあえず必要そうな物を運んでカモフラージュしたみたいな…?
何の為にそんなことが必要なのかもわからないが、そんなことを考えているのは、自分自身のことが全く思い出せないせいだ。
これって記憶喪失ってやつでは?
だって自分の名前すら知らないんだから。何だか変な感じだ。
窓から差し込む光が柔らかい。ああ、こんな日に眠っていられるなんて、贅沢と言うか、勿体ないと言うのか。
それにしても……さっきの人はどこまで呼びに行ったんだ?中々帰ってこないんだけど。
屋敷が広いのか、人の気配がさっきから全くないのも、気になる。誰か呼んでくるなら、と静かに待っていたのだが、来ないなら動いてもいいかな?
「ちょっと失礼しますよっと。」
ベッドから起き上がれば、自分の体が予想以上に軽い。寝たきりだったのか、元からなのか、筋肉どころか脂肪すらない、骨と皮のみのヒョロヒョロした体に衝撃を受ける。
その証拠に、ベッドから出ただけで、立ち眩みがして、座り込んでしまう。
「体力なさすぎだろ。」
自分の声の生気のなさも、今なら頷ける。
とりあえず廊下に出てみる。どちらが正解かわからないが、光のある方へ進んでいくと、扉があった。
開けようと手を伸ばすと、扉の前に小さな字で立ち入り禁止の文字がある。
立ち入り禁止、と言われると、入りたくなるのはどう言う訳だろう。開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。
扉の隙間から中を覗こうにも、何も見えない。なら、音はどうだと、扉に耳をくっつける。
どこからか、何人かの近づく音が聞こえてきた。それで、我に返る。ようやく、家人が現れたのだ。
部屋に戻ると、何人かが驚いた顔で、こちらを見ている。
「心配しましたよ。いらっしゃらないから。」
先ほどの侍女だろうか。
「あ、ごめんなさい。お手洗いを探していて。」
この部屋にいる誰一人思い出せないのと、全員から発せられる無言の圧に気まずさを出さないように笑いかけると、奥にいた女性が泣き崩れた。隣にいた男が女性を抱えるように抱きしめている。
「元気そうでよかったよ。エドワード。」
どうやら、私の名前はエドワードと言うらしい。
手を差し出してきた彼の名前がわからなくて、手を握らずに、尋ねる。
「申し訳ないが、君の名前がわからないんだ。教えてくれないか。」
誰かが喉をゴクリと鳴らした。
「もしや、記憶が?」
私は頷く。
「あ、ああ、悪い。私はアレックスだ。友人だ。そして、彼女は、君の奥方の、エリー様だ。もしかして彼女のことも?」
涙目で見上げる瞳は痛々しく、申し訳なさが込み上げるが、嘘はつけない。
ごめんなさい。
首を振って、頷くと、エリーと呼ばれた彼女が意識を失ってしまった。
彼女の介抱の為、皆が出て行ってしまうと、元の簡素な部屋に戻る。
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考えていると腹が減る。ずっと寝ていた体を労るように侍女がスープを運んできてくれる。
「ありがとう。」
お礼を言っただけなのに、固まる侍女。
「早く、思い出せるといいですね。」
侍女の言葉は、温かいスープと共に体に染みた。
それから、また誰も来ない日が続いた。ご飯時には侍女がどこからか食事を運んでくる。あの、妻と名乗る女性は、本館に住んでいるらしいが、あの時一緒に来た男達は入れ替わり立ち替わり訪れているらしい。
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