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アーレン公爵家①
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第一王子殿下のやらかしについての調査は、陛下に命じられたものだが、最優先で報告する相手は、アーレン公爵だ。リリアの父であり、この国では、王族よりも権力を有する彼を、慕っている者は多い。この国での生活においてこれほど良い後ろ盾は、他にない。
手入れの行き届いた薔薇園を眺めていると、アーレン公爵家が有する騎士団の訓練所に、ダグラス卿の姿が目に入る。
まだ陽が高いうちには珍しい光景だが、彼がいると言うことは、あの姫がいると言うことだ。案の定、いつもの場所に彼女はいた。呑気にお菓子を食べている。
「あら、お兄様。」
「その気持ち悪い呼び方、いつまで続ける気だ。」
「気持ち悪いなんて、失礼な。お喜びになって。私の十人目のお兄様。」
「総勢何人いるんだ。そのお兄様は。」
「王族以外の私より年上の男性は全員だから、ええと、どれくらい?」
「もう、あの頭のおかしな連中とは、縁が切れたのだろう。前みたいにライと名前で呼んでくれ、リリア。」
「ええ。ライ。ただいま。」
「お帰り。」
少し前に王宮で見た姿は、まるで骨と皮に、人形の顔をつけたみたいな、アンバランスなものだった。体はまだ痩せてはいたが、顔色は少しマシになっており、抱きしめると、久々の感触にほっとする。
「ライに会うと、帰ってきたと思えるわ。」
「よくやった。よく帰ってきたな。」
ワシワシと、頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めながら、憎まれ口を叩く。
「せっかく髪を綺麗にセットしたのに、台無しじゃない。」
お茶を頼もうとするリリアを制して、本題を切り出す。
「あの王子の件、私が調査をすることになった。これから報告へ向かうが、何か留意することはあるか?」
リリアは渡した資料をパラパラとめくり、あっという間に目を通す。
「ありがとう。私からは、特にないわ。」
「あ、忘れないうちに。」
リリアに渡してくれ、と、頼まれていた手紙を渡す。
受け取ると、目を丸くして驚いている。差出人は、カレン・パーニー子爵令嬢と、セシリア・ハリス男爵令嬢だ。
「話を聞きにいった時に渡された。書いてはいたものの、渡す勇気がなかったようで、頼まれた。」
「私、あんな状況にお二人を巻き込んでしまったのに。」
「あの二人は特に、リリアに会いに来た、と言っていたしな。彼女達は、リリアが直接話をしたくて、呼んだんだろ?イリスに聞いた。」
「ええ。でもあの場面では話ができないことはわかっていたの。あのバカ二人が、あの二人に絡みに行くことも理解した上で、彼女達を呼んだの。だから、私があの状況を作ったと言っても間違いではないの。」
「あの赤いドレスを盗ませたのもだろう?」
「嫌だわ、ライ。どこまで知ってるの?」
「わからない。ダニエルと名乗ったあの男の主がリリアと言うことぐらいしか。」
リリアの顔色が少し明るくなった。
「流石ライね。ダグ兄様には、バレなかったのに。どこでわかったの?彼が普通じゃないって。」
「身に纏う空気がね。芋の皮むき職人にしては胡散臭すぎる。所謂同族嫌悪だな。」
リリアは、何故かやたらと嬉しそうに、ニコニコしている。
「賭けは私の負けね。ダニエルがね、貴方にはきっとバレるって言ったの。貴方に会う前によ?」
「と言うことは、リリアは、私がわからないと思ったのか?」
「だって貴方、肝心なことになると、何故だか鈍感になるでしょう?」
そう言い切られたものの、私としては納得がいかない。理由を尋ねようとしたところで、リリアから本題を切り出され、一旦引き下がることにする。
公爵家の執務室に入ると、さっきまでとは打って変わり、ピリッとした緊張感に包まれる。
「ライモンド、ご苦労。リリアには会ったか?」
「ええ。先ほど。思っていたよりお元気そうで何よりです。」
「あいつらの様子は?」
「第一王子のクレイグは、未だに喚いています。冤罪だとか、アーレン公爵家の策略だとか。第二王子は、静観の様子ですが、王妃から接触があるようです。そして、あのメラニーという平民ですが、子爵家の離れで謹慎中です。ほぼ、軟禁に近い状態で、王家から派遣された第二騎士団が、監視についているようです。」
「第二か……」
「王妃は、クレイグを諦めるということでしょうか。どちらでも、変わらないと思いますが。」
「寧ろ、厄介な方が残ったというべきか。」
公爵と、話しているとどうしても、熱が入ってしまうのだが、今回は少し違った。
リリアに最初に会ったせいか、やることがわかりきっているせいか。結論を急いでしまう。
「公爵、念の為の確認ですが、王家は潰して構わないのですよね。」
「ああ、勿論だ。できたら、娘をあんな目に合わせた報いを受けさせたい。お前はそうではないのか?」
「エリオットを待つ必要はありますが、私も同じ気持ちですよ。ただ、公爵のお気持ちも聞かなくては、下手に進めません。」
公爵は人が良い。王家よりも遥かに高い権力を持ちながら、それを振りかざしたりしない清廉な方だ。
愛娘共々、忍耐力は群を抜いているが、忍耐の時はすでに終わり、これからは反撃の時間だ。
まずは王子を叩きのめし、今の国王を、我が国最後の愚王にするために、動き出すことにする。
「エリオットは、いつ戻るのですか?」
「すぐに戻るだろ。リリアをいじめる奴には容赦ないからな。」
清々しい笑顔を浮かべる公爵に、心の中で、あんたもだろーよ、とツッコミを入れる。
アーレン家の男は、とにかくリリア姫を溺愛しているので、敵に回してはいけない。調子に乗ってもいけない。
私の立ち位置として、今の正解は、リリアを可愛がっている近所のお兄さんだ。それ以上にはまだなれない。時期尚早だ。
手入れの行き届いた薔薇園を眺めていると、アーレン公爵家が有する騎士団の訓練所に、ダグラス卿の姿が目に入る。
まだ陽が高いうちには珍しい光景だが、彼がいると言うことは、あの姫がいると言うことだ。案の定、いつもの場所に彼女はいた。呑気にお菓子を食べている。
「あら、お兄様。」
「その気持ち悪い呼び方、いつまで続ける気だ。」
「気持ち悪いなんて、失礼な。お喜びになって。私の十人目のお兄様。」
「総勢何人いるんだ。そのお兄様は。」
「王族以外の私より年上の男性は全員だから、ええと、どれくらい?」
「もう、あの頭のおかしな連中とは、縁が切れたのだろう。前みたいにライと名前で呼んでくれ、リリア。」
「ええ。ライ。ただいま。」
「お帰り。」
少し前に王宮で見た姿は、まるで骨と皮に、人形の顔をつけたみたいな、アンバランスなものだった。体はまだ痩せてはいたが、顔色は少しマシになっており、抱きしめると、久々の感触にほっとする。
「ライに会うと、帰ってきたと思えるわ。」
「よくやった。よく帰ってきたな。」
ワシワシと、頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めながら、憎まれ口を叩く。
「せっかく髪を綺麗にセットしたのに、台無しじゃない。」
お茶を頼もうとするリリアを制して、本題を切り出す。
「あの王子の件、私が調査をすることになった。これから報告へ向かうが、何か留意することはあるか?」
リリアは渡した資料をパラパラとめくり、あっという間に目を通す。
「ありがとう。私からは、特にないわ。」
「あ、忘れないうちに。」
リリアに渡してくれ、と、頼まれていた手紙を渡す。
受け取ると、目を丸くして驚いている。差出人は、カレン・パーニー子爵令嬢と、セシリア・ハリス男爵令嬢だ。
「話を聞きにいった時に渡された。書いてはいたものの、渡す勇気がなかったようで、頼まれた。」
「私、あんな状況にお二人を巻き込んでしまったのに。」
「あの二人は特に、リリアに会いに来た、と言っていたしな。彼女達は、リリアが直接話をしたくて、呼んだんだろ?イリスに聞いた。」
「ええ。でもあの場面では話ができないことはわかっていたの。あのバカ二人が、あの二人に絡みに行くことも理解した上で、彼女達を呼んだの。だから、私があの状況を作ったと言っても間違いではないの。」
「あの赤いドレスを盗ませたのもだろう?」
「嫌だわ、ライ。どこまで知ってるの?」
「わからない。ダニエルと名乗ったあの男の主がリリアと言うことぐらいしか。」
リリアの顔色が少し明るくなった。
「流石ライね。ダグ兄様には、バレなかったのに。どこでわかったの?彼が普通じゃないって。」
「身に纏う空気がね。芋の皮むき職人にしては胡散臭すぎる。所謂同族嫌悪だな。」
リリアは、何故かやたらと嬉しそうに、ニコニコしている。
「賭けは私の負けね。ダニエルがね、貴方にはきっとバレるって言ったの。貴方に会う前によ?」
「と言うことは、リリアは、私がわからないと思ったのか?」
「だって貴方、肝心なことになると、何故だか鈍感になるでしょう?」
そう言い切られたものの、私としては納得がいかない。理由を尋ねようとしたところで、リリアから本題を切り出され、一旦引き下がることにする。
公爵家の執務室に入ると、さっきまでとは打って変わり、ピリッとした緊張感に包まれる。
「ライモンド、ご苦労。リリアには会ったか?」
「ええ。先ほど。思っていたよりお元気そうで何よりです。」
「あいつらの様子は?」
「第一王子のクレイグは、未だに喚いています。冤罪だとか、アーレン公爵家の策略だとか。第二王子は、静観の様子ですが、王妃から接触があるようです。そして、あのメラニーという平民ですが、子爵家の離れで謹慎中です。ほぼ、軟禁に近い状態で、王家から派遣された第二騎士団が、監視についているようです。」
「第二か……」
「王妃は、クレイグを諦めるということでしょうか。どちらでも、変わらないと思いますが。」
「寧ろ、厄介な方が残ったというべきか。」
公爵と、話しているとどうしても、熱が入ってしまうのだが、今回は少し違った。
リリアに最初に会ったせいか、やることがわかりきっているせいか。結論を急いでしまう。
「公爵、念の為の確認ですが、王家は潰して構わないのですよね。」
「ああ、勿論だ。できたら、娘をあんな目に合わせた報いを受けさせたい。お前はそうではないのか?」
「エリオットを待つ必要はありますが、私も同じ気持ちですよ。ただ、公爵のお気持ちも聞かなくては、下手に進めません。」
公爵は人が良い。王家よりも遥かに高い権力を持ちながら、それを振りかざしたりしない清廉な方だ。
愛娘共々、忍耐力は群を抜いているが、忍耐の時はすでに終わり、これからは反撃の時間だ。
まずは王子を叩きのめし、今の国王を、我が国最後の愚王にするために、動き出すことにする。
「エリオットは、いつ戻るのですか?」
「すぐに戻るだろ。リリアをいじめる奴には容赦ないからな。」
清々しい笑顔を浮かべる公爵に、心の中で、あんたもだろーよ、とツッコミを入れる。
アーレン家の男は、とにかくリリア姫を溺愛しているので、敵に回してはいけない。調子に乗ってもいけない。
私の立ち位置として、今の正解は、リリアを可愛がっている近所のお兄さんだ。それ以上にはまだなれない。時期尚早だ。
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