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冴えない男
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王妃の住んでいる王妃宮には当然だが、陛下以外の若い男性は来ない。王妃は今となっては、不貞で子を授かる可能性は低いが、古くからのしきたりで、入れないようになっている。
とは言え、例外はつきものだ。王妃はもとより国王陛下のような男性はタイプではない。あのように、身分の低い女性に簡単に手を出す八方美人なタイプより、屈強な男の中の男みたいな男性が好みだった。そう言った意味では、騎士団に属する若い男に、暇を見つけては用事を言いつけたりして、何とか懐柔しようとしていた。
アーレン公爵家に飼われているダグラスという男も、騎士団に入れてゆくゆくは自分のお手付きにしたかったが、仕方ない。代わりに、ダグラスの後釜のような男性を手に入れることができたので、よしとした。彼は伯爵位を持つ騎士で、ダグラスに比べると少し線が細い。だが、融通の効かない真っ直ぐなところや、若い女性に簡単に靡かないところが、気に入っていた。若ければ何でも良いと言う陛下とは真逆だ。
彼といると、自分がまだまっさらな乙女だったころの感覚を取り戻すことができる。彼は王妃である自分の身を守る為だけに側にいてくれるのだが、その中に、王妃に対する媚びも弱味を握ってやる、と言った策略も存在しない。いつものように、彼が御用伺いに来た際、伴っていたのは、第一王子クレイグの調査を頼んでいる文官であった。
王妃はこの男のことをあまり知らない。伯爵位を持つと言う点では、お気に入りの騎士と同じだが、何か得体の知れない雰囲気があり、正直苦手だ。だが、仕事はできる。
「調査はどうだ?順調か?」
「はい。おかげさまで。王妃様にお願いがあるのですが、あの日、あの女性と話をしたという侍女がいたようで、話を聞いてみたいのですが、宜しいでしょうか?あと、その日の殿下の護衛についていた者にも話を伺いたいのですが。」
「それなら、そこのジャンに聞けば良い。あの、平民女に、リリアのドレスをあてがった侍女なら、すぐに呼ぼう。好きに聞けば良いが、彼女は入ったばかりの新人だ。お手柔らかに頼む。」
「はい。畏まりました。ご協力感謝いたします。」
「ジャン。彼の話が終わったら、報告に来い。頼みたいこともある。時間は急がない。」
「はっ!畏まりました。」
王妃はジャンの背中だけを見ていたが、王妃宮の侍女達にはあまり人気がないらしい。寧ろもう一人の冴えない文官に取り入ろうとしている。
「あやつのような冴えない男が好きなのか。変わった趣味だな。」
「王妃様はご存知ないのですか?あの方はああ見えて若い女性の扱いをご存知ですわ。あの騎士とは大違いです。こちらにお立ち寄りの際には珍しいお菓子をお持ちになったりされているのですよ。」
「そうか。棲み分けというやつだな。」
「はい?何か仰いました?」
「いや、彼のためにアリスを呼んでくれ。」
「畏まりました。」
王妃は、いつも通り、指示だけを出して、ゆっくりと寝そべる。ジャンが戻って来るまでは特にすることはない。寛容さを見せて、時間など気にしない、と言った手前、早く会いたいなど態度に出しては、沽券にかかわる。
冴えない、と評したものの、意外にも侍女には人気らしい。所謂陛下と同じタイプの人間。苦手なタイプだ。あの男も女は若ければ良いと思っているのだろうか。
二人の後ろ姿を、記憶から引っ張り出すと、意外にも、あの屈強なジャンと、似たような逞しい姿だった気がする。
伯爵家出身の文官が、鍛錬をしたところで、タカが知れている。
けれど、クレイグの調査を引き受けてくれたことに感謝して、調査が終わった暁には何か褒美をやるのも良いかもしれない。
文官でありながら、国外に度々旅行に行き、珍しいお土産を持ってくる。最近では帝国で取れた珍しいフルーツを、クレイグに贈呈し、気に入ったクレイグが、我が国でも栽培できるように指示して、一大事業となったことがあった。その際、雇用問題も解決に導いたと、クレイグは、目に見える功績をあげたのだった。
あの時、人知れず手伝ってくれたのも、あの男だった。
王妃は、腹を痛めて産んだ我が子の腐り具合を知っていた。大方、最初から最後まで、彼が全て行い、成果だけを王子が手にしたのだろう。身分以外全く誇れるところのない王子だ。
我が息子は、王子の癖に、馬鹿がつくほどの正直者だ。陛下と同じ、若い女が好きで、下位貴族にもバンバン手を出す。
いつもなら、一人の人間に固執したりしないのだが、どう言った手を使ったのか、メラニーとかいう平民女に骨抜きになってしまった。
王妃は、第三者に調査を依頼したが、それが完了しなくとも、ほとぼりが冷めれば、反省したとして、出してやるつもりだった。
アーレン公爵家の娘と言えど、一度頬を叩いただけで、牢にずっと閉じ込めておくなんてことはない。寧ろ分を弁えなかったのだから、リリア嬢を牢に入れるべきだったのでは?
ただそれを公にするには、時期が悪い。未だに暴力王子の謹慎は解けていないし、リリア嬢を被害者とする勢力が力を振るっているからだ。
とは言え、例外はつきものだ。王妃はもとより国王陛下のような男性はタイプではない。あのように、身分の低い女性に簡単に手を出す八方美人なタイプより、屈強な男の中の男みたいな男性が好みだった。そう言った意味では、騎士団に属する若い男に、暇を見つけては用事を言いつけたりして、何とか懐柔しようとしていた。
アーレン公爵家に飼われているダグラスという男も、騎士団に入れてゆくゆくは自分のお手付きにしたかったが、仕方ない。代わりに、ダグラスの後釜のような男性を手に入れることができたので、よしとした。彼は伯爵位を持つ騎士で、ダグラスに比べると少し線が細い。だが、融通の効かない真っ直ぐなところや、若い女性に簡単に靡かないところが、気に入っていた。若ければ何でも良いと言う陛下とは真逆だ。
彼といると、自分がまだまっさらな乙女だったころの感覚を取り戻すことができる。彼は王妃である自分の身を守る為だけに側にいてくれるのだが、その中に、王妃に対する媚びも弱味を握ってやる、と言った策略も存在しない。いつものように、彼が御用伺いに来た際、伴っていたのは、第一王子クレイグの調査を頼んでいる文官であった。
王妃はこの男のことをあまり知らない。伯爵位を持つと言う点では、お気に入りの騎士と同じだが、何か得体の知れない雰囲気があり、正直苦手だ。だが、仕事はできる。
「調査はどうだ?順調か?」
「はい。おかげさまで。王妃様にお願いがあるのですが、あの日、あの女性と話をしたという侍女がいたようで、話を聞いてみたいのですが、宜しいでしょうか?あと、その日の殿下の護衛についていた者にも話を伺いたいのですが。」
「それなら、そこのジャンに聞けば良い。あの、平民女に、リリアのドレスをあてがった侍女なら、すぐに呼ぼう。好きに聞けば良いが、彼女は入ったばかりの新人だ。お手柔らかに頼む。」
「はい。畏まりました。ご協力感謝いたします。」
「ジャン。彼の話が終わったら、報告に来い。頼みたいこともある。時間は急がない。」
「はっ!畏まりました。」
王妃はジャンの背中だけを見ていたが、王妃宮の侍女達にはあまり人気がないらしい。寧ろもう一人の冴えない文官に取り入ろうとしている。
「あやつのような冴えない男が好きなのか。変わった趣味だな。」
「王妃様はご存知ないのですか?あの方はああ見えて若い女性の扱いをご存知ですわ。あの騎士とは大違いです。こちらにお立ち寄りの際には珍しいお菓子をお持ちになったりされているのですよ。」
「そうか。棲み分けというやつだな。」
「はい?何か仰いました?」
「いや、彼のためにアリスを呼んでくれ。」
「畏まりました。」
王妃は、いつも通り、指示だけを出して、ゆっくりと寝そべる。ジャンが戻って来るまでは特にすることはない。寛容さを見せて、時間など気にしない、と言った手前、早く会いたいなど態度に出しては、沽券にかかわる。
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けれど、クレイグの調査を引き受けてくれたことに感謝して、調査が終わった暁には何か褒美をやるのも良いかもしれない。
文官でありながら、国外に度々旅行に行き、珍しいお土産を持ってくる。最近では帝国で取れた珍しいフルーツを、クレイグに贈呈し、気に入ったクレイグが、我が国でも栽培できるように指示して、一大事業となったことがあった。その際、雇用問題も解決に導いたと、クレイグは、目に見える功績をあげたのだった。
あの時、人知れず手伝ってくれたのも、あの男だった。
王妃は、腹を痛めて産んだ我が子の腐り具合を知っていた。大方、最初から最後まで、彼が全て行い、成果だけを王子が手にしたのだろう。身分以外全く誇れるところのない王子だ。
我が息子は、王子の癖に、馬鹿がつくほどの正直者だ。陛下と同じ、若い女が好きで、下位貴族にもバンバン手を出す。
いつもなら、一人の人間に固執したりしないのだが、どう言った手を使ったのか、メラニーとかいう平民女に骨抜きになってしまった。
王妃は、第三者に調査を依頼したが、それが完了しなくとも、ほとぼりが冷めれば、反省したとして、出してやるつもりだった。
アーレン公爵家の娘と言えど、一度頬を叩いただけで、牢にずっと閉じ込めておくなんてことはない。寧ろ分を弁えなかったのだから、リリア嬢を牢に入れるべきだったのでは?
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