公爵令嬢は被害者です

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生贄

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帝国の闇の深いところに、強かに根を張って男達は生きている。実体のない者達は、実体のある者に憑依してでも生き延びる道を選んでいたが、それが自ら生きていると言えるのかどうかについては疑問が残る。

ようやくキャサリン妃が亡くなり、あの皇帝の生気を大幅に削いだと思ったが、意外にも大きな力にはなり得なかった。

男は、そう言うものかと納得したが、中には納得しない者も現れた。

皇帝の側妃になる条件には、皇族の血をひいていることが含まれるからだ。なのに、歴代の贄より遥かに小さい力しか手に入らない、などあり得ないそうだ。

ここでいう、力とは、実体のない者が、その姿を現世に留めるために、必要な力で、帝国の側妃達とその子供の命を贄とすることによって、ずっと維持され続けている力だ。皇帝の力を、彼らを通じて、臣下である男達に強制的に与えている。帝国が数ある国の中で頂点に君臨し続けていられるのは、男達の力があってこそだと自負している。

ただ最近では、実体のある者達が実体のない者を軽んじたり、無視したり、存在をない者としたりすることが多く、統制が取れなくなってしまった。

この集団を始めた最初の五人の内、三人が甦らなくなってしまったこともあり、求心力が落ちている。

昔は戦争ばかりしていた国々が、平和になったことで、皇帝サイドから、この集団を切り捨てようとする動きもある。

男は、実体のない者を信じる最後の人間ではあるが、確かに最近頭の中に語りかけてくる先輩の声が非常に小さくなってきている。いつか、指令が聞こえなくなり、一人で動かなければならなくなれば、と言う恐怖はあるが、次世代の優秀な贄を手に入れることができれば、どうにか挽回は可能だ。

贄としては役に立たなかったキャサリン妃でも、母として優秀な贄を産むことはできたようだ。

近い将来、自分達のために命を捧げてくれるだろう男の顔を思い浮かべる。顔だけみれば、皇太子とよく似ている、あの十三番目の皇子。




男はあたりを見回して、若い仲間が一人、まだ帰ってきていないことを悟る。いつも自分勝手に動く、協調性のない男。先輩よりも自分自身の価値が高いと思っていて、傲慢な血の気の多いその男が、誰かに捕まってしまったとしたら、胸がどれだけスッとするだろう。

そう考えて、それはありえないと思い直す。それこそ、皇帝かその近くの人間にもできるかどうかのことだ。それこそ、実体のない者が手助けをしないことには……少し遅れているだけだ。あいつは、いつも時間に遅れてくるし、傍若無人なのだから。そんな希望も虚しく、若い仲間はその後、男の前にあらわれることはなかった。




「グルよ、仲間達が随分減ったように思うのだが。」

言われるまでもなく、確実にそうだと言い切れる。彼らは皆忽然と姿を消したため、何が起きているのか把握できていない。把握するために力を使うのは憚られるため、何一つわからない。男に尋ねた実体のない者は、それが不満なのだろう。ただ、力を使えばそれだけ、彼が生き残ることが難しくなる。だから、強くは言えない。

「ええ。若いのが、消えていくのです。」
「やはり何かが起きている。」

当たり前のことしか言わない実体のない者をどうすれば良いのか。彼らは実体がないのだから、調べ回ったりすることが可能だとおもうのだが、何もしない。いつも、口を出すくせに行動は伴わない。結果偉そうにしているだけだ。

「少し早いのですが、贄を揃えるのはいかがでしょう?」

「あの女の産んだ皇子か。ライモンドという。まだ熟していないのではないか。」

「いいえ、そろそろ成人になりますよ。ちょうど良い時期です。」

「そうか。なら、そろそろか。楽しみだ。」

男は、声の主と共にほくそ笑み、ライモンドをどう屠るかを考える。対峙した時の彼の瞳を想像した時、何故だか武者震いが起きたのは、楽しみで、と言うことにした。まさか、恐怖であるとは思うまい。こちらが、強者であちらが弱者であることは、間違えようもない真実であるはずなのに。男はしばらくの間、震えを抑えることができなかった。




男は実体を持つ者だ。生きていると、睡眠は必要だ。だが、実体のない者は、寝る必要がない。だからこそ、寝る間に夢を通して語りかけてくる。そこに、ライモンドが加わった。実際彼がこちらに何かを仕掛けている証拠はないし、彼の力では不可能であることは分かりきっている。だが、こちらが意識すればするほど、彼から逃れられなくなる感覚に陥る。

おかしい。これは、こちらの力の一端を、ライモンドが握っているのではないか。

それは、あり得ないことだ。

あり得ないことだと言うのに、彼を贄とするビジョンが見えない。食われるのはこちらではないのか。男の恐怖を、実体のない者達は、臆病だと決めつけている。それだけだといいのだが。

「臆病か、どうか、いずれわかる。」

わかった時には、既に手遅れだろうが、関係ない。実体のない者が、生き返らないとして、闇は続く。今更彼らだけが、光の中に生きようとも、うまくいかないことは目に見えている。

実体のない者の為に、死ぬ予定はない。だが、彼らを見捨てるほど判断力があるわけでもない。

男はただ流されて生きてきた。光の中に生きるのは荷が重かった。それだけだ。
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