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リリアの婚約者①
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リリア王女の婚約は、新たな王家にどうにかして名を売りたい貴族達に絶望感を叩きつけた。帝国の血を持つ若き伯爵が正式な婚約者として名乗りをあげたからだ。
彼を知る者の中には、彼が帝国の関係者だと知らぬ者も多く、ただ驚愕の表情を浮かべていた。同時にどうして、知らなかったのか強く後悔した。
冷静に考えると、明らかな情報操作なのだが、貴族達は、色めき立った。帝国と何らかの繋がりを求めるのに必死だったからだ。
話を聞いた貴族は驚き、新しい王家は、帝国と手を結ぶつもりか、と考えた。
「恐ろしいことに、この国の貴族は帝国について無知がすぎるな。」
ライモンドはため息をつく。自分がこれまで悩み、手を回したことさえ、誰も気がつく素振りすら見えない。
「平和だったからでしょうね。帝国は、よくわからないけれど、大きくて逆らったら怖い国としか思っていないのよ。」
リリアも、ライモンドと同じく、疲れ切ってはいるが、彼とは違い、どこか安堵しているようにも見える。
ライモンドの懸念が、取り越し苦労で終わることがわかっていたような、そんな気になる。
この国の貴族にはいくら説明したところで一生わかるまい。帝国の皇子に課せられた忌まわしい呪いや、闇の勢力や、血の呪縛なんて。
わかってほしかったわけではないが、なかったことになってしまうのは、複雑である。とでも言いたげなライモンドに、リリアは苦笑いを浮かべるほかはない。
リリアだって、ライモンドに聞くまでは知らなかった世界。自分の命に期限があって、死の恐怖から身を守る必要があるなんて。
随分、自分が恵まれた環境で生きてきたのだと理解した。帝国には、二つの血統があって、元々の始まりが裏切りからの皇位だったものだから、どちらが正式な血統か、そこで揉めていた。忌まわしい闇の勢力は、呪いを使った裏切りの元凶である弟を支持した。最初から、間違いは起こっていた。
ライモンドの母となった女性は、そう言う意味では正当な継承者となるはずの兄の血統を持っていた。だから、正妃になることは叶わなかった。どれだけ皇帝と彼女が愛し合うようになっても、残してはいけない存在とされ命を狙われ続けた。互いに政敵同士が愛し合うみたいなものだ。
リリアだって、長い年月、貴族令嬢として生きてきたのだから、貴族にとって、恋愛結婚が難しいことは分かっている。
だから、ライモンドがどれだけ近くにいても、リリアには王子がいたし、手に入らない存在であるとわかりきっていた。
だからこそ、一連の呪いを解く方法を知った時、愕然とした。闇の勢力が一番嫌がるものを考えたらわかった。彼らは長い間孤独だった。
「恋愛結婚がループを止めるきっかけになるなんてな。これまでループをし続けていて、一度も兄様は、伴侶を得なかったらしい。何か思うところがあってそうしたわけではないらしいが、不思議だな。」
ライモンドはこの呪いについて、敵だと思っていた叔父と話した時のことを思い出した。
「叔父が教えてくれなければ、思いもしなかったな。」
あの日、叔父のイヴァンが訪ねてきた日、ライモンドはイヴァンに影として生きるのに、家族を作ることは可能かと相談された。
闇の勢力は、可能だが、お前以外は生きられないのだと言った。それに今までの影は家族を持たなかった、と。
「兄様がこれまでしなかったのは、単に興味がなかったんだろうが、叔父は違った。政略であれ、恋愛であれ、伴侶としたい誰かがいたようだ。」
「第三皇子であったイヴァン様はループをされないですわよね?」
「……うん。多分。兄様自身に呪いは引き継がれているから、彼はそうならないはずだが。」
「はっきりとはわからない、と。」
「ああ、だから、念のため?彼には、結婚して家族を作ることを薦めた。」
「レオナルド様は、どうされたの?」
「兄様は……一応大丈夫だと、思う。相手もいるみたいだし。今世で、ループは止まるかもしれない。まあ、止まらなかったら、また次の世代に賭けるよ、とか言っていたけれど。」
「レオナルド様って、最初の印象と違って、呑気な感じよね。」
「うん。癒し系だからね。あの人、強いからいいけれど、あの力がなければ、危なっかしい人なんだよ。」
「なら、力を奪った後は要注意になるわね。」
「一度に掃除できたら良いんだけどね。まあ、少しぐらいなら、素手でも対応できるだろうけど。」
リリアは兄の話をしているライモンドの顔が穏やかな表情をしていることに気がついていた。
「皇太子様はどうされるの?」
「兄上は、兄様が恋愛結婚するなんて、ズルイ、と言って、婚約者と話し合い、婚約を解消したらしい。」
「それ、大丈夫なの?」
「兄上曰く、大丈夫だそうだよ。兄上の想い人の方が、困ってるらしいけれど。婚約者だったご令嬢は大喜びで、逃げていったらしいし。彼女は、兄上とは同族嫌悪で相容れなかったらしいから、解消になったのは良かったのかもしれないけれど。」
まあ、普通の貴族令嬢ならいくら義務であっても、生きるのが難しいところになんて嫁ぎたくはないだろう。
「まだ何も解決してないけれど、解決方法が見つかっただけでも喜ばないとな。」
ライモンドはリリアの手を握り、目を見て言い聞かせる。
「これまで以上に、周りには気をつけてくれ。良いかい?くれぐれも、護衛を撒いたりしないでね?」
ライモンドの顔に、黒い何かが浮かんだ気がしたが、リリアは見ないフリをした。
彼を知る者の中には、彼が帝国の関係者だと知らぬ者も多く、ただ驚愕の表情を浮かべていた。同時にどうして、知らなかったのか強く後悔した。
冷静に考えると、明らかな情報操作なのだが、貴族達は、色めき立った。帝国と何らかの繋がりを求めるのに必死だったからだ。
話を聞いた貴族は驚き、新しい王家は、帝国と手を結ぶつもりか、と考えた。
「恐ろしいことに、この国の貴族は帝国について無知がすぎるな。」
ライモンドはため息をつく。自分がこれまで悩み、手を回したことさえ、誰も気がつく素振りすら見えない。
「平和だったからでしょうね。帝国は、よくわからないけれど、大きくて逆らったら怖い国としか思っていないのよ。」
リリアも、ライモンドと同じく、疲れ切ってはいるが、彼とは違い、どこか安堵しているようにも見える。
ライモンドの懸念が、取り越し苦労で終わることがわかっていたような、そんな気になる。
この国の貴族にはいくら説明したところで一生わかるまい。帝国の皇子に課せられた忌まわしい呪いや、闇の勢力や、血の呪縛なんて。
わかってほしかったわけではないが、なかったことになってしまうのは、複雑である。とでも言いたげなライモンドに、リリアは苦笑いを浮かべるほかはない。
リリアだって、ライモンドに聞くまでは知らなかった世界。自分の命に期限があって、死の恐怖から身を守る必要があるなんて。
随分、自分が恵まれた環境で生きてきたのだと理解した。帝国には、二つの血統があって、元々の始まりが裏切りからの皇位だったものだから、どちらが正式な血統か、そこで揉めていた。忌まわしい闇の勢力は、呪いを使った裏切りの元凶である弟を支持した。最初から、間違いは起こっていた。
ライモンドの母となった女性は、そう言う意味では正当な継承者となるはずの兄の血統を持っていた。だから、正妃になることは叶わなかった。どれだけ皇帝と彼女が愛し合うようになっても、残してはいけない存在とされ命を狙われ続けた。互いに政敵同士が愛し合うみたいなものだ。
リリアだって、長い年月、貴族令嬢として生きてきたのだから、貴族にとって、恋愛結婚が難しいことは分かっている。
だから、ライモンドがどれだけ近くにいても、リリアには王子がいたし、手に入らない存在であるとわかりきっていた。
だからこそ、一連の呪いを解く方法を知った時、愕然とした。闇の勢力が一番嫌がるものを考えたらわかった。彼らは長い間孤独だった。
「恋愛結婚がループを止めるきっかけになるなんてな。これまでループをし続けていて、一度も兄様は、伴侶を得なかったらしい。何か思うところがあってそうしたわけではないらしいが、不思議だな。」
ライモンドはこの呪いについて、敵だと思っていた叔父と話した時のことを思い出した。
「叔父が教えてくれなければ、思いもしなかったな。」
あの日、叔父のイヴァンが訪ねてきた日、ライモンドはイヴァンに影として生きるのに、家族を作ることは可能かと相談された。
闇の勢力は、可能だが、お前以外は生きられないのだと言った。それに今までの影は家族を持たなかった、と。
「兄様がこれまでしなかったのは、単に興味がなかったんだろうが、叔父は違った。政略であれ、恋愛であれ、伴侶としたい誰かがいたようだ。」
「第三皇子であったイヴァン様はループをされないですわよね?」
「……うん。多分。兄様自身に呪いは引き継がれているから、彼はそうならないはずだが。」
「はっきりとはわからない、と。」
「ああ、だから、念のため?彼には、結婚して家族を作ることを薦めた。」
「レオナルド様は、どうされたの?」
「兄様は……一応大丈夫だと、思う。相手もいるみたいだし。今世で、ループは止まるかもしれない。まあ、止まらなかったら、また次の世代に賭けるよ、とか言っていたけれど。」
「レオナルド様って、最初の印象と違って、呑気な感じよね。」
「うん。癒し系だからね。あの人、強いからいいけれど、あの力がなければ、危なっかしい人なんだよ。」
「なら、力を奪った後は要注意になるわね。」
「一度に掃除できたら良いんだけどね。まあ、少しぐらいなら、素手でも対応できるだろうけど。」
リリアは兄の話をしているライモンドの顔が穏やかな表情をしていることに気がついていた。
「皇太子様はどうされるの?」
「兄上は、兄様が恋愛結婚するなんて、ズルイ、と言って、婚約者と話し合い、婚約を解消したらしい。」
「それ、大丈夫なの?」
「兄上曰く、大丈夫だそうだよ。兄上の想い人の方が、困ってるらしいけれど。婚約者だったご令嬢は大喜びで、逃げていったらしいし。彼女は、兄上とは同族嫌悪で相容れなかったらしいから、解消になったのは良かったのかもしれないけれど。」
まあ、普通の貴族令嬢ならいくら義務であっても、生きるのが難しいところになんて嫁ぎたくはないだろう。
「まだ何も解決してないけれど、解決方法が見つかっただけでも喜ばないとな。」
ライモンドはリリアの手を握り、目を見て言い聞かせる。
「これまで以上に、周りには気をつけてくれ。良いかい?くれぐれも、護衛を撒いたりしないでね?」
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