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リリアの婚約者②
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以前からリリアとライモンドは、アーレン公爵家に縁の深い者達から見れば、お似合いの二人だった。だが、それはあくまでも、二人が仲が良いと知っている者達の間での話。
二人が恋愛結婚であると、知っている貴族は少ない。それはひとえに、ライモンドがうまく冴えない伯爵令息に化けていたと言うことだ。今回、冴えなかったはずの彼が、リリアの婚約者に選ばれたことによって、彼の隠された性質に気がつく者も現れた。
逆にここまでやっても、ライモンドを馬鹿にして、リリアの見る目を疑う者も中にはいた。そう言うわかりやすい反応をする者は自らを無能だと誇示していることになるため、こちら側としても、大いに助かったものである。
わかりやすい反応とは別に、わかりにくい反応を取り続けるのは、いわゆる様子見だ。新しい王家に対する様子見とは別の、帝国に対する、ひいてはライモンドに対する疑心暗鬼。否定するつもりは元からない。
ライモンドは、リリアの怯えたような表情を愛しく思いながら、この小国においての自分の価値を考えあぐねていた。
とりあえず、片足を突っ込んでしまったスカーレット・ヘイワーズの件。
帝国の貴族もさることながら、こちらの貴族は驚くほどに貴族同士の繋がりを軽く見る傾向にある。
何かやらかして、それが発覚すれば、トカゲの尻尾切りのように、すぐさま縁を切ってしまう。リリアの元婚約者もそうだ。アーレン公爵家の娘であるリリアを簡単に手放して、それでいて公爵の力を借りようなんて虫が良すぎるだろう。
古くから、裏切らないための人質と言う意味で、政略結婚と言うものが、あると言うのに、その有用性を理解していないのは、あり得なくて驚くしかない。
「ねえ、いつから貴方は私と結婚するつもりだったの?」
「……君を一目見た時からだよ。」
リリアはフッと呆れたように笑ったけれど、これは本心だ。
「心外だな。本気なのに。」
「だって、貴方は殺される運命だってわかってたのでしょう?貴方が成人で殺されたら、私は貴方と結婚できないわ。」
「逃げれば良いと思ってたよ。暗殺者より私の方が強ければ問題ないと思ってたし。」
それはそう。だから、兄上の影の役割も、引き受けたのだから。従来とは違って、兄様でなく、兄上の影を他の皇子がすることがあれば、何か得体の知れない者達が、近づいてくるだろうことは、わかっていた。その上で、彼らの戦力を予測して、彼らよりも強くなれば良い。最終手段として、兄達や、父の力は借りることにはなったが、それは予測できることだった。
「今後、第十五皇子なんて、現れないことを祈るよ。」
「ねえ、そういえばフリードは、どうするの?女性に戻らないの?」
帝国にいる敵の目を逸らす為に、女性であることを捨て、生きるしかなかった姉だが、結婚する気はないそうで、男のままを選んだ。
「女性として、また生きるのは大変だから、フリードでいいらしい。」
「そうなの。」
生まれてからずっと女性であるリリアにはわからないだろうが、フリード曰く、女性から男性になると、今まで当たり前にやってきたことが当たり前ではなくなって、馬鹿馬鹿しくなるようだ。
「たしかに、今皇女に戻るのは面倒事しかないからな。もし望むなら、全てが終わった後が良いんじゃないかな。また今度聞いてみるよ。」
そう伝えると、リリアはようやく、明るい表情になって、無理矢理にでも納得したみたいだ。
帝国はまだ変わり始めたばかり。全てがうまく進むわけはない。皇女の扱いの酷さは、リリアの想像を、遥かに超える。
今フリードがヴィオラになったなら、もう二度と会えないかもしれない。命があるかもわからない。何と言ったって、生存している皇女は、彼女しかいないのだから。それこそ身柄を抑えられ、新たな悪意の生贄に選ばれかねない。
「帝国における女性の地位を改善しなければ、ヴィオラにはもう会えないかもしれないな。」
リリアは、急にハッとした顔になって、頷いた。
「そうだった。帝国の闇は、まだまだあるのよね。闇はどこにでもあるけれど。」
「そうだよ。スカーレット嬢の件も、あれも、所謂闇でしかないからな。放置するわけにはいかないが。」
「手が足りないわね。」
「貴族の在り方が問われているんだと思えば良いのかもしれない。一公爵家だけの問題とは思えないんだ。ああいうことは、前にもあったんじゃないかな。」
歴史の中において、あらゆる事象は、全く初めてのものは少なく、一見違って見えたとしても本質はにていることは、多い。過去に間違えて、処理したせいで、何度か繰り返し起こってしまったのならば、道を正せば良いことだし、それが今なら可能だろう。
スカーレット嬢に起こったことと、国境沿いの街のことは、全く別かもしれないが、それならそれで一つずつ対処していけば良い。
「生憎、命の期限は延びたところだし、出来るだけやってみるかな。」
新しい王家を盛り立てる為、ジェイムズに頼まれたのだ。毎日うるさいスカーレット嬢を何とかしてくれ、と。
うるさいスカーレット嬢の相手は、心優しい義姉に任せて、無駄骨になる可能性のある事件を任される。
リリアは何故か膨れっ面をしているが、それすらも可愛く見えるのは恋愛結婚の弊害とも言えよう。
いや、まだ婚約者だが。
「早く、結婚したいよ。」
リリアは何故か驚いた後、すぐに顔を真っ赤にして、照れた。
二人が恋愛結婚であると、知っている貴族は少ない。それはひとえに、ライモンドがうまく冴えない伯爵令息に化けていたと言うことだ。今回、冴えなかったはずの彼が、リリアの婚約者に選ばれたことによって、彼の隠された性質に気がつく者も現れた。
逆にここまでやっても、ライモンドを馬鹿にして、リリアの見る目を疑う者も中にはいた。そう言うわかりやすい反応をする者は自らを無能だと誇示していることになるため、こちら側としても、大いに助かったものである。
わかりやすい反応とは別に、わかりにくい反応を取り続けるのは、いわゆる様子見だ。新しい王家に対する様子見とは別の、帝国に対する、ひいてはライモンドに対する疑心暗鬼。否定するつもりは元からない。
ライモンドは、リリアの怯えたような表情を愛しく思いながら、この小国においての自分の価値を考えあぐねていた。
とりあえず、片足を突っ込んでしまったスカーレット・ヘイワーズの件。
帝国の貴族もさることながら、こちらの貴族は驚くほどに貴族同士の繋がりを軽く見る傾向にある。
何かやらかして、それが発覚すれば、トカゲの尻尾切りのように、すぐさま縁を切ってしまう。リリアの元婚約者もそうだ。アーレン公爵家の娘であるリリアを簡単に手放して、それでいて公爵の力を借りようなんて虫が良すぎるだろう。
古くから、裏切らないための人質と言う意味で、政略結婚と言うものが、あると言うのに、その有用性を理解していないのは、あり得なくて驚くしかない。
「ねえ、いつから貴方は私と結婚するつもりだったの?」
「……君を一目見た時からだよ。」
リリアはフッと呆れたように笑ったけれど、これは本心だ。
「心外だな。本気なのに。」
「だって、貴方は殺される運命だってわかってたのでしょう?貴方が成人で殺されたら、私は貴方と結婚できないわ。」
「逃げれば良いと思ってたよ。暗殺者より私の方が強ければ問題ないと思ってたし。」
それはそう。だから、兄上の影の役割も、引き受けたのだから。従来とは違って、兄様でなく、兄上の影を他の皇子がすることがあれば、何か得体の知れない者達が、近づいてくるだろうことは、わかっていた。その上で、彼らの戦力を予測して、彼らよりも強くなれば良い。最終手段として、兄達や、父の力は借りることにはなったが、それは予測できることだった。
「今後、第十五皇子なんて、現れないことを祈るよ。」
「ねえ、そういえばフリードは、どうするの?女性に戻らないの?」
帝国にいる敵の目を逸らす為に、女性であることを捨て、生きるしかなかった姉だが、結婚する気はないそうで、男のままを選んだ。
「女性として、また生きるのは大変だから、フリードでいいらしい。」
「そうなの。」
生まれてからずっと女性であるリリアにはわからないだろうが、フリード曰く、女性から男性になると、今まで当たり前にやってきたことが当たり前ではなくなって、馬鹿馬鹿しくなるようだ。
「たしかに、今皇女に戻るのは面倒事しかないからな。もし望むなら、全てが終わった後が良いんじゃないかな。また今度聞いてみるよ。」
そう伝えると、リリアはようやく、明るい表情になって、無理矢理にでも納得したみたいだ。
帝国はまだ変わり始めたばかり。全てがうまく進むわけはない。皇女の扱いの酷さは、リリアの想像を、遥かに超える。
今フリードがヴィオラになったなら、もう二度と会えないかもしれない。命があるかもわからない。何と言ったって、生存している皇女は、彼女しかいないのだから。それこそ身柄を抑えられ、新たな悪意の生贄に選ばれかねない。
「帝国における女性の地位を改善しなければ、ヴィオラにはもう会えないかもしれないな。」
リリアは、急にハッとした顔になって、頷いた。
「そうだった。帝国の闇は、まだまだあるのよね。闇はどこにでもあるけれど。」
「そうだよ。スカーレット嬢の件も、あれも、所謂闇でしかないからな。放置するわけにはいかないが。」
「手が足りないわね。」
「貴族の在り方が問われているんだと思えば良いのかもしれない。一公爵家だけの問題とは思えないんだ。ああいうことは、前にもあったんじゃないかな。」
歴史の中において、あらゆる事象は、全く初めてのものは少なく、一見違って見えたとしても本質はにていることは、多い。過去に間違えて、処理したせいで、何度か繰り返し起こってしまったのならば、道を正せば良いことだし、それが今なら可能だろう。
スカーレット嬢に起こったことと、国境沿いの街のことは、全く別かもしれないが、それならそれで一つずつ対処していけば良い。
「生憎、命の期限は延びたところだし、出来るだけやってみるかな。」
新しい王家を盛り立てる為、ジェイムズに頼まれたのだ。毎日うるさいスカーレット嬢を何とかしてくれ、と。
うるさいスカーレット嬢の相手は、心優しい義姉に任せて、無駄骨になる可能性のある事件を任される。
リリアは何故か膨れっ面をしているが、それすらも可愛く見えるのは恋愛結婚の弊害とも言えよう。
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