羊の皮を被っただけで

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本編

侯爵家の仕事

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セシリアのことは気になるし、やらなければならない対策は勿論あるのだけど、ここに来て重大な事件が発生した。

厳密には「した」ではなく「する」。所謂イベントがある。小説の中ではこれはフレアとロバートを追い詰める為のフラグでもあるのだが、起きるとわかっているのだから、手早く対処してしまえば良い。

侯爵領で起こるそのイベントは、モーセット子爵家の馬鹿息子がカジノで借金を拵えたことに端を発する。

彼は学園内で友人の一人であったロバートをカジノに誘い、膨大な借金を肩代わりさせようとする。

小説の中では特に出世もしていない暇人のロバートは、学園卒業前は兎も角、卒業後、碌に付き合いのなかった子爵令息の口車に乗せられて、侯爵家のツケで借金をしてしまう。

フレアの調べたところ、モーセット子爵令息とロバートの接点はない。学園でも小説では同じクラスだったが、実際にはロバートは最上位クラス、子爵令息は最下位クラス。授業時間も内容も全く異なるために幾ら領が近い場所にあっても、仲良くなる要素は一つもない。

ロバートが接触されなくても、子爵家が問題を起こすのは、我が侯爵領内。甘い対応をする意味すらない。


侯爵家は、ロバートの働きと、フレアの手腕のおかげで、何とか持ち堪えている状態であるが、これといって贅沢な生活をすることもない。

領民から預かった税の無駄遣いをすることは許されないのは、侯爵家に限らずどこの貴族家でも同じこと。

モーセット子爵家は、馬鹿息子の散財を隠す為か、カジノで人を呼び、払えなかった人間を労働力に変えていた。

その人間を領内で働かせるならまだ良かったが、彼らを外国に売りつけることが横行し、それにロバートが関わっていたことになってしまう。


モーセット子爵令息は、ロバートに自分の罪を全て擦りつけ、逃げようとする。それをルーカスが暴くのだ。

モーセット子爵家と侯爵家に繋がりは何もない。子爵令息に関する悪い噂も今のところ聞こえてきてはいない。

「情報は回り切った後にはもう遅いこともあるから。」と、フレアは所謂巻き込まれを恐れ、カジノの所在を確かめると、やはり小説の通りにそれはあった。

モーセット子爵令息は一見無害そうに見える見た目に、高飛車な態度でチグハグな人間に見える。

表面上は取り繕っているだけで、中身は随分と幼い。だからこそ、小説のフレアやロバートと馬が合ったのだろう。

彼がロバートに罪をなすりつけようと画策したのは、多分嫉妬からであろう。当主でありながら何もしていないロバートを同じく何もしていない、だけど当主ではなかった子息が羨んだ結果、二人とも罪人になった。

モーセット子爵は、ロバートと同じ学園には通っていなかった。貴族の子息子女が通う学園ではなく、平民達が通う学園に彼は在籍し、卒業していた。

彼は次男でゆくゆくは平民となること、社交界には既に居場所がないことから、そのようなことになったらしい。

一体何があったのか。それはすぐにわかった。

モーセット子爵令息は、嫡男が亡くなったばかり。放蕩息子の次男がいるのに、親戚から養子を取るという。

この嫡男の死因がはっきりしないのだ。次男を後継にしないことにより、彼の死に次男の関与が疑われているという。

「社交界で居場所がなくなったのは、女性関係ですね。貴族令嬢の何人かに手を出して、婚約を壊したと。」

「そんなにモテるタイプだった?」

嫡男ならわかるけれど、と見たこともあったこともない子爵令息に思いを馳せる。

「それが、ロバート様の名前を使って悪さをしていたようです。ロバート様にとりなしてやる、とか言って。」

ロバートにモーセット子爵令息について尋ねたら社交界でも学園でも出会ったこともなく、よくは知らないと言われていた。

「知り合いだったの?彼は覚えがないと言っていたわ。」

「多分、一方的にご存知だったのでしょう。お二人で話されたことも挨拶されたこともないと聞いております。ただ、領地が近かったことで、彼の方で遠くから見かけるうちに、知り合いだと嘘をついてしまったのではないかと。」

驚くことに、子爵子息は、何の接点のない人間でも、見かけるだけで友人と認識してしまうらしい。そんなことになれば王子様だって、有名な方は皆友人ということになってしまう。

フレアは勝手な友人認定に驚いた。これが通れば冤罪なんて簡単なものだわ。


それにどこで、ルーカスに繋がってくるかがどうしても思い出せない。フレアに関するザマァなのに、セシリアではなくルーカスがしゃしゃり出てくる理由は?


最近日に日に思うことだが、フレアの記憶に偏りが生じ始めている。覚えているうちに対処は終わらせておかないと、と焦る一方、なるようにしかならないと諦める自分もいて、フレアはどのようにすれば良いか迷いが生じていた。

「このイベントがケイティにとってイベントではなかったから、ルーカスが出てきたんだっけ?」

確かルーカスが王太子になった際の因縁がこの事件には隠されていた。あれはモーセット子爵家などではなく彼らを意のままに操っていた人間がいたんだっけ?

フレアは、こんなところで元々の頭の悪さが出たようで、情けないと頭を垂れた。

打開策は突如現れた。

「何であの人がいるの?」

カジノへ出入りしていた者の中に、あのドミニクがいたらしい。

「いつもの騎士服ではなく、私服姿でした。勿論近くにあのご令嬢はいませんし、完全プライベートみたいですね。」

彼の隣には、褐色の綺麗な女性。子爵家を調べていた騎士によると、次男の妾だそう。

結婚していないのに、妾とは変な感じがするが、平民と貴族は結婚できないために、一旦妾としたのかもしれない。

そのうち、子息が平民となれば妾から妻になるのだから、一時的な地位と言ったところか。

彼女はドミニクを色仕掛けで籠絡したか、協力したか、詳細はわからないけれどまるで恋人同士のようにイチャイチャとしていた。

「あのドミニクって人、何だか怖いですね。」

見た目よりも気味悪さというか、此方の動きを把握しているかのような動きに、フレア陣営は警戒を強めた。

「意外だわ。」

フレアの読んだ小説のドミニクとは全く違う印象に、彼は一体どこの誰なんだろう、と頭を抱えてしまった。

知らなかっただけで、あれがドミニクの元の性格ならば良いのだが。ケイティの中身が小説のフレアのように、ドミニクが全く別人なら怖いと思ったのだ。

とはいえ、彼の行動から想像するに……いえまだやめておくべきだ。フレアは考えを押し込んで、断定することをやめた。

触らぬ神に祟りなし、というではないか。神ではなくても、痛い目を見たくなければ、目を開けてはいけないのだから。


「あの男が、モーセット子爵家の黒幕なのでしょうか?それとも、ただのカモ?」

混乱する仲間を見ながら、ただ一つ言えることは、子爵令息は、ドミニクを操れないということだけ。

「カモにはなり得ないでしょう。反対ならあり得るけれど。」

「ですよね。」

「常識的に考えると、彼は黒幕になるにしろ現状を把握しなければ、と覗いただけなのかな、と。女性は……わからないわ。元々彼の恋人なのか、一晩の相手なのかは。」

殿方の中には、一晩の相手と熱い夜を過ごす人もいるというし、職業上、特定の彼女を作らない人もいるという。

そして、貴族の妾の中には複数の男性と関係を持つ人もいるとかいないとか。

もしかしたら、小説の中のロバートは、ああいう女性に関係を迫られて不貞を犯して、それで弱味を握られたのかもしれない。今のロバートならあり得ないけれど、小説のロバートは屑の化身みたいな奴だった。
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