伯爵夫人を殺したのは誰だ

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偽物の暗号

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「これは……」
「これは偽物だな。」

アーサーと共に訪れたブラウン家には先触れを出して日時を指定されたにもかかわらず、誰もいなかった。邸に残っていたのは、侍女と家令だけ。

家令は主人の非礼がわかっているらしく、只管に平謝りを繰り返している。仕方ないので帰ることにすると、帰り際、侍女から、ケイトの忘れ物だという箱を渡された。

箱の装飾はありきたりな、若い女性に人気のありそうなキラキラとしたもので、そこにケイトが好みそうな要素はない。

中に入っていた押し花の栞も、似たように作ってあるが、明らかに別人が間に合わせで作ったと思われる雑な造りになっている。その栞に描かれた記号も、先の二つの書き方とは、インクの濃さも、形の大きさも異なっている。

アーサーと一緒に検証した結果、これは偽物だということがわかった。

「気になるのは、何故こんな偽物だとわかる偽物を作ったのかということだ。」

ケイトの兄については、アーサーよりトマスの方が詳しい。

「商会の方に何度か訪ねてこられたのが、そうなのだとしたら、お会いしたことは何度かございます。」

トマスはそう言いながらも、彼について特に言及するような言葉もないようだった。

「簡潔に言えば、特筆すべきことのない方と言いましょうか。その他大勢に紛れ込まれると、どこに行ったか直ぐにわからなくなるような、そんな方です。地味に振る舞うのが板についているような。そんな印象です。」

確かに葬儀であった妻の兄は、その特徴に合致した人物であった。彼とケイトはあまり似ていなかった。

ブラウン家からは何名か葬儀で顔を合わせたはずなのに、デイビスが覚えているのは兄だけだ。

その兄からも、ケイトを思いやるような悲しむような言葉があったかさえも今では思い出せない。


「大丈夫ですか?」

アーサーに指摘されて、初めて自分の顔色が悪くなっていることに気がついた。

「大丈夫だと言いたいところだが、これはあまり首を突っ込んではいけないところかもしれないな。」

そうは言ってみるが、ここで止まるのはあり得ない。デイビスは今まで妻に向き合ってきたつもりだった。調べ始めて分かったのは、自分は何も妻について知らなかったことだった。

妻の悩みについても、家族についても、女学園での出来事も、商会での噂も、彼女の立場も、何もわかっていなかった。

これで、妻を愛しているなんて、笑える。今まで知ったつもりになっていたのはケイトがデイビスに見せていた一部分だけだ。そこに彼女の真実はどれだけ含まれていたのか、想像もできない。

彼女との結婚式の時に、神に誓ったことを何一つ守れていない。

「あ」

トマスが小さく声を上げた。気になって見ると、侍女に渡された箱の底に何かが挟まっているらしい。

「この中に何かが挟まっているみたいで、上手く取れなくて……」

箱の隙間は、カラクリ箱のような物ではなくて自然に開いたもののようだ。所謂不良品だが、そんな開いた場所に何を入れると言うのだろう。

トマスが格闘して、何とか取り出した紙にはまた不思議なものが書かれていた。

「これは何ですか。」
アーサーも聞いておいて絶句するような、白い紙に点と線で書かれた何かは、それでもケイトがデイビスに残したメッセージに違いなかった。



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