伯爵夫人を殺したのは誰だ

別の思惑

デイビスは急に全てが変わって見えた。何故かはさっぱりわからない。だが、何か見えない力によって誘導されているような気になったのだ。

丁度、アーサーから届いた報告も気になった。リスキー侯爵夫妻が離縁して、夫人が、子爵家に戻ったというのだ。夫妻の離縁には前侯爵夫人が関わっているようで、こうなってみると、聞いた話が違うのだと、思わずにいられない。


アーサーは首を捻りつつも謝罪を繰り返した。

「これではアントンのことを言えないな。」

珍しいアーサーの見落としに、らしくないと思いつつも、あの日、アントンが言った言葉を肯定はできない。

彼はエミリア・エポックの正体を「魔女」だと言った。

「は？」

絶句したデイビスのことなど、見向きもせずに、彼は自論を展開していく。何らかの隠語かと思いきや、そうではなく、魔法使いの女という意味の「魔女」という意味でアントンはエポック嬢を表現した。

「なら何か、彼女は魔法でケイトを殺したのか？そして、箒に乗って空を飛び、逃げたとでも言うのか？」

アントンの様子からふざけている訳ではないと、分かったものの、なら尚のこと、真面目に取り合ってはならない。

ケイトは短剣が胸に刺さった状態で発見されたが、死因はナイフによるものではなかった。何の目的か、彼女が亡くなった状態で、ナイフは後から刺されていて、彼女の血は一滴も流れていなかった。


遺体が見つかった時の血痕は、ケイトのものではなかったが、犯人のものでもなかった。

アントンはそれが「魔女」が使用した魔法の痕跡だと思ったようだ。


「魔法なんて、夢みがちな部分もあるのだな、あの男は。」

生憎、デイビスの頭は不確かなものを信じるほど柔軟にはできていない。

それに、どちらかというと、エポック嬢よりも、彼方の方がよっぽど魔法を使えそうだ。

デイビスの頭の中には、自ら証拠を彼の前に持ってきたシルバの顔が浮かんでいた。

もう一度改めて、ケイトのノートをみると、ケイトの字のものと、啓斗の字はインクが違った。

「アーサー、お前ばかりが失敗した訳ではない。私も悲しみの余り見過ごしていたことがあったようだ。」

アーサーは、デイビスの示した箇所をみると、一瞬でこちらの意図を理解する。

「またまたやられましたね。」

いったい何の為に？という動機はおいといて、自分達がミスリードにより全く別の場所に進まされていたことに気がついたアーサーはうっすらと笑っている。彼は怒りすぎると笑うのだな、デイビスは現実逃避にそんな風に考えた。

「ケイトには前世はない。」

彼女は彼の記憶が映されて、これを前世だと思い込んでいるに過ぎない、とアントンは言った。

だが、前提が違うなら？

ケイトに前世はない。だって本人にその記憶はないから。

それならば、何故彼女に前世があるように見せかけなければならなかったのか。それがきっかけで殺されたと、誰か一人でも考えるならば、前世の痴情のもつれとして、あっさりと処分してしまえば良い。

「ケイトが前世の因縁で殺されたとして、一番得をするのは誰だ？」

アーサーは暫し考えて告げる。

「強いて言えば、貴方じゃないですか。妻を亡くして、新しく妻を娶っても、巻き込まれただけに見えますからね。」

「そうなんだ。でも、もし私が犯人なら、ケイトは殺さない。愛しているし、ケイト以外の女性なんて考えられないからね。」