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エミリー
ルカ①
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ルカとエミリーは幼馴染で親友という位置付けだった。婚約者候補にしてくれと、勢いこんで赴いたデートに失敗してからは、親友としての位置すら危うくなった。
ルカは初デートの失態を詰られ、母親に、罰を与えられた。
ルカは騎士団長の息子として、生まれた時から常に注目されていた。幼少期は父より母に似ており、この子に剣などと心配されたものの、父に指南を受けるようになってからは、周囲の期待通り父に似た武人になっていった。
相手が騎士ならば、父を通して自分を見る。貴族なら、両親や家を見て、自分を見ることはない。その中で自分を見てくれるエミリーは貴重な存在だ。
幼馴染で、親友だと言い、近くにいたのは自分の意思だし、それは、婚約者候補にしてほしいと告げた後も、変わらないものだった。
だが、離れてもずっとエミリーを思うということが、ここにきて少しだけ難しくなってしまった。
エミリーのデートが失敗に終わったその日から、ある屋敷でお世話になっている。客人としてではなく、使用人としての扱いだ。
気難しい外国の貴族女性の相手。当然ではあるが、向こうから話しかけられたり、こちらを好意的に思うはずもない。全てにおいて、こちらが下で、失礼があってはいけない相手に、常に気を配り神経を使わなくてはならない。
大変だが、褒められたりすることもある分成果がすぐにわかるので、何とかしてこの人を喜ばせたいと真心を使うようになる。
ふと、こんな気持ちを久しく忘れていたことに気がついた。
「貴方、不思議な目をしているのね。」
依然として顔を認識できていなかったのだが、ふと目が合った気がして思いの外、凝視してしまった。
瞳の色は今まで何度か褒められたことがあるから、そのことだろうか。
「それは運命の目ね。」
彼女が言うには、運命の女性以外の顔がわからなくなる不思議な目を持つ人間がいるのだと言う。とは言え、ずっと同じ状態ではなく、運命に辿り着き、その女性と心を交わし合うことが出来たら、目は正常に戻るそうだ。
「これは病気ではないのですか?」
「病気ではないわ。寧ろ……恩恵かしら。貴方の運命はこの人だと、教えて貰っているのよ。他は自力で探さなくちゃならないのに。」
「と言うことは、見える女性とは、どうしても上手く行く?」
「そんな訳ないでしょう。運命だったなら、何をおいても好きになってもらわないと。貴方は一生不自由なままよ?運命と言うのは、彼女とは絶対に何が何でもうまくいく、と言うわけではないの。一種の呪いみたいなものね。運命の相手以外を選ぶ人もいるのよ。神の意思ではあるけれど、それと自分の心が同じとは言えないから。仕方ないわ。」
エミリーと自分が運命なら、ルカは考える。
ここに連れてこられた原因のあの、デート。デートと言えるものではなかった。ヘンリーに言われたことを本当の意味では理解していなかったことを理解した。
とりあえず、デートをしようと思いたったものの、本当はデートよりも話し合うことをすれば良かった。じっくり話し合い、友人から互いの興味を引き出し、深く互いを知る時間にすれば良かった。
自分ではそうと気づかなくても、エミリーの存在を周りにひけらかしたかったのだろう。彼女の気持ちを知ろうともしないで、自分勝手に振る舞ってしまった。
帰る、と言った時のエミリーの顔を俺はちゃんと見たか?あの時彼女はどんな顔をしていた?
目の前で自分以外の女性と仕事とは言え、親しげに話す男は、まるで、あの頃のオリバーみたいではないか。彼女を蔑ろにして、裏切り続けた、あの。俺はようやく自分のした罪に気がついた。
「ねえ、貴方は恋人がいるの?」
何日目かに漸く話しかけられた俺はその日から少しずつお客様の女性と言葉を交わすようになっていた。
多分彼女も訳ありだ。あまり深くは詮索しない方が身のためだ。
「恋人にしたい人はいます。いました。」
「どうして過去形なのよ。何かやらかした訳?」
ケラケラと、笑いながら探るような瞳を向ける彼女に、神妙な面持ちで頷くと、眉間に皺を寄せて、訝しげに何をしたか聞かれる。
自分のしたデートの話をしたら、やはり彼女も今までの人と同じような反応を見せていた。
「タイミングが悪かったのね。」
「タイミング、ですか?」
「そう。運命にもタイミングがあるの。早くても遅くても上手くはいかないの。タイミングが合って初めて運命と呼べるのよ。見極めるのは難しいらしいけれど。」
「タイミングを、見極めるには何かコツでもあるのでしょうか。」
「あるのかしら。あるなら、教えて欲しいわ。でも、そうね……準備をすることならできるわね。いつ運命に巻き込まれても大丈夫なぐらい、あらかじめ準備をしておくと、慌てないかもしれないわ。」
ルカは初デートの失態を詰られ、母親に、罰を与えられた。
ルカは騎士団長の息子として、生まれた時から常に注目されていた。幼少期は父より母に似ており、この子に剣などと心配されたものの、父に指南を受けるようになってからは、周囲の期待通り父に似た武人になっていった。
相手が騎士ならば、父を通して自分を見る。貴族なら、両親や家を見て、自分を見ることはない。その中で自分を見てくれるエミリーは貴重な存在だ。
幼馴染で、親友だと言い、近くにいたのは自分の意思だし、それは、婚約者候補にしてほしいと告げた後も、変わらないものだった。
だが、離れてもずっとエミリーを思うということが、ここにきて少しだけ難しくなってしまった。
エミリーのデートが失敗に終わったその日から、ある屋敷でお世話になっている。客人としてではなく、使用人としての扱いだ。
気難しい外国の貴族女性の相手。当然ではあるが、向こうから話しかけられたり、こちらを好意的に思うはずもない。全てにおいて、こちらが下で、失礼があってはいけない相手に、常に気を配り神経を使わなくてはならない。
大変だが、褒められたりすることもある分成果がすぐにわかるので、何とかしてこの人を喜ばせたいと真心を使うようになる。
ふと、こんな気持ちを久しく忘れていたことに気がついた。
「貴方、不思議な目をしているのね。」
依然として顔を認識できていなかったのだが、ふと目が合った気がして思いの外、凝視してしまった。
瞳の色は今まで何度か褒められたことがあるから、そのことだろうか。
「それは運命の目ね。」
彼女が言うには、運命の女性以外の顔がわからなくなる不思議な目を持つ人間がいるのだと言う。とは言え、ずっと同じ状態ではなく、運命に辿り着き、その女性と心を交わし合うことが出来たら、目は正常に戻るそうだ。
「これは病気ではないのですか?」
「病気ではないわ。寧ろ……恩恵かしら。貴方の運命はこの人だと、教えて貰っているのよ。他は自力で探さなくちゃならないのに。」
「と言うことは、見える女性とは、どうしても上手く行く?」
「そんな訳ないでしょう。運命だったなら、何をおいても好きになってもらわないと。貴方は一生不自由なままよ?運命と言うのは、彼女とは絶対に何が何でもうまくいく、と言うわけではないの。一種の呪いみたいなものね。運命の相手以外を選ぶ人もいるのよ。神の意思ではあるけれど、それと自分の心が同じとは言えないから。仕方ないわ。」
エミリーと自分が運命なら、ルカは考える。
ここに連れてこられた原因のあの、デート。デートと言えるものではなかった。ヘンリーに言われたことを本当の意味では理解していなかったことを理解した。
とりあえず、デートをしようと思いたったものの、本当はデートよりも話し合うことをすれば良かった。じっくり話し合い、友人から互いの興味を引き出し、深く互いを知る時間にすれば良かった。
自分ではそうと気づかなくても、エミリーの存在を周りにひけらかしたかったのだろう。彼女の気持ちを知ろうともしないで、自分勝手に振る舞ってしまった。
帰る、と言った時のエミリーの顔を俺はちゃんと見たか?あの時彼女はどんな顔をしていた?
目の前で自分以外の女性と仕事とは言え、親しげに話す男は、まるで、あの頃のオリバーみたいではないか。彼女を蔑ろにして、裏切り続けた、あの。俺はようやく自分のした罪に気がついた。
「ねえ、貴方は恋人がいるの?」
何日目かに漸く話しかけられた俺はその日から少しずつお客様の女性と言葉を交わすようになっていた。
多分彼女も訳ありだ。あまり深くは詮索しない方が身のためだ。
「恋人にしたい人はいます。いました。」
「どうして過去形なのよ。何かやらかした訳?」
ケラケラと、笑いながら探るような瞳を向ける彼女に、神妙な面持ちで頷くと、眉間に皺を寄せて、訝しげに何をしたか聞かれる。
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「タイミング、ですか?」
「そう。運命にもタイミングがあるの。早くても遅くても上手くはいかないの。タイミングが合って初めて運命と呼べるのよ。見極めるのは難しいらしいけれど。」
「タイミングを、見極めるには何かコツでもあるのでしょうか。」
「あるのかしら。あるなら、教えて欲しいわ。でも、そうね……準備をすることならできるわね。いつ運命に巻き込まれても大丈夫なぐらい、あらかじめ準備をしておくと、慌てないかもしれないわ。」
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