32 / 33
エミリー
頼みの綱
しおりを挟む
小国の姫はため息をついた。ふと、隣にいる男からの視線を感じる。
きっと今頃あの男はこの国の暗部達に始末されているだろう。
あの男は昔から自分の監視役だった。無邪気な風を装って近づいて、友の顔をしてそして裏切る。彼はいつも、笑顔で裏切りを繰り返していた。
決して裕福ではない、小さい国。周りの大国の情けで成り立つ、小国に明確な明日などない。
その中に生まれた姫の行く末は小国そのものを賭けた一世一代の大勝負だった。
運命の目に選ばれた時、周りは大騒ぎになった。相手は大国の貴族だという。できれば、大国の王家の方が良かったが、そうは言っていられない、と一旦は諦めた。それが何の因果か、運命の相手が変わり、大国の第一王子が相手になったという。
小国は大いに盛り上がった。姫として生まれ、姫として価値をこれまで見出せなかった彼女に期待したのは、他の誰でもない彼女自身だった。
(ああ、私はやっとこの場所から抜け出せるのね。)
輿入れからついてきた使用人の他に彼が秘密裏についてきているのはわかっていた。わかっていた上であのように振る舞ったのは、自称友人の彼ならば、私が逃げたがっている、と誤解してくれるのを期待したからだ。
姫は自分に居場所がないことは生まれてからすぐに理解していた。居場所がないなら、作るしかない。悪あがきは得意だ。
最初は彼の隣に居場所を欲した。けれどそれは叶わなかった。彼は大人の命令として自分に近づいただけのただの道具であって、彼女のものではなかった。
ならば、と運命の目に選ばれたことは姫が生きて行く上で一番の頼みの綱になった。これを手繰り寄せられれば、その先に居場所が用意されている。
後は死に物狂いで手繰り寄せるだけ。
だけど、初めて会った運命の相手、第一王子は決して幸せそうには見えなかった。疑い深そうな神経質そうな顔に、睨みつけるような目をして、こちらを窺っている。
落胆した表情を出さないようにするのが大変だった。だけど、相手がどうであれこの人にかける他はない。彼が幸せそうに見えないのは強すぎる目の後遺症のようなものが原因だと気がついた時に私は勝ったと思った。
うまくいけば、誰の支配からも抜け出せる。最初はあの小国から抜け出せるならそれで十分だった。それでも運命なんてちっとも幸せじゃない。
第一王子は今も決して幸せそうには見えない。でも演じている。なるべく幸せそうに見えるように。王家なんて小国でも大国でも同じなのかもしれない。
「鼠は全て始末した。他に始末してほしいものがあれば遠慮なく言え。」
貼り付けた笑みを浮かべる第一王子に対して、同じ笑顔を向ける。わかる人には一目瞭然だろう。私達が互いに愛情を持っていない関係であることなんて。
運命の目は、どうして私達を選んだのだろう。最初の相手なら幸せになれたのだろうか。
それでも今そのことに言及したところで何が変わるというのだろう。
彼は決して私を愛さない。ただ後遺症に苦しめられているから、私を望んでいるだけだ。
ならば、彼の息の根を止めてあげるか、私を永遠に失えば、少なくとも運命からは逃げられるのでは?
一度頭に浮かんだ感情は払っても払っても後から浮かび、私を支配した。
「なら、私も始末してくれない?」
歪んだ笑みを浮かべた運命の相手は肯定も否定もしなかった。
きっと今頃あの男はこの国の暗部達に始末されているだろう。
あの男は昔から自分の監視役だった。無邪気な風を装って近づいて、友の顔をしてそして裏切る。彼はいつも、笑顔で裏切りを繰り返していた。
決して裕福ではない、小さい国。周りの大国の情けで成り立つ、小国に明確な明日などない。
その中に生まれた姫の行く末は小国そのものを賭けた一世一代の大勝負だった。
運命の目に選ばれた時、周りは大騒ぎになった。相手は大国の貴族だという。できれば、大国の王家の方が良かったが、そうは言っていられない、と一旦は諦めた。それが何の因果か、運命の相手が変わり、大国の第一王子が相手になったという。
小国は大いに盛り上がった。姫として生まれ、姫として価値をこれまで見出せなかった彼女に期待したのは、他の誰でもない彼女自身だった。
(ああ、私はやっとこの場所から抜け出せるのね。)
輿入れからついてきた使用人の他に彼が秘密裏についてきているのはわかっていた。わかっていた上であのように振る舞ったのは、自称友人の彼ならば、私が逃げたがっている、と誤解してくれるのを期待したからだ。
姫は自分に居場所がないことは生まれてからすぐに理解していた。居場所がないなら、作るしかない。悪あがきは得意だ。
最初は彼の隣に居場所を欲した。けれどそれは叶わなかった。彼は大人の命令として自分に近づいただけのただの道具であって、彼女のものではなかった。
ならば、と運命の目に選ばれたことは姫が生きて行く上で一番の頼みの綱になった。これを手繰り寄せられれば、その先に居場所が用意されている。
後は死に物狂いで手繰り寄せるだけ。
だけど、初めて会った運命の相手、第一王子は決して幸せそうには見えなかった。疑い深そうな神経質そうな顔に、睨みつけるような目をして、こちらを窺っている。
落胆した表情を出さないようにするのが大変だった。だけど、相手がどうであれこの人にかける他はない。彼が幸せそうに見えないのは強すぎる目の後遺症のようなものが原因だと気がついた時に私は勝ったと思った。
うまくいけば、誰の支配からも抜け出せる。最初はあの小国から抜け出せるならそれで十分だった。それでも運命なんてちっとも幸せじゃない。
第一王子は今も決して幸せそうには見えない。でも演じている。なるべく幸せそうに見えるように。王家なんて小国でも大国でも同じなのかもしれない。
「鼠は全て始末した。他に始末してほしいものがあれば遠慮なく言え。」
貼り付けた笑みを浮かべる第一王子に対して、同じ笑顔を向ける。わかる人には一目瞭然だろう。私達が互いに愛情を持っていない関係であることなんて。
運命の目は、どうして私達を選んだのだろう。最初の相手なら幸せになれたのだろうか。
それでも今そのことに言及したところで何が変わるというのだろう。
彼は決して私を愛さない。ただ後遺症に苦しめられているから、私を望んでいるだけだ。
ならば、彼の息の根を止めてあげるか、私を永遠に失えば、少なくとも運命からは逃げられるのでは?
一度頭に浮かんだ感情は払っても払っても後から浮かび、私を支配した。
「なら、私も始末してくれない?」
歪んだ笑みを浮かべた運命の相手は肯定も否定もしなかった。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】どくはく
春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。
あなたのためだったの。
そんなつもりはなかった。
だってみんながそう言うから。
言ってくれたら良かったのに。
話せば分かる。
あなたも覚えているでしょう?
好き勝手なことを言うのね。
それなら私も語るわ。
私も語っていいだろうか?
君が大好きだ。
※2025.09.22完結
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
行かないで、と言ったでしょう?
松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。
病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。
壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。
人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。
スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。
これは、春を信じられなかったふたりが、
長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる