それは私の仕事ではありません

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南の辺境婦人

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エミリアが騎士団から離れてから、彼女の元にも一人のお客様が来ていた。

南の辺境伯領内から、研修でお世話になったご婦人が彼女に見合い写真を届けに来たのだ。彼女はエミリアが騎士を辞めたことを大層喜んでくれた。

「こんなに可憐なお嬢さんが、あんな野蛮でガサツな女騎士になどならなくてよかったわ。ご令嬢ならとても素敵な結婚相手が見つかりますわ。因みに意中の人はいらっしゃらないのよね?騎士団長?ああ、あの新しい方……彼の方は、確か婚約者がいらっしゃるって聞いたけれど。」

エミリアは、この夫人が騎士の妻であるのに、女騎士をよく思っていないことに薄々気がついていた。彼女は研修時にはエミリアに、「剣を持つのは女性の仕事ではない」だの、「女は可愛く着飾って旦那様を癒す存在でなければ。自ら戦うなんて野蛮だわ」だの、ことあるごとに絡んできた。


その癖、「貴女はせっかく可愛らしいのに」とドレスを下さり、娘のようにもてなしてくれたりもした。



「ここだけの話、女騎士にはね、いい見合い話は持っていかないの。だって女性の義務を放棄するような方達でしょう。有り余る体力があるから、護衛もやってくれるし、先が短い老人の後妻や、貧乏男爵の愛人とか、女癖の悪い地方領主とか、売りつける先はいくらでもあるの。女騎士がいるなら、護衛を雇うお金を別に充てられるでしょう?彼らはどこかしらから恨みを買っている分、敵が多いのよ。

でも、ご令嬢はもう足を洗ってまともな人間に変わったのだから、とっておきを紹介できるわ。それこそ騎士団長なんて目じゃないわ。まあ、どうしても、って言うなら一度、写真を送って様子を見てみましょうか。」


このご婦人は昔から騎士に対するコンプレックスがあった。学生時代に好きな男を騎士科の女性に奪われたり、好印象のお見合い相手に婚約を申し込んだら、女騎士とすでに婚約してしまっていたり。極め付けは最初の夫を同じ騎士団の女に寝取られたことだ。

男性ばかりの職場に態々入っていく女性は、彼女からすれば皆阿婆擦れの男好きと同義語だ。それに派手に着飾る娼婦ならまだしも粗野な女騎士に自分が劣ると思われているかのような気持ちになり、腹が立つ。

今の夫は、辺境騎士なので家には滅多に帰ってこない。厳つ目の風貌をしているために女に人気のない夫は、不貞をしない部分では理想的だが、連れ立って歩くには麗しさが足りない。

「亭主元気で留守がいい」とはよく言ったもの。南の辺境伯領は北とは違い、天候には恵まれているが、隣国から間諜が入り込んだりする。謂わば敵の種類が違うのだが、婦人は普段王都にいるために、夫の仕事を心配することもなく、好き勝手に過ごしていた。

エミリアが好きだと言っていた騎士団長も、顔が良い故に注目していたが、北の辺境伯のご令嬢と婚約することを聞いてからはただただ忌々しい存在に成り果てた。

エミリアを見ても、ただの自己中心的な子供だと思うけれど、あの万全な婚約を掻き乱せたら楽しいんじゃないかしら。

婦人はそう悪戯心が刺激され、エミリアの写真を、敵の中枢部に置いてきたのである。何かあればトカゲの尻尾のように、彼女を切り捨てれば良いだけ。

もしうまくいけば、いけ好かない辺境伯令嬢をどこに売り飛ばしてやろうか、と想像するのはとても楽しく、妄想でしかないのに清々した。
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