中学生捜査

杉下右京

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第2話 偉大な廃人 後編

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隆とマリアは被害者の白川勝成の妻、吉見と会い、放浪閣経営当時吉見が勝成についてどのように感じていたのか、勝成はどういう状況だったのかという話を聞いた。
2人は山田の家に戻ると部屋に入って休憩していた。
「しかし、これで1つ分かりました。」
隆が好きだというサイダーを飲みながらそう言った。
「なにがです?」
マリアは少し疲れてしまったらしい。あれほど怒り狂っていたのだから無理もないだろう。
「勝成さんは家族にも見捨てられていたということですよ。」
「本当に気の毒な話ですよね。あんなクズ女と結婚してしまって。私も気を付けよ。」
「はい?」
「ああ、いえいえ」
マリアはそういってごまかした。その時山田が部屋に入ってくる。
「どうだ。捜査の方は。」
「正直言って苦戦してます。」
マリアは口惜しそうに語る。
「さっき被害者の勝成さんの奥さんと会ってきたのですが、とんでもないクズ女で勝成さんが追い詰められていくうちに別の男に乗り換えて、子供も生んでしまっていて。」
せっかく落ち着いてきていたマリアの怒りがぶり返してきた。
「勝成さんは気が付かなかったのか?」
「気が付いていたかもしれませんねぇ」
隆が2人の話に割って入る。
「無論、気が付いていなかったという可能性もありますが、子供まで生んでいて気が付かないというのはいささか貪欲すぎはしませんかねぇ。そのような理由をもとに勝成さんが吉見さんの不倫に気が付いていたと仮定します。しかし、仕事が忙しくてそれどころではなく、離婚を切り出せなかった。僕はそう考えますがねぇ。」
「まあそんなところだろうな。」
「ところでマリアさん、君は先程吉見さんに対して何かあるとおっしゃっていましたね。」
「はい、言いましたけど。」
マリアが不思議そうに答えると、
「君がそう考える理由は何ですか?」
「え?」
思いがけない質問にマリアは戸惑う。
「確かに吉見さんは勝成さんに望みを捨てて、切り捨てました。これは人道に反する行為かもしれません。しかし、それが勝成さんを殺す動機にはなりません。」
これにはマリアも答えられない。
「彼女の高圧的態度により君の中で怒りが抑えられなくなってしまい、その人を犯人だと思い込んでしまう、それは捜査をするうえでやってはならないことです。捜査をするのであれば常に冷静でなければなりません。」
この時、マリアは先程の吉見と会った時の隆の様子を思い出した。確かに隆は冷静だった。
「しかし、人間である以上感情が入ってしまうのは仕方のないことです。なので君は僕についてこなくて結構です。」
マリアはそう来たかと感じる。
「偉そうなこと言ってますけど、そもそも中学生なのに事件の捜査とかおかしくないですか?」
マリアは少しムキになっていた。
「なるほど。そう来ましたか。」
2人の言葉のやり取りを山田は楽しそうに眺めていた。
「分かりました。マリアさん、あなたに調べてもらいたいことがあります。」

隆は大曽根駅から電車に乗り、定光寺駅を目指した。向かった先は新垣が経営している喫茶店だ。
「今日はおひとりですか?」
新垣はそういって机の上に水を置いた。まだ2回しか来ていないのにまるで常連のような対応だ。それだけ客が少ないということだろうか。
「今日は放浪閣の話を伺いに来ました。」
隆は話を切り出す。
「その事だったら以前来た時に話したじゃないですか。」
放浪閣の話をした途端、新垣の態度が変わった。
「実は白川社長は会社に住み込みで働いていたということを聞いたのですが事実なのでしょうか?」
「ええ、そうですよ。毎日取引先や従業員の再雇用について電話して、あと通常業務もありますし、心身共に疲れている様子でした。これでいいですか?」
「よくわかりました。ありがとうございます。」
新垣は足早に厨房の方に戻ろうとする。
「ああ、すみません。最後に1つだけよろしいでしょうか?」
新垣は立ち止まり、恐る恐る隆の方を振り向く。
「以前来た時とはまるで状況が違いますね。」
「は?」
「以前来たときは勝成さんについて割と前向きだったことを感じさせるように語っていらっしゃいました。しかし、今日は勝成さんについて苦労していたことや疲弊していたことばかり話し、勝成さんが内向きだったかのような印象を受けました。」
「それは」
新垣はなかなか答えられずにいる。5秒ほど経過したところだろうか、新垣の口がこそこそと動き出した。
「後から思い出したんです。社長は解雇された社員の人たちに追い詰められていたんです。」
「本当にそうでしょうかねぇ。」
隆は席から立ちあがり新垣に背を向け庄内川の急流を眺めながら語りだした。
「以前来た時からまだ一週間も経過していません。そのような期間でこうも受ける印象が違うとなると、1つの可能性が見えてきます。」
「可能性?」
隆の話を新垣の娘は皿洗いをしながらしっかりと聞いている。
「ええ、あなたは我々や警察に自らが放浪閣の元従業員であることを告げました。ええ、それは紛れもない事実です。しかしその立場を利用してあなたは何者かに捜査の情報を流していたのではありませんか。おそらくその何者かが勝成さんを殺した犯人であるとみています。」
「そんなことあなたみたいな子供に話せるわけないじゃないですか。やるんだったら警察を呼んでくださいよ。」
「警察でーす。」
そういって店に入ってきたのは沢村と北野だった。隆があらかじめ呼んでおいたのだ。
「だれの指示です?答えてください。」
北野のは背の高さで新垣を威圧する。
「どうなんです?なんなら愛知県警でじっくり話をお伺いしましょうか?」
「刑事さん、違うんです。私はただ指示に従っただけなんです。」
「捜査情報を流したことはお認めになるんですね?」
沢村が新垣を追い詰める。
「斎藤専務の指示に従っただけなんです。」
「斎藤専務というのは放浪閣の子会社である飲食店放浪屋を経営なさっている方のことですよね?」
隆がそういうと新垣は小さくうなずく。娘は皿洗いの手を止めじっとこちらを見つめている。娘もこんな母の顔を見たことはないだろう。だが娘はかばうことも関わろうともしなかった、なぜか。
「隆さん、勝手に話に入ってこないでください。」
北野がそういうと
「大変失礼しました。お邪魔しました。」
「俺たちを呼びつけておいて帰りやがった。」
北野は微笑みながらそう言った。

隆が山田の家に戻るとマリアは先に戻っていた。
「マリアさん、お願いしておいた件、どうですか?」
「お望通り調べましたよ。放浪屋シェフの秋元料作さんはともに料理が好きな両親の間に生まれ、料理とともに育ってきたようです。いまから40年ほど前に放浪閣のシェフとして働きその腕から放浪閣をただの旅館ではなく料亭旅館にしたそうです。中には宿泊せずに彼の料理を食べに来た人もいるとか。そして放浪閣が倒産する3年ほど前、つまり放浪屋設立と同時に斎藤専務とともに放浪屋に異動となったそうです。また、とてもプライドの高い性格で、料理に対しては一切妥協しないそうです。いわゆる料理バカってとこですかね。」
「マリアさん、必死に料理を作っている人の事をバカなどと言ってはいけませんよ。その秋元さんには秋元さんなりに自分のシェフとしての誇りを持っているわけですから。」
「すみません。言葉が過ぎました。」
「しかし、これだけの情報を良く調べてきてくれました。どうもありがとう。」
なんだか楽しい。事件の捜査って。不謹慎なこと言っているかもしれないけど。
「明日にでも行ってみましょう。」

秋元料作は腕はよく放浪閣で働いているときは給料も良かったが放浪屋で働き始めてからは給料が減り、放浪閣の倒産でさらに給料が減り、今ではアパートで暮らしている。築40年といったところだろうか。壁も薄く、隣の部屋の会話が良く聞こえそうだ。
「なんですか?」
秋元はアパートの2階に住んでいて隆とマリアがインターホンを押すとすぐに秋元が出てきた。仕事に行く直前なのか身支度が整っている。
「お忙しい所すみません。我々ただの中学生なんですが秋元シェフの料理への思いを聞きたくて。」
直球に放浪屋の事を聞くと怪しまれるのは当然だ。なのでまずは秋元の料理に対する情熱から話を聞くことにした。
「自分でいうのもなんだけど私は料理の才能があると思っています。」
と秋元は料理についての情熱を語り始めた。10分位語るもんだから仕事に行かなくていいのか心配になる。
「ところで今働いていらっしゃる職場はどうですか?」
隆は一通り秋元の話を聞いた後そう質問をした。
「正直、俺みたいな天才があんな店にいていいのかという気持ちです。」
「なにかご不満でも?」
マリアがそう尋ねると
「いや、なにしろ会社の売り上げが、あれだからさ。」
「あれというのは?」
隆がそう聞くと秋元は声を潜めた。
「実は放浪屋は赤字なんだよ。」
「え?」
「はい?」
衝撃の告白に2人は息ぴったりの反応をした。
「え、そうなんですか?」
マリアは驚きを隠せないでいる。
「なんていうのか知らないけど銀行に提出する売り上げを示してある書類あるだろ?あれには黒字と書いてあるけど実際は大赤字で今にも倒産しそうなんだよ。なんとか銀行の融資受けてるけどその返済は闇金から借りているものだから、借金は増えるばかりでな。」
「つまり粉飾決算というわけですね。それはいつごろからのものかご存じありませんか。」
隆がそう聞くとさらに衝撃の答えが出た。
「開店してからずっとだよ。親会社の放浪閣にもうその決算書を提出してたよ。」
あまりの急展開に2人は目を合わせた。そしてまたまた衝撃の事実が飛び出したのである。
「放浪閣の社長の勝成さんには一度そのことで相談したことがあるんだ。ショックそうな顔してたよ。」
「なるほど。長い時間、ありがとうございました。」
隆がそういうとマリアも
「ありがとうございました。」
と言う。
「今の話社長に言っちゃだめだよ。クビにされちゃうから。まあクビになっても俺の場合料理一筋で生きていけるとは思うんだけどねぇ。」
「わかりました。」
隆はそういって頭を下げ帰っていった。

放浪屋の開店時刻は午前11時からだ。
社長の斎藤は午前8時ごろにやってくる。それを隆とマリアは待ち伏せる。
「すみません。少しお話をお伺いできませんか?」
「またあなた達か。残念ですがあなた方の相手をしている余裕はないんですよ。」
斎藤が店の中に入ろうとすると、
「ここの店粉飾をしていますよね。」
「どうしてそれを。」
明らかに斎藤は動揺している。
「あなたのお店の従業員の方、とでも申し上げておきましょうか。」
「秋元、あいつ、」
斎藤は隆たちに情報を流した人物かすぐに分かった。以前も勝成に情報を流されたからだ。だが放浪屋には秋元がいないと料理を作る人がいない。解雇するにもできなかった。
「今から約20年ほど前、放浪閣が倒産する約3年前にこの店は開店しました。当時から粉飾決算をしていたのですね。しかし、その秘密が暴かれてしまったことがあったんです。ええ、秋元シェフは放浪閣の社長白川勝成さんに粉飾の事を知らせた。そして勝成さんはあなたにそのことを問い詰めた。そうですね。」

                      20年前
「斎藤、お前の会社、粉飾しているらしいじゃないか。」
「え?」
「どうしてだ!俺はお前を信頼して放浪屋の社長を任せたんだぞ!このことは銀行や取引先に報告する。」
「ちょっと待ってください。そんなことしたら放浪屋も放浪閣も倒産しますよ。」
「このことを隠蔽しろというのか。そんなことをしたら放浪閣の看板に傷がつく。代々受け継いできた放浪閣にそんな仕打ちをするのであればまだ店をたたんだ方が良い。」
「そんな。」
斎藤は焦っていた。決して殺したかったわけではない。手が勝手に動き気づけば熊の置物で勝成を殴り殺していた。

                      現在
「そしてあなたは、勝成さんの遺体をいったん自宅がどこかに隠して、放浪閣を経営不振という理由で倒産させ、勝成さんは失踪したことにした。そして放浪屋は何事もなかったかのように粉飾を行った。そうですね。」
「社長は正義感が強すぎた。なんだよ。店の名前に傷つけたくないって。お前がしっかし経営して黒字にすればいいだけの話だろうが。結果俺は生き残り勝成は死んだ。ざま―ねえな。」
斎藤の薄気味悪い笑みがなんとも気味悪い。
「ふざけたことを言っているのではありませんよっ!」
隆が怒った。隆が怒るのをマリアは初めて見た。とても怖い。
「勝成さんは放浪閣の現状を顧みて店をたたむ決意をしました。そして従業員一人一人の再雇用先を考え、多くの会社に断られ、取引先からも取引を断られ、妻の吉見さんにも見捨てられた。そんな中勝成さんのなかで1つだけの心の支えがありました。それは放浪屋の黒字です。親会社の放浪閣の業績は悪くても子会社の放浪屋の利益が良いことにもはや勝成さんは生きる活力をも見出していたんですよ。その思いをあなたは踏みにじり、いざその事実が暴かれてしまったら命をも奪ってしまう。あなたのしたことは懸命に生きようとしていた勝成さんへの裏切り行為に他なりませんよっ!」
隆の怒りが頂点へと達した。斎藤は何も言えずにいる。
「斎藤浩二だな。警察だ。何のことかわかるよな。」
沢村と北野が来て斎藤を連行していった。事件は解決したのである。

「一件落着ですね。」
山田の家に戻り、休憩をしている時にマリアが言った。
「ええ、」
「私隆さんに着いて行きたいと思います。」
「はい?」
「隆さんと事件解決するの楽しくなってきました。」
「お好きにどうぞ。」
これから隆とマリアのミステリーな毎日が幕を開ける。
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