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第6話 設楽の陰謀
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「後ろから押されたってところか。」
遺体が発見されたのは大手ホテル会社桐山ホテルの本社だった。桐山ホテルは全国に300ほどのホテルを出店しており、今注目されているホテル会社だ。そんな会社の部長の明石湊が殺された。場所は本社の階段だ。その現場に向かったのは北野と沢村だった。
「財布の金は盗まれていないようですから、物盗りではなさそうですね。」
「おい。死亡推定時刻は何時だ?」
それに答えたのは愛知県警鑑識課の沼田政次だった。少し小太りで年は40代ぐらいだ。鑑識ではかなり腕は良く、ベテランだ。
「死亡推定時刻は昨日の午後3時30分から4時までの間です。」
「随分限定されるな。」
「防犯カメラに階段に行く明石部長が映っていたのが午後3時30分頃で遺体が発見されたのは午後4時でしたからな。」
「なるほどな。第一発見者は?」
「私は知りません。」
「おい。沢村。第一発見者連れてこい。」
「はい。」
沢村は10秒ほどで第一発見者を連れてきた。
「こちらは明石優斗さん。この会社の副部長です。」
ここで北野がなにかに気が付いた。
「明石?亡くなった明石湊さんと何か関係があるのですか?」
「ええ、湊は私の兄です。」
「そうでしたか。それで、どのようにして亡くなった湊さんを見つけたのですか?」
北野は本題に入った。
「書類を提出しようと思って部長室に行ったのですが湊はそこにいなくて、探していたら見つけたんです。」
「亡くなる前になにか湊さんに変わったところはありませんでしたか。」
「特になかったと思います。」
「そうですか。ありがとうございました。何か思い出したことがあったらご連絡ください。」
「はい。」
優斗は仕事へ戻っていった。
「犯人は湊と顔見知りだな。」
北野はそうつぶやいた。
「なぜそう思われるのです?」
と沢村が問う。
「大手ホテル企業の部長が階段にわざわざ行くか?誰かに呼ばれて階段に行ったんだと俺は思う。」
「なるほど。確かにそうですね。」
「まあ、湊が誰かに恨まれてないか聞き込みをするとするか。」
北野と沢村は捜査に動き出した。
「桐山ホテルの社長が記者会見を開くそうですよ。」
それから3日後、山田幸助の部屋にいる久野隆がそう言った。
「桐山ホテルって部長が殺害されたホテルですよね。」
そう言ったのは隆と行動を共にする加納マリアだ。
「ええ、その事件については僕も気になっていました。自らの会社の役員が殺されたとなれば会見を開くべきだと考えたのかもしれませんねぇ。」
「会見では何が明らかになるのでしょうか?」
「恐らく殺害された明石湊部長の後任を発表するのでしょう。」
「なるほど。会見はこの後午前10時からみたいですね。ご覧になります?」
「見てみましょうか。」
会見の10分前に山田が入ってきた。
「おはよう!」
「おはようございます。」
「桐山ホテルが会見を開くそうだな。」
「おや、山田君、ご存知でしたか。」
「おお、桐山ホテルには日ごろからお世話になっているからねぇ。あそこのホテルは大浴場やバスルームも完備されてて良いホテルだよ。接客態度も良いからねぇ。」
「そうでしたか。」
しばらくして
「おい、会見始まるぞ。」
と、山田が言った。
テレビのニュース番組の会見の中継が始まった。会見は桐山ホテル本社で行われるようだ。中継開始からしばらくして社長の桐山松治が現れた。年は60代程であろうか。髪は全て白髪だ。
「全国の国民の皆様、おはようございます。桐山ホテルの社長、桐山松治でございます。」
桐山はそう自己紹介をした。
「皆さんご周知の通り、3日前に我が社の部長を務めていた明石湊が何者かに殺害されました。警察が懸命に捜査をしているところですが、いまだに犯人は検挙できておりません。」
明石湊が殺されたという情報はすでに社会に出回っているので会見を見に来た記者団達は特段驚かなかった。
「これを受け、殺害された明石湊部長の後任を発表したいと思います。」
桐山は少し間を置いてから後任を発表した。
「佐田拓郎さんです。」
その瞬間、その佐田という男が会場に現れた。それと同時に記者団の指が一斉に動き始めた。
「どうも。おはようございます。新しく部長を務めることとなりました、佐田拓郎です。」
佐田はそう言って一礼した。
その後会見は記者団の質問を1時間ほど受け付けて終了した。
「妙ですねぇ。」
会見終了後、隆がそうつぶやく。
「妙って何がだよ。」
山田がそう尋ねると
「桐山ホテルの内部では明石一族が勢力を伸ばしている聞きます。」
「明石って殺された明石湊の家ですか?」
すかさずマリアが問う。
「ええ、明石湊の父親、誠也は現在桐山ホテルの常務にまで昇進を果たしています。そして明石湊は誠也の長男です。彼も部長まで昇進しています。そして次男の優斗が副部長、三男、四男、と続き、誠也の子供は合計8人もいるのですがその人たちは全員、桐山ホテルで働いていてどの人も役員です。」
「子供が8人もいるのですね。」
マリアは少し驚いている。
「いろいろな女性との間で子供を作っていたそうです。」
「どうしてそんなことするのでしょうかね?」
「一族を増やして大手ホテル会社の桐山ホテルを一族で支配するためかもしれませんねぇ。」
「そんな。」
マリアは誠也のやり方に不満があるようだ。
「まあやり方はともかく、僕が妙だと思ったのが人事についてです。」
「人事?」
と山田が問う。
「明石湊が殺されたとなれば桐山ホテル内の明石勢力が削がれてしまったというわけです。そうなるとその穴を埋めるために明石家の人間は湊の後任に自分たちを推薦するはずです。しかし後任についたのは明石家の人間ではなかった。」
「つまり、会社内の上の人間が明石家の人たちに部長職を与えなかったというわけですか?」
「ええ、昨今の状況を鑑みれば明石家の人間かその派閥が部長職になると思うのですがねぇ。新しく部長に就任した佐田さんは明石派閥ではないようですから。」
「なるほど。」
「ひょっとすると、会社内で明石一族とそれ以外の勢力での派閥争いが行われているのかもしれませんねぇ。」
隆の疑問にマリアと山田は頷いた。
「明石誠也はホテル明石を経営していて、その経営状態がかなり切迫しており一時は自殺を考えていましたが、その手腕を当時桐山ホテルの社長だった桐山松次郎に認められて会社の倒産とともに桐山ホテルに就職したようです。その後次々と成果を上げて地位を高めていきました。やがてその子供たちも桐山ホテルに就職し、父親の権力を使って地位を高めていったようですねぇ。」
隆はこの情報をパソコンで調べたようだ。
「ちょっと待ってください?」
マリアが何かに気が付いたようだ。
「明石誠也の才能を認めたその桐山松次郎って。」
「ええ、桐山松治の父親です。すでに病気で亡くなっているそうですが。」
「ふーん、まあ、話を戻すと、どんどん地位を高めてくる明石一族に社長ら幹部が恐れをなして明石湊を殺しったってとこですかね。」
「しかし、それだけではいささか動機が弱いような気がします。」
「そうですよね。」
「それに、本気で明石一族をつぶしたいと考えるのであれば一族の中で一番権力を持っている明石誠也を殺害するべきです。」
「確かに。ではだれが犯人なのでしょう?」
「それはまだわかりません。ですが、少なくとも桐山社長は犯人ではないと僕は考えています。」
「なぜです?」
「大企業の社長がいくら明石一族が地位を高めていても自ら手を下すなどリスクが高すぎます。」
「つまり、犯人は桐山ホテルの幹部の人間ってことですね?」
「僕はそう思いますがねぇ。しかし、明石一族もやられっぱなしではないでしょう。」
「どういう意味です?」
「近いうちに反撃があるということですよ。」
この隆の予想は見事に的中するのであった。
桐山ホテルが建築基準法を違反しているという内部告発が新聞で報じられたのはそれから5日後だった。
「告発者Zですか。」
隆は新聞を見ながら言った。
「これが以前隆さんが言っていた明石一族の反撃というやつですか。」
「ええ、これで明石湊さんを殺した動機が分かりました。」
「動機って?」
「明石湊がこの建築基準法違反をつかんでしまい、都合が悪くなった桐山社長とその派閥が口封じのために殺したと考えるのが普通でしょう。」
「なるほど。酷い世界ですね。」
マリアはそう言って隆のサイダーをもらって飲んだ。
一方その頃北野たちは桐山ホテル従業員への聞き込みを続けていた。
「密会?」
北野はついに有力な情報を手に入れることができたと感じた。
「ええ、月に一回行われる社長とその派閥の幹部しか参加できない秘密の密会です。」
「それは、確かなのですか?」
「いいえ、あくまで噂ですし、密会の場所も不明ですから。」
「そうですか。ありがとうございます。」
しかし、空振りに終わった。
隆とマリアは自宅に帰ろうと山田の家から出て歩いている時に北野と沢村が声をかけてきた。
「あら、出待ちですか?ストーカー行為ですよ。」
マリアはそう言って北野たちをからかう。
「そんなことは分かってますよ。」
「あなた達から我々を訪ねてこられるとは非常に珍しいですねぇ。もしかして、捜査に行き詰っているのでしょうか。」
「残念ながら。」
北野は口惜しそうにうなずいた。
「警察はどのような捜査をしていたのでしょう。」
「亡くなった明石湊に親しい人や桐山ホテルの従業員への聞き込みをしましたが、特に有力な情報を得ることはできませんでした。」
「有力な情報なら手に入れたじゃないですか。北野先輩。」
ここで沢村が口を挟む。
「有力な情報?」
「ほら。密会ですよ。月に一度行われるという。」
「ああ、あれな。だが噂に過ぎないし密会の場所も分からないとなればお手上げだよ。」
「密会というのは、なんでしょう?」
隆は気になりすかさず横槍を入れる。
「桐山社長とその派閥の幹部ごく一部の人間で行われる会議みたいなものですよ。」
「では、そこで明石湊についての議論も行われた可能性があるということでしょうか。」
「ええ、ですが場所が分からなくて結局手掛かりはつかめていません。」
「場所を掴む方法はあると思いますよ。」
「なんです?」
北野は興味津々だ。北野も警察官として犯人を検挙するという信念があるようだ。
「桐山ホテル程の大企業の社長ならタクシーを使うはずです。会社の防犯カメラを確認して桐山社長の足取りを追えば、密会場所が分かるのではないでしょうか。」
「つまり、桐山は会社から密会場所まで移動しているということですか?」
「そこです!今僕が言った方法は桐山社長が会社から密会場所に向かう場合のみ適用できます。しかし、桐山社長にとって密会場所は何としても隠さなければならない場所ですから、もしかしたら自宅から向かっている可能性もあります。」
「では、もし桐山が自宅から密会場所に向かっていたらどうするのです?」
「桐山社長の妻なら何か知っているかもしれませんねぇ。」
「おい、沢村、早速明日桐山の妻に聞き込みだ。」
「はい。」
北野たちは意気揚々と去っていった。
「北野さんたち、大丈夫ですかね?」
マリアが北野たちを心配する。
「大丈夫というと?」
「だって桐山松治にとって密会は誰にも知られてはならない秘密でしょ?奥さんにも告白していないのではありませんか?」
「それはそうでしょうねぇ。ただ、聞いてみる価値はあると思いますよ。」
桐山の自宅は名古屋の中区にあった。都会の一等地に立派な豪邸が建てられている。庭に錦鯉が泳いでいる池があるぐらいだ。
そこに北野たちが訪ねてきた。
「我々、愛知県警の者ですが。お話を伺ってよろしいですか?」
「はい。どうぞ。」
北野の対応をしたのは50代後半の女性だった。桐山の妻とみられる。
「立派なご自宅ですね。」
家の中に案内された北野と沢村はその豪華さに驚いている。松治は仕事で家にいない。
「いえいえ、そんなことないですよ。私には分不相応です。今、お茶を用意しますね。」
「ありがとうございます。」
女性は数分でお茶を持ってきた。
「失礼ですが、桐山松治さんの奥様でございますか?」
「はい。桐山ことと申します。」
「では、早速お伺いするのですが、松治さんが月に一度、1人でお出かけになることはあります?」
「さあ、知りません。松治が仕事と偽って外出しているかもしれませんし。」
「では、松治さんは日頃、会社までなにで行かれているのでしょうか?」
「基本タクシーです。」
「大変恐縮ですが、そのタクシー会社を教えていただけないでしょうか。」
桐山松治が頻繁に乗車していたのはチータータクシーというタクシー会社の車両だった。
隆はその車両を特定して北野たちよりも早く、運転手に話を聞きに行った。
「仕事以外だと、桐山様はいつも金山総合駅までお乗りになられます。」
「そこから電車に乗っているのでしょうか?」
「恐らく。」
「それはいつの事かわかりますか?」
「毎月15日でしょうか。午前中だと思います。」
運転手は力強く頷いた。
その後隆は北野に電話をした。
「北野さん、何か掴めましたか?」
「ええ、桐山松治が休日に自宅からタクシーで金山総合駅に向かっていたことが分かりました。」
「その事ならもう知っていますよ。では、金山総合駅の防犯カメラを調べてください。人混みが多くて探しにくいかもしれませんが、お願いします。」
「あ、ちょっと、」
北野が呼び止めたが隆は電話を切ってしまった。
「切りやがった。おい、沢村、桐山の足取り追うぞ。」
「はい。」
「我々は山田君の家に戻って北野さんたちの続報を待ちましょう。」
「はい。」
隆とマリアが山田の家に戻ると山田は部屋で昼寝をしていた。
「わ!」
マリアが山田を起こすために驚かしてみる。
「おわ!」
山田はそう言って飛び起きた。
「おはようございます。」
「おはよう!なんだ、帰ってきてたのか。あ、そうそう、桐山ホテル、大変なことになっているよ。」
「大変なこととは、建築基準法違反の件ですか?」
「ああ、建物も解体しなきゃいけないし、罰金もあるからな。」
「営業停止処分などが下るのでしょうかねぇ。」
「詳しいことは分からないが、かなり厳しいだろうな。」
北野から電話がかかってきたのはその翌日だった。
「桐山は金山総合駅から名鉄名古屋本線に乗って豊橋駅で降りています。」
「豊橋駅と言うと、もしや、飯田線に乗り換えたのでしょうか。」
「さすがは隆さん、桐山は名鉄飯田線に乗り換えて東栄駅で降りています。」
「そこからは?」
「タクシーに乗って設楽町方面に向かっているのは確認できましたが、正確な場所までは。乗るタクシーもころころ変えているようですし。」
「設楽町、、、、ですか。」
「何か思い当たることでも?」
「いえ、教えていただいてありがとうございます。」
「桐山社長は設楽町方面に向かっていたようですねぇ。マリアさん、設楽町に何があるか分かりますか?」
「そもそも、設楽町ってどこですか?」
「おやおや、そこからですか。まあ答えを教えましょう。」
「桐山ホテルの第一号店がある場所ですよ。桐山ホテルは旅館から始まったホテル会社ですから。今は廃墟化しているようですが。」
「ということは密会場所は設楽町ということですか。遠いですね。」
「ええ、方角でいうのであれば以前行った堀田病院が近いと思いますよ。」
「また、あんなとこ行くんですか。」
「今からではありませんよ。密会が行われるのは毎月15日ですから、その日に行けばいいはずです。」
「でも、密会が行われるのは午前中ですよね?だったら早朝に出発しないといけないんじゃないですか?」
「マリアさん、考えてみてください。桐山は午前中に家からタクシーに乗るのです。設楽町に着くのは午後になるでしょう。我々もそれに合わせて行けばいいのですよ。」
「今日は1月13日ですから、2日後ですね。」
「ええ。」
隆はそう言うと、電話をし始めた。
「ああ、沼田さんですか。1つお伺いしたいことがあるのですが。」
「はい。いつもありがとうございます。何でしょう?」
「松岡湊さんの背中に突き落とされた際の指紋はついていましたか?」
「はい。ついていました。おそらく犯人の物と考えられましたが、犯罪歴のある人物にはヒットしなかったのでお蔵入りですよ。」
「会社従業員の方の指紋採取協力はお願いしましたか?」
「ええ、しかし専務は指紋協力を頂けませんでした。忙しいからとか。」
「ありがとうございます。いつもすみませんね。」
隆は電話を切った。
「誰なんです?沼田って。」
「鑑識課の人ですよ。以前から僕の捜査にご協力して頂いていました。」
「なるほど。隆さんは警察内部にも友達がいらっしゃるということですか。」
「まあ、そういうことですね。」
「じゃあ、私帰りますね。そろそろ帰らないと。」
「どうぞ。さようなら。」
隆はマリアを見送った。
2日後隆とマリアは少し早い午前8時に山田の家を出発した。
「まずは大曽根駅まで行きましょう。」
山田の家から大曽根駅までは徒歩10分ほどである。
駅のホームに着いて5分程で電車が到着した。朝ということもあって人は多い。
隆とマリアは名古屋行きの電車に乗った。朝の通勤ラッシュで座るどころか立っているのも息苦しいほどの人の量だ。
そんな電車に10分ほど揺られて、金山総合駅で電車を降りた。
「次は名鉄でしたっけ。」
「ええ、名鉄名古屋本線です。」
名鉄名古屋本線は割と空いていた。隆とマリアも座ることができた。
「ここから豊橋駅まで行きましょう。」
「行くのは良いですけど、遠すぎません?豊橋まで20駅はありますよ。」
「仕方ありません。おや、桶狭間まできましたね。」
「桶狭間って織田信長が今川義元を討ち果たしたところですか?」
「おや、君にしてはさえていますねぇ。その通りですよ。織田信長が桶狭間で休息をとっていた今川義元に奇襲を仕掛けて見事義元を打ち取ったといいます。」
「桶狭間の戦いって何年の事でしたっけ?」
マリアは隆の能力を試すように隆に問題を出す。
「1560年ですね。切りのいい数字なので非常に覚えやすいですよ。」
あっさり隆に答えられてしまった。
「そうですか。」
電車はやがて愛知県知立市の知立駅に停車した。
「マリアさん、少しお腹すきませんか?」
「まあ、少し。」
「この知立駅で降りてこの地域の特産物を頂きましょう。」
「ご当地料理ってことですか。良いですねぇ。でもまだ設楽町にはついていませんよ。」
「ちょっとした小腹満たしですよ。行きましょう。」
知立駅前は再開発が行われており賑わっている。
「知立の特産物ってなんですか?」
「大あんまきですね。」
隆はそう言って目の前にある大あんまき屋を指さした。
「隆さんにしては上出来ですね。」
「はい?」
「デートのやり方ですよ。」
「そのようなひねくれた見方しかできないのであれば僕が頂きます。」
「褒めたつもりだったんですけど。」
「君に褒められてもうれしくもありませんよ。」
「まあ、それはさておき、普通のあんこだけじゃなくてチーズとかもありますよ。」
「僕は王道で行きます。」
「じゃあ私はチーズにします。」
結局隆はあんこでマリアはチーズの大あんまきを選んだ。
「おいしいですね。」
「ええ、小腹満たしにはうってつけですねぇ。」
「じゃあ、行きましょうかね。」
「ええ、」
2人は再び電車に乗り込むと電車は走り出した。
電車は愛知県岡崎市に差し掛かった。
「まもなく、東岡崎、東岡崎。」
「まだ岡崎市内ですよ。豊橋駅までまだまだです。それに、豊橋駅に着いたらそれでゴールじゃない。乗り換えて山奥まで行くんでしょ?」
マリアは不満をあらわにする。
「そもそも、君が付いてくる必要はないのですよ。嫌なら帰ってもらって結構です。」
「まあ行きますけど。あれなんですかね?」
マリアはそういうと車窓に映っている城の天守閣を指さした。
「ああ、あれは岡崎城ですねぇ。三英傑の1人である徳川家康が生まれた城ですねぇ。」
「そうなんですね。徳川家康って徳川幕府を開いた人ですよね。」
「ええ、1603年に家康は征夷大将軍、つまり、将軍となりました。」
「首都が東京になったのもそれがきっかけですよね。」
「ええ、明治に天皇が京都から東京に移されたことにより東京が日本の首都となりました。」
「何でも知ってるんですね。」
「どうもありがとう。」
ようやく豊橋駅に着いた。1時間はかかっただろう。
「隆さん!見てください!路面電車が走っていますよ。」
道路の真ん中を路面電車が走っていた。
「ああ、愛知県内で路面電車が走っているのはこの豊橋市だけなんですよ。」
「そうなんですか。貴重なんですね。」
「では飯田線に乗り換えましょう。」
飯田線豊橋駅のホームで待っていると5分程で電車が来た。少し古そうな電車である。
隆とマリアは電車に乗り込んだ。電車はあまり人がのっておらず名鉄名古屋本線に乗ったときのように座ることができた。
しばらくすると野田城という駅に停車した。
「野田城って駅名ですけど、近くに城があるんですか?」
マリアは隆に尋ねる。
「ええ、野田城は武田信玄に攻められましたが、信玄を鉄砲で狙撃することに成功しました。武田信玄率いる武田軍が突如として西上を中止して長野県に引き返したのは一般的に信玄が病死したからと言われていますが、狙撃された信玄が力尽きて亡くなったためという説もあります。」
「つまり、武田信玄を倒したお城っていうことですね?」
「諸説ありますが、そういうことになりますねぇ。」
さらにしばらくすると長篠城駅という駅に停車した。
「長篠城ってどこかで聞いたことがあります。」
マリアは考え込む。
「歴史的に有名な城ですからねぇ。ほら、長篠の戦いが行われた場所ですよ。」
「あ!思い出しました!織田信長が大量の鉄砲を使用して武田騎馬隊に壊滅的打撃を与えた戦いですよね。」
「ええ、一方でこの長篠城は織田信長の援軍が来るまで武田軍の猛攻を耐え抜きました。」
「すごい城なんですね。」
「ちなみに、武田軍に包囲されていた長篠城から脱出して織田信長に援軍要請した人物をご存知ですか?」
「知らないです。誰なんですか?」
「鳥居強右衛門ですよ。」
隆は実に楽しそうに語りだす。
「強右衛門は今言った通り長篠城を脱出して織田信長に援軍を要請し、見事OKをもらいました。しかし、強右衛門が再び長篠城に戻ろうとするとそこを武田軍の者に見つかってしまい、磔にされて殺されてしまうのですよ。」
「そうなんですね。」
ようやく最寄り駅の東栄駅に到着した。
そこからタクシーに乗って30分ほどで今は廃墟となっている桐山ホテル第一号店に到着した。朽ち果てているというほど朽ち果てているわけでもないが、古さを感じる。
隆とマリアは旅館の扉を開いた。中からは声が聞こえている今まさに密会が行われているようだ。
「やはり、こちらでしたか。」
隆はそう言って声のする部屋に入った。中にいたのは桐山社長や専務ら幹部たちだ。
「なんだね、君は。こんなところで何してる。」
桐山が目を細くしながら言った。
「それはこちらのセリフですよ。」
とマリアが言った。
「あなた方はここで毎月1回、密会をしていますね。そしてその密会の議題が明石湊の殺害だったのですね。」
「なんでそんなことを。まさか君は我々が湊君を殺したというのか!」
「いいえ。直接手を下したのはそこにいらっしゃる葉山専務ですね。」
「何を言っているんだ。証拠はあるのか!証拠は!」
葉山という男は声を上げた。
「明石湊さんの背中に指紋が付着していました。あなたの指紋と照合すればすぐにわかることだと思いますよ。そしてその指示を出したのは桐山社長です。」
「いや、桐山社長というより、この密会の多数決による指示でしょうがねぇ。」
隆は続ける。
「ではその動機は何でしょう。僕は今回の内部告発で明るみに出た、建築基準法違反の件と考えています。明石湊はその秘密に気が付いてしまった。それでその秘密をばらすと言われてしまったのでしょう。湊を突き落として殺害したんですね。」
「それは、」
桐山を含めみんなが黙り込む。
「しかし、ここで1つ謎が残ります。本気で秘密を守ろうとするのであれば明石家のトップの誠也さんを殺害すればいいだけの話です。しかし、それをしなかったのは、明石誠也の能力を高く評価していたからだと考えます。明石誠也は実績を積んでいましたから、その芽を摘むのは得策ではないと考えたのではないのでしょうかねぇ。まあいずれにしろ、葉山専務を逮捕して事情を伺えば、すべて明るみに出て、桐山社長、あなたもただでは済みませんよ。」
桐山は顔をしかめている。
「警察でーす。」
北野と沢村が入ってきた。
「葉山だな。愛知県警で話を聞かせてもらおうか。」
葉山は連れて行かれた。隆とマリアも建物から立ち去った。その後、社長の桐山も逮捕された。ここに事件は解決したのである。
遺体が発見されたのは大手ホテル会社桐山ホテルの本社だった。桐山ホテルは全国に300ほどのホテルを出店しており、今注目されているホテル会社だ。そんな会社の部長の明石湊が殺された。場所は本社の階段だ。その現場に向かったのは北野と沢村だった。
「財布の金は盗まれていないようですから、物盗りではなさそうですね。」
「おい。死亡推定時刻は何時だ?」
それに答えたのは愛知県警鑑識課の沼田政次だった。少し小太りで年は40代ぐらいだ。鑑識ではかなり腕は良く、ベテランだ。
「死亡推定時刻は昨日の午後3時30分から4時までの間です。」
「随分限定されるな。」
「防犯カメラに階段に行く明石部長が映っていたのが午後3時30分頃で遺体が発見されたのは午後4時でしたからな。」
「なるほどな。第一発見者は?」
「私は知りません。」
「おい。沢村。第一発見者連れてこい。」
「はい。」
沢村は10秒ほどで第一発見者を連れてきた。
「こちらは明石優斗さん。この会社の副部長です。」
ここで北野がなにかに気が付いた。
「明石?亡くなった明石湊さんと何か関係があるのですか?」
「ええ、湊は私の兄です。」
「そうでしたか。それで、どのようにして亡くなった湊さんを見つけたのですか?」
北野は本題に入った。
「書類を提出しようと思って部長室に行ったのですが湊はそこにいなくて、探していたら見つけたんです。」
「亡くなる前になにか湊さんに変わったところはありませんでしたか。」
「特になかったと思います。」
「そうですか。ありがとうございました。何か思い出したことがあったらご連絡ください。」
「はい。」
優斗は仕事へ戻っていった。
「犯人は湊と顔見知りだな。」
北野はそうつぶやいた。
「なぜそう思われるのです?」
と沢村が問う。
「大手ホテル企業の部長が階段にわざわざ行くか?誰かに呼ばれて階段に行ったんだと俺は思う。」
「なるほど。確かにそうですね。」
「まあ、湊が誰かに恨まれてないか聞き込みをするとするか。」
北野と沢村は捜査に動き出した。
「桐山ホテルの社長が記者会見を開くそうですよ。」
それから3日後、山田幸助の部屋にいる久野隆がそう言った。
「桐山ホテルって部長が殺害されたホテルですよね。」
そう言ったのは隆と行動を共にする加納マリアだ。
「ええ、その事件については僕も気になっていました。自らの会社の役員が殺されたとなれば会見を開くべきだと考えたのかもしれませんねぇ。」
「会見では何が明らかになるのでしょうか?」
「恐らく殺害された明石湊部長の後任を発表するのでしょう。」
「なるほど。会見はこの後午前10時からみたいですね。ご覧になります?」
「見てみましょうか。」
会見の10分前に山田が入ってきた。
「おはよう!」
「おはようございます。」
「桐山ホテルが会見を開くそうだな。」
「おや、山田君、ご存知でしたか。」
「おお、桐山ホテルには日ごろからお世話になっているからねぇ。あそこのホテルは大浴場やバスルームも完備されてて良いホテルだよ。接客態度も良いからねぇ。」
「そうでしたか。」
しばらくして
「おい、会見始まるぞ。」
と、山田が言った。
テレビのニュース番組の会見の中継が始まった。会見は桐山ホテル本社で行われるようだ。中継開始からしばらくして社長の桐山松治が現れた。年は60代程であろうか。髪は全て白髪だ。
「全国の国民の皆様、おはようございます。桐山ホテルの社長、桐山松治でございます。」
桐山はそう自己紹介をした。
「皆さんご周知の通り、3日前に我が社の部長を務めていた明石湊が何者かに殺害されました。警察が懸命に捜査をしているところですが、いまだに犯人は検挙できておりません。」
明石湊が殺されたという情報はすでに社会に出回っているので会見を見に来た記者団達は特段驚かなかった。
「これを受け、殺害された明石湊部長の後任を発表したいと思います。」
桐山は少し間を置いてから後任を発表した。
「佐田拓郎さんです。」
その瞬間、その佐田という男が会場に現れた。それと同時に記者団の指が一斉に動き始めた。
「どうも。おはようございます。新しく部長を務めることとなりました、佐田拓郎です。」
佐田はそう言って一礼した。
その後会見は記者団の質問を1時間ほど受け付けて終了した。
「妙ですねぇ。」
会見終了後、隆がそうつぶやく。
「妙って何がだよ。」
山田がそう尋ねると
「桐山ホテルの内部では明石一族が勢力を伸ばしている聞きます。」
「明石って殺された明石湊の家ですか?」
すかさずマリアが問う。
「ええ、明石湊の父親、誠也は現在桐山ホテルの常務にまで昇進を果たしています。そして明石湊は誠也の長男です。彼も部長まで昇進しています。そして次男の優斗が副部長、三男、四男、と続き、誠也の子供は合計8人もいるのですがその人たちは全員、桐山ホテルで働いていてどの人も役員です。」
「子供が8人もいるのですね。」
マリアは少し驚いている。
「いろいろな女性との間で子供を作っていたそうです。」
「どうしてそんなことするのでしょうかね?」
「一族を増やして大手ホテル会社の桐山ホテルを一族で支配するためかもしれませんねぇ。」
「そんな。」
マリアは誠也のやり方に不満があるようだ。
「まあやり方はともかく、僕が妙だと思ったのが人事についてです。」
「人事?」
と山田が問う。
「明石湊が殺されたとなれば桐山ホテル内の明石勢力が削がれてしまったというわけです。そうなるとその穴を埋めるために明石家の人間は湊の後任に自分たちを推薦するはずです。しかし後任についたのは明石家の人間ではなかった。」
「つまり、会社内の上の人間が明石家の人たちに部長職を与えなかったというわけですか?」
「ええ、昨今の状況を鑑みれば明石家の人間かその派閥が部長職になると思うのですがねぇ。新しく部長に就任した佐田さんは明石派閥ではないようですから。」
「なるほど。」
「ひょっとすると、会社内で明石一族とそれ以外の勢力での派閥争いが行われているのかもしれませんねぇ。」
隆の疑問にマリアと山田は頷いた。
「明石誠也はホテル明石を経営していて、その経営状態がかなり切迫しており一時は自殺を考えていましたが、その手腕を当時桐山ホテルの社長だった桐山松次郎に認められて会社の倒産とともに桐山ホテルに就職したようです。その後次々と成果を上げて地位を高めていきました。やがてその子供たちも桐山ホテルに就職し、父親の権力を使って地位を高めていったようですねぇ。」
隆はこの情報をパソコンで調べたようだ。
「ちょっと待ってください?」
マリアが何かに気が付いたようだ。
「明石誠也の才能を認めたその桐山松次郎って。」
「ええ、桐山松治の父親です。すでに病気で亡くなっているそうですが。」
「ふーん、まあ、話を戻すと、どんどん地位を高めてくる明石一族に社長ら幹部が恐れをなして明石湊を殺しったってとこですかね。」
「しかし、それだけではいささか動機が弱いような気がします。」
「そうですよね。」
「それに、本気で明石一族をつぶしたいと考えるのであれば一族の中で一番権力を持っている明石誠也を殺害するべきです。」
「確かに。ではだれが犯人なのでしょう?」
「それはまだわかりません。ですが、少なくとも桐山社長は犯人ではないと僕は考えています。」
「なぜです?」
「大企業の社長がいくら明石一族が地位を高めていても自ら手を下すなどリスクが高すぎます。」
「つまり、犯人は桐山ホテルの幹部の人間ってことですね?」
「僕はそう思いますがねぇ。しかし、明石一族もやられっぱなしではないでしょう。」
「どういう意味です?」
「近いうちに反撃があるということですよ。」
この隆の予想は見事に的中するのであった。
桐山ホテルが建築基準法を違反しているという内部告発が新聞で報じられたのはそれから5日後だった。
「告発者Zですか。」
隆は新聞を見ながら言った。
「これが以前隆さんが言っていた明石一族の反撃というやつですか。」
「ええ、これで明石湊さんを殺した動機が分かりました。」
「動機って?」
「明石湊がこの建築基準法違反をつかんでしまい、都合が悪くなった桐山社長とその派閥が口封じのために殺したと考えるのが普通でしょう。」
「なるほど。酷い世界ですね。」
マリアはそう言って隆のサイダーをもらって飲んだ。
一方その頃北野たちは桐山ホテル従業員への聞き込みを続けていた。
「密会?」
北野はついに有力な情報を手に入れることができたと感じた。
「ええ、月に一回行われる社長とその派閥の幹部しか参加できない秘密の密会です。」
「それは、確かなのですか?」
「いいえ、あくまで噂ですし、密会の場所も不明ですから。」
「そうですか。ありがとうございます。」
しかし、空振りに終わった。
隆とマリアは自宅に帰ろうと山田の家から出て歩いている時に北野と沢村が声をかけてきた。
「あら、出待ちですか?ストーカー行為ですよ。」
マリアはそう言って北野たちをからかう。
「そんなことは分かってますよ。」
「あなた達から我々を訪ねてこられるとは非常に珍しいですねぇ。もしかして、捜査に行き詰っているのでしょうか。」
「残念ながら。」
北野は口惜しそうにうなずいた。
「警察はどのような捜査をしていたのでしょう。」
「亡くなった明石湊に親しい人や桐山ホテルの従業員への聞き込みをしましたが、特に有力な情報を得ることはできませんでした。」
「有力な情報なら手に入れたじゃないですか。北野先輩。」
ここで沢村が口を挟む。
「有力な情報?」
「ほら。密会ですよ。月に一度行われるという。」
「ああ、あれな。だが噂に過ぎないし密会の場所も分からないとなればお手上げだよ。」
「密会というのは、なんでしょう?」
隆は気になりすかさず横槍を入れる。
「桐山社長とその派閥の幹部ごく一部の人間で行われる会議みたいなものですよ。」
「では、そこで明石湊についての議論も行われた可能性があるということでしょうか。」
「ええ、ですが場所が分からなくて結局手掛かりはつかめていません。」
「場所を掴む方法はあると思いますよ。」
「なんです?」
北野は興味津々だ。北野も警察官として犯人を検挙するという信念があるようだ。
「桐山ホテル程の大企業の社長ならタクシーを使うはずです。会社の防犯カメラを確認して桐山社長の足取りを追えば、密会場所が分かるのではないでしょうか。」
「つまり、桐山は会社から密会場所まで移動しているということですか?」
「そこです!今僕が言った方法は桐山社長が会社から密会場所に向かう場合のみ適用できます。しかし、桐山社長にとって密会場所は何としても隠さなければならない場所ですから、もしかしたら自宅から向かっている可能性もあります。」
「では、もし桐山が自宅から密会場所に向かっていたらどうするのです?」
「桐山社長の妻なら何か知っているかもしれませんねぇ。」
「おい、沢村、早速明日桐山の妻に聞き込みだ。」
「はい。」
北野たちは意気揚々と去っていった。
「北野さんたち、大丈夫ですかね?」
マリアが北野たちを心配する。
「大丈夫というと?」
「だって桐山松治にとって密会は誰にも知られてはならない秘密でしょ?奥さんにも告白していないのではありませんか?」
「それはそうでしょうねぇ。ただ、聞いてみる価値はあると思いますよ。」
桐山の自宅は名古屋の中区にあった。都会の一等地に立派な豪邸が建てられている。庭に錦鯉が泳いでいる池があるぐらいだ。
そこに北野たちが訪ねてきた。
「我々、愛知県警の者ですが。お話を伺ってよろしいですか?」
「はい。どうぞ。」
北野の対応をしたのは50代後半の女性だった。桐山の妻とみられる。
「立派なご自宅ですね。」
家の中に案内された北野と沢村はその豪華さに驚いている。松治は仕事で家にいない。
「いえいえ、そんなことないですよ。私には分不相応です。今、お茶を用意しますね。」
「ありがとうございます。」
女性は数分でお茶を持ってきた。
「失礼ですが、桐山松治さんの奥様でございますか?」
「はい。桐山ことと申します。」
「では、早速お伺いするのですが、松治さんが月に一度、1人でお出かけになることはあります?」
「さあ、知りません。松治が仕事と偽って外出しているかもしれませんし。」
「では、松治さんは日頃、会社までなにで行かれているのでしょうか?」
「基本タクシーです。」
「大変恐縮ですが、そのタクシー会社を教えていただけないでしょうか。」
桐山松治が頻繁に乗車していたのはチータータクシーというタクシー会社の車両だった。
隆はその車両を特定して北野たちよりも早く、運転手に話を聞きに行った。
「仕事以外だと、桐山様はいつも金山総合駅までお乗りになられます。」
「そこから電車に乗っているのでしょうか?」
「恐らく。」
「それはいつの事かわかりますか?」
「毎月15日でしょうか。午前中だと思います。」
運転手は力強く頷いた。
その後隆は北野に電話をした。
「北野さん、何か掴めましたか?」
「ええ、桐山松治が休日に自宅からタクシーで金山総合駅に向かっていたことが分かりました。」
「その事ならもう知っていますよ。では、金山総合駅の防犯カメラを調べてください。人混みが多くて探しにくいかもしれませんが、お願いします。」
「あ、ちょっと、」
北野が呼び止めたが隆は電話を切ってしまった。
「切りやがった。おい、沢村、桐山の足取り追うぞ。」
「はい。」
「我々は山田君の家に戻って北野さんたちの続報を待ちましょう。」
「はい。」
隆とマリアが山田の家に戻ると山田は部屋で昼寝をしていた。
「わ!」
マリアが山田を起こすために驚かしてみる。
「おわ!」
山田はそう言って飛び起きた。
「おはようございます。」
「おはよう!なんだ、帰ってきてたのか。あ、そうそう、桐山ホテル、大変なことになっているよ。」
「大変なこととは、建築基準法違反の件ですか?」
「ああ、建物も解体しなきゃいけないし、罰金もあるからな。」
「営業停止処分などが下るのでしょうかねぇ。」
「詳しいことは分からないが、かなり厳しいだろうな。」
北野から電話がかかってきたのはその翌日だった。
「桐山は金山総合駅から名鉄名古屋本線に乗って豊橋駅で降りています。」
「豊橋駅と言うと、もしや、飯田線に乗り換えたのでしょうか。」
「さすがは隆さん、桐山は名鉄飯田線に乗り換えて東栄駅で降りています。」
「そこからは?」
「タクシーに乗って設楽町方面に向かっているのは確認できましたが、正確な場所までは。乗るタクシーもころころ変えているようですし。」
「設楽町、、、、ですか。」
「何か思い当たることでも?」
「いえ、教えていただいてありがとうございます。」
「桐山社長は設楽町方面に向かっていたようですねぇ。マリアさん、設楽町に何があるか分かりますか?」
「そもそも、設楽町ってどこですか?」
「おやおや、そこからですか。まあ答えを教えましょう。」
「桐山ホテルの第一号店がある場所ですよ。桐山ホテルは旅館から始まったホテル会社ですから。今は廃墟化しているようですが。」
「ということは密会場所は設楽町ということですか。遠いですね。」
「ええ、方角でいうのであれば以前行った堀田病院が近いと思いますよ。」
「また、あんなとこ行くんですか。」
「今からではありませんよ。密会が行われるのは毎月15日ですから、その日に行けばいいはずです。」
「でも、密会が行われるのは午前中ですよね?だったら早朝に出発しないといけないんじゃないですか?」
「マリアさん、考えてみてください。桐山は午前中に家からタクシーに乗るのです。設楽町に着くのは午後になるでしょう。我々もそれに合わせて行けばいいのですよ。」
「今日は1月13日ですから、2日後ですね。」
「ええ。」
隆はそう言うと、電話をし始めた。
「ああ、沼田さんですか。1つお伺いしたいことがあるのですが。」
「はい。いつもありがとうございます。何でしょう?」
「松岡湊さんの背中に突き落とされた際の指紋はついていましたか?」
「はい。ついていました。おそらく犯人の物と考えられましたが、犯罪歴のある人物にはヒットしなかったのでお蔵入りですよ。」
「会社従業員の方の指紋採取協力はお願いしましたか?」
「ええ、しかし専務は指紋協力を頂けませんでした。忙しいからとか。」
「ありがとうございます。いつもすみませんね。」
隆は電話を切った。
「誰なんです?沼田って。」
「鑑識課の人ですよ。以前から僕の捜査にご協力して頂いていました。」
「なるほど。隆さんは警察内部にも友達がいらっしゃるということですか。」
「まあ、そういうことですね。」
「じゃあ、私帰りますね。そろそろ帰らないと。」
「どうぞ。さようなら。」
隆はマリアを見送った。
2日後隆とマリアは少し早い午前8時に山田の家を出発した。
「まずは大曽根駅まで行きましょう。」
山田の家から大曽根駅までは徒歩10分ほどである。
駅のホームに着いて5分程で電車が到着した。朝ということもあって人は多い。
隆とマリアは名古屋行きの電車に乗った。朝の通勤ラッシュで座るどころか立っているのも息苦しいほどの人の量だ。
そんな電車に10分ほど揺られて、金山総合駅で電車を降りた。
「次は名鉄でしたっけ。」
「ええ、名鉄名古屋本線です。」
名鉄名古屋本線は割と空いていた。隆とマリアも座ることができた。
「ここから豊橋駅まで行きましょう。」
「行くのは良いですけど、遠すぎません?豊橋まで20駅はありますよ。」
「仕方ありません。おや、桶狭間まできましたね。」
「桶狭間って織田信長が今川義元を討ち果たしたところですか?」
「おや、君にしてはさえていますねぇ。その通りですよ。織田信長が桶狭間で休息をとっていた今川義元に奇襲を仕掛けて見事義元を打ち取ったといいます。」
「桶狭間の戦いって何年の事でしたっけ?」
マリアは隆の能力を試すように隆に問題を出す。
「1560年ですね。切りのいい数字なので非常に覚えやすいですよ。」
あっさり隆に答えられてしまった。
「そうですか。」
電車はやがて愛知県知立市の知立駅に停車した。
「マリアさん、少しお腹すきませんか?」
「まあ、少し。」
「この知立駅で降りてこの地域の特産物を頂きましょう。」
「ご当地料理ってことですか。良いですねぇ。でもまだ設楽町にはついていませんよ。」
「ちょっとした小腹満たしですよ。行きましょう。」
知立駅前は再開発が行われており賑わっている。
「知立の特産物ってなんですか?」
「大あんまきですね。」
隆はそう言って目の前にある大あんまき屋を指さした。
「隆さんにしては上出来ですね。」
「はい?」
「デートのやり方ですよ。」
「そのようなひねくれた見方しかできないのであれば僕が頂きます。」
「褒めたつもりだったんですけど。」
「君に褒められてもうれしくもありませんよ。」
「まあ、それはさておき、普通のあんこだけじゃなくてチーズとかもありますよ。」
「僕は王道で行きます。」
「じゃあ私はチーズにします。」
結局隆はあんこでマリアはチーズの大あんまきを選んだ。
「おいしいですね。」
「ええ、小腹満たしにはうってつけですねぇ。」
「じゃあ、行きましょうかね。」
「ええ、」
2人は再び電車に乗り込むと電車は走り出した。
電車は愛知県岡崎市に差し掛かった。
「まもなく、東岡崎、東岡崎。」
「まだ岡崎市内ですよ。豊橋駅までまだまだです。それに、豊橋駅に着いたらそれでゴールじゃない。乗り換えて山奥まで行くんでしょ?」
マリアは不満をあらわにする。
「そもそも、君が付いてくる必要はないのですよ。嫌なら帰ってもらって結構です。」
「まあ行きますけど。あれなんですかね?」
マリアはそういうと車窓に映っている城の天守閣を指さした。
「ああ、あれは岡崎城ですねぇ。三英傑の1人である徳川家康が生まれた城ですねぇ。」
「そうなんですね。徳川家康って徳川幕府を開いた人ですよね。」
「ええ、1603年に家康は征夷大将軍、つまり、将軍となりました。」
「首都が東京になったのもそれがきっかけですよね。」
「ええ、明治に天皇が京都から東京に移されたことにより東京が日本の首都となりました。」
「何でも知ってるんですね。」
「どうもありがとう。」
ようやく豊橋駅に着いた。1時間はかかっただろう。
「隆さん!見てください!路面電車が走っていますよ。」
道路の真ん中を路面電車が走っていた。
「ああ、愛知県内で路面電車が走っているのはこの豊橋市だけなんですよ。」
「そうなんですか。貴重なんですね。」
「では飯田線に乗り換えましょう。」
飯田線豊橋駅のホームで待っていると5分程で電車が来た。少し古そうな電車である。
隆とマリアは電車に乗り込んだ。電車はあまり人がのっておらず名鉄名古屋本線に乗ったときのように座ることができた。
しばらくすると野田城という駅に停車した。
「野田城って駅名ですけど、近くに城があるんですか?」
マリアは隆に尋ねる。
「ええ、野田城は武田信玄に攻められましたが、信玄を鉄砲で狙撃することに成功しました。武田信玄率いる武田軍が突如として西上を中止して長野県に引き返したのは一般的に信玄が病死したからと言われていますが、狙撃された信玄が力尽きて亡くなったためという説もあります。」
「つまり、武田信玄を倒したお城っていうことですね?」
「諸説ありますが、そういうことになりますねぇ。」
さらにしばらくすると長篠城駅という駅に停車した。
「長篠城ってどこかで聞いたことがあります。」
マリアは考え込む。
「歴史的に有名な城ですからねぇ。ほら、長篠の戦いが行われた場所ですよ。」
「あ!思い出しました!織田信長が大量の鉄砲を使用して武田騎馬隊に壊滅的打撃を与えた戦いですよね。」
「ええ、一方でこの長篠城は織田信長の援軍が来るまで武田軍の猛攻を耐え抜きました。」
「すごい城なんですね。」
「ちなみに、武田軍に包囲されていた長篠城から脱出して織田信長に援軍要請した人物をご存知ですか?」
「知らないです。誰なんですか?」
「鳥居強右衛門ですよ。」
隆は実に楽しそうに語りだす。
「強右衛門は今言った通り長篠城を脱出して織田信長に援軍を要請し、見事OKをもらいました。しかし、強右衛門が再び長篠城に戻ろうとするとそこを武田軍の者に見つかってしまい、磔にされて殺されてしまうのですよ。」
「そうなんですね。」
ようやく最寄り駅の東栄駅に到着した。
そこからタクシーに乗って30分ほどで今は廃墟となっている桐山ホテル第一号店に到着した。朽ち果てているというほど朽ち果てているわけでもないが、古さを感じる。
隆とマリアは旅館の扉を開いた。中からは声が聞こえている今まさに密会が行われているようだ。
「やはり、こちらでしたか。」
隆はそう言って声のする部屋に入った。中にいたのは桐山社長や専務ら幹部たちだ。
「なんだね、君は。こんなところで何してる。」
桐山が目を細くしながら言った。
「それはこちらのセリフですよ。」
とマリアが言った。
「あなた方はここで毎月1回、密会をしていますね。そしてその密会の議題が明石湊の殺害だったのですね。」
「なんでそんなことを。まさか君は我々が湊君を殺したというのか!」
「いいえ。直接手を下したのはそこにいらっしゃる葉山専務ですね。」
「何を言っているんだ。証拠はあるのか!証拠は!」
葉山という男は声を上げた。
「明石湊さんの背中に指紋が付着していました。あなたの指紋と照合すればすぐにわかることだと思いますよ。そしてその指示を出したのは桐山社長です。」
「いや、桐山社長というより、この密会の多数決による指示でしょうがねぇ。」
隆は続ける。
「ではその動機は何でしょう。僕は今回の内部告発で明るみに出た、建築基準法違反の件と考えています。明石湊はその秘密に気が付いてしまった。それでその秘密をばらすと言われてしまったのでしょう。湊を突き落として殺害したんですね。」
「それは、」
桐山を含めみんなが黙り込む。
「しかし、ここで1つ謎が残ります。本気で秘密を守ろうとするのであれば明石家のトップの誠也さんを殺害すればいいだけの話です。しかし、それをしなかったのは、明石誠也の能力を高く評価していたからだと考えます。明石誠也は実績を積んでいましたから、その芽を摘むのは得策ではないと考えたのではないのでしょうかねぇ。まあいずれにしろ、葉山専務を逮捕して事情を伺えば、すべて明るみに出て、桐山社長、あなたもただでは済みませんよ。」
桐山は顔をしかめている。
「警察でーす。」
北野と沢村が入ってきた。
「葉山だな。愛知県警で話を聞かせてもらおうか。」
葉山は連れて行かれた。隆とマリアも建物から立ち去った。その後、社長の桐山も逮捕された。ここに事件は解決したのである。
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