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第12話 廃墟焼失
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そこは愛知県名古屋市の閑静な住宅街にある廃屋だった。この廃屋はこの住宅街の景観を害するのに十分だった。廃屋は2階建てのごく普通の一軒家だったが廃屋に住んでいた人物の自家用車が駐車していたであろう駐車場も草に埋もれているし、建物の色が緑に見えるほど蔦が絡まっていた。人がいなくなって随分時が流れていることは容易に想像ができた。そんなこともあり、その廃屋は解体をすることが決まり準備段階に入っていた。
そんな頃だった、深夜1時ごろに廃屋から火の手が上がったのだ。
火の手が上がって10分ほどしたところで近所の住人から廃屋が燃えているという119番通報が入り、消防隊が駆け付けた。
消防隊が消火活動を始めたが火は建物全体を包み込み、建物は音を出して崩れ落ちていった。
やがて火は消し止められたが建物は全焼し、見る影もなくなっていた。
「廃屋で火事ですか。」
このような大惨事に興味を示したのがこれまで数々の難事件を解決へと導いてきた天才中学生の久野隆だった。
「興味、湧きます?」
隆と行動を共にする加納マリアはそう言った。
「ええ。大いに興味があります。」
「でしょうね。しかし人の住んでいない家での火事となると何者かの放火と考えるのが自然でしょう。」
マリアは自分の推論を披露した。
「ええ。そうでしょうねえ。警察も放火事件として捜査をしているそうです。」
隆はマリアの見解に同意することを示した。
「放火だとすれば、目的は何なんでしょうね?」
マリアは自分が気になったことを言った。
「考えられる目的は2つだと思いますよ。1つは悪戯で放火をした可能性です。放火をしてそれを楽しんでいる人は一定数いると思いますからねぇ。そしてもう1つは何かを隠そうとして放火をした可能性です。その廃屋に何かを隠していたがそれが何らかの事情によって露呈しそうになり、それを隠すために燃やしたのではありませんかねぇ。」
隆は自分の考えを語るとマリアは2つ目の可能性の方に注目した。
「隠したいものって?」
「さあ、何でしょうねぇ。もし隠したいものを隠し通すために燃やしたとするならば非常に興味があります。」
隆は上着を着てスーツ姿になると現場へと足を動き始めた。
隆とマリアが現場に着いた時には捜査員が焼け跡を捜索していた。付近では近所の住民同士が話している。
隆はその話している住民に声をかけた。
「すみません。ご近所の方ですか?」
「はい。そうですけど。」
住民は50代ぐらいの女性だった。近所のおばさん、という言葉がよく似合うような女性であった。
「ここ、燃えたみたいですけど何があったのでしょう?」
隆はそう尋ねた。隆は警察官ではないので白昼堂々と放火事件について何か知っているのかと聞くわけにもいかない。
「そうなのよ。解体直前だったのに燃えちゃってねぇ。」
一人の女性がそう言った。
「解体直前というのは?」
少し驚いた口調で隆は尋ねる。
「あら、知らないの?まあ噂なんだけどね。ここ、近々解体工事が行われることが決まっていたらしいわよ。」
マリアは驚きの声で反応した。
「そうなんですか!」
隆は相変わらずの丁寧な口調で言った。
「貴重な情報どうもありがとうございました。」
去っていく隆とマリアの後姿を見ながら女性は
「貴重な情報って、随分丁寧な子ねぇ。スーツだし。見たことある?」
もう一人の女性も首を横に振るばかりだった。
「ないわね。」
後ろからそんな話が聞こえてきたのかマリアは
「隆さん、噂されてますよ。まあ確かにスーツなんておかしいですからね。ある意味の不審者。」
隆は慣れっこのように言った。
「ご近所同士の噂話と言うのは恐ろしいものですねぇ。」
隆は愛知県警の北野に連絡を入れた。
「もしもし。北野さんですか。」
「私に電話かけてるんだから私に決まってるでしょう!なんなんですか全く、こっちはねえ。あなたと話している暇はないのですがねぇ。まあ用件だけは聞いてやりますよ。で?なんです?」
北野は相変わらずの嫌味ったらしい口調でそう言うと隆は
「では用件だけ申します。例の廃屋の火災の件、ご存知ですか?」
「そりゃ知ってますけど。」
「その廃屋は解体が決まっていたそうです。その解体業者というものを調べてはもらえませんかね。」
「あのですねえ。捜査一課は殺人を取り扱う部署ですよ。そういう情報提供は担当の部署にしていただけますかね。もう切りますよ。」
北野はそう言って一方的に電話を切ってしまった。
打つ手を無くした隆とマリアが山田の家に戻るとマリアは言った。
「八方塞がりってやつですかね。北野さんたちが協力してくれないんじゃ何もできないですよ。」
隆と北野の付き合いは長い。隆はあくまで冷静だった。
「ああ見えても北野さんは愉快な方ですから。きっと動いてくれるはずです。」
「そうですかね。」
しかし北野が動かざるおえない事情が発生した。ニュースの放送で衝撃の事実が報道されたのである。
「夕方のニュースです。昨日廃屋で火災が発生した不審火ですが焼け跡から一人の遺体が見つかったことが明らかになりました。遺体の身元は未だ分かっていません。」
「おやおや、遺体が見つかりましたか。」
「じゃあ燃やした犯人が隠したかったものって。」
「ええ。遺体の可能性がありますねぇ。」
隆は冷静に物騒なことを言った。
そのニュースは愛知県警捜査一課に激震を走らせた。捜査本部が設置されたのである。捜査会議では北野が報告を行っていた。
「焼け跡から見つかった遺体の身元はまだ分かっていません。」
北野の発表を遮るようにして刑事部長の猪俣が
「廃屋を所有していた人の安否は確認したのかね?放火事件で人の遺体が見つかった場合遺体の身元はその家の所有者だと考えるのが基本だと思うが。」
と言った。
「現在不動産会社に確認して所有者を割り出すべく動いております。」
「さっさとしろ。」
猪俣の言葉遣いが荒くなった。
「所有者が割り出せていないようなら、この会議で話すことは何もない。とっとと所有者を割り出せ!」
猪俣の言葉に威勢のいい声で答えた捜査員たちは各自動き始めた。
「あの野郎。また偉そうなこと言いやがって。お前の言うことぐらいは解ってんだよ。」
廊下を歩いている途中に北野は毒づいていた。後輩の沢村は底意地の悪い笑みを浮かべて
「まあ、あの人、結構噂ある人ですからね。」
と言った。北野は興味津々で尋ねた。
「噂ってなんだよ。セクハラとか?」
「そんなもんじゃありませんよ。先輩知らないんすか?」
いつも捜査をしている北野にはそのような噂は一切耳に入ってきていなかった。沢村の方が情報通なのだろうか。
「大企業の社長から賄賂を受け取っているらしいっすよ。」
「マジかよ。」
「久野隆が動いてそれを暴きかけたけど最終的に自らの権力を使って罪を逃れたって話ですけどね。」
沢村が隆の名前を口にした途端北野の顔が曇った。
「あの生意気な中学生か。まあでもあの男に付きまとわられると猪俣も厄介だろうな。」
その曇った顔はやがて底意地の悪い笑みへと移り変わった。沢村も同じ笑みを浮かべている。
「あの男をうまく利用すれば猪俣を追い出せるかもな。」
「先輩、何考えてんすか。」
2人の笑みが愛知県警の廊下をこだました。
そんなことを企んでいる北野たちより早くに隆とマリアは所有者を特定してその人物の元に向かっていた。その途中にマリアは勝ち誇ったように言った。
「北野さん達、今頃不動産会社に向かってますかね。」
隆は警察の捜査方法を長年の独自の捜査で大体は把握していた。
「ええ、そうかもしれませんねぇ。警察の捜査としては近所の住人の噂話は見落としやすい所なのでしょう。」
所有者の名前は伊藤康弘という男だった。伊藤の家は名古屋市の隣の春日井市にある。春日井と言っても山奥の方で池のほとりに家があった。さほど豪邸と言うわけでもないが3階建ての一軒家で金には困っていなさそうである。
隆とマリアは伊藤家のインターホンを鳴らした。
「はい?」
インターホン越しに話してくるかと予想していた隆だったが伊藤はドア開けて出てきた。
「ああ、近所の久野という中学生ですけれども。」
「同じく、近所の加納といいます。」
伊藤は80代ぐらいの老人だった。妻は他界したらしくこの一軒家で一人暮らしだという。
「おお、まあ上がって上がって。」
伊藤は長らく一人暮らしをしていて寂しいのだろうか。隆とマリアがやって来た目的など知らずに今の話から昔の話まで語り尽くしている。隆は機会をうかがって本題へと持ち掛けた。
「ところで、あなたは家を所有していらっしゃいますよねえ。家と言っても今は使われていない廃屋のようですが」「ああ、そんなの持ってたかなあ。」
伊藤はどうやらボケが回ってきているようだった。先程の会話でも若干怪しいものがある。
「覚えていらっしゃらないということですね。」
隆が確認すると伊藤は頷いた。
「では、親族の方はいらっしゃいますか?」
隆はそう尋ねた。隆の聞きたいことが終わると再び伊藤の昔話がスタートした。
適当に話を切り上げて伊藤の家から脱出した隆とマリアは伊藤に教えてもらった親族の住所へ向かっていた。その途中でマリアが隆に尋ねる。
「なんで親族を訪ねようと思ったんです?」
隆はさも平然とした顔で
「かなり失礼な物言いになってしまいますが伊藤さんのような患っていらっしゃる高齢者一人がいくら廃屋とはいえ家を一軒管理するなどできるはずもありません。それにあの口ぶりでは廃屋が燃えたことにすら気づいていないのでしょう。なのでおそらく、伊藤さんの名義ではありますが実質は伊藤さんの親族が管理を行っているのではないかと思いましてね。」
と言った。まあ根拠もあり納得できる内容だった。
「なるほどね。」
隆の考えにマリアは小さく頷いた。
伊藤康弘の親族は息子が一人いるのみだった。
その名は伊藤信二。3年前に結婚して2歳の子供がいる。ごくごく普通の家庭と変わりのない暮らしだった。
そんな信二の家は高蔵寺にある。高蔵寺は一見家や店が立ち並んでいて栄えているように見えるが建物は決して新しいとは言えない。康弘の家から信二の家に行くにはJR中央線春日井駅から電車に乗って高蔵寺駅まで行った。
信二の家は中々の豪邸だった。高蔵寺の見掛け倒しの建物の立ち並ぶ中に立派な家がある。
「なんでしょうか。」
そんな豪邸の門のインターホンを押すと信二とみられる男が出てきた。普段着で出てきた信二だったが今日は休日なので仕事がないのだろう。
「どうも。愛知県警の北野と」
「沢村です。」
後ろからそんな挨拶が聞こえてマリアは驚いた。自分たちが一歩リードしていたはずなのにいつの間にこの二人に追いつかれたのだろうか。
「警察の方が何か御用ですか?」
信二は訪ねてきたのが警察だと分かって少し驚いた様子だったがやがて北野たちを家へと上がらせた。
家の中は良く片付けられていた。どうやら家政婦を雇っているらしい。
「あなたのお父様の康弘さんが所有していた廃屋が火災で燃えたことはご存知ですよね。」
北野が事実確認から行う。隆は部屋の中をじっと眺めていた。
「もちろん、知ってますよ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ここまでの信二は好印象だった。金持ち風の威張りもなく北野の質問にも丁寧に答えていく。
「その廃屋なんですがお父様の康弘さんの名義で所有していますが実質所有していたのはあなたなのではありませんか?」
「ええ。父はもうだいぶボケが回っていて土地の管理なんてとてもできる状態じゃありませんでしたから。」
「ではなぜそうまでして廃屋一つを管理されようとなさったんですか?」
鋭い質問をしたのは北野の相棒、沢村である。
「父の昔の家なんです。愛着があってどうしても手放せないというものですから。」
「その言い方だとあなたは手放そうと考えていたわけですね。」
その質問を放ったのは隆だった。
「勝手に口を挟まないでもらえますかねえ。」
北野が嫌味を言う。しかし信二は隆の質問に答えた。
「まあ確かに。手放したいなとは思っていました。もう廃屋も燃えて無くなったんだし手放そうかなと思っているのですが。」
「焼け跡から遺体が見つかったんですがその身元に心当たりはありますか?」
北野は本題に入った。
「家族ではないと思います。家族は誰もいなくなったりしてませんから。」
「そうですか。」
収穫無しと判断した北野は聞こえないようにため息をついた。
信二の家から出て北野と沢村と別れた隆は納得のいっていない様子だった。
「しかし、矛盾していますねぇ。」
隆はそうつぶやく。隆の言う矛盾の意味がマリアにはわからなかった。
「なにがです?」
「考えても見てください。康弘さんにとって廃屋は愛着のある家のはずです。しかし、康弘さんは廃屋の事について覚えていらっしゃらない様子だった。矛盾していると思いませんか?」
「確かに。」
「たとえ康弘さんにボケが回って廃屋が記憶から消し去られてしまったのだとしても、あれだけ朽ち果てるまでには至らないと思いますがねぇ。」
「つまり、康弘さんは廃屋に特別な思いなど無かった。信二さんが言っていたことは嘘だと言いたいんですか?」
マリアにはにわかに信じがたい話だったが隆には確信があるようだった。
「ええ。僕はそう思いますよ。」
「だったらなんで廃屋を手放さなかったんです?」
マリアの疑問は当然生まれる疑問であった。
「ここで隠したい物の存在が気になってきます。廃屋が燃えた理由です。もし廃屋を燃やしてまで隠したいものが焼け跡から見つかった身元不明の遺体だったとしたら。」
「廃屋は遺体の隠し場所だった。」
マリアはようやく隆に追いついた。
「当たりです。問題はその遺体の身元ですがね。」
隆は北野に再び連絡をして呼び出しどこかへ向かった。
「さっき別れてなんでまた呼び出されなきゃならないんですかねぇ。」
開口一番に北野は嫌味を言った。隆はそんな北野など相手にせず確認をした。
「あなた方はこの解体業者を訪ねていませんよね?」
そう、隆たちが訪れていたのは廃屋を解体する予定だった解体業者だったのだ。会社の規模としては大きいようで解体工事からリフォームなど手広くやっている会社だった。3階建てのビル全てがその解体業者の物である。「新島建設」と書かれた看板のかかるそのビルの前で隆たちは話をしている。
「ええ、廃屋の所有者の事はあなたに教えてもらったんだから解体業者には訪ねていませんよ。」
隆の問いに答えたのは沢村だった。
「では参りましょうか。」
4人は会社の中に入っていった。
「どちら様でしょうか?」
4人の対応をしたのは30代ぐらいの男だった。マリアの見立てだと育ちがよさそうである。
「愛知県警の北野と申します。」
「同じく沢村です。」
警察と名乗ると男は警戒心を出した。
「警察の方が何か御用でしょうか?」
「お宅が解体する予定だった廃屋の件についてお話がありましてね。」
北野がそう言うと男は奥へ行き社長を呼んだ。社長は4人を応接室へと案内した。落ち着いたところで北野が質問を繰り出した。
「ところで解体に至る経緯と言うのはどのようなものだったのでしょう。」
社長は懇切丁寧に説明をした。
「市からの委託で解体工事を行う予定でした。」
北野に代わって沢村が尋ねた。
「ここの業者では市からの仕事も請け負うんですか?」
「ええ。あの廃屋は景観を害していると近隣の住民の方々から市に苦情があったみたいで市が金を出して解体工事を行う予定だったんです。」
ここで隆が口を挟んだ。
「なるほど。そうでしたか。所有者は合意したんですか?」
「ええ。合意されましたよ。ただ。」
社長の顔が少し窪んだのを隆は見逃さなかった。すかさず質問を投げかける。
「ただ?なんでしょう?」
「最初解体をすると伝えたら少々戸惑っていらっしゃって工事の日程などをしつこく聞かれました。解体工事をするにあたって最初にすることは廃屋の中にある大きなものなどの整理や処理からですから、何か回収しておきたいものがあったのかもしれません。なのでさほど気にしていなかったのですが、まさか燃えて焼け跡から遺体が見つかるなんて。やっぱりあの時怪しむべきだったのでしょうか。」
社長は良い人だな、とマリアは感じた。隆も同じように感じたらしく優しい言葉をかけた。
「あなたにはなんら責任はないと思いますよ。」
すっかり隆に質問役を変わられてしまった北野は歯ぎしりをしながら
「聞きたいことは以上ですか?」
と嫌味を口にした。だがこれも定番。隆はさらっと受け流すと解体業者を出て行った。マリアも続く。そんな後姿を見て
「勝手に動き回りやがって。」
と毒づいた。
「遺体の身元はまだ分かっていないみたいですね。」
解体業者を出た隆は北野にそう尋ねた。
「ええ。遺体の身元は家族ではないでしょうね。誰も死んじゃいませんから。」
隆は一つの可能性を言った。
「身元は家族ではなく、部外者の可能性が高いということですか?」
北野はため息をついた。
「また振り出しですよ。」
そう言って去っていく北野と沢村には刑事のプライドが容易に感じ取ることができた。
「いや、ご苦労さん。遺体の身元分かってないんだって?」
山田の家に戻ると山田がそう言った。
「おや、どうしてその事を?」
隆の疑問は当然である。
「いや、沼田から聞いたんだよ。」
そういえば山田と沼田の仲も良くわからない。どういう仲なんだろう。マリアには謎が増えるばかりである。隆はこれまで捜査して分かったことや個人的に気になった事などを山田に説明した。
「確かに。矛盾してるねぇ。」
山田は隆が矛盾していると考えた意見を専門家らしく聞くとそう言った。
「お父さんにとって愛着のあった家っていうわけじゃなかったんじゃないの?」
ここで山田が自分の推論を語り始めた。
「その亡くなったお母さんにとってその廃屋は愛着のある物だったから管理してほしいって遺言したんっじゃないの?」
山田は冗談めかして言ったが隆にはピンときたらしくスーツの上着を着ると
「なるほど。亡くなったお母さまがいましたねぇ。」
と言って一目散に部屋を出て行った。その後ろ姿を見て山田が
「俺なんか言った?」
と言った。マリアも首をかしげて
「さあ。あの人変なところに反応しますから。」
と言って後に続いた。
山田の家を出た隆は北野に電話をした。
「あのねえ。何回も何回も電話かけてこないでもらえます?」
北野はいらだっている様子だった。遺体の身元が分からずに苛立っているのだろう。
「その様子だと遺体の身元が分かっていないのですね。ですが遺体について何かわかったことはありましたか?」
「はあ。頭蓋骨にひびがありますから殺人であることに間違いはありませんよ。」
「なるほど。どうもありがとう。」
「もう切りますよ。」
「ああ、あと一つだけ頼みがあります。」
隆は頼み事を告げると犯人との最終決戦の場、高蔵寺へ向かった。
伊藤信二は前来た時よりも苛立っている様子がうかがえた。
「なんでしょうか。」
「遺体の身元が分かりましたのでそのご報告に。」
隆のその言葉に信二は驚いたのか中学生2人組を家に招き入れた。
「で?遺体の身元は誰だったんです?」
信二はやや慌てているように見えた。
「その前に家を燃やしたのはあなたですね?」
隆の唐突な質問に信二はさぞかし驚いたようだった。
「なにを馬鹿なことを。」
「そして遺体の身元はあなたのお母さまである伊藤幸子さんですね?」
「そう思われる根拠は?」
「伊藤幸子さんですが死亡届が出されていませんね?葬儀屋にも確認しましたが伊藤幸子さんの葬儀を行ったというところは一軒もありませんでした。」
隆のその言葉に信二は返す言葉も無かった。
「それは。何かの間違いじゃないですか?母は確かに亡くなりました。」
信二はとっさの思いついたことを言ったがあまり上手な言い訳ではなかった。
「ええ。確かに幸子さんは亡くなっている。ですが正式な手続きは踏んでいない。不法に死去なされたということです。」
「じゃあ焼け跡から見つかった遺体は母の物だったんですか?」
「まだ分かりませんがそれが分かるのは時間の問題でしょう。」
「例え遺体の身元が母親の物だったとしてもなんで私が廃屋を燃やす必要があるんですか。」
信二は声を上げて訴えた。隆は丁寧に追及をしていく。
「あの廃屋は近々、市によって解体される予定だったそうですねぇ。となると廃屋に隠してある幸子さんの遺体が見つかってしまう。ならばいっそ燃やしてしまおうと考えたのではありませんか?焼け跡から遺体が見つかったとしても身元が分からないのでは捜査になりませんからねぇ。何しろ幸子さんは以前から亡くなったものだと誰もが思っているわけですからだれも遺体が幸子さんの物だとは考えない。よくできたシナリオです。」
隆が語り終わると信二は信じられないっといった口調で
「ちょっと待ってください。あなたは母親を僕が殺してその遺体を隠すために廃屋を燃やしたって言うんですか?」
信二は今までの隆の追及をまとめてみた。だが隆には確信があったようだ。
「はい。」
正面からそう答えると信二は少し笑って
「馬鹿馬鹿しいそんな話があるわけがない。そもそもどうして僕が母親を殺さなければならないんですか!」
信二は声を荒げた。
「そのことですがあなたとあなたの奥様について調べさせてもらいました。」
奥様という言葉が出た途端に信二の顔が曇った。隆は続ける。
「奥様、幸子さんの介護が大変で倒れられたそうですねぇ。ここからは僕の推理ですがあなた方ではとても幸子さんは手に負えなかったそれで殺害し廃屋に遺体を隠した。そして廃屋に康弘さんが愛着があるとして管理し続けた。しかし、ここである問題がありました。解体業者が廃屋を解体すると言って来たんです。このままでは遺体が発見されてしまう。そう考えたあなたは遺体を別の場所に隠そうと考えた。しかしこれ以上遺体を隠し続けるのもリスクがあると考えたあなたはならばいっそ燃やしてしまおうという考えにたどり着いたのではないでしょうか。」
隆の推理は大方当たっているだろう。だが信二は抵抗を続けた。
「そうだったとしても、全部君の推理でしょう?かくたる証拠はあるんですか!そもそもあなたは誰なんです!警察ですらないでしょう。」
「推理ごっこが好きなただの中学生。とでも言っておきましょうか。」
信二の語気が荒くなった。
「ふざけるな!もう出て行ってくれ!」
信二にこう言われてしまってはさすがの隆も退くしかない。逆転をかまされたとマリアが諦めかけた時、事態はまた一変する。
「もういいよ。」
そう言って奥の部屋から出てきたのは信二の妻だった。
「私たちが幸子さんを殺害しました。発覚を恐れて廃屋も燃やしました。」
妻は点々と自供をする。
「やめろ!」
妻の自供を信二は必死で遮ろうとしたが無駄だった。小さかった妻の声は決断をしたようにどんどん大きくなっていく。
「今までの努力が水の泡じゃないか!」
妻の自供が終わると信二はそう叫んだ。
「今までの努力と言うのは犯行を認めたということでよろしいでしょうか?」
「俺は認めない!全部あのババアが悪いんだ!」
そう叫ぶ信二は段々見苦しく見えてきた。
「いい加減にしなさい!」
隆は小刻みに頬を震わせながらそう言った。今までの穏やかな口調とはまるで異なる。
「これ以上の言い訳は極めて見苦しいですよ!奥様の自供があればそれは揺るぎない証拠となります。」
隆に信二の妻は同調した。
「もうやめましょう。警察へ行きます。」
「そんな。」
そんな信二に隆がとどめを刺した。
「確かに高齢者の介護は大変です。しかし、殺す以外の選択肢はありませんでしたかねぇ。残念です。」
「警察へ行きますか?」
隆のその言葉に押された2人は警察へ行った。
「また事件解決したんだって?犯人、警察に出頭したらしいな。」
山田の家に隆とマリアが入ると山田が待ち構えていた。
「でも、おかしいですよね。遺体を隠すために廃屋を燃やすなんて。狂ってますよ。」
マリアは信二ら犯人をそう評価した。
「ええ。その火災で消防隊や近所の住人にどれだけの迷惑をかけたか。思い知ってほしいものですねぇ。」
隆は事件が解決するとサイダーを飲むという風習がある。この時もサイダーを飲み始めた。
「まあ、一番の被害者は殺された挙句に廃屋に隠されて燃やされた幸子さんですけどね。」
マリアはそう言った。
「もう一人被害者はいますよ。別の見方をすれば。ですが。」
隆の言う別の見方と言うのは何なのだろうか。マリアは答えに窮した。
「父親の康弘さんですよ。自らの名義で廃屋を管理させられ。その廃屋に遺体を隠され。挙句の果てに燃やされたわけですから。」
「なるほど。結局犯罪を犯して得をする人は誰一人いないということですね。」
「そういうことです。」
隆とマリアはそう胸に誓った。
そんな頃だった、深夜1時ごろに廃屋から火の手が上がったのだ。
火の手が上がって10分ほどしたところで近所の住人から廃屋が燃えているという119番通報が入り、消防隊が駆け付けた。
消防隊が消火活動を始めたが火は建物全体を包み込み、建物は音を出して崩れ落ちていった。
やがて火は消し止められたが建物は全焼し、見る影もなくなっていた。
「廃屋で火事ですか。」
このような大惨事に興味を示したのがこれまで数々の難事件を解決へと導いてきた天才中学生の久野隆だった。
「興味、湧きます?」
隆と行動を共にする加納マリアはそう言った。
「ええ。大いに興味があります。」
「でしょうね。しかし人の住んでいない家での火事となると何者かの放火と考えるのが自然でしょう。」
マリアは自分の推論を披露した。
「ええ。そうでしょうねえ。警察も放火事件として捜査をしているそうです。」
隆はマリアの見解に同意することを示した。
「放火だとすれば、目的は何なんでしょうね?」
マリアは自分が気になったことを言った。
「考えられる目的は2つだと思いますよ。1つは悪戯で放火をした可能性です。放火をしてそれを楽しんでいる人は一定数いると思いますからねぇ。そしてもう1つは何かを隠そうとして放火をした可能性です。その廃屋に何かを隠していたがそれが何らかの事情によって露呈しそうになり、それを隠すために燃やしたのではありませんかねぇ。」
隆は自分の考えを語るとマリアは2つ目の可能性の方に注目した。
「隠したいものって?」
「さあ、何でしょうねぇ。もし隠したいものを隠し通すために燃やしたとするならば非常に興味があります。」
隆は上着を着てスーツ姿になると現場へと足を動き始めた。
隆とマリアが現場に着いた時には捜査員が焼け跡を捜索していた。付近では近所の住民同士が話している。
隆はその話している住民に声をかけた。
「すみません。ご近所の方ですか?」
「はい。そうですけど。」
住民は50代ぐらいの女性だった。近所のおばさん、という言葉がよく似合うような女性であった。
「ここ、燃えたみたいですけど何があったのでしょう?」
隆はそう尋ねた。隆は警察官ではないので白昼堂々と放火事件について何か知っているのかと聞くわけにもいかない。
「そうなのよ。解体直前だったのに燃えちゃってねぇ。」
一人の女性がそう言った。
「解体直前というのは?」
少し驚いた口調で隆は尋ねる。
「あら、知らないの?まあ噂なんだけどね。ここ、近々解体工事が行われることが決まっていたらしいわよ。」
マリアは驚きの声で反応した。
「そうなんですか!」
隆は相変わらずの丁寧な口調で言った。
「貴重な情報どうもありがとうございました。」
去っていく隆とマリアの後姿を見ながら女性は
「貴重な情報って、随分丁寧な子ねぇ。スーツだし。見たことある?」
もう一人の女性も首を横に振るばかりだった。
「ないわね。」
後ろからそんな話が聞こえてきたのかマリアは
「隆さん、噂されてますよ。まあ確かにスーツなんておかしいですからね。ある意味の不審者。」
隆は慣れっこのように言った。
「ご近所同士の噂話と言うのは恐ろしいものですねぇ。」
隆は愛知県警の北野に連絡を入れた。
「もしもし。北野さんですか。」
「私に電話かけてるんだから私に決まってるでしょう!なんなんですか全く、こっちはねえ。あなたと話している暇はないのですがねぇ。まあ用件だけは聞いてやりますよ。で?なんです?」
北野は相変わらずの嫌味ったらしい口調でそう言うと隆は
「では用件だけ申します。例の廃屋の火災の件、ご存知ですか?」
「そりゃ知ってますけど。」
「その廃屋は解体が決まっていたそうです。その解体業者というものを調べてはもらえませんかね。」
「あのですねえ。捜査一課は殺人を取り扱う部署ですよ。そういう情報提供は担当の部署にしていただけますかね。もう切りますよ。」
北野はそう言って一方的に電話を切ってしまった。
打つ手を無くした隆とマリアが山田の家に戻るとマリアは言った。
「八方塞がりってやつですかね。北野さんたちが協力してくれないんじゃ何もできないですよ。」
隆と北野の付き合いは長い。隆はあくまで冷静だった。
「ああ見えても北野さんは愉快な方ですから。きっと動いてくれるはずです。」
「そうですかね。」
しかし北野が動かざるおえない事情が発生した。ニュースの放送で衝撃の事実が報道されたのである。
「夕方のニュースです。昨日廃屋で火災が発生した不審火ですが焼け跡から一人の遺体が見つかったことが明らかになりました。遺体の身元は未だ分かっていません。」
「おやおや、遺体が見つかりましたか。」
「じゃあ燃やした犯人が隠したかったものって。」
「ええ。遺体の可能性がありますねぇ。」
隆は冷静に物騒なことを言った。
そのニュースは愛知県警捜査一課に激震を走らせた。捜査本部が設置されたのである。捜査会議では北野が報告を行っていた。
「焼け跡から見つかった遺体の身元はまだ分かっていません。」
北野の発表を遮るようにして刑事部長の猪俣が
「廃屋を所有していた人の安否は確認したのかね?放火事件で人の遺体が見つかった場合遺体の身元はその家の所有者だと考えるのが基本だと思うが。」
と言った。
「現在不動産会社に確認して所有者を割り出すべく動いております。」
「さっさとしろ。」
猪俣の言葉遣いが荒くなった。
「所有者が割り出せていないようなら、この会議で話すことは何もない。とっとと所有者を割り出せ!」
猪俣の言葉に威勢のいい声で答えた捜査員たちは各自動き始めた。
「あの野郎。また偉そうなこと言いやがって。お前の言うことぐらいは解ってんだよ。」
廊下を歩いている途中に北野は毒づいていた。後輩の沢村は底意地の悪い笑みを浮かべて
「まあ、あの人、結構噂ある人ですからね。」
と言った。北野は興味津々で尋ねた。
「噂ってなんだよ。セクハラとか?」
「そんなもんじゃありませんよ。先輩知らないんすか?」
いつも捜査をしている北野にはそのような噂は一切耳に入ってきていなかった。沢村の方が情報通なのだろうか。
「大企業の社長から賄賂を受け取っているらしいっすよ。」
「マジかよ。」
「久野隆が動いてそれを暴きかけたけど最終的に自らの権力を使って罪を逃れたって話ですけどね。」
沢村が隆の名前を口にした途端北野の顔が曇った。
「あの生意気な中学生か。まあでもあの男に付きまとわられると猪俣も厄介だろうな。」
その曇った顔はやがて底意地の悪い笑みへと移り変わった。沢村も同じ笑みを浮かべている。
「あの男をうまく利用すれば猪俣を追い出せるかもな。」
「先輩、何考えてんすか。」
2人の笑みが愛知県警の廊下をこだました。
そんなことを企んでいる北野たちより早くに隆とマリアは所有者を特定してその人物の元に向かっていた。その途中にマリアは勝ち誇ったように言った。
「北野さん達、今頃不動産会社に向かってますかね。」
隆は警察の捜査方法を長年の独自の捜査で大体は把握していた。
「ええ、そうかもしれませんねぇ。警察の捜査としては近所の住人の噂話は見落としやすい所なのでしょう。」
所有者の名前は伊藤康弘という男だった。伊藤の家は名古屋市の隣の春日井市にある。春日井と言っても山奥の方で池のほとりに家があった。さほど豪邸と言うわけでもないが3階建ての一軒家で金には困っていなさそうである。
隆とマリアは伊藤家のインターホンを鳴らした。
「はい?」
インターホン越しに話してくるかと予想していた隆だったが伊藤はドア開けて出てきた。
「ああ、近所の久野という中学生ですけれども。」
「同じく、近所の加納といいます。」
伊藤は80代ぐらいの老人だった。妻は他界したらしくこの一軒家で一人暮らしだという。
「おお、まあ上がって上がって。」
伊藤は長らく一人暮らしをしていて寂しいのだろうか。隆とマリアがやって来た目的など知らずに今の話から昔の話まで語り尽くしている。隆は機会をうかがって本題へと持ち掛けた。
「ところで、あなたは家を所有していらっしゃいますよねえ。家と言っても今は使われていない廃屋のようですが」「ああ、そんなの持ってたかなあ。」
伊藤はどうやらボケが回ってきているようだった。先程の会話でも若干怪しいものがある。
「覚えていらっしゃらないということですね。」
隆が確認すると伊藤は頷いた。
「では、親族の方はいらっしゃいますか?」
隆はそう尋ねた。隆の聞きたいことが終わると再び伊藤の昔話がスタートした。
適当に話を切り上げて伊藤の家から脱出した隆とマリアは伊藤に教えてもらった親族の住所へ向かっていた。その途中でマリアが隆に尋ねる。
「なんで親族を訪ねようと思ったんです?」
隆はさも平然とした顔で
「かなり失礼な物言いになってしまいますが伊藤さんのような患っていらっしゃる高齢者一人がいくら廃屋とはいえ家を一軒管理するなどできるはずもありません。それにあの口ぶりでは廃屋が燃えたことにすら気づいていないのでしょう。なのでおそらく、伊藤さんの名義ではありますが実質は伊藤さんの親族が管理を行っているのではないかと思いましてね。」
と言った。まあ根拠もあり納得できる内容だった。
「なるほどね。」
隆の考えにマリアは小さく頷いた。
伊藤康弘の親族は息子が一人いるのみだった。
その名は伊藤信二。3年前に結婚して2歳の子供がいる。ごくごく普通の家庭と変わりのない暮らしだった。
そんな信二の家は高蔵寺にある。高蔵寺は一見家や店が立ち並んでいて栄えているように見えるが建物は決して新しいとは言えない。康弘の家から信二の家に行くにはJR中央線春日井駅から電車に乗って高蔵寺駅まで行った。
信二の家は中々の豪邸だった。高蔵寺の見掛け倒しの建物の立ち並ぶ中に立派な家がある。
「なんでしょうか。」
そんな豪邸の門のインターホンを押すと信二とみられる男が出てきた。普段着で出てきた信二だったが今日は休日なので仕事がないのだろう。
「どうも。愛知県警の北野と」
「沢村です。」
後ろからそんな挨拶が聞こえてマリアは驚いた。自分たちが一歩リードしていたはずなのにいつの間にこの二人に追いつかれたのだろうか。
「警察の方が何か御用ですか?」
信二は訪ねてきたのが警察だと分かって少し驚いた様子だったがやがて北野たちを家へと上がらせた。
家の中は良く片付けられていた。どうやら家政婦を雇っているらしい。
「あなたのお父様の康弘さんが所有していた廃屋が火災で燃えたことはご存知ですよね。」
北野が事実確認から行う。隆は部屋の中をじっと眺めていた。
「もちろん、知ってますよ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ここまでの信二は好印象だった。金持ち風の威張りもなく北野の質問にも丁寧に答えていく。
「その廃屋なんですがお父様の康弘さんの名義で所有していますが実質所有していたのはあなたなのではありませんか?」
「ええ。父はもうだいぶボケが回っていて土地の管理なんてとてもできる状態じゃありませんでしたから。」
「ではなぜそうまでして廃屋一つを管理されようとなさったんですか?」
鋭い質問をしたのは北野の相棒、沢村である。
「父の昔の家なんです。愛着があってどうしても手放せないというものですから。」
「その言い方だとあなたは手放そうと考えていたわけですね。」
その質問を放ったのは隆だった。
「勝手に口を挟まないでもらえますかねえ。」
北野が嫌味を言う。しかし信二は隆の質問に答えた。
「まあ確かに。手放したいなとは思っていました。もう廃屋も燃えて無くなったんだし手放そうかなと思っているのですが。」
「焼け跡から遺体が見つかったんですがその身元に心当たりはありますか?」
北野は本題に入った。
「家族ではないと思います。家族は誰もいなくなったりしてませんから。」
「そうですか。」
収穫無しと判断した北野は聞こえないようにため息をついた。
信二の家から出て北野と沢村と別れた隆は納得のいっていない様子だった。
「しかし、矛盾していますねぇ。」
隆はそうつぶやく。隆の言う矛盾の意味がマリアにはわからなかった。
「なにがです?」
「考えても見てください。康弘さんにとって廃屋は愛着のある家のはずです。しかし、康弘さんは廃屋の事について覚えていらっしゃらない様子だった。矛盾していると思いませんか?」
「確かに。」
「たとえ康弘さんにボケが回って廃屋が記憶から消し去られてしまったのだとしても、あれだけ朽ち果てるまでには至らないと思いますがねぇ。」
「つまり、康弘さんは廃屋に特別な思いなど無かった。信二さんが言っていたことは嘘だと言いたいんですか?」
マリアにはにわかに信じがたい話だったが隆には確信があるようだった。
「ええ。僕はそう思いますよ。」
「だったらなんで廃屋を手放さなかったんです?」
マリアの疑問は当然生まれる疑問であった。
「ここで隠したい物の存在が気になってきます。廃屋が燃えた理由です。もし廃屋を燃やしてまで隠したいものが焼け跡から見つかった身元不明の遺体だったとしたら。」
「廃屋は遺体の隠し場所だった。」
マリアはようやく隆に追いついた。
「当たりです。問題はその遺体の身元ですがね。」
隆は北野に再び連絡をして呼び出しどこかへ向かった。
「さっき別れてなんでまた呼び出されなきゃならないんですかねぇ。」
開口一番に北野は嫌味を言った。隆はそんな北野など相手にせず確認をした。
「あなた方はこの解体業者を訪ねていませんよね?」
そう、隆たちが訪れていたのは廃屋を解体する予定だった解体業者だったのだ。会社の規模としては大きいようで解体工事からリフォームなど手広くやっている会社だった。3階建てのビル全てがその解体業者の物である。「新島建設」と書かれた看板のかかるそのビルの前で隆たちは話をしている。
「ええ、廃屋の所有者の事はあなたに教えてもらったんだから解体業者には訪ねていませんよ。」
隆の問いに答えたのは沢村だった。
「では参りましょうか。」
4人は会社の中に入っていった。
「どちら様でしょうか?」
4人の対応をしたのは30代ぐらいの男だった。マリアの見立てだと育ちがよさそうである。
「愛知県警の北野と申します。」
「同じく沢村です。」
警察と名乗ると男は警戒心を出した。
「警察の方が何か御用でしょうか?」
「お宅が解体する予定だった廃屋の件についてお話がありましてね。」
北野がそう言うと男は奥へ行き社長を呼んだ。社長は4人を応接室へと案内した。落ち着いたところで北野が質問を繰り出した。
「ところで解体に至る経緯と言うのはどのようなものだったのでしょう。」
社長は懇切丁寧に説明をした。
「市からの委託で解体工事を行う予定でした。」
北野に代わって沢村が尋ねた。
「ここの業者では市からの仕事も請け負うんですか?」
「ええ。あの廃屋は景観を害していると近隣の住民の方々から市に苦情があったみたいで市が金を出して解体工事を行う予定だったんです。」
ここで隆が口を挟んだ。
「なるほど。そうでしたか。所有者は合意したんですか?」
「ええ。合意されましたよ。ただ。」
社長の顔が少し窪んだのを隆は見逃さなかった。すかさず質問を投げかける。
「ただ?なんでしょう?」
「最初解体をすると伝えたら少々戸惑っていらっしゃって工事の日程などをしつこく聞かれました。解体工事をするにあたって最初にすることは廃屋の中にある大きなものなどの整理や処理からですから、何か回収しておきたいものがあったのかもしれません。なのでさほど気にしていなかったのですが、まさか燃えて焼け跡から遺体が見つかるなんて。やっぱりあの時怪しむべきだったのでしょうか。」
社長は良い人だな、とマリアは感じた。隆も同じように感じたらしく優しい言葉をかけた。
「あなたにはなんら責任はないと思いますよ。」
すっかり隆に質問役を変わられてしまった北野は歯ぎしりをしながら
「聞きたいことは以上ですか?」
と嫌味を口にした。だがこれも定番。隆はさらっと受け流すと解体業者を出て行った。マリアも続く。そんな後姿を見て
「勝手に動き回りやがって。」
と毒づいた。
「遺体の身元はまだ分かっていないみたいですね。」
解体業者を出た隆は北野にそう尋ねた。
「ええ。遺体の身元は家族ではないでしょうね。誰も死んじゃいませんから。」
隆は一つの可能性を言った。
「身元は家族ではなく、部外者の可能性が高いということですか?」
北野はため息をついた。
「また振り出しですよ。」
そう言って去っていく北野と沢村には刑事のプライドが容易に感じ取ることができた。
「いや、ご苦労さん。遺体の身元分かってないんだって?」
山田の家に戻ると山田がそう言った。
「おや、どうしてその事を?」
隆の疑問は当然である。
「いや、沼田から聞いたんだよ。」
そういえば山田と沼田の仲も良くわからない。どういう仲なんだろう。マリアには謎が増えるばかりである。隆はこれまで捜査して分かったことや個人的に気になった事などを山田に説明した。
「確かに。矛盾してるねぇ。」
山田は隆が矛盾していると考えた意見を専門家らしく聞くとそう言った。
「お父さんにとって愛着のあった家っていうわけじゃなかったんじゃないの?」
ここで山田が自分の推論を語り始めた。
「その亡くなったお母さんにとってその廃屋は愛着のある物だったから管理してほしいって遺言したんっじゃないの?」
山田は冗談めかして言ったが隆にはピンときたらしくスーツの上着を着ると
「なるほど。亡くなったお母さまがいましたねぇ。」
と言って一目散に部屋を出て行った。その後ろ姿を見て山田が
「俺なんか言った?」
と言った。マリアも首をかしげて
「さあ。あの人変なところに反応しますから。」
と言って後に続いた。
山田の家を出た隆は北野に電話をした。
「あのねえ。何回も何回も電話かけてこないでもらえます?」
北野はいらだっている様子だった。遺体の身元が分からずに苛立っているのだろう。
「その様子だと遺体の身元が分かっていないのですね。ですが遺体について何かわかったことはありましたか?」
「はあ。頭蓋骨にひびがありますから殺人であることに間違いはありませんよ。」
「なるほど。どうもありがとう。」
「もう切りますよ。」
「ああ、あと一つだけ頼みがあります。」
隆は頼み事を告げると犯人との最終決戦の場、高蔵寺へ向かった。
伊藤信二は前来た時よりも苛立っている様子がうかがえた。
「なんでしょうか。」
「遺体の身元が分かりましたのでそのご報告に。」
隆のその言葉に信二は驚いたのか中学生2人組を家に招き入れた。
「で?遺体の身元は誰だったんです?」
信二はやや慌てているように見えた。
「その前に家を燃やしたのはあなたですね?」
隆の唐突な質問に信二はさぞかし驚いたようだった。
「なにを馬鹿なことを。」
「そして遺体の身元はあなたのお母さまである伊藤幸子さんですね?」
「そう思われる根拠は?」
「伊藤幸子さんですが死亡届が出されていませんね?葬儀屋にも確認しましたが伊藤幸子さんの葬儀を行ったというところは一軒もありませんでした。」
隆のその言葉に信二は返す言葉も無かった。
「それは。何かの間違いじゃないですか?母は確かに亡くなりました。」
信二はとっさの思いついたことを言ったがあまり上手な言い訳ではなかった。
「ええ。確かに幸子さんは亡くなっている。ですが正式な手続きは踏んでいない。不法に死去なされたということです。」
「じゃあ焼け跡から見つかった遺体は母の物だったんですか?」
「まだ分かりませんがそれが分かるのは時間の問題でしょう。」
「例え遺体の身元が母親の物だったとしてもなんで私が廃屋を燃やす必要があるんですか。」
信二は声を上げて訴えた。隆は丁寧に追及をしていく。
「あの廃屋は近々、市によって解体される予定だったそうですねぇ。となると廃屋に隠してある幸子さんの遺体が見つかってしまう。ならばいっそ燃やしてしまおうと考えたのではありませんか?焼け跡から遺体が見つかったとしても身元が分からないのでは捜査になりませんからねぇ。何しろ幸子さんは以前から亡くなったものだと誰もが思っているわけですからだれも遺体が幸子さんの物だとは考えない。よくできたシナリオです。」
隆が語り終わると信二は信じられないっといった口調で
「ちょっと待ってください。あなたは母親を僕が殺してその遺体を隠すために廃屋を燃やしたって言うんですか?」
信二は今までの隆の追及をまとめてみた。だが隆には確信があったようだ。
「はい。」
正面からそう答えると信二は少し笑って
「馬鹿馬鹿しいそんな話があるわけがない。そもそもどうして僕が母親を殺さなければならないんですか!」
信二は声を荒げた。
「そのことですがあなたとあなたの奥様について調べさせてもらいました。」
奥様という言葉が出た途端に信二の顔が曇った。隆は続ける。
「奥様、幸子さんの介護が大変で倒れられたそうですねぇ。ここからは僕の推理ですがあなた方ではとても幸子さんは手に負えなかったそれで殺害し廃屋に遺体を隠した。そして廃屋に康弘さんが愛着があるとして管理し続けた。しかし、ここである問題がありました。解体業者が廃屋を解体すると言って来たんです。このままでは遺体が発見されてしまう。そう考えたあなたは遺体を別の場所に隠そうと考えた。しかしこれ以上遺体を隠し続けるのもリスクがあると考えたあなたはならばいっそ燃やしてしまおうという考えにたどり着いたのではないでしょうか。」
隆の推理は大方当たっているだろう。だが信二は抵抗を続けた。
「そうだったとしても、全部君の推理でしょう?かくたる証拠はあるんですか!そもそもあなたは誰なんです!警察ですらないでしょう。」
「推理ごっこが好きなただの中学生。とでも言っておきましょうか。」
信二の語気が荒くなった。
「ふざけるな!もう出て行ってくれ!」
信二にこう言われてしまってはさすがの隆も退くしかない。逆転をかまされたとマリアが諦めかけた時、事態はまた一変する。
「もういいよ。」
そう言って奥の部屋から出てきたのは信二の妻だった。
「私たちが幸子さんを殺害しました。発覚を恐れて廃屋も燃やしました。」
妻は点々と自供をする。
「やめろ!」
妻の自供を信二は必死で遮ろうとしたが無駄だった。小さかった妻の声は決断をしたようにどんどん大きくなっていく。
「今までの努力が水の泡じゃないか!」
妻の自供が終わると信二はそう叫んだ。
「今までの努力と言うのは犯行を認めたということでよろしいでしょうか?」
「俺は認めない!全部あのババアが悪いんだ!」
そう叫ぶ信二は段々見苦しく見えてきた。
「いい加減にしなさい!」
隆は小刻みに頬を震わせながらそう言った。今までの穏やかな口調とはまるで異なる。
「これ以上の言い訳は極めて見苦しいですよ!奥様の自供があればそれは揺るぎない証拠となります。」
隆に信二の妻は同調した。
「もうやめましょう。警察へ行きます。」
「そんな。」
そんな信二に隆がとどめを刺した。
「確かに高齢者の介護は大変です。しかし、殺す以外の選択肢はありませんでしたかねぇ。残念です。」
「警察へ行きますか?」
隆のその言葉に押された2人は警察へ行った。
「また事件解決したんだって?犯人、警察に出頭したらしいな。」
山田の家に隆とマリアが入ると山田が待ち構えていた。
「でも、おかしいですよね。遺体を隠すために廃屋を燃やすなんて。狂ってますよ。」
マリアは信二ら犯人をそう評価した。
「ええ。その火災で消防隊や近所の住人にどれだけの迷惑をかけたか。思い知ってほしいものですねぇ。」
隆は事件が解決するとサイダーを飲むという風習がある。この時もサイダーを飲み始めた。
「まあ、一番の被害者は殺された挙句に廃屋に隠されて燃やされた幸子さんですけどね。」
マリアはそう言った。
「もう一人被害者はいますよ。別の見方をすれば。ですが。」
隆の言う別の見方と言うのは何なのだろうか。マリアは答えに窮した。
「父親の康弘さんですよ。自らの名義で廃屋を管理させられ。その廃屋に遺体を隠され。挙句の果てに燃やされたわけですから。」
「なるほど。結局犯罪を犯して得をする人は誰一人いないということですね。」
「そういうことです。」
隆とマリアはそう胸に誓った。
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