中学生捜査season2

杉下右京

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第3話 意地

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クリスマスも近くなり人々がクリスマスを一人で過ごすクリボッチを回避するために奔走していた。
そんな12月下旬に事件は起きた。
守山区の自動販売機の前で一人の男が殺された。
「背中から腹部まで何回も刺されてるな。」
そう言って遺体に合掌するのは愛知県警捜査一課の北野であった。
「怨恨の線が濃厚っすかね?」
同じく捜査一課で北野の後輩の沢村がそう言った。
「被害者の名前は土屋太陽。高校生です。死亡推定時刻は今日の午前2時頃から4時頃の間だと思われます。」
そう説明するのは愛知県警鑑識課の沼田だった。
「そんな遅い時間に高校生がなんでこんなところにいるんだよ。」
北野が当然の疑問を言うと
「まあ多感な時期っすからね。」
「そうだな。この自販機でアイスやジュースを飲んでいたところを殺されたってわけか。」
小さな屋根のある自動販売機コーナーを見ながら北野はそういった。
「ええ。現場にはアイスの袋と飲みかけのペットボトルが残ってましたから。被害者の飲食したものでしょうね。」
「第一発見者は?」
北野が沼田に尋ねると
「午前7時に通りすがりの主婦が発見してます。」
沼田が立ち尽くす主婦を指さしながらそういった。
「どうも。発見時の状況を教えて頂けますか?」
北野が声をかけると
「朝の散歩をしてたら男の人が血を流して倒れてて。」
「そうですか。被害者は土屋太陽という高校生なんですがご存知です?」
沢村が尋ねると
「このあたりで有名な不良です。中学生の頃は落ち着いた性格だったんですがまあ高校生にもなったらそりゃあグレ始めて。万引きとかもしてるって聞いたことがあります。」
女性はそう答えた。
「そうでしたか。被害者を恨んでいた人に心当たりはありませんか?」
「ここだけの話、女癖が悪かったみたいで。強引に行為に及んだりすることもあるようです。」
「つまり女性に恨まれている可能性が高い。」
沢村がそう言うと女性は頷いた。
「学校のクラスの女子とか当たってみますか。」
メモを取った沢村は北野に耳打ちした。
「おう、いや、ちょっと待て。背中に嫌な気配が。」
北野がそう言って振り返ると
「1つ質問なのですが、ここの道は車通りは多いんですか?」
そこには今まで数々の難事件を解決してきた中学生の久野隆と隆と行動をともにする加納マリアがいた。
「何なんですか?邪魔しないで頂けますか?」
「邪魔するつもりは一切ございませんので。」
マリアが弁明すると
「まあ好きになさってください。」
といって北野は沢村を引き連れて立ち去った。

第一発見者の女性に隆は質問の答えを要求した。
「で、どうですかね?」
現場は片側一車線の狭いが抜け道に使われてそうな道沿いにある小さな自販機コーナーだったのだ。
「朝とかラッシュ時はまあまあ通りますけど。夜はめっきり車も通らないですね。」
「そうでしたか。ここの自販機コーナーは人気なんですか?」
「うーん、そうでもないと思いますよ。古びた自販機コーナってとこです。通りすがったら買うみたいな感じです。」
隆はそれだけ聞くと女性に礼を言って歩き始めた。

「しかし、気になりますねえ。」
歩きながら隆はそう呟いた。
「何がです?」
「もうこんな寒い季節です。それも夜、高校生がジュースだけで耐え凌げるものではありません。自販機の前で黄昏れていたところを殺害されたというのが警察の所見でしたね?」
「ええ。そうみたいですね。」
北野たちの会話を盗み聞きしていた隆とマリアは頷きあった。
「この寒さをどうやって凌いだのでしょうかねえ。」
隆はそういうなり突然走り出した。
「え?ちょっと!どうしました?」
思ったより足の速い隆にマリアは息を切らせながら着いていった。
「この地下通路。気になりますねえ。」
全力疾走しても尚涼しい顔をして隆はそういった。
「ち、地下通路がどうかしたんですか?」
マリアが息を切らせながらそう尋ねた。道路の下にかかるどこにでもありそうな地下通路だった。
「ちょっと、下に降りてみましょう。」
隆は地下通路を下に降りた。
「少し暖かいですね。」
マリアが地下に潜った感想を言うと
「ええ。もしかしたら、被害者はここで黄昏れていたのかもしれませんねえ。」
と隆は仮説を述べた。
「確かに、ここなら寒さも凌げそうですしジュースも飲めそうですね。でも、殺害現場は自販機の前だったはずじゃ。」
マリアは一旦は同意を示したが疑問を出した。
「こういうのはどうでしょう。被害者はここで黄昏れていた。ですが、何者かに襲われ自販機まで逃げたものの殺害されてしまった。」
「なるほど。確かにそれなら説明付きますね。」
マリアが納得すると隆は手すりなど地下通路を隈なく調べ始めた。
「何やってるんです?」
「ここで襲われたのなら血痕が残っているかもしれません。」
「どうでしょうね。私も探しますよ。」
マリアも一緒に調べ始めた。
15分ほどするとマリアが声を上げた。
「あ!これじゃないですか?」
「ええ。血痕ですね。沼田さんを呼んできます。君はここで待っていてください。」
隆はそう言ってまだ沼田のいる現場に全力疾走した。
「元気な人だなあ。」
マリアは心からそう呟いた。

「間違いありません。血痕ですな。」
血痕を調べた沼田はそういった。
「被害者のもので間違いありません?」
マリアがそう尋ねると
「鑑定するまで確定はできませんが間違いないと思います。」
と返した。
「つまり被害者はここで襲われたということになりますねえ。」
隆は少し頷いた。

隆は続いて土屋の自宅へと向かった。
「まさかこんな事になってしまうなんて。本当にびっくりです。」
土屋の母親の翔子がそういった。翔子は離婚後女手一つで太陽を育ててきたようだ。
「太陽くんは家ではどういう状態だったのでしょうか?」
「最近は殆ど家にいなかったです。学校が終わって夕方に一旦返ってくるけどすぐ外に出かけて朝方帰ってきてまた学校に行くっていう生活をしてましたから。休日は自分の部屋に閉じこもったり逆に一日中外に出たりしていて。」
翔子が苦しい日々を切々と語った。
「ご心中お察しします。太陽くんに親しい友人などはいましたか?」
隆が別の質問を繰り出すと
「解りません。家で学校とかの話をすることはありませんでしたから。」

マリアは何をしていたかというと太陽の通っていた高校の教師に話を聞いていたのだ。その途中でマリアは北野と沢村に出くわした。
「マリアさん。何やってるんですかねえ?こんなところで。」
北野が嫌味っぽく言うと
「ああ、そうでしたね。北野さんたちは女子に話を聞くんでしたね。私は先生に話聞きますから同席してもらえます?私一人だと話してくれないでしょう。」
マリアの提案に北野は邪魔をしないという条件をつけて渋々了承した。
「あんな悪ガキが。成績がいいわけ無いでしょう。」
男教師は太陽の話になると怪訝な顔でそういった。
「友達とかいたりしました?」
邪魔するなと言われているのにも関わらずマリアが質問すると男教師は答えた。
「不良友達がいると思うでしょ?でもいないんですよね。最近は不良なんて流行らないんですよ。クラスでは浮いていくばかりで友達なんてこれっぽっちも。まあ今考えるとそういう環境が彼の不良を悪化させたとも考えられるかもしれませんが。まあいずれにしろ退学寸前でしたから。」
「つまり、退学になる前に死んでくれて幸運だったというわけですか。」
マリアが皮肉めいた事を言うと北野がすかさず
「マリアさん。」
と注意した。
「もうよろしいですか?私も忙しいので。」
教師はそう言うと立ち去った。

「そうですか。友達はいませんでしたか。」
山田の家で合流した隆とマリアはそう話していた。
「その様子だとあれか?男子高校生殺害事件の捜査に首突っ込んでるだろ。」
部屋に入ってきた山田がそういった。
「まあそんなところです。」
マリアがそう答えると
「今日は一日中その事件の話で持ちきりだよ。高校生が殺されたんだからな。話題性はある。メディアがネタにしてるよ。」
「殺人をネタにねえ。なんとも言えませんよね。」
マリアがそう言うと隆は疑問を口にした。
「しかし、妙ですねえ。」
「なにがだよ?」
「確かに。妙ですね。」
マリアも頷く。
「なんだよ。俺だけ置いてきぼりか?」
「友達がいないならなんで一人でジュース持って黄昏れていたか、ですよね?」
マリアがずばりと答えを言うと隆は頷いた。
「ええ。一人で一体何をしていたのか、あるいは一人ではなかったのかそのあたりを探って見る必要がありそうですねえ。」
隆はそう言うとサイダーの蓋を開けた。

翌日、隆とマリアは事件現場付近の地下通路を探しては調べていた。
実は隆は血痕を発見した地下通路でとあるものを発見していたのだ。
「鍋のつかみ、ですか?」
マリアがそう言うと隆は頷いた。
「ええ。君には言っていませんでしたが僕はあそこで鍋のつかみを見つけていました。現在沼田さんに調べてもらっていますがあのような地下通路に昔のものが落ちているとは思えませんからごく最近の落とし物だと思いますよ。」
「それがなんだっていうんです?」
マリアはいまいち隆の言いたいことを掴めていないようだった。
「鍋のつかみを被害者が落としていくとは思えません。そもそも鍋のつかみは何に使うか、当然熱い鍋を掴むために使います。通行人の落とし物とは考えにくい。」
ここでマリアが隆に追いついたようだった。
「なるほど!つまりここで生活している人がいたってことですか!」
「ええ。それもごく最近、匂いませんか?事件を目撃している可能性も十分高い。」
「でもおかしくないですか?いくら地下通路で生活しているいわいるホームレスだったとしても殺人事件を目撃したら110番通報ぐらいしません?公衆電話なら110番通報無料ですよね?」
「確かにそうですが、ホームレスは合法ではありません。もし通報してしまえば自らの不法占拠を咎められる恐れがある。それを恐れて通報せずとっとと居を移したのではありませんかねえ。」
隆はそう言うと地下通路や橋の下などホームレスがいそうな場所を徹底的に探した。

するととある一人のホームレスを見つけた。隆が声をかける。
「どうも。我々通りすがりの中学生なんですがね。これ、差し入れです。」
隆は近くのコンビニで買ったおにぎり2つをそのホームレスに渡した。
「ありがとうございます。」
「いつもここの地下通路で寝泊まりされているのですか?」
隆が質問をするとホームレスは首を横に振った。どこか元気がなさそうである。
「では色々な場所を転々としている?」
ホームレスは首を縦に振った。
「そうですか。では、一昨日の夜はどこで過ごしましたか?」
隆が事件のあった夜にどこにいたか尋ねると
「ここと同じようなところ。覚えてない。」
とだけ答えた。
「ここと同じようなところ、つまり地下通路ですか。分かりました。ところでお仲間はいらっしゃらないのですか?一人で寝泊まりするのは寂しいと思いますがねえ。」
隆がそう言うとホームレスは
「もう誰も信じねえって決めたんだ。」
といった。
「はい?」
ホームレスはおにぎり2つを握りしめるととっとと走り去っていった。
「逃げられちゃいましたね。どうします?ここら辺ではホームレスは彼だけみたいですね。」
マリアがそう言うと隆は
「仲間はいなくても知っている人ぐらいいるのではありませんかねえ。」
隆はそう言うと付近の駅へと向かった。
ここの駅はホームレスが多かった。彼らは大勢で密集する形で居を構えていた。
「失礼します。ああ、すみません。お食事中のところ。」
その中のひとりの家を隆が捲るとホームレスはカップヌードルを啜っていた。
「なんだい?あんたら?」
ホームレスが顔をあげるとマリアが切り出した。
「実はここから数km離れた地下通路で一人で暮らしているホームレスがいるんですが、なにかご存知ありませんか?」
「ああ。あいつか。」
「ご存知なんですか?」
「知ってるよ。俺らが声をかけてやったんだが一向にこっちに住もうとしねえ。あそこらへんは治安が悪いから駅の方に来いよって言ったんだけどな。一向に聞く耳持たねえ。俺ら孤独だからさ。話し相手が欲しくてこうやってみんなで固まって暮らしているのさ。」
ホームレスがそう言うと隆は
「そのホームレスの名前、分かりますか?」
と尋ねた。
「江口海星つったかな。」
とホームレスは言った。
「そうですか。ありがとうございました。」
隆が立ち去ろうとするとすぐに振り返り
「すみません。最後に1つだけ。一昨日の夜江口さんはどこで寝泊まりしていたか分かりますか?」
「うーん、何ていうの?自販機コーナーの近くの通路で寝てるって仲間が言ってたよ。」

「江口海星、何者なんですかね?」
ホームレスと別れて一旦山田の家に戻った隆とマリアは話していた。
「事件当夜、被害者が襲われたあの地下通路に江口がいたことは間違いありません。」
「となると江口が怪しい、ですかね?」
「ええ。先程僕が言ったように犯行を目撃したものの不法占拠を咎められるのが恐ろしくて110番通報をしなかったのだとしても我々からあのように逃げるのはおかしいと考えるべきでしょうねえ。」
「江口が犯人で決まりですかね。」
「怪しいのは事実ですが、今ここで結論を出さなくてもいいんじゃありませんかねえ。」
隆はそう言うとサイダーをゴクリと飲んだ。

一方、北野と沢村は最有力容疑者から任意で話を聞いていた。
「事件当日、あなたが被害者と一緒にいるところが近所の住民に目撃されてます。」
沢村がそう問い詰めたのは高校生で土屋の同学年の広瀬まきであった。
「証言だけであの場所にいたかどうかまで確定的なことはいえませんよね?」
俯きながらもまきは反論した。
「警察舐めてもらっちゃ困るんだよねえ。防犯カメラにあなたと被害者が歩いている様子がしっかりと残ってるんです。死亡推定時刻の1時間前だな。」
「あなたと被害者は交際関係にあったんじゃありません?」
とどめを刺すがごとく北野と沢村がまきを睨むと
「すみませんでした!土屋を殺したのは私です!」
まきは頭を下げた。
「落ち着いてください。土屋太陽の殺害を認めるんですね?」
沢村が揶揄すような口調で言うとまきはゆっくりと頷いた。
「なんで殺したの?恋人だったんでしょ?」
さらに沢村が尋ねるとまきは
「恋人?冗談じゃありませんよ!」
と声を荒らげた。
「恋人じゃないならどうしてこんな真夜中に二人でいる映像が残ってるんですかねえ?」
北野が正論を言うとまきは思いもよらないことを言った。
「強制的に引っ張られてたんです。抵抗したんですけど。」
「ん?どういうこと?君は被害者に連れてかれてたの。」
「あの日、私は友達と夜深くまで遊んでました。そしたら土屋が現れて私は地下通路に連れてかれて・・・悪戯されました。」
「それで土屋を許せなくて殺した。ってことか?」
北野の問にまきは頷いた。
その時、北野の携帯電話が振動をした。隆からである。
「なんですか?今はあなたと電話をしている暇はないのですがねえ。」
「お忙しいところすみません。そろそろ分かった頃だと思いまして。」
「は?」
「被害者と一緒にいた人物ですよ。被害者は事件当夜、誰といたのでしょう?」
隆にはお見通しだと悟った北野は
「広瀬まきっていう女子高生です。事件当夜、被害者とまきは一緒にいました。まきは被害者の殺害を認めました。これでいいですか?」
「十分です。どうもありがとう。」
隆は電話を切った。

「つまり、その広瀬まきが犯人だったってことですか?」
電話の内容を隆から聞いたマリアはそういった。
「ええ。捜査一課もまきが犯人と踏んで取り調べをしているそうです。」
「結局取り越し苦労だったてことですね。」
「はい?」
「いや、今回は北野さんたちが事件解決しましたから。先を越されたなって。」
マリアが言いづらそうに言うと隆は意外なことを言った。
「さあ。どうでしょうねえ。」
「え?本人が自白してるんでしょ?」
「ええ。ですが疑ってみる価値は十分にあると思いますよ。」
「疑う?何か違和感ありました?」
「ええ。広瀬まきが犯人ということは彼女はナイフを持っていたことになります。女子高校がナイフを常備していると思いますか?」
隆の疑問にマリアは頷いた。
「確かに、警備員じゃあるまいし、護身用にナイフなんて持ち歩きませんよね。」
「ええ。明日僕は江口について調べてみるつもりです。」
隆はそう言うと山田の家から帰ろうとした。
「調べるんですか?もういいんじゃありません?」
「僕が知りたいのは真実です。そして殺人を犯していない人間が殺人罪で裁かれるのはおかしいです。」
「広瀬まきが犯人じゃないって決まったわけじゃ。」
マリアがそう言うと隆は
「少しでも可能性があるなら調べる。それが僕のモットーですから。君は調べなくていいですよ。お先に。」
と言い残して山田の部屋を去った。

翌日、隆はホームレス達が暮らす駅に来ていた。
「おお!お前この前の。」
前に話を聞いたホームレスが隆に気付いた。
「どうも。以前お聞きした江口海星についてなのですがなぜホームレスになったかご存知ありませんか?」
「さあな。ほとんど話したことないからな。」
「あいつなら家を追い出されたんだと思いますよ。」
すると別のホームレスがそういった。
「ほう、追い出された?」
「うん、江口はもう15年以上前からホームレスなんですよ。妻もいて子供もいたんだけど江口自身は働いてなくて妻の給料だけじゃ養えないって追い出されて。それでホームレスになったんですって。」
「なるほど。そうでしたか。ですがよくご存知ですねえ。あなた方とは縁がなかったのでは?」
「ええ。だけど彼みたいに15年もホームレスやってるといろんな噂が立つもんです。つい寂しさに負けて自分の過去を吐き出しちまう。そういうもんなんですわ。」
少し寂しそうにホームレスは言った。
「そういえば、江口がこの前まき、まきって呟いてるの見たよ。ありゃあ、大事な人の名前なんじゃないかな?」
「お前ら、なんだかんだ江口のこと気にしすぎだな。」
最初に隆が声をかけたホームレスがそう言った。
「貴重なお話。どうもありがとうございました。」
隆は頭を下げると真実へ一直線に歩くように歩き始めた。

隆が山田の家に戻るとマリアがいた。
「おはようございます。」
マリアが挨拶をする。
「おはようございます。」
隆も挨拶で返すと携帯を取り出した。
「北野さんならもう電話かけましたよ。」
マリアがそういった。
「まきの父親は江口で間違いないとのことです。」
「君、調べたんですね?」
「まあ真実には興味があるもので。」
「上出来です。僕の中ですべて、繋がりました。行きましょう。」
隆がマリアを呼ぶと
「はい。」
とマリアは後に続いた。

「あ、いましたね。」
隆とマリアは地下通路で壁にもたれかかる江口を見つけた。
「江口さん。」
マリアが声をかけると江口は起き上がってマリアを振り払った。そして走ったのだ。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
「はい。江口を追ってください。」
「ええ。」
隆は走り出した。隆の走力は決して侮れるものではなかった。瞬く間に江口に追いつき進路を塞いだのだ。
「江口さん、もう終わりにしませんか?真実が分かりました。」

再び地下通路に江口を連れて行った隆はマリアと合流した。
「まず江口さん、あなたは15年前に家を追い出されて職にもつけずホームレスとなったそうですねえ。あなたは以前に我々と会った時誰も信じないと決めたと仰っていました。その思いは家を追い出されたことにあったのかもしれませんねえ。」
隆の話を江口は下を向いたまま聞いた。
「そしてあなたは事件があった夜、自販機の販売コーナーの近くの地下通路で寝ていた。ですがそこに土屋が現れました。土屋は広瀬まきという女性と一緒にいました。」
広瀬まきという名前に江口は少し反応した。
「土屋は女癖が悪いことで有名だったそうで。おそらくその広瀬まきさんと行為に及んだのでしょう。あなたはそれに気がついた。」
江口は隆の話を聞きながら思い出していた。

事件当夜、江口は床にダンボールを敷いて眠っていた。すると女の悲鳴が耳に入ってきた。
「助けて。」
その声はどこか聞き覚えがあった。江口は起き上がると状況を呑み込むのにかなり時間がかかった。女が男に襲われているではないか。そして女が自分の娘であることだけはなぜだかわからないがはっきり分かった。江口は自分の娘を助けたい一心で料理などするために持っていたナイフで男に襲いかかった。縦に振り下ろしたナイフは男の肩を捉えた。男は走って逃げたが江口は執念の追跡で追いつき自動販売機の前で体を複数回刺して殺害した。
「ありがとう。」
殺しを終えて放心状態で戻ってきた江口にまきはそういった。
「あなた、私のお父さんよね?」
「分かるか?」
「その声、どこか懐かしいわね。土屋は?どうしたの?」
その問いに江口は答えなかった。ここでまきは初めて土屋は殺されたのだと知った。
「警察行くよ。最後に会えて嬉しかった。」
江口を引き止めたのはまきだった。
「待って!バレないわよ。証拠さえ残らなければバレない。私がなんとかするから。」
「でもお前、あの男に・・・」
「関係ないよ。お父さんのためだったら。」
「どうしてそんなに俺に。」
「お母さんは家に男とか呼んだりして朝から晩までお祭り騒ぎ、私のことなんかきにしてない。」
「そうか・・・」
「絶対バレない。私がなんとかするから。ね?」
まきに手を握られた江口は涙を必死に堪えた。今娘と会ってこんなに思ってもらえていることに対する感謝の思いと自分は人を殺したのだから警察に行かなければならないという思いが江口の中で入り乱れていた。
「ほら、包丁回収するわよ。素手で包丁握ったなら指紋が残ってるはず。」
まきに促されて江口は凶器を回収した。そしてどこかに捨てた。
その後まきは笑顔で江口の前を去った。あの後ろ姿はとても忘れられるものではなかった。

「物的証拠はあるんですか?私が殺したっていう証拠は!」
下をうつむいていた江口は顔を上げると声を荒らげた。
「証拠はありません。だからこそ、こうしてお尋ねしているのですよ。」
「は?」
「凶器のナイフですよ。どこに捨てたんです?」
マリアが追求すると江口は笑った。
「ハハっ。言うと思うか?俺は殺してなんかいない!」
「江口さん、もう十分じゃありませんか。まきさんはあなたをかばっているんですよ。」
「え?」
自傷的に生じた笑顔は驚きの顔へと変わった。
「防犯カメラなどの映像から警察はまきさんから話を聞きました。まきさんは自分が殺したと供述しているそうです。このままではまきさんが逮捕されかねません。本来殺人を犯していない人間が殺人で裁かれていいはずがないじゃありませんか。」
隆の言葉に江口は泣き崩れた。
「今からでも遅くはありません。警察に出頭しましょう。そして凶器のナイフの在処も教えて頂けますね?」
孤独の雰囲気を背負い続けてきた地下通路に江口の鳴き声だけが虚しく響いた。

「まきさん。あなたは真犯人をかばっていたんですね。」
愛知県警では北野がまきにそういった。
「真犯人?」
まきが素っ頓狂な声を上げると取調室の扉から一人の男が入ってきた。江口であった。
「お父さん。」
「まき。もうやめよう。お前まで巻き込むわけには行かない。」
「いいや!私が殺したんです!犯人は私なんです!」
「まき!」
江口は涙ながらに叫んだ。
「お前は殺人なんか犯してない。それが事実です。」
江口がそう締めくくるとまきは泣き崩れた。

「今度はほぼ犯人確定したのをひっくり返したか。相変わらずよくやるねえ。君たちは。」
山田の家に隆とマリアが戻ると山田がそういった。
「まあ、それほどでもないですけどね。」
マリアが照れてみせた。
「先程沼田さんから連絡がありました。江口の供述した場所から血痕の付着したナイフが見つかったそうです。」
「捨てたってどこだよ?」
「川に捨てたようですねえ。」
マリアが
「川にナイフ捨てたなら指紋取れないんじゃ。」
と疑問を言った。
「おや、君、以前にも言いませんでしたかねえ。血液の付着した指紋は水で流しても消えません。」
「あ、そうでしたね。」
「まあ事件解決おめでとう。それを祝して今日はこんなものを用意したんだ。」
山田が箱を机の上において箱を開けると中にはケーキが入っていた。
「あ!これ結構良いケーキですよね!」
「奮発しちまったよ。一足早いけどメリークリスマス!」
山田がクラッカーを鳴らした。
「江口が望んでいたのはこういう暮らしだったのかもしれませんねえ。」
「急にどうしたんですか?」
「いつかまきさんと一緒にケーキが食べられるようになるといいですねえ。ではいただきましょうか。」
「マリアさん、君、ケーキ取りすぎですよ。」
「ああ、バレました?」
それは間違いなく平和な世界であった。
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