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第2話 女の世界
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寒さが本格的に始まった11月も終わり12月が始まったぐらいの時、事件は起こった。
愛知県名古屋市北区のマンションで女性の遺体が見つかったのである。
「後ろからナイフで刺したか。」
その遺体に手を合わせた愛知県警捜査一課の北野がそういった。
「不意打ちってとこですな。背中に刺さったナイフは心臓にまで損傷を作っていました。ほぼ即死だったと考えられます。傷や死後硬直の状態から見て死後そこまで経過していないようです。少なくとも今日中に殺害されたものかと。」
遺体を調べた愛知県警鑑識課の沼田が北野に報告した。続いて北野の後輩刑事の沢村が被害者の身分を明かした。
「被害者は倉田由佳47歳。旦那さんは大手企業に勤めていて大富豪とまでは言えませんがそこそこの暮らしをしてたみたいです。」
「第一発見者は?」
「はい。近所に住む藤田明里さんです。ん?あ!ちょっと!」
沢村が突然声を上げた。マンションの外に第一発見者だという藤田から話を聞いている二人組がいるではないか。
「またあいつらかよ。」
北野もそれを見てため息を付いた。
「なんでいつもいつも捜査の邪魔をしてくるんでしょうかねえ!」
下に降りてきた北野が二人組に声をかけた。そのふたり組とは今まで数々の難事件を解決してきた久野隆と隆と行動をともにする加納マリアであった。
「邪魔をしているわけではありませんよ。こうやって規制線の外で第一発見者の方に話を伺っているではありませんか。」
隆がそう言うと
「ごちゃごちゃ言わずにとっととお帰りを。藤田さんですね?警察です。遺体を見つけた時の話を伺えればと。」
藤田はゆっくり頷くと話し始めた。
「実は今日のお昼、倉田さんと一緒にご飯を食べる予定だったんです。高級レストランだったんですけど。店で待ち合わせをしていたんですが時間になっても倉田さん来なくて。それで彼女に電話をかけたんです。そしたら突然、助けてっていう声が聞こえてその後刃物が刺さるような嫌な音、そして彼女のうめき声が聞こえて。私心配になって彼女の家に行ったんです。」
「そしたら倉田さんの遺体を発見したと。」
北野が藤田の言葉の先を読んでそう言うと藤田は頷いた。ここで沢村が突っ込んだ。
「ちょっと待ってください?あなたはどうやって倉田さんの部屋には入ったんですか?」
「合鍵を持ってたので。」
藤田のその言葉を聞くと北野はシワを増やした。
「あーなるほど。合鍵持っちゃってましたか。」
「ところでなぜあなたは倉田さんの家に向かったのですか?」
ここで隆が口を挟んできた。
「隆さん。勝手に入ってこないでください。」
北野が注意したが藤田が答えた。
「どうしてって。うめき声が聞こえたんだから心配にだってなるでしょう!」
「ええ。合鍵を持っているほど仲の良い女性が約束の時間になっても現れず電話をかけたらうめき声が聞こえた、心配になる気持ちはわかります。ですが、すぐに倉田さんの家に向かえば犯人と鉢合わせる可能性だってあるんですよ。そんな危険を犯すぐらいだったら警察に通報したほうがあなたの身の安全も確保されると思ったものですからね。」
隆の鋭い考察に藤田は言葉を詰まらせた。
「く、倉田さんとは長い付き合いなんです。一刻も早く助けたいと思って。」
「なるほど。つまり気が動転なさっていたと。納得です。」
隆は全く納得していなさそうにわざとらしく手を叩いた。
藤田はその隆を見て息を呑んだ。
「あの第一発見者、嘘ついてますね。明らかに動揺してたみたいですし。」
山田の家に戻るとマリアはそういった。
「なんだ。また事件に首突っ込んでんのか。」
山田が部屋に入ってくるなりそういった。
「ですがうめき声だけの電話、不自然ですねえ。」
うめき声だけの電話という言葉で山田は隆たちが首を突っ込んでいる事件が何かわかったらしい。
「ああ、あの殺害された時の音声が流れたっていうやつね。すなわち被害者のダイイングメッセージってことだ。」
「ですが、そんなに都合の良いことはありますかねえ。」
隆は納得行かぬ表情でそういった。
「都合がいいって?」
マリアが尋ねる。
「倉田さんが約束の時間になっても現れず電話をしたところ倉田さんのうめき声が聞こえて電話が切れた。つまり藤田さんはピンポイントで倉田さんの殺害途中に電話をしたことになります。倉田さんは背中から深く刺されほぼ即しだっただろうと沼田さんが言っていました。そんな数秒もの間に都合よく電話がかけられるものとは思えませんがねえ。」
「隆さんらしい、現実を元にした疑問ですね。でもその答えは簡単ですよ。」
マリアが一本取ったような顔になると喋り始めた。
「最初からスマホに音声を録音しといてそれを流したんですよ。倉田さんは藤田さんと約束してたんでしょう?藤田さんが電話をかけてくるのは間違いない。倉田さんの家に何者かが入ってきた時に咄嗟にメッセージを残そうと録音してそれを電話が来た時に流れるように設定したんですよ。」
「なるほど。それは納得ですね。君らしい最新の答えです。」
皮肉ともとれる言い方を隆はした。
「ですが、そうなると1つ疑問が。なぜ倉田さんはうめき声しか録音できなかったのでしょう?犯人の名前を叫べばダイイングメッセージとしての役割を果たすと思うのですが。」
「それもそうか。」
マリアは考え込んだ。
「倉田さんや藤田さんについて探ってみますか。」
隆は考え込む前に行動する人だった。スーツの上着を着るとそそくさと部屋を出ていった。
「隆さん?ちょっと待ってくださいよ。」
マリアも後を追った。
「まずは被害者の倉田さんについて探ってみましょう。」
北区の街にひっそりと佇むマンションは築20年ほどの10階建ての大きいマンションだった。
「旦那さんは会社勤めで出張も多く家には由佳さん一人のことが多かったそうです。」
マリアは現在分かっていることを話した。
「そうですか。では隣の部屋の人に話を聞いてみましょう。」
隆はそう言うと倉田の隣の部屋のインターホンを押した。
「すみません。我々隣の倉田さんに用事がありまして。」
隆がそう言うと部屋から出てきた女性は
「倉田由佳さんなら殺害されましたけど。」
「おや、それは驚きですねえ。よろしければ由佳さんの人柄などについて教えていただければ。」
「は?」
女性は首を傾げた。当然の反応といえば反応だろう。マリアがカバーした。
「いや、我々ちょっと倉田由佳さんとは縁があったんですが会ったことはなくてどんな方だったのか興味ありましてね。旦那さんは出張が多かったとか?」
「そうみたいですね。でも見ちゃったんです。由佳さん、旦那が出張中のときに家に男呼んでいるのを。」
「そうですか。すなわち、由佳さんは不倫なさっていた。」
隆が確認すると女性は小さく頷いた。
「性格などおわかりになることはありますか?」
「性格?悪いですね。人の弱み握って脅迫していざというときに自分の言うこと聞くようにしたり影で人の悪口を言ったり旦那の前ではいい顔してるけど図太い女の典型ですね。」
女性が語気を強めていくのがよく分かった。
「そうですか。その口ぶりだとあなたも由佳さんのことを快く思っていないようですねえ。」
「はい。正直、いつ殺されてもおかしくなかったかもしれないです。誰からも恨みを買うような事してましたから。」
女性の怒りに満ちた口調に押された隆は
「そうですか。」
とだけ頷いた。
「由佳さんを憎んでいた人物はいっぱいいた。ということは被疑者は星の数。どうします?」
女性から話を聞いた2人は話していた。
「さあ。どうしましょうねえ。君。そろそろお腹空きませんか?」
隆は腕時計を確認すると思いがけないことを言った。
「はい?」
マリアは隆のマネをしてそういった。
隆とマリアが向かったのは藤田と倉田が約束していたというレストランだった。
「至って普通のレストランですね。」
席に座ってエスニックをアリアは注文した。
「立派な高級レストランですがねえ。とても僕には似合わない。」
「うん。あっ、いえいえ、なんでもないです。」
マリアはそう言うと
「で? なんでこのレストランに?」
「見たところこのレストランは待ち合わせには不向きですねえ。」
「え?」
「席の数が多すぎます。これではどこに待ち合わせ相手がいるか見当も付きません。」
「まあそうですけど、席を指定しときゃいいんじゃありません?私も彼氏と待ち合わせするときに席を指定しますよ?ああ、それか、店員さんにこの人が来たらここにいるって教えて下さいって頼むときもありますけど。」
「そうですか。このようなことに関しては君の方が先輩のようですからね。よろしくおねがいします。」
「いえいえ。」
マリアは小さくお辞儀した。隆は注文を聞きに来た店員に声をかけた。
「すみません。この方、店に来ましたか?」
隆はそう言って倉田の写真を見せた。
「ああ、倉田様、ですよね。よく店にいらっしゃいますよ。」
店員がそう言うと隆は重ねて質問した。
「ではこの方は?」
「藤田様、ですね。はい。倉田様とよく来られてました。」
店員が戸惑う表情でそう返すと隆が思わぬ質問をした。
「そうですか。どちらが先に来ていましたか?」
「え?」
「2人はこの店で待ち合わせをすることが多かったようですねえ。どちらが先に来ていましたか?」
「藤田様が先に来て倉田様を待っていることが多かったように思えますけど。」
「そうですか。ああ、僕はカレーを頂けますか?」
「どういう意味です?」
店を出るなりマリアは隆にそう尋ねた。
「どういう意味とはどういう意味ですか?」
「さっきの質問ですよ。どちらがどちらを待っていたかなんてどうでもいいじゃないですか。」
マリアがそう言うと隆は
「そんなことありませんよ。僕は2人の上下関係を知りたかったんです。ほら、よく言うじゃありませんか。女性の間にも上下関係があるって。」
といった。
「確かに。私達の世界でもどこかで優越をつけてこの人にはこう接しようとか色々考えるものです。女心でね。まあ隆さんとこうやってやっていくには苦労するもんですけど。」
「まあそれはわかりませんが、藤田さんが倉田さんを待つことが多かったということは倉田さんのほうが藤田さんより立場が上のような感じだったということになりますよねえ。」
「少なくとも親友とか心置きなく話せる仲ではなさそうですね。楽しく話しててもどこか緊張感があるときってありますからね。」
「疑問はなぜそんな立場の差が生まれたのか、ですね。」
隆はそう言うとマリアの前で人差し指を立てて
「マリアさん、なぜだと思いますか?」
と尋ねた。マリアは戸惑ったが
「弱み、とか。倉田さんは何かしら藤田さんの弱みを握っていた。それで立場の差ができた。どうです?」
と答えた。
「なるほど。弱み、ですか。」
隆は少し空を見上げてそういった。
一方その頃、北野と沢村は藤田から任意で事情を聞いていた。
「あなた、被害者に脅されていたそうですね。」
北野はそう切り出した。沢村が後を継ぐ。
「あなた、不倫してたみたいじゃないですか。倉田さんはそれをネタにあなたを脅していた。」
「確かに。不倫を突き止められたことはありました。それで倉田さんの言うことは聞かないといけなくなりました。」
「それで、嫌気が差して、あなたは倉田さんを殺害した、違いますか?」
「違います!」
「ですが、あなたは倉田さんに電話をしてそこから倉田さんの家に向かったんですよね?店を出てしまってはアリバイがないんですよ!おまけに合鍵まである。いい加減白状したらどうです!」
北野が机を叩いて詰め寄ると藤田は
「黙秘します。」
とだけ言った。取り調べは長引きそうだった。
「不倫。ですか。」
相変わらず沼田から取り調べの内容を聞き出した隆は頷いた。
「つまり藤田さんの弱みは不倫だった。でも、妙ですよね。」
マリアはどこか納得がいっていない様子だった。
「ええ。隣人さんの話では倉田さんも不倫をしていたようですから、2人はさして変わらないような気がしますがねえ。」
「やっぱり旦那の力が大きいですかね。」
マリアはそう呟いた。
「なるほど。藤田さんの旦那さんは会社員ですが倉田さんの旦那さんは大手企業のエリートでしたからねえ。」
隆はそう言うと納得したように頷いた。
「じゃあ結局犯人は第一発見者の藤田さんってことですね。」
「僕はもうひとり気になっている人がいます。」
「え?」
隆はそう言うと歩き始めた。
2人が向かったのは倉田の部屋の隣の部屋だった。
「以前話を伺ったときに随分倉田さんに恨みのある口調でしたので。」
若い女性は飯島もみと言った。
「まあ。」
飯島は答えに窮した。
「あなたは倉田さんと藤田さん行きつけのレストランの従業員ですよね。」
隆がそう言うと飯島はなぜ知っているのかという顔になった。
「先程、お店にあなたの名前がありましてね。」
どこを見ればそんな事がわかるのかマリアは隆の洞察力というか観察力に感心した。
「あなたもうすぐ結婚を控えてる男性がいたみたいですね。」
またまた隆が新情報を言うので飯島は混乱を深めた。
「先程レストランの方にあなたの話を聞きました。その男性の方も同じレストラン勤務だとか。おかしいですねえ。あのレストランは社内恋愛禁止のようですが。」
隆がそう言うと飯島は声を荒らげた。
「あなたには関係ないでしょう!」
隆は一歩引き下がるとわざとらしく手を打った。
「あ!もしかしてあなたはそのことで倉田さんに脅されていたのではありませんか。レストランにこのことをばらしてもいいのか、と。」
飯島は黙り込んだ。図星のようだ。
「なるほど。そうでしたか。ではあなたも倉田さんを恨んでいても不思議はありませんねえ。」
隆がそう言うと飯島は慌てて
「私が殺したって言いたいんですか!藤田さんが連行されてるでしょう!あなた方は何なんですか!」
といった。
「ええ。藤田さんが連行されています。ですがいかんせん、証拠が残っていません。証拠不十分でひとまず釈放されるでしょうねえ。」
「だけど、私が殺したっていう証拠もありませんよね!」
「ええ。もちろん。」
隆が肯定すると飯島は無理やりドアを閉めてしまった。
「証拠あるの?私が殺したっていう。」
黙秘を貫いていた藤田だったが長い取り調べに苛立ちを隠せない様子でそういった。
「いいえ。ですが、あなたが真実を話してくださればこんなことはしなくで済むんですよ。」
若干疲れの溜まった目で北野はそういった。
「ほら、刑事さんも最初の威勢が無くなったみたいだしそろそろ開放してくれるかしら。」
「なんだとゴラア!」
北野は威勢を取り戻して立ち上がった。沢村が必死に宥める。そして耳打ちした。
「だけど、先輩。これじゃあ彼女の言う通り釈放するしかないっすよ。」
その耳打ちは藤田に聞こえているようだった。
「あらあ。残念ね。それじゃあ帰らせてもらうわ。」
「クソッ。バカッ。」
如何ともし難くこみ上げてきた怒りは沢村の頭を叩くという形で発散された。
「そうですか。藤田さんが開放されましたか。」
沼田から報告を受けた隆にマリアは尋ねた。
「どうします?」
「北野さんたちには藤田さんを追跡させています。」
「え?」
「もう一度レストランに戻りましょう。」
隆はそういうとレストランに向けて再び歩き始めた。
「いらっしゃいませ。」
2人が訪ねたのはレストランで働いている飯島の恋人だった。名前は大須ひろやという。
「大須さん。あなたは飯島さんとはどういう関係ですか?」
突然のことで戸惑った大須だったが意を決したように
「付き合ってました。もちろん、分かってます。社内恋愛禁止なんで。」
そう言って頭を下げる大須をマリアがカバーした。
「そのことを咎めに来たわけじゃありませんよ。」
「あなたは倉田さんという方を知っていますか。」
隆が質問すると大須は動揺している様子を見せた。
「ご存知なんですね?」
隆にそう言われた大須は小さく頷いた。
「よし、追跡しろ。」
県警を出てタクシーに乗った藤田を北野と沢村が追跡していた。
「なんでたって俺たちが追跡しなきゃならないんです?」
沢村がハンドルを手に不満を口にすると
「文句言うな!何かあるんだよ。あの中学生が言うんだから。」
「毛嫌いしてるんだか信頼してるんだかよくわからないっすけど。」
沢村は再び北野に叩かれた。
「余所見してないで運転しろ!」
タクシーは町外れの廃工場で止まった。なんとか追跡した北野たちも気づかれないように遠くから様子を見た。
「どうだよ。」
隙間から中を覗きながら北野は尋ねる。
「あの様子だと藤田は人を待ってるようですね。」
沢村がそう答えると後ろからまたまたタクシーがやってきた。
「おい!なんか来たぞ!隠れろ!」
北野が沢村を掴んで草むらに隠れた。
「あれ、誰だ?」
「さあ、娘っすかね?」
工場の中ではこんな会話がされていた。
「久しぶりわね。警察に連行されちゃったんだけど。もうゲロっちゃうわよ。」
藤田がセレブっぽい口調でそう言うと女は頭を下げた。
「それだけはご勘弁を。」
「まあいいわ。警察は証拠不十分で私を逮捕できないみたいだし。日本の警察って優秀って言うけどだらしないね。あ、これは貸しだから忘れないでね。」
「分かってます。」
「今回の事件のことも彼氏さんのことも全部ゲロっちゃったらどうなっちゃうんだろうね?」
藤田が薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言うと女はポケットからナイフを取り出した。
「もし話すならあなたを殺しますよ。」
女はものすごい形相で藤田を睨んだ。その気迫に押された藤田はある作戦に出た。
「分かったわ。秘密は守る。」
オロオロする口調でそういう藤田は足早に工場を立ち去ろうとした。藤田の作戦とは工場を出てすぐに110番通報することであった。だが女は工場のドアの前に立ちふさがった。
「まだなにか?」
藤田が恐る恐る尋ねると女はナイフで藤田を刺そうとした。
「きゃっ!」
悲鳴が工場内に響いたが工場に入っていた隆がなんとか刃物を止めた。
刃物を握る形で止めた隆の手からは出血していた。
「あなたは2人もの人間を殺す気ですか!」
北野と沢村も工場の中に駆け込んできた。
隆はハンカチで出血を押さえながら話した。
「倉田さんが殺害されて、藤田さんが連絡をするとうめき声だけして電話は切れた、そうでしたね?」
隆が事件の始まりを振り返る形で言うと藤田は首を縦に振った。
「ですが、妙なんですよ。愛知県警の鑑識員に頼んであなたと倉田さんの通話記録を調べたんですが20秒ほど通話しています。うめき声だけして切れた。だとすると10秒もかからず電話は切れそうなものですがね?」
隆がそう言っても藤田は黙り込んだままだった。
「お答えいただけませんか?では、僕の妄想を。倉田さんはしっかり犯人の名前を叫んでいたのではありませんか?犯人は飯島もみである、と。」
すると女はソワソワしだした。そう、女の正体は飯島もみであった。
「そしてあなたは倉田さんの家に大急ぎで向かいました。そこには案の定血を流して死んでいる倉田さんがいた。あなたは飯島さんが犯人だと確信したのでしょう。本来ならすぐに110番通報して警察に飯島さんを逮捕してもらうのですが、あなたはこれを利用しようと考えた。弱みを握る立場になりたかったのではありませんか?」
隆がそう言うと藤田はわざとらしく手を叩いた。
「あ!思い出した!犯人の名前叫んでたわよ。でも何言ってるか聞き取れなかったの。だからうめき声の一部だと思ったわけ。」
「貴様!」
飯島は藤田の胸ぐらを掴んだ。隆がそれを止める。
「おふたりとももう止めにしませんか?本当の事を、お話しいただけますね?」
隆のその言葉に飯島の口が開いた。
「脅されてました。倉田に。」
それは寒い夜だった。
飯島が大須と肩を組んで歩いて、飯島が家に帰ろうと大須と別れて歩き始めると倉田が立ち塞がった。
「あら、もみちゃん。今一緒に歩いていた男。レストランで働く人よね?それっていいのかな?店に知られたらどうなるんだろうね?」
飯島は無視を貫いたが倉田はしつこかった。家に押しかけることもしばしば。金を要求してくることもあったのだ。
飯島は耐えられなくなって倉田の家に向かった。
「あら、どうしたの?」
倉田は飯島を家に上げた。
「もうあなたに脅され続ける人生は嫌です。」
飯島のその言葉に殺気を感じ取った倉田は咄嗟にスマートフォンで録音を開始した。電話がかかってきたら録音されたものが流れるようにもしたのだ。
「分かったわ。話し合いましょう。」
とわいえ命は惜しい倉田はなんとか飯島を落ち着かせようとそういった。
飯島は一旦それに従ったが
「ちょっとお茶入れてくるわね。」
と藤田が席を立ったのが失敗だった。飯島は隠し持っていた刃物で藤田の背後から心臓を突き刺したのである。
その瞬間、藤田は叫んだ。
「飯島もみに殺された!助けて!」
中々大きな声で叫ばれた飯島は倉田が血を流して倒れ込むのを確認するとすぐに部屋を出た。
その直後、藤田が倉田の部屋にやってきた。という流れであった。
「私も倉田に脅されてたの。だから私が脅す立場になりたかった。」
藤田は弁明にならない弁明をした。
「やはり、あなたも倉田さんに脅されていたんですね?不倫の現場を目撃されてしまった。」
藤田は力強く頷くと
「そうよ。でも私は倉田を殺したりしてない!殺したのはこの子、私は何も悪くない。」
開き直るように藤田はそういった。
「ええ。確かにあなたは倉田さんを殺していない。ですが倉田さんの残したメッセージを隠蔽しなかったことにした、このことに罪がないとは言えません。それからいいですか!あなたは倉田さんに脅されていたかもしれませんがあなたが飯坂さんにしたことは倉田さんとさして変わりありませんよ!結局自分が上に立ちたい、それだけじゃありませんか!」
隆がそう言うと藤田は崩れ落ちた。
「それから飯坂さん、たとえどれだけ追い詰められていたとしても人を殺してはいけない。到底許されることではありませんよ。」
隆のその言葉を合図に北野が
「もらってきますよ。」
と二人を連行しようとした。
沢村が
「またまた手柄をありがとうございます。」
と頭を下げると上げた頭は北野に叩かれた。
「余計なこと言うんじゃねえ!行くぞ!」
誰もいなくなった殺人現場になりかけた廃工場を隆とマリアは後にした。
「おお!また事件に首を突っ込んでるなと思ったら今度はまどろむ女の世界の殺人事件を解決ですか?」
隆とマリアが山田の家に戻ると山田がそういった。
「なんですか?まどろむ女の世界とか大層なこと言っちゃって。」
マリアは自分の言葉にうなずいた。
「まあ確かにまどろむ女の世界で起きた殺人だったのかもしれませんけどね。女ってもんは恐ろしいですよ。」
「あんたも女だろ?ああ恐ろしや。」
「女はしたたかですからねえ。外ではいい面してても裏では何考えてるかわからない。」
マリアの目線と口調に何かを感じ取った隆は
「どういう意味ですか?」
と応じた。
「いえ、深い意味は。」
「連行された藤田と飯島も大人しく容疑を認めてるみたいだな。飯島は殺人容疑、藤田は犯人隠避ってとこだな。」
山田がこれからの話をすると
「犯人隠避はそんなに重い罪じゃないですよね?」
とマリアが尋ねた。
「2年以下の懲役または20万円以下の罰金でしたかねえ。」
隆が博識を披露する。
「殺人よりは圧倒的に軽いですね。」
「まあ飯島の方は人ひとり殺してんだからな。以下に追い詰められていようと仕方ないだろ。」
「ですが殺人を犯させてしまうほどに女の世界は恐ろしいということですよ。」
隆が話を戻すと
「そういうことですね。」
マリアは頷いた。隆はいつものようにサイダーの蓋を開けた。
「そういうことだな。」
山田はコーヒーを飲んでため息を付いた。
「また事件を解決したみたいじゃないの。」
その夜、隆は愛知県警刑事部長の猪俣と寿司を食べていた。
「いえ、解決したのは愛知県警刑事部捜査一課の北野さんと沢村さんですが。」
「フッ。そんな形式的なことは聞いちゃいないよ。手柄をあの二人に譲ったんでしょ?あの二人もどこかで出世させてあげないとね。」
猪俣がそう言ってマグロを食べると隆は警戒心をあらわにした。
「あなたがこうして僕を寿司屋に誘うときは決まって自分に関係のある事件の解決したときです。今日はどのようなご要件ですか?」
「用件?ああ!そういえば手に怪我を負ったそうじゃないの。」
「話をそらさないでもらえますか?」
「逸らしてなんかいないさ。僕はただ君の手の怪我が心配で呼んだんだから。」
猪俣がそう言うと
「人を刺そうとする刃物を素手で掴みましたからねえ。痛くないといえば嘘になりますが。」
「お前、昔から無茶するよなあ。」
「人の命に代えられるものはありませんから。」
「どこまでそんなことを口にしてられるかな?」
「はい?」
「いや、独り言だよ。」
愛知県名古屋市北区のマンションで女性の遺体が見つかったのである。
「後ろからナイフで刺したか。」
その遺体に手を合わせた愛知県警捜査一課の北野がそういった。
「不意打ちってとこですな。背中に刺さったナイフは心臓にまで損傷を作っていました。ほぼ即死だったと考えられます。傷や死後硬直の状態から見て死後そこまで経過していないようです。少なくとも今日中に殺害されたものかと。」
遺体を調べた愛知県警鑑識課の沼田が北野に報告した。続いて北野の後輩刑事の沢村が被害者の身分を明かした。
「被害者は倉田由佳47歳。旦那さんは大手企業に勤めていて大富豪とまでは言えませんがそこそこの暮らしをしてたみたいです。」
「第一発見者は?」
「はい。近所に住む藤田明里さんです。ん?あ!ちょっと!」
沢村が突然声を上げた。マンションの外に第一発見者だという藤田から話を聞いている二人組がいるではないか。
「またあいつらかよ。」
北野もそれを見てため息を付いた。
「なんでいつもいつも捜査の邪魔をしてくるんでしょうかねえ!」
下に降りてきた北野が二人組に声をかけた。そのふたり組とは今まで数々の難事件を解決してきた久野隆と隆と行動をともにする加納マリアであった。
「邪魔をしているわけではありませんよ。こうやって規制線の外で第一発見者の方に話を伺っているではありませんか。」
隆がそう言うと
「ごちゃごちゃ言わずにとっととお帰りを。藤田さんですね?警察です。遺体を見つけた時の話を伺えればと。」
藤田はゆっくり頷くと話し始めた。
「実は今日のお昼、倉田さんと一緒にご飯を食べる予定だったんです。高級レストランだったんですけど。店で待ち合わせをしていたんですが時間になっても倉田さん来なくて。それで彼女に電話をかけたんです。そしたら突然、助けてっていう声が聞こえてその後刃物が刺さるような嫌な音、そして彼女のうめき声が聞こえて。私心配になって彼女の家に行ったんです。」
「そしたら倉田さんの遺体を発見したと。」
北野が藤田の言葉の先を読んでそう言うと藤田は頷いた。ここで沢村が突っ込んだ。
「ちょっと待ってください?あなたはどうやって倉田さんの部屋には入ったんですか?」
「合鍵を持ってたので。」
藤田のその言葉を聞くと北野はシワを増やした。
「あーなるほど。合鍵持っちゃってましたか。」
「ところでなぜあなたは倉田さんの家に向かったのですか?」
ここで隆が口を挟んできた。
「隆さん。勝手に入ってこないでください。」
北野が注意したが藤田が答えた。
「どうしてって。うめき声が聞こえたんだから心配にだってなるでしょう!」
「ええ。合鍵を持っているほど仲の良い女性が約束の時間になっても現れず電話をかけたらうめき声が聞こえた、心配になる気持ちはわかります。ですが、すぐに倉田さんの家に向かえば犯人と鉢合わせる可能性だってあるんですよ。そんな危険を犯すぐらいだったら警察に通報したほうがあなたの身の安全も確保されると思ったものですからね。」
隆の鋭い考察に藤田は言葉を詰まらせた。
「く、倉田さんとは長い付き合いなんです。一刻も早く助けたいと思って。」
「なるほど。つまり気が動転なさっていたと。納得です。」
隆は全く納得していなさそうにわざとらしく手を叩いた。
藤田はその隆を見て息を呑んだ。
「あの第一発見者、嘘ついてますね。明らかに動揺してたみたいですし。」
山田の家に戻るとマリアはそういった。
「なんだ。また事件に首突っ込んでんのか。」
山田が部屋に入ってくるなりそういった。
「ですがうめき声だけの電話、不自然ですねえ。」
うめき声だけの電話という言葉で山田は隆たちが首を突っ込んでいる事件が何かわかったらしい。
「ああ、あの殺害された時の音声が流れたっていうやつね。すなわち被害者のダイイングメッセージってことだ。」
「ですが、そんなに都合の良いことはありますかねえ。」
隆は納得行かぬ表情でそういった。
「都合がいいって?」
マリアが尋ねる。
「倉田さんが約束の時間になっても現れず電話をしたところ倉田さんのうめき声が聞こえて電話が切れた。つまり藤田さんはピンポイントで倉田さんの殺害途中に電話をしたことになります。倉田さんは背中から深く刺されほぼ即しだっただろうと沼田さんが言っていました。そんな数秒もの間に都合よく電話がかけられるものとは思えませんがねえ。」
「隆さんらしい、現実を元にした疑問ですね。でもその答えは簡単ですよ。」
マリアが一本取ったような顔になると喋り始めた。
「最初からスマホに音声を録音しといてそれを流したんですよ。倉田さんは藤田さんと約束してたんでしょう?藤田さんが電話をかけてくるのは間違いない。倉田さんの家に何者かが入ってきた時に咄嗟にメッセージを残そうと録音してそれを電話が来た時に流れるように設定したんですよ。」
「なるほど。それは納得ですね。君らしい最新の答えです。」
皮肉ともとれる言い方を隆はした。
「ですが、そうなると1つ疑問が。なぜ倉田さんはうめき声しか録音できなかったのでしょう?犯人の名前を叫べばダイイングメッセージとしての役割を果たすと思うのですが。」
「それもそうか。」
マリアは考え込んだ。
「倉田さんや藤田さんについて探ってみますか。」
隆は考え込む前に行動する人だった。スーツの上着を着るとそそくさと部屋を出ていった。
「隆さん?ちょっと待ってくださいよ。」
マリアも後を追った。
「まずは被害者の倉田さんについて探ってみましょう。」
北区の街にひっそりと佇むマンションは築20年ほどの10階建ての大きいマンションだった。
「旦那さんは会社勤めで出張も多く家には由佳さん一人のことが多かったそうです。」
マリアは現在分かっていることを話した。
「そうですか。では隣の部屋の人に話を聞いてみましょう。」
隆はそう言うと倉田の隣の部屋のインターホンを押した。
「すみません。我々隣の倉田さんに用事がありまして。」
隆がそう言うと部屋から出てきた女性は
「倉田由佳さんなら殺害されましたけど。」
「おや、それは驚きですねえ。よろしければ由佳さんの人柄などについて教えていただければ。」
「は?」
女性は首を傾げた。当然の反応といえば反応だろう。マリアがカバーした。
「いや、我々ちょっと倉田由佳さんとは縁があったんですが会ったことはなくてどんな方だったのか興味ありましてね。旦那さんは出張が多かったとか?」
「そうみたいですね。でも見ちゃったんです。由佳さん、旦那が出張中のときに家に男呼んでいるのを。」
「そうですか。すなわち、由佳さんは不倫なさっていた。」
隆が確認すると女性は小さく頷いた。
「性格などおわかりになることはありますか?」
「性格?悪いですね。人の弱み握って脅迫していざというときに自分の言うこと聞くようにしたり影で人の悪口を言ったり旦那の前ではいい顔してるけど図太い女の典型ですね。」
女性が語気を強めていくのがよく分かった。
「そうですか。その口ぶりだとあなたも由佳さんのことを快く思っていないようですねえ。」
「はい。正直、いつ殺されてもおかしくなかったかもしれないです。誰からも恨みを買うような事してましたから。」
女性の怒りに満ちた口調に押された隆は
「そうですか。」
とだけ頷いた。
「由佳さんを憎んでいた人物はいっぱいいた。ということは被疑者は星の数。どうします?」
女性から話を聞いた2人は話していた。
「さあ。どうしましょうねえ。君。そろそろお腹空きませんか?」
隆は腕時計を確認すると思いがけないことを言った。
「はい?」
マリアは隆のマネをしてそういった。
隆とマリアが向かったのは藤田と倉田が約束していたというレストランだった。
「至って普通のレストランですね。」
席に座ってエスニックをアリアは注文した。
「立派な高級レストランですがねえ。とても僕には似合わない。」
「うん。あっ、いえいえ、なんでもないです。」
マリアはそう言うと
「で? なんでこのレストランに?」
「見たところこのレストランは待ち合わせには不向きですねえ。」
「え?」
「席の数が多すぎます。これではどこに待ち合わせ相手がいるか見当も付きません。」
「まあそうですけど、席を指定しときゃいいんじゃありません?私も彼氏と待ち合わせするときに席を指定しますよ?ああ、それか、店員さんにこの人が来たらここにいるって教えて下さいって頼むときもありますけど。」
「そうですか。このようなことに関しては君の方が先輩のようですからね。よろしくおねがいします。」
「いえいえ。」
マリアは小さくお辞儀した。隆は注文を聞きに来た店員に声をかけた。
「すみません。この方、店に来ましたか?」
隆はそう言って倉田の写真を見せた。
「ああ、倉田様、ですよね。よく店にいらっしゃいますよ。」
店員がそう言うと隆は重ねて質問した。
「ではこの方は?」
「藤田様、ですね。はい。倉田様とよく来られてました。」
店員が戸惑う表情でそう返すと隆が思わぬ質問をした。
「そうですか。どちらが先に来ていましたか?」
「え?」
「2人はこの店で待ち合わせをすることが多かったようですねえ。どちらが先に来ていましたか?」
「藤田様が先に来て倉田様を待っていることが多かったように思えますけど。」
「そうですか。ああ、僕はカレーを頂けますか?」
「どういう意味です?」
店を出るなりマリアは隆にそう尋ねた。
「どういう意味とはどういう意味ですか?」
「さっきの質問ですよ。どちらがどちらを待っていたかなんてどうでもいいじゃないですか。」
マリアがそう言うと隆は
「そんなことありませんよ。僕は2人の上下関係を知りたかったんです。ほら、よく言うじゃありませんか。女性の間にも上下関係があるって。」
といった。
「確かに。私達の世界でもどこかで優越をつけてこの人にはこう接しようとか色々考えるものです。女心でね。まあ隆さんとこうやってやっていくには苦労するもんですけど。」
「まあそれはわかりませんが、藤田さんが倉田さんを待つことが多かったということは倉田さんのほうが藤田さんより立場が上のような感じだったということになりますよねえ。」
「少なくとも親友とか心置きなく話せる仲ではなさそうですね。楽しく話しててもどこか緊張感があるときってありますからね。」
「疑問はなぜそんな立場の差が生まれたのか、ですね。」
隆はそう言うとマリアの前で人差し指を立てて
「マリアさん、なぜだと思いますか?」
と尋ねた。マリアは戸惑ったが
「弱み、とか。倉田さんは何かしら藤田さんの弱みを握っていた。それで立場の差ができた。どうです?」
と答えた。
「なるほど。弱み、ですか。」
隆は少し空を見上げてそういった。
一方その頃、北野と沢村は藤田から任意で事情を聞いていた。
「あなた、被害者に脅されていたそうですね。」
北野はそう切り出した。沢村が後を継ぐ。
「あなた、不倫してたみたいじゃないですか。倉田さんはそれをネタにあなたを脅していた。」
「確かに。不倫を突き止められたことはありました。それで倉田さんの言うことは聞かないといけなくなりました。」
「それで、嫌気が差して、あなたは倉田さんを殺害した、違いますか?」
「違います!」
「ですが、あなたは倉田さんに電話をしてそこから倉田さんの家に向かったんですよね?店を出てしまってはアリバイがないんですよ!おまけに合鍵まである。いい加減白状したらどうです!」
北野が机を叩いて詰め寄ると藤田は
「黙秘します。」
とだけ言った。取り調べは長引きそうだった。
「不倫。ですか。」
相変わらず沼田から取り調べの内容を聞き出した隆は頷いた。
「つまり藤田さんの弱みは不倫だった。でも、妙ですよね。」
マリアはどこか納得がいっていない様子だった。
「ええ。隣人さんの話では倉田さんも不倫をしていたようですから、2人はさして変わらないような気がしますがねえ。」
「やっぱり旦那の力が大きいですかね。」
マリアはそう呟いた。
「なるほど。藤田さんの旦那さんは会社員ですが倉田さんの旦那さんは大手企業のエリートでしたからねえ。」
隆はそう言うと納得したように頷いた。
「じゃあ結局犯人は第一発見者の藤田さんってことですね。」
「僕はもうひとり気になっている人がいます。」
「え?」
隆はそう言うと歩き始めた。
2人が向かったのは倉田の部屋の隣の部屋だった。
「以前話を伺ったときに随分倉田さんに恨みのある口調でしたので。」
若い女性は飯島もみと言った。
「まあ。」
飯島は答えに窮した。
「あなたは倉田さんと藤田さん行きつけのレストランの従業員ですよね。」
隆がそう言うと飯島はなぜ知っているのかという顔になった。
「先程、お店にあなたの名前がありましてね。」
どこを見ればそんな事がわかるのかマリアは隆の洞察力というか観察力に感心した。
「あなたもうすぐ結婚を控えてる男性がいたみたいですね。」
またまた隆が新情報を言うので飯島は混乱を深めた。
「先程レストランの方にあなたの話を聞きました。その男性の方も同じレストラン勤務だとか。おかしいですねえ。あのレストランは社内恋愛禁止のようですが。」
隆がそう言うと飯島は声を荒らげた。
「あなたには関係ないでしょう!」
隆は一歩引き下がるとわざとらしく手を打った。
「あ!もしかしてあなたはそのことで倉田さんに脅されていたのではありませんか。レストランにこのことをばらしてもいいのか、と。」
飯島は黙り込んだ。図星のようだ。
「なるほど。そうでしたか。ではあなたも倉田さんを恨んでいても不思議はありませんねえ。」
隆がそう言うと飯島は慌てて
「私が殺したって言いたいんですか!藤田さんが連行されてるでしょう!あなた方は何なんですか!」
といった。
「ええ。藤田さんが連行されています。ですがいかんせん、証拠が残っていません。証拠不十分でひとまず釈放されるでしょうねえ。」
「だけど、私が殺したっていう証拠もありませんよね!」
「ええ。もちろん。」
隆が肯定すると飯島は無理やりドアを閉めてしまった。
「証拠あるの?私が殺したっていう。」
黙秘を貫いていた藤田だったが長い取り調べに苛立ちを隠せない様子でそういった。
「いいえ。ですが、あなたが真実を話してくださればこんなことはしなくで済むんですよ。」
若干疲れの溜まった目で北野はそういった。
「ほら、刑事さんも最初の威勢が無くなったみたいだしそろそろ開放してくれるかしら。」
「なんだとゴラア!」
北野は威勢を取り戻して立ち上がった。沢村が必死に宥める。そして耳打ちした。
「だけど、先輩。これじゃあ彼女の言う通り釈放するしかないっすよ。」
その耳打ちは藤田に聞こえているようだった。
「あらあ。残念ね。それじゃあ帰らせてもらうわ。」
「クソッ。バカッ。」
如何ともし難くこみ上げてきた怒りは沢村の頭を叩くという形で発散された。
「そうですか。藤田さんが開放されましたか。」
沼田から報告を受けた隆にマリアは尋ねた。
「どうします?」
「北野さんたちには藤田さんを追跡させています。」
「え?」
「もう一度レストランに戻りましょう。」
隆はそういうとレストランに向けて再び歩き始めた。
「いらっしゃいませ。」
2人が訪ねたのはレストランで働いている飯島の恋人だった。名前は大須ひろやという。
「大須さん。あなたは飯島さんとはどういう関係ですか?」
突然のことで戸惑った大須だったが意を決したように
「付き合ってました。もちろん、分かってます。社内恋愛禁止なんで。」
そう言って頭を下げる大須をマリアがカバーした。
「そのことを咎めに来たわけじゃありませんよ。」
「あなたは倉田さんという方を知っていますか。」
隆が質問すると大須は動揺している様子を見せた。
「ご存知なんですね?」
隆にそう言われた大須は小さく頷いた。
「よし、追跡しろ。」
県警を出てタクシーに乗った藤田を北野と沢村が追跡していた。
「なんでたって俺たちが追跡しなきゃならないんです?」
沢村がハンドルを手に不満を口にすると
「文句言うな!何かあるんだよ。あの中学生が言うんだから。」
「毛嫌いしてるんだか信頼してるんだかよくわからないっすけど。」
沢村は再び北野に叩かれた。
「余所見してないで運転しろ!」
タクシーは町外れの廃工場で止まった。なんとか追跡した北野たちも気づかれないように遠くから様子を見た。
「どうだよ。」
隙間から中を覗きながら北野は尋ねる。
「あの様子だと藤田は人を待ってるようですね。」
沢村がそう答えると後ろからまたまたタクシーがやってきた。
「おい!なんか来たぞ!隠れろ!」
北野が沢村を掴んで草むらに隠れた。
「あれ、誰だ?」
「さあ、娘っすかね?」
工場の中ではこんな会話がされていた。
「久しぶりわね。警察に連行されちゃったんだけど。もうゲロっちゃうわよ。」
藤田がセレブっぽい口調でそう言うと女は頭を下げた。
「それだけはご勘弁を。」
「まあいいわ。警察は証拠不十分で私を逮捕できないみたいだし。日本の警察って優秀って言うけどだらしないね。あ、これは貸しだから忘れないでね。」
「分かってます。」
「今回の事件のことも彼氏さんのことも全部ゲロっちゃったらどうなっちゃうんだろうね?」
藤田が薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言うと女はポケットからナイフを取り出した。
「もし話すならあなたを殺しますよ。」
女はものすごい形相で藤田を睨んだ。その気迫に押された藤田はある作戦に出た。
「分かったわ。秘密は守る。」
オロオロする口調でそういう藤田は足早に工場を立ち去ろうとした。藤田の作戦とは工場を出てすぐに110番通報することであった。だが女は工場のドアの前に立ちふさがった。
「まだなにか?」
藤田が恐る恐る尋ねると女はナイフで藤田を刺そうとした。
「きゃっ!」
悲鳴が工場内に響いたが工場に入っていた隆がなんとか刃物を止めた。
刃物を握る形で止めた隆の手からは出血していた。
「あなたは2人もの人間を殺す気ですか!」
北野と沢村も工場の中に駆け込んできた。
隆はハンカチで出血を押さえながら話した。
「倉田さんが殺害されて、藤田さんが連絡をするとうめき声だけして電話は切れた、そうでしたね?」
隆が事件の始まりを振り返る形で言うと藤田は首を縦に振った。
「ですが、妙なんですよ。愛知県警の鑑識員に頼んであなたと倉田さんの通話記録を調べたんですが20秒ほど通話しています。うめき声だけして切れた。だとすると10秒もかからず電話は切れそうなものですがね?」
隆がそう言っても藤田は黙り込んだままだった。
「お答えいただけませんか?では、僕の妄想を。倉田さんはしっかり犯人の名前を叫んでいたのではありませんか?犯人は飯島もみである、と。」
すると女はソワソワしだした。そう、女の正体は飯島もみであった。
「そしてあなたは倉田さんの家に大急ぎで向かいました。そこには案の定血を流して死んでいる倉田さんがいた。あなたは飯島さんが犯人だと確信したのでしょう。本来ならすぐに110番通報して警察に飯島さんを逮捕してもらうのですが、あなたはこれを利用しようと考えた。弱みを握る立場になりたかったのではありませんか?」
隆がそう言うと藤田はわざとらしく手を叩いた。
「あ!思い出した!犯人の名前叫んでたわよ。でも何言ってるか聞き取れなかったの。だからうめき声の一部だと思ったわけ。」
「貴様!」
飯島は藤田の胸ぐらを掴んだ。隆がそれを止める。
「おふたりとももう止めにしませんか?本当の事を、お話しいただけますね?」
隆のその言葉に飯島の口が開いた。
「脅されてました。倉田に。」
それは寒い夜だった。
飯島が大須と肩を組んで歩いて、飯島が家に帰ろうと大須と別れて歩き始めると倉田が立ち塞がった。
「あら、もみちゃん。今一緒に歩いていた男。レストランで働く人よね?それっていいのかな?店に知られたらどうなるんだろうね?」
飯島は無視を貫いたが倉田はしつこかった。家に押しかけることもしばしば。金を要求してくることもあったのだ。
飯島は耐えられなくなって倉田の家に向かった。
「あら、どうしたの?」
倉田は飯島を家に上げた。
「もうあなたに脅され続ける人生は嫌です。」
飯島のその言葉に殺気を感じ取った倉田は咄嗟にスマートフォンで録音を開始した。電話がかかってきたら録音されたものが流れるようにもしたのだ。
「分かったわ。話し合いましょう。」
とわいえ命は惜しい倉田はなんとか飯島を落ち着かせようとそういった。
飯島は一旦それに従ったが
「ちょっとお茶入れてくるわね。」
と藤田が席を立ったのが失敗だった。飯島は隠し持っていた刃物で藤田の背後から心臓を突き刺したのである。
その瞬間、藤田は叫んだ。
「飯島もみに殺された!助けて!」
中々大きな声で叫ばれた飯島は倉田が血を流して倒れ込むのを確認するとすぐに部屋を出た。
その直後、藤田が倉田の部屋にやってきた。という流れであった。
「私も倉田に脅されてたの。だから私が脅す立場になりたかった。」
藤田は弁明にならない弁明をした。
「やはり、あなたも倉田さんに脅されていたんですね?不倫の現場を目撃されてしまった。」
藤田は力強く頷くと
「そうよ。でも私は倉田を殺したりしてない!殺したのはこの子、私は何も悪くない。」
開き直るように藤田はそういった。
「ええ。確かにあなたは倉田さんを殺していない。ですが倉田さんの残したメッセージを隠蔽しなかったことにした、このことに罪がないとは言えません。それからいいですか!あなたは倉田さんに脅されていたかもしれませんがあなたが飯坂さんにしたことは倉田さんとさして変わりありませんよ!結局自分が上に立ちたい、それだけじゃありませんか!」
隆がそう言うと藤田は崩れ落ちた。
「それから飯坂さん、たとえどれだけ追い詰められていたとしても人を殺してはいけない。到底許されることではありませんよ。」
隆のその言葉を合図に北野が
「もらってきますよ。」
と二人を連行しようとした。
沢村が
「またまた手柄をありがとうございます。」
と頭を下げると上げた頭は北野に叩かれた。
「余計なこと言うんじゃねえ!行くぞ!」
誰もいなくなった殺人現場になりかけた廃工場を隆とマリアは後にした。
「おお!また事件に首を突っ込んでるなと思ったら今度はまどろむ女の世界の殺人事件を解決ですか?」
隆とマリアが山田の家に戻ると山田がそういった。
「なんですか?まどろむ女の世界とか大層なこと言っちゃって。」
マリアは自分の言葉にうなずいた。
「まあ確かにまどろむ女の世界で起きた殺人だったのかもしれませんけどね。女ってもんは恐ろしいですよ。」
「あんたも女だろ?ああ恐ろしや。」
「女はしたたかですからねえ。外ではいい面してても裏では何考えてるかわからない。」
マリアの目線と口調に何かを感じ取った隆は
「どういう意味ですか?」
と応じた。
「いえ、深い意味は。」
「連行された藤田と飯島も大人しく容疑を認めてるみたいだな。飯島は殺人容疑、藤田は犯人隠避ってとこだな。」
山田がこれからの話をすると
「犯人隠避はそんなに重い罪じゃないですよね?」
とマリアが尋ねた。
「2年以下の懲役または20万円以下の罰金でしたかねえ。」
隆が博識を披露する。
「殺人よりは圧倒的に軽いですね。」
「まあ飯島の方は人ひとり殺してんだからな。以下に追い詰められていようと仕方ないだろ。」
「ですが殺人を犯させてしまうほどに女の世界は恐ろしいということですよ。」
隆が話を戻すと
「そういうことですね。」
マリアは頷いた。隆はいつものようにサイダーの蓋を開けた。
「そういうことだな。」
山田はコーヒーを飲んでため息を付いた。
「また事件を解決したみたいじゃないの。」
その夜、隆は愛知県警刑事部長の猪俣と寿司を食べていた。
「いえ、解決したのは愛知県警刑事部捜査一課の北野さんと沢村さんですが。」
「フッ。そんな形式的なことは聞いちゃいないよ。手柄をあの二人に譲ったんでしょ?あの二人もどこかで出世させてあげないとね。」
猪俣がそう言ってマグロを食べると隆は警戒心をあらわにした。
「あなたがこうして僕を寿司屋に誘うときは決まって自分に関係のある事件の解決したときです。今日はどのようなご要件ですか?」
「用件?ああ!そういえば手に怪我を負ったそうじゃないの。」
「話をそらさないでもらえますか?」
「逸らしてなんかいないさ。僕はただ君の手の怪我が心配で呼んだんだから。」
猪俣がそう言うと
「人を刺そうとする刃物を素手で掴みましたからねえ。痛くないといえば嘘になりますが。」
「お前、昔から無茶するよなあ。」
「人の命に代えられるものはありませんから。」
「どこまでそんなことを口にしてられるかな?」
「はい?」
「いや、独り言だよ。」
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