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第四章 彼女に捧ぐ鎮魂歌
寄生する聖女
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ディマの隣にイリスが座ったため、ルシオはオーランドの隣に座る。奇妙な四人組だなと、ルシオは思った。
(こうして平穏に顔を突き合わせるなんて、前じゃ絶対に考えられなかったな)
敵味方は入り乱れ、入り乱れた末に混じり合った。それを誰もが納得と共に受け入れていた。
だが代償は大きい。リオンテール家同様、フォルセティ家の多くは国の中心から姿を消し、領地の多くは割譲され、縮小された。ファブリシオと長兄の墓は領地に作られた。ルカ・リオンテールの墓は、帝都の郊外に、ひっそりと佇む。
ディミトリオスが皇帝になってから、宮廷の様子は様変わりした。
代わりに台頭したのはガモット家とガン家、それからクリステル家だ。彼等は役職を新たに与えられ、皇帝を支えている。
だがディマは、そもそも周囲を貴族だけで固めることをよくは思っておらず、平民からも有能な人間を見つけ出しては、重要な役職に付けていた。この先、その動きを彼は更に加速させるようである。ローザリアの歴史は、大きく動こうとしていた。
ディマの思い描く地図を見せてもらったとして、ルシオには彼と同じような理解は難しいだろうと思った。ローザリアの新しい風が吹く先に、いかなる国があるのかを、恐らくは誰も知らなかった。
そんなことを考えながらルシオは、イリスの手に、見慣れないものが握られていることに気がつく。
「イリス様、手に持っているのは一体なんです?」
随分と可愛らしいぬいぐるみだが、日焼けし傷んでいる。
会った人間、全ての心を惹きつけてしまうであろう美しい笑みと共にイリスは答えた。
「領地の屋敷にあった猫のぬいぐるみです。幼い頃に父からもらったもので、別れ際にそんなことを話したら、アリア様が、わざわざ送ってくださって。お兄様にお見せしたかったの。わたしの部屋にあるオーランド様からのミーシャと、並べて置いて置こうと思ったんです」
ディマも微笑を浮かべる。
「懐かしいな。時が戻る前も、アレンさんはイリスに送ったんだね。僕等も子供時代、いつも一緒に過ごしていたよ」
はい、と嬉しそうにイリスは答えた。ディマは自分とかつてのイリスの思い出を、今のイリスの前でも度々語るようになっていた。イリスはそれを、とても楽しそうに聞いている。
アリアとイリスの間にどのような関わりがあったのかは知らないが、アリアは途端に協力的だ。信者になったと言っても過言ではない。殺すか殺されるかの戦闘をしていたことが嘘のようだ。
イリスに対して、ルシオはディマに抱くものとはまた異なる情を抱いていた。彼女はまるで、鏡のようだった。純粋すぎる彼女と対面していると、否が応でも己の心を顧みる。だからアリアも、イリスに情を抱いたのかもしれない。イリスはまるで、ローザリアの良心そのものだった。
ディマと話している時、彼女の頬にはいつもほのかに赤みが差して、目はまるでこの世界で一番立派なものを見つめるかのように輝いた。これほど純情な女を、ルシオは知らない。
だからルシオは、自分らしくもなく思うのだ。この二人の恋を守ってやりたいと。
オーランドが持ってきた手紙を順に回して読んでいる最中に、ルシオは言った。
「アリアがなぜディマでなくオーランドに手紙を出したんだ。お前ら実際、どこまでやったんだ?」
「答える義務があるのか? 城に直接届けては、有象無象が手紙を開くとでも思ったのだろう。だから私を経由したのだ」
冷たくそう言った後、オーランドは咳払いをし、ディマとイリスに向き直った。
「皆読んだか。どう思った」
ディマは答えた。
「概ねは僕の想定通りだった。イリスの代わりにするためにルカは水晶を削り、少女等に与えていた。被害者の中に妊婦もいたということも、推論を裏付けてくれる。ルカは実験の一環として、ネルド=カスタと同様に、胎児を利用しようとしたのだろう。まさしく僕も、聖女を生み出すのは、胎児の頃に何かをしたのが鍵じゃないかと考えた」
手紙の文面を見ながら、ルシオは言う。
「妊婦にも同様に水晶結晶を飲ませたようだな、ということは、単純にそれが聖女を生み出す方法か?」
「そうかも、しれない。ミランダ・テミスが妊娠している頃、誰かが水晶結晶を飲ませた可能性はある」
考え込むディマに対し、オーランドは言った。
「だが実験は失敗している。結局アリア以外は生き残らなかったのだろう」
「仮説だが、アリアのように、ミランダさんは聖女の力に適合したのかもしれない。だから生きることができた」
「立証のしようがないな」
とルシオは言ったが、ディマは暗い顔のまま答える。
「一つだけある。胎児に――」
だが即座にオーランドが否定した。
「だめだディミトリオス、一線は超えるな」
厳しい声色だった。
ディマが何を考えたのか、彼は察したらしい。ディマは目を閉じ、ソファーに背を預けた。
「ああ……そうだな」
ディマの神経はかなり参っているようだった。自分で言った言葉を押し込めるように、右手で口を抑えた。イリスが、慰めるようにその肩にそっと触れる。その手をディマは握った。
彼に彼女がいてよかったと、ルシオは思う。そうして手がかりがないかと、再び手紙に視線を落とした。
「こっちの紙はなんだ? この一枚だけ、人名がびっしり書いてあるぞ」
おずおずと、だがはっきりとイリスが答えた。
「わたしがアリア様にお願いしたのです。もし、ルカ様の実験の被害者になった方々のお名前が分かったら教えてほしいと。彼女たちを、名もなき死者のままにしたくなくて。きちんとした弔いを、してあげたくって」
ルシオは仰天を隠せなかった。
(自分と成り代わり、敵対することを望んだ奴らだぞ。なぜそんな風に思えるんだ?)
なんと優れた心だろうか。あるいは世間知らずを拗らせているのか?
そう思う隣で、オーランドが目を伏せたのが見えた。
「アリアが思い出せる限りでもこれだけの人数が犠牲になっていたとは。……ルカは、悍ましいことをしていたのだな、到底、許されざることだ」
束の間の沈黙があった。銘々が、ルカのことを思い浮かべたのだろう。
ルカ・リオンテールはルシオにとっては憎たらしい男ではあったが、オーランドにとっては父親代わりと言っても過言ではない存在だった。だがいかにルカが有能な人間であったにせよ、オーランドとの間にいかなる関わりあったにせよ、ルカは死に、敗北者となった。それだけが、事実として残った。
もしルカとオーランドが勝利していたのなら、死んでいたのはディミトリオスとイリスだった。それだけだ。
「イリスの寿命はあとどれほどだ」
ふいにオーランドがそう言ったため、ルシオは彼の頭を殴りそうになった。イリスの前で、よくも平然と言えたものだ。だがイリスもまた、顔色を変えずに答えた。
「持って一年と少しだろうと、ヴァリ聖密卿はおっしゃいました。先日も、わたし、口から水晶を吐いてしまいましたもの」
そう言って、なんとも切なそうに微笑んだ。
「時が戻る前も、十七歳で死にました。だからこの人生は、ちょっとした延長で、神様がお与えくださった奇跡の時間なのだと思います」
ルシオの涙腺が緩かったのなら、健気な彼女の言葉に咽び泣いていたかもしれない。告白すると危ういところだったが、あいにくそうなる前に、ディマが言った。
「そうはさせない。イリスは生きるんだ。僕と一緒に、老人になるまで。抗い続けよう」
言ってから、ディマはイリスの額にキスをする。途端にイリスの顔が真っ赤に染まった。
いちゃつくのをやめてくれとルシオが言えないのは、彼等に残された時間が少ないと知っているからだ。
「僕が思ったことを三人にも聞いて欲しい」
それからディマは立ち上がり、文机を漁り、何やら紙を取り出し、再び座る。自らスケッチしたらしい、水晶の絵だった。歪な形をしているように思われる。一本の巨大な水晶柱から飛び出るようにして、それよりもわずかに小さな水晶柱が生えている。その周囲を取り囲むのは、もっと小さな水晶達だ。海の岩に蔓延るフジツボを、ルシオは思い出した。
ディマは言う。
「教皇庁の地下で見た水晶の形は、こんな感じだった。水晶結晶がイリスの体内から出たということは、内側から水晶化が始まるということだ。内蔵がめくれ上がり、水晶が体の内側から突き破ってくる。鉱物は、こういう増殖の仕方はしない」
場面を想像し、ルシオは顔を歪めた。オーランドも同じだったのか、隣で呻いた声がした。
だから、と言ってからディマは、信じられないことを口にした。
「シューメルナは、生物じゃないかと思うんだ。水晶結晶のように見える姿が成体で、聖女として存在するのが、幼体だ。増殖の仕方は、妊婦に自らの欠片を与え、胎児を幼体に作り変えるというものじゃないだろうか」
ルシオは幼い頃のことを思い出した。川辺にいた虫を捕まえ、退屈しのぎに首をもぎ取ると、中から黒く細長い生物が出現した。後に知ったが、あれは虫の中に寄生する生物で、卵を産ませるために水辺に行くのだそうだ。
「シューメルナが胎児に寄生し、自らを増殖させているって言いたいのか? なんのために」
「いかなる生物だって、その宿命は増え続けることだろう。シューメルナもそうだということだ」
「流石にそれは馬鹿げていないか。なあオーランド?」
半笑いでルシオは隣に問いかけるが、オーランドはひどく真剣な表情をし、
「いや、あながち、間違いではないように思える」
などというものだから、劣勢はルシオの方だった。オーランドは考えるように腕を組んだ。
「先ほど再び図書室で調べ、あらためて考えた。前のイリスが調べた童話の分布は、聖地周辺に寄っている。聖地はシューメルナ生誕の地だ。そこに光る石に関する話題が多いのは、シューメルナこそその奇跡を起こす石そのものだったからではないのか。石と婚姻を結び、奇跡を起こした少女の話など、石を体に入れ聖女となったアリアとそっくりだ。今のディミトリオスの話と関連付けるのなら、シューメルナは雄で、別の生物の雌を利用し胎児に寄生し増殖する。一時的には力を与え、興味を惹きつけるのかもしれないな。甘い蜜で虫を呼び込む花のように」
唖然としたまま、ルシオも言った。
「だから奇跡を起こす女の話が生まれ、それが聖女伝説となり人々の間で信仰となったということか? 筋は通っているのか? 信仰を真っ向から否定するものだが――。いや待てよ。じゃあ、教皇庁は、それを知って、シューメルナを管理し、思うように聖女を生み出しているということになってしまうぞ」
そこまで言ってルシオは、ここにいてもいいはずの人物がいない理由に、思い至る。
(なんてことだ……)
表情を変えずに、ディマは言う。
「先生を疑うわけじゃない。もっと大きな、彼にさえもどうしようもない力が働いているのだろうから。
ヘイブンに会おうとしたが、彼は亡くなったそうだ。教皇庁は護りが固く、侵入はできない。だからシューメルナ生誕の地に、まずは行こうと思う。そこで何かが得られるかもしれない」
ディマの言葉に、イリスも強く頷いた。
「行ってみましょう、お兄様。きっとそこに、鍵があるはずです」
しかし強い口調で否定したのは、オーランドだった。
「ディミトリオス、君は聖地奪還に対して、聖兵の派遣を中止しただろう。呑気に行ったところで他国からは針の筵だ。あの争いから撤退したのはなぜだ?」
「聖地奪還なんてくだらない争いに、帝国民の命が脅かされるなんて馬鹿げたことだと思ったからだ」
「そのくだらない争いを繰り広げる聖地に、自ら行くというのか」
ああ、とディマは言う。
「無謀に行くというわけじゃない。先日、聖地を支配している創造主派のミングウェイ帝国、ラルフ皇帝から僕宛てに書簡が届いた。彼は今まさに聖地にいるが……。かねてより僕が面会したいと口説いていたが、遂に根負けしたという文面とともに――」
言ってからディマは、スケッチと共に取り出したらしいその書簡を、皆に見えるように広げてみせる。
「貴殿が知ることを渇望している秘密を教えよう。聖地で待つ――その言葉と、これが入っていた」
ルシオは目を見張る。封から出てきたのは、紛れもなく水晶結晶だった。
「聖地から、これが送られて来たということは、やはりシューメルナに関係しているということだ」
「ディミトリオス、これは罠だ。単なる水晶結晶など、一国の王であればいくらでも手に入れられる。これがエンデ国の水晶と同じだと、確かめようがないだろう。君を誘き寄せ、殺すつもりでいるに違いない。ラルフ帝はそういう男だぞ」
それに対しては、ルシオもオーランドに賛成だった。
「結婚式も近いだろう、今、面倒事はやめておけ」
「じゃあ、結婚式が終わったら、参りましょう?」そう軽やかに言ったのはイリスだった。「だってわたしは聖女ですもの。聖地巡礼をすることに、誰も文句は言いません。いくらラルフ様が怖い人だったとしても、わたしの魔力に敵うはずがありません。争いだって、終わらせてみせますわ」
彼女はそう言って、やはり誰もが見惚れてしまうような美しい表情で、にっこりと笑った。
(こうして平穏に顔を突き合わせるなんて、前じゃ絶対に考えられなかったな)
敵味方は入り乱れ、入り乱れた末に混じり合った。それを誰もが納得と共に受け入れていた。
だが代償は大きい。リオンテール家同様、フォルセティ家の多くは国の中心から姿を消し、領地の多くは割譲され、縮小された。ファブリシオと長兄の墓は領地に作られた。ルカ・リオンテールの墓は、帝都の郊外に、ひっそりと佇む。
ディミトリオスが皇帝になってから、宮廷の様子は様変わりした。
代わりに台頭したのはガモット家とガン家、それからクリステル家だ。彼等は役職を新たに与えられ、皇帝を支えている。
だがディマは、そもそも周囲を貴族だけで固めることをよくは思っておらず、平民からも有能な人間を見つけ出しては、重要な役職に付けていた。この先、その動きを彼は更に加速させるようである。ローザリアの歴史は、大きく動こうとしていた。
ディマの思い描く地図を見せてもらったとして、ルシオには彼と同じような理解は難しいだろうと思った。ローザリアの新しい風が吹く先に、いかなる国があるのかを、恐らくは誰も知らなかった。
そんなことを考えながらルシオは、イリスの手に、見慣れないものが握られていることに気がつく。
「イリス様、手に持っているのは一体なんです?」
随分と可愛らしいぬいぐるみだが、日焼けし傷んでいる。
会った人間、全ての心を惹きつけてしまうであろう美しい笑みと共にイリスは答えた。
「領地の屋敷にあった猫のぬいぐるみです。幼い頃に父からもらったもので、別れ際にそんなことを話したら、アリア様が、わざわざ送ってくださって。お兄様にお見せしたかったの。わたしの部屋にあるオーランド様からのミーシャと、並べて置いて置こうと思ったんです」
ディマも微笑を浮かべる。
「懐かしいな。時が戻る前も、アレンさんはイリスに送ったんだね。僕等も子供時代、いつも一緒に過ごしていたよ」
はい、と嬉しそうにイリスは答えた。ディマは自分とかつてのイリスの思い出を、今のイリスの前でも度々語るようになっていた。イリスはそれを、とても楽しそうに聞いている。
アリアとイリスの間にどのような関わりがあったのかは知らないが、アリアは途端に協力的だ。信者になったと言っても過言ではない。殺すか殺されるかの戦闘をしていたことが嘘のようだ。
イリスに対して、ルシオはディマに抱くものとはまた異なる情を抱いていた。彼女はまるで、鏡のようだった。純粋すぎる彼女と対面していると、否が応でも己の心を顧みる。だからアリアも、イリスに情を抱いたのかもしれない。イリスはまるで、ローザリアの良心そのものだった。
ディマと話している時、彼女の頬にはいつもほのかに赤みが差して、目はまるでこの世界で一番立派なものを見つめるかのように輝いた。これほど純情な女を、ルシオは知らない。
だからルシオは、自分らしくもなく思うのだ。この二人の恋を守ってやりたいと。
オーランドが持ってきた手紙を順に回して読んでいる最中に、ルシオは言った。
「アリアがなぜディマでなくオーランドに手紙を出したんだ。お前ら実際、どこまでやったんだ?」
「答える義務があるのか? 城に直接届けては、有象無象が手紙を開くとでも思ったのだろう。だから私を経由したのだ」
冷たくそう言った後、オーランドは咳払いをし、ディマとイリスに向き直った。
「皆読んだか。どう思った」
ディマは答えた。
「概ねは僕の想定通りだった。イリスの代わりにするためにルカは水晶を削り、少女等に与えていた。被害者の中に妊婦もいたということも、推論を裏付けてくれる。ルカは実験の一環として、ネルド=カスタと同様に、胎児を利用しようとしたのだろう。まさしく僕も、聖女を生み出すのは、胎児の頃に何かをしたのが鍵じゃないかと考えた」
手紙の文面を見ながら、ルシオは言う。
「妊婦にも同様に水晶結晶を飲ませたようだな、ということは、単純にそれが聖女を生み出す方法か?」
「そうかも、しれない。ミランダ・テミスが妊娠している頃、誰かが水晶結晶を飲ませた可能性はある」
考え込むディマに対し、オーランドは言った。
「だが実験は失敗している。結局アリア以外は生き残らなかったのだろう」
「仮説だが、アリアのように、ミランダさんは聖女の力に適合したのかもしれない。だから生きることができた」
「立証のしようがないな」
とルシオは言ったが、ディマは暗い顔のまま答える。
「一つだけある。胎児に――」
だが即座にオーランドが否定した。
「だめだディミトリオス、一線は超えるな」
厳しい声色だった。
ディマが何を考えたのか、彼は察したらしい。ディマは目を閉じ、ソファーに背を預けた。
「ああ……そうだな」
ディマの神経はかなり参っているようだった。自分で言った言葉を押し込めるように、右手で口を抑えた。イリスが、慰めるようにその肩にそっと触れる。その手をディマは握った。
彼に彼女がいてよかったと、ルシオは思う。そうして手がかりがないかと、再び手紙に視線を落とした。
「こっちの紙はなんだ? この一枚だけ、人名がびっしり書いてあるぞ」
おずおずと、だがはっきりとイリスが答えた。
「わたしがアリア様にお願いしたのです。もし、ルカ様の実験の被害者になった方々のお名前が分かったら教えてほしいと。彼女たちを、名もなき死者のままにしたくなくて。きちんとした弔いを、してあげたくって」
ルシオは仰天を隠せなかった。
(自分と成り代わり、敵対することを望んだ奴らだぞ。なぜそんな風に思えるんだ?)
なんと優れた心だろうか。あるいは世間知らずを拗らせているのか?
そう思う隣で、オーランドが目を伏せたのが見えた。
「アリアが思い出せる限りでもこれだけの人数が犠牲になっていたとは。……ルカは、悍ましいことをしていたのだな、到底、許されざることだ」
束の間の沈黙があった。銘々が、ルカのことを思い浮かべたのだろう。
ルカ・リオンテールはルシオにとっては憎たらしい男ではあったが、オーランドにとっては父親代わりと言っても過言ではない存在だった。だがいかにルカが有能な人間であったにせよ、オーランドとの間にいかなる関わりあったにせよ、ルカは死に、敗北者となった。それだけが、事実として残った。
もしルカとオーランドが勝利していたのなら、死んでいたのはディミトリオスとイリスだった。それだけだ。
「イリスの寿命はあとどれほどだ」
ふいにオーランドがそう言ったため、ルシオは彼の頭を殴りそうになった。イリスの前で、よくも平然と言えたものだ。だがイリスもまた、顔色を変えずに答えた。
「持って一年と少しだろうと、ヴァリ聖密卿はおっしゃいました。先日も、わたし、口から水晶を吐いてしまいましたもの」
そう言って、なんとも切なそうに微笑んだ。
「時が戻る前も、十七歳で死にました。だからこの人生は、ちょっとした延長で、神様がお与えくださった奇跡の時間なのだと思います」
ルシオの涙腺が緩かったのなら、健気な彼女の言葉に咽び泣いていたかもしれない。告白すると危ういところだったが、あいにくそうなる前に、ディマが言った。
「そうはさせない。イリスは生きるんだ。僕と一緒に、老人になるまで。抗い続けよう」
言ってから、ディマはイリスの額にキスをする。途端にイリスの顔が真っ赤に染まった。
いちゃつくのをやめてくれとルシオが言えないのは、彼等に残された時間が少ないと知っているからだ。
「僕が思ったことを三人にも聞いて欲しい」
それからディマは立ち上がり、文机を漁り、何やら紙を取り出し、再び座る。自らスケッチしたらしい、水晶の絵だった。歪な形をしているように思われる。一本の巨大な水晶柱から飛び出るようにして、それよりもわずかに小さな水晶柱が生えている。その周囲を取り囲むのは、もっと小さな水晶達だ。海の岩に蔓延るフジツボを、ルシオは思い出した。
ディマは言う。
「教皇庁の地下で見た水晶の形は、こんな感じだった。水晶結晶がイリスの体内から出たということは、内側から水晶化が始まるということだ。内蔵がめくれ上がり、水晶が体の内側から突き破ってくる。鉱物は、こういう増殖の仕方はしない」
場面を想像し、ルシオは顔を歪めた。オーランドも同じだったのか、隣で呻いた声がした。
だから、と言ってからディマは、信じられないことを口にした。
「シューメルナは、生物じゃないかと思うんだ。水晶結晶のように見える姿が成体で、聖女として存在するのが、幼体だ。増殖の仕方は、妊婦に自らの欠片を与え、胎児を幼体に作り変えるというものじゃないだろうか」
ルシオは幼い頃のことを思い出した。川辺にいた虫を捕まえ、退屈しのぎに首をもぎ取ると、中から黒く細長い生物が出現した。後に知ったが、あれは虫の中に寄生する生物で、卵を産ませるために水辺に行くのだそうだ。
「シューメルナが胎児に寄生し、自らを増殖させているって言いたいのか? なんのために」
「いかなる生物だって、その宿命は増え続けることだろう。シューメルナもそうだということだ」
「流石にそれは馬鹿げていないか。なあオーランド?」
半笑いでルシオは隣に問いかけるが、オーランドはひどく真剣な表情をし、
「いや、あながち、間違いではないように思える」
などというものだから、劣勢はルシオの方だった。オーランドは考えるように腕を組んだ。
「先ほど再び図書室で調べ、あらためて考えた。前のイリスが調べた童話の分布は、聖地周辺に寄っている。聖地はシューメルナ生誕の地だ。そこに光る石に関する話題が多いのは、シューメルナこそその奇跡を起こす石そのものだったからではないのか。石と婚姻を結び、奇跡を起こした少女の話など、石を体に入れ聖女となったアリアとそっくりだ。今のディミトリオスの話と関連付けるのなら、シューメルナは雄で、別の生物の雌を利用し胎児に寄生し増殖する。一時的には力を与え、興味を惹きつけるのかもしれないな。甘い蜜で虫を呼び込む花のように」
唖然としたまま、ルシオも言った。
「だから奇跡を起こす女の話が生まれ、それが聖女伝説となり人々の間で信仰となったということか? 筋は通っているのか? 信仰を真っ向から否定するものだが――。いや待てよ。じゃあ、教皇庁は、それを知って、シューメルナを管理し、思うように聖女を生み出しているということになってしまうぞ」
そこまで言ってルシオは、ここにいてもいいはずの人物がいない理由に、思い至る。
(なんてことだ……)
表情を変えずに、ディマは言う。
「先生を疑うわけじゃない。もっと大きな、彼にさえもどうしようもない力が働いているのだろうから。
ヘイブンに会おうとしたが、彼は亡くなったそうだ。教皇庁は護りが固く、侵入はできない。だからシューメルナ生誕の地に、まずは行こうと思う。そこで何かが得られるかもしれない」
ディマの言葉に、イリスも強く頷いた。
「行ってみましょう、お兄様。きっとそこに、鍵があるはずです」
しかし強い口調で否定したのは、オーランドだった。
「ディミトリオス、君は聖地奪還に対して、聖兵の派遣を中止しただろう。呑気に行ったところで他国からは針の筵だ。あの争いから撤退したのはなぜだ?」
「聖地奪還なんてくだらない争いに、帝国民の命が脅かされるなんて馬鹿げたことだと思ったからだ」
「そのくだらない争いを繰り広げる聖地に、自ら行くというのか」
ああ、とディマは言う。
「無謀に行くというわけじゃない。先日、聖地を支配している創造主派のミングウェイ帝国、ラルフ皇帝から僕宛てに書簡が届いた。彼は今まさに聖地にいるが……。かねてより僕が面会したいと口説いていたが、遂に根負けしたという文面とともに――」
言ってからディマは、スケッチと共に取り出したらしいその書簡を、皆に見えるように広げてみせる。
「貴殿が知ることを渇望している秘密を教えよう。聖地で待つ――その言葉と、これが入っていた」
ルシオは目を見張る。封から出てきたのは、紛れもなく水晶結晶だった。
「聖地から、これが送られて来たということは、やはりシューメルナに関係しているということだ」
「ディミトリオス、これは罠だ。単なる水晶結晶など、一国の王であればいくらでも手に入れられる。これがエンデ国の水晶と同じだと、確かめようがないだろう。君を誘き寄せ、殺すつもりでいるに違いない。ラルフ帝はそういう男だぞ」
それに対しては、ルシオもオーランドに賛成だった。
「結婚式も近いだろう、今、面倒事はやめておけ」
「じゃあ、結婚式が終わったら、参りましょう?」そう軽やかに言ったのはイリスだった。「だってわたしは聖女ですもの。聖地巡礼をすることに、誰も文句は言いません。いくらラルフ様が怖い人だったとしても、わたしの魔力に敵うはずがありません。争いだって、終わらせてみせますわ」
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閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
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家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
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ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
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紗沙
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