社畜

みみみ

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息をする

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古びたアパートの二階、一番隅の部屋が僕の城。
ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に鍵を差し込んでゆっくりと回す。目に飛び込んでくるのはうず高く積まれたゴミ袋の山だった。僅かに見える茶色い光沢から床の位置を察知して、無理矢理に歩を進める。散らばった書類の山といつ飲んだのかも分からない飲みかけのペットボトル、随分と前に食べた記憶のあるカップラーメンの殻、脱ぎ散らかした服、色々な綻びが目に入ったが、全て無視した。向かうのは寝室で、そこが唯一の安息の場所だった。
この家には部屋が三つあって、僕の安息の地は寝室だけだった。いわゆるリビングとキッチンは、もう料理も食事も出来ない位には色々なもので埋め尽くされている。山のように積まれたそれの奥深くに何が詰まっているのか、もう自分でも分からない。
ごみの隙間を縫うようにやってきた寝室は、大きなベッドで占領されている。この部屋がゴミで埋まっていないのは、綺麗にしているからではなく、ごみの入る余地がないからだった。部屋の明かりを付けて、ベッドに体重を預けるように飛び込む。ぼすん、と音がして、ベッドが深く沈みこむ。既に時刻は12時を回っていて、段々と瞼が重くなっていく。ぐぅ、とお腹の鳴った音がして、そこで初めて食事を取り忘れたと気が付いたが、瞼の重みについぞ堪えきることは出来なかった。
「   、」
僕は緩やかに、死ぬように眠りについた。もう二度と食べることの出来ない食事が、酷く恋しかった。

「別れよう。」
同棲して3カ月ほど過ぎた頃。彼はそう切り出した。
「...うん。」
僕はそう返した。

彼の居なくなった部屋は使わなくなって、物置ですらない空白になった。彼の部屋だった筈のそこにはもう彼の痕跡なんて殆ど無い。けれど、自分の痕跡で埋めてしまうのは嫌だった。
彼と共にやっていた洗濯も食事の用意も掃除も何もかも、自分一人ではやらなくなった。彼と別れる一か月前から、僕は家事に一切手を付けなくなっていた。
彼の部屋に手を付けることなんて出来なくて、自分の為にやる家事は酷く億劫だった。
自分という生き物が緩やかに退廃していくのが分かった。彼のいない生活は、息が苦しかった。
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