初めてキスをした

お前が初めてじゃないのが悲しい

あいつとは、軍学校に入って知り合った。軍学校を卒業して別の部隊に所属しようが、職場が離れようが、あいつとの縁は切れることが無かった。あいつとは多分、相思相愛だった。恋人になろうと言ったことも無ければキスもセックスもしたことは無かったけれど、恐らくお互いが、そういう意味で互いを好きだった。だから、お互いに恋人もいなかったし、これまでも今後も出来ないだろうと分かっていた。あいつと恋人になることも無い。性別も職業も自分たちの恋路を断つ要素だった。

いきなり宣戦布告をかけられた事で始まった戦いは、多大なる犠牲と引き換えに、辛くも勝利を収めた。彼が死んだと聞いたのは、長い長い戦争が終わった後だった。元々強かった彼は、どれ程昇進しようとも前線を好んでいたらしい。彼の部下だったらしい人間から聞かされた。けれど、彼は前線で負け無しだったともそいつは言った。一体何で死んだのかと尋ねれば、そいつは瞳から涙を零し、耐え切れないというような口調で言った。
「敵の捕虜に、毒を飲まされたんです。」
意味が、分からなかった。

「戦争が終わって。あの人は捕虜にそのことを言いに言ったんです。もう戦わなくていいんだって、言いたかったんだと思います。けど、彼らの拘束を外した瞬間に不意をつかれて。口の中に仕込んでいたらしい毒を飲まされて、心中するみたいに…。」
すべてを聞いて、彼らしいと思った。思わず笑いがこみ上げて、目の奥は潤んだ。
前線を好む割に、他人を殺めることは嫌いな奴だった。もしかしたら、他人に人を殺させたくなかったのかも知れなかった。捕虜にも思い遣りを持つような奴だった。戦争が終わったら真っ先に、捕虜の拘束を外そうとしてしまう位には。強い奴だった。捕虜の拘束を外せる権限を持ち、周りの指揮を取れる程の地位に就く位には。
彼の良いところはどれも、彼を殺す理由にしかなり得なかった気がした。

死体は死体安置所にある、と彼の部下だった奴は最後にそれだけを言って去っていった。少し迷って死体安置所に向かうと、入った途端に冷たさが柔く肌を打った。軍人なのに死体が五体満足で存在し、安置所に死体が置かれている。不思議な感覚だった。一つ一つ丁寧に探そうと思っていたら、彼の死体は思いの外すぐに見つかった。人の形を保つ彼に、起き上がってはくれないかと願った。
土気色をした顔に自分の顔を近づけ、触れるだけのキスをする。柔くて冷たくて虚しかった。ずっと、好きだったのだ。