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廃墟をあとにして……
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「さ、ホテルに戻って帰ろうぜ」
中島に声をかけられてはっとしたおれは慌てて涙を拭いた。
「そうだな、帰るか」
二人で家の外に出たがスマホを廃墟の中に忘れた中島が再び中に入っていった。玄関で待ってようかと思ったけど、おれはなんとなく気になって、家の周りをふらふらと歩いてみることにした。
一晩でこんなに綺麗になるもんだろうか? でも実際に今すごく綺麗になっている。不思議なこともあるもんだ。そういえばあの壁の落書きはどうなったんだろう? あれも消えたのだろうか? おれは無性に気になった。
家の角を曲がり壁を見る。壁は真っ白になっていた。本当に綺麗になっている。まるで落書きなんて最初からなかったかのように。
「そんなこと……ありえるか?」
思わず呟いていた。
「ありえるわけがないでしょう?」
おれの顔のすぐ右側に女性の顔が見えた。墨のように黒くて短い髪、陶器のように白い顔、血のように赤い口を開いてくすくす笑っている。
「おわっ!」
思わず後退りした。が、もうその時には女はいなくなっていた。白くて丈の長いワンピースを着た不気味な女。今のは一体……。
突然の出来事に頭がついていかず焦っていると急に視界が歪んだ。そして乗り物酔いをした時のような感覚に襲われ、真っすぐ立っていられなくなった。どうして急に……。おれは膝をついた。
しばらくして乗り物酔いのような感覚が収まり、視線を壁に戻した時、おれは愕然とした。壁に落書きが戻っていたのだ。
昨日見たあの気味の悪い落書きが壁一面を覆い尽くしている。意味がわからない。さっきまで真っ白だったのに。落書きだけじゃない。さっきまで綺麗になったと思っていた家の周りも再び荒れ果てていた。
玄関は? 窓は? 気になって見に戻ると家は再び荒れ果てているし、窓は全て割れている。家の中も襖は破れ畳ははがれている、何がどうなっているんだ?
おれは胃の中のものがせり上がってくるのを感じた。そして気持ちが悪くなり思わずその場で吐いた。吐いても吐いても落ち着かず、その場で吐き続けた。吐くものがなくなって胃液すら出なくなってもおれは一歩も動けなかった。
気づいちまった
すぐそばで男の声がした。なんとか視線を向けると真っ黒のおじいさんがいた。
気づいちまった
面白くない
でもお前には興味がない
でもあいつだけは許さない
あいつだけは許さない
あいつの命は今日終わる
おれはお前には何もしない
何もしない
おれは何もしないが見ているからな
おじいさんの口は一切動いていない。しかし、声が頭の中に鐘の音のように響いた。おれはあまりの恐ろしさに身動き一つ取れなかった。
「おい、加藤! 大丈夫か?」
気がつくと木村がおれの横にしゃがみ込んで顔を覗き込んでいた。おれは我に返った。周りを見るとやはり昨日見た時と同じ荒廃した景色が広がっている。
「大丈夫? 顔が真っ青だけど……何か飲む?」
木村の後ろにいた三木が心配そうな顔で声をかけてくれた。
「大丈夫。そうだ、中島は? あいつはまだ廃墟の中に……」
「何言ってんだ? あいつなら自分の車だよ」
木村が中島の車を指さして言う。
「車? あいついつの間に戻ってたんだ? いや、そもそもどうして二人ともここに?」
「どうしてってお前がすごい顔してホテルを出ていったから心配しておれらもタクシー呼んでもらって来たんだよ。中島ならおれたちが到着した時には廃墟の少し手前の道路に止めてある自分の車で爆睡してたぞ」
「そうか……ならよかった……」
中島が無事だと分かった途端緊張の糸が切れた。おれは目から涙が止まらなくなった。木村と三木がおれを見て慌てていたので申し訳ないとも思ったが我慢できなかった。
ひとしきり泣いて落ち着いたおれは二人に連れられて中島の車まで戻った。中島はたしかに車の中で寝ていた。どうするかかなり迷ったが、おれは二人にさっきまでのことを話すことにした。
車から廃墟とは反対方向に二人を連れて少し歩いた。そしてそこで二人に全てを話した。朝来たら家が綺麗に見えたことも、真っ黒のじいさんが中島の命が明日までと言ったことも。
信じてもらえないかもしれない……正直かなり不安だった。でも、木村も三木もふざけることなく最後までちゃんと聞いてくれた。
「絶対に大丈夫だ」
木村はおれの目を真っ直ぐ見て言った。
「加藤の話が嘘だとは思わない。お前のその病みそうな顔を見たら信じるしかないって。でも、おれは大丈夫だと思う」
「どうして大丈夫なんだ?」
「だって中島は今のん気に車の中で寝てるんだぜ? それに今日おれたちは帰るんだ。ずっとこの廃墟にいるなら危険だけど、ここから立ち去れば大丈夫だ。変なのはついて来れないって」
「私も木村の言う通りだと思う。それに心配なら帰りにどこかで御守りを買おうよ。そうすれば絶対に大丈夫だって」
「そうか……そうだよな。絶対に大丈夫だよな。おれ心配しすぎだな」
おれは二人の話を聞いてそう思った。いやそう思い込むことにした。だってそうしないとおれが壊れてしまう気がしたから。
「絶対に大丈夫だよな」
おれがもう一度言うと、二人は力強く頷いてくれた。おれはそれでやっと大丈夫な気がした。
「ありがとう、戻ろうか」
おれは無理やり笑顔を作って言った。二人は無言で頷き、おれたちは車に戻った。
木村が運転席のドアに手をかけるとすんなりと開いた。ロックはかかっていなかった。木村は何の躊躇いもなく中島を起こした。
「おい中島、なんでこんなところで寝てるんだよ。起きろ」
「……え、あれ? なんで車?」
「知らねえよ。お前がホテルにいないからみんなで探しにきたんだよ」
「え、まじで? おかしいな……昨日、そうだ加藤とここに夜来たんだ。で、それから……どうしたっけ?」
中島がおれの方を向いて困った顔をした。
「お前昨日の夜おれとここに来て、それで真っ黒のおじいさんを見て大慌てでホテルに戻ったんだよ。覚えてないのか?」
「真っ黒のおじいさん? は? 何それ、怖っ。だめだ、何にも覚えてない……」
「まじかよ……」
「まあ忘れちまったのはしょーがないだろ。でもみんな探しに来てくれてありがとう。ホテルに戻って今日はもう帰ろうぜ! なんかおれ疲れてるみたいだわ。さ、車に乗って乗って!」
「いや、お前忘れたって……」
「ほら、さっさと行こうぜ。だってここでぐだぐだしてても思い出せそうにないし」
中島はそう言っておれたちを車に乗るよう促した。そんなに簡単に切り替えられることじゃないはずなのに……。そんなおれの気持ちに関係なく中島はいつも通りのハイテンションだった。
その後の旅行については特にこれといったことはなかった。ホテルに戻り荷物を回収してチェックアウト。途中、道の駅に寄って昼ごはんとお土産を購入。そして行きと同じように中島の運転で大学へ戻る。唯一違うのは木村と三木が一番後ろの席に一緒に座って仲良く肩を寄せ合って寝ていることだけだ。
十五時に大学の前に着いた。
「旅行に付き合ってくれてありがとうな! YouTuberの件は計画を練り直して来週にでもリベンジするわ。じゃあな!」
中島は相変わらず長時間運転後でも元気だった。大学の前でおれたち三人を車から下ろすと元気に帰って行った。
「あれだけ元気なら絶対に大丈夫だろ」
木村が苦笑いしながら言った。おれも大丈夫そうだなと思った。
下宿に戻るとかなり懐かしく感じた。一泊二日の旅行だったのにかなり長い間留守にしていたような気分だ。そういえば木村と三木は真っすぐ帰らず二人でどこかに行く感じだった。二人とも元気だ。
おれは鞄から洗濯物を取り出し洗濯機をまわしてベッドに倒れ込んだ。するととてつもない疲労感が襲ってきておれはそのまま寝てしまった。
気がついた頃には日はどっぷりと沈んでいた。家の中が真っ暗だったので電気をつけた。ベッドに座ってスマホを見るとメッセージがかなりたくさん届いている。ざっと確認すると木村や三木からも届いていた。元気だな二人とも。どうせ付き合いますとかなんかの報告だろう。おれは二人のメッセージの確認を後に回した。
確認を進めるとゼミの竹中先生からも来ていた。珍しいなと思って内容を見ておれはスマホを落とした。
中島さんが亡くなりました。
竹中先生からメッセージには確かにそうあった。おれはすぐにスマホを拾って再確認した。竹中先生からメッセージには、中島は夕方に実家に帰ったこと、帰った途端玄関で倒れたこと、病院に運ばれたが手遅れだったこと、通夜は明日行われるということが書かれていた。
竹中先生には中島のお母さんから電話があったそうだ。通夜は大学からそれほど遠くない会場で行われるらしい。おれは頭の中が真っ白になった。
あんなに元気そうに帰っていったのに。木村も三木も大丈夫だって言ったのに。なのに中島が死んだ。あのおじいさんが言った通りになった。おじいさんが言ったことをおれは聞いていたのに何もできなかった。いや、何もしなかった。
「なんでおれだけ助かってんだよ……」
助かったことによる安堵と中島を助けられなかったことに対する罪悪感が入り混じり、何とも言えない感情が胸を埋め尽くした。すると少しずつ視界がぼやけていき自分が泣いていることに気がついた。
目を閉じて大きく深呼吸をした。そうすれば少しは気持ちが落ち着くと思ったから。
三回ゆっくり深呼吸をして目を開けると目の前に黒髪でショートカットの女性の顔があった。
「ひっ……」
おれは思わず息をのんだ。この顔は見覚えがある。今朝廃墟で見た顔だ。どうしてここに? 混乱して何も考えられない。怖くて声も出ないし体も動かない。すると胸に鋭い痛みが走りおれは悶えながら胸を押さえた。あまりにも痛くて呼吸すらまともにできない。
おれはお前には何もしない
真っ黒のおじいさんの声が頭に響いた。そうだあのおじいさんはおれには何もしないって言った。言ったのに……。
おれは何もしていない
おれはただお前を見ているだけ
でもおれはお前が死なないとも言ってない
大きな鐘の音のように頭の中をおじいさんの声が響きわたる。脳を揺さぶるような衝撃に襲われておれは目も開けていられなくなった。
呼吸ができず遠のく意識の中、残された力でなんとか目を開けると目の前に真っ黒のじいさんがいた。
真っ黒のおじいさんはそれはそれは楽しそうに笑いながらおれを見下ろしていた。
中島に声をかけられてはっとしたおれは慌てて涙を拭いた。
「そうだな、帰るか」
二人で家の外に出たがスマホを廃墟の中に忘れた中島が再び中に入っていった。玄関で待ってようかと思ったけど、おれはなんとなく気になって、家の周りをふらふらと歩いてみることにした。
一晩でこんなに綺麗になるもんだろうか? でも実際に今すごく綺麗になっている。不思議なこともあるもんだ。そういえばあの壁の落書きはどうなったんだろう? あれも消えたのだろうか? おれは無性に気になった。
家の角を曲がり壁を見る。壁は真っ白になっていた。本当に綺麗になっている。まるで落書きなんて最初からなかったかのように。
「そんなこと……ありえるか?」
思わず呟いていた。
「ありえるわけがないでしょう?」
おれの顔のすぐ右側に女性の顔が見えた。墨のように黒くて短い髪、陶器のように白い顔、血のように赤い口を開いてくすくす笑っている。
「おわっ!」
思わず後退りした。が、もうその時には女はいなくなっていた。白くて丈の長いワンピースを着た不気味な女。今のは一体……。
突然の出来事に頭がついていかず焦っていると急に視界が歪んだ。そして乗り物酔いをした時のような感覚に襲われ、真っすぐ立っていられなくなった。どうして急に……。おれは膝をついた。
しばらくして乗り物酔いのような感覚が収まり、視線を壁に戻した時、おれは愕然とした。壁に落書きが戻っていたのだ。
昨日見たあの気味の悪い落書きが壁一面を覆い尽くしている。意味がわからない。さっきまで真っ白だったのに。落書きだけじゃない。さっきまで綺麗になったと思っていた家の周りも再び荒れ果てていた。
玄関は? 窓は? 気になって見に戻ると家は再び荒れ果てているし、窓は全て割れている。家の中も襖は破れ畳ははがれている、何がどうなっているんだ?
おれは胃の中のものがせり上がってくるのを感じた。そして気持ちが悪くなり思わずその場で吐いた。吐いても吐いても落ち着かず、その場で吐き続けた。吐くものがなくなって胃液すら出なくなってもおれは一歩も動けなかった。
気づいちまった
すぐそばで男の声がした。なんとか視線を向けると真っ黒のおじいさんがいた。
気づいちまった
面白くない
でもお前には興味がない
でもあいつだけは許さない
あいつだけは許さない
あいつの命は今日終わる
おれはお前には何もしない
何もしない
おれは何もしないが見ているからな
おじいさんの口は一切動いていない。しかし、声が頭の中に鐘の音のように響いた。おれはあまりの恐ろしさに身動き一つ取れなかった。
「おい、加藤! 大丈夫か?」
気がつくと木村がおれの横にしゃがみ込んで顔を覗き込んでいた。おれは我に返った。周りを見るとやはり昨日見た時と同じ荒廃した景色が広がっている。
「大丈夫? 顔が真っ青だけど……何か飲む?」
木村の後ろにいた三木が心配そうな顔で声をかけてくれた。
「大丈夫。そうだ、中島は? あいつはまだ廃墟の中に……」
「何言ってんだ? あいつなら自分の車だよ」
木村が中島の車を指さして言う。
「車? あいついつの間に戻ってたんだ? いや、そもそもどうして二人ともここに?」
「どうしてってお前がすごい顔してホテルを出ていったから心配しておれらもタクシー呼んでもらって来たんだよ。中島ならおれたちが到着した時には廃墟の少し手前の道路に止めてある自分の車で爆睡してたぞ」
「そうか……ならよかった……」
中島が無事だと分かった途端緊張の糸が切れた。おれは目から涙が止まらなくなった。木村と三木がおれを見て慌てていたので申し訳ないとも思ったが我慢できなかった。
ひとしきり泣いて落ち着いたおれは二人に連れられて中島の車まで戻った。中島はたしかに車の中で寝ていた。どうするかかなり迷ったが、おれは二人にさっきまでのことを話すことにした。
車から廃墟とは反対方向に二人を連れて少し歩いた。そしてそこで二人に全てを話した。朝来たら家が綺麗に見えたことも、真っ黒のじいさんが中島の命が明日までと言ったことも。
信じてもらえないかもしれない……正直かなり不安だった。でも、木村も三木もふざけることなく最後までちゃんと聞いてくれた。
「絶対に大丈夫だ」
木村はおれの目を真っ直ぐ見て言った。
「加藤の話が嘘だとは思わない。お前のその病みそうな顔を見たら信じるしかないって。でも、おれは大丈夫だと思う」
「どうして大丈夫なんだ?」
「だって中島は今のん気に車の中で寝てるんだぜ? それに今日おれたちは帰るんだ。ずっとこの廃墟にいるなら危険だけど、ここから立ち去れば大丈夫だ。変なのはついて来れないって」
「私も木村の言う通りだと思う。それに心配なら帰りにどこかで御守りを買おうよ。そうすれば絶対に大丈夫だって」
「そうか……そうだよな。絶対に大丈夫だよな。おれ心配しすぎだな」
おれは二人の話を聞いてそう思った。いやそう思い込むことにした。だってそうしないとおれが壊れてしまう気がしたから。
「絶対に大丈夫だよな」
おれがもう一度言うと、二人は力強く頷いてくれた。おれはそれでやっと大丈夫な気がした。
「ありがとう、戻ろうか」
おれは無理やり笑顔を作って言った。二人は無言で頷き、おれたちは車に戻った。
木村が運転席のドアに手をかけるとすんなりと開いた。ロックはかかっていなかった。木村は何の躊躇いもなく中島を起こした。
「おい中島、なんでこんなところで寝てるんだよ。起きろ」
「……え、あれ? なんで車?」
「知らねえよ。お前がホテルにいないからみんなで探しにきたんだよ」
「え、まじで? おかしいな……昨日、そうだ加藤とここに夜来たんだ。で、それから……どうしたっけ?」
中島がおれの方を向いて困った顔をした。
「お前昨日の夜おれとここに来て、それで真っ黒のおじいさんを見て大慌てでホテルに戻ったんだよ。覚えてないのか?」
「真っ黒のおじいさん? は? 何それ、怖っ。だめだ、何にも覚えてない……」
「まじかよ……」
「まあ忘れちまったのはしょーがないだろ。でもみんな探しに来てくれてありがとう。ホテルに戻って今日はもう帰ろうぜ! なんかおれ疲れてるみたいだわ。さ、車に乗って乗って!」
「いや、お前忘れたって……」
「ほら、さっさと行こうぜ。だってここでぐだぐだしてても思い出せそうにないし」
中島はそう言っておれたちを車に乗るよう促した。そんなに簡単に切り替えられることじゃないはずなのに……。そんなおれの気持ちに関係なく中島はいつも通りのハイテンションだった。
その後の旅行については特にこれといったことはなかった。ホテルに戻り荷物を回収してチェックアウト。途中、道の駅に寄って昼ごはんとお土産を購入。そして行きと同じように中島の運転で大学へ戻る。唯一違うのは木村と三木が一番後ろの席に一緒に座って仲良く肩を寄せ合って寝ていることだけだ。
十五時に大学の前に着いた。
「旅行に付き合ってくれてありがとうな! YouTuberの件は計画を練り直して来週にでもリベンジするわ。じゃあな!」
中島は相変わらず長時間運転後でも元気だった。大学の前でおれたち三人を車から下ろすと元気に帰って行った。
「あれだけ元気なら絶対に大丈夫だろ」
木村が苦笑いしながら言った。おれも大丈夫そうだなと思った。
下宿に戻るとかなり懐かしく感じた。一泊二日の旅行だったのにかなり長い間留守にしていたような気分だ。そういえば木村と三木は真っすぐ帰らず二人でどこかに行く感じだった。二人とも元気だ。
おれは鞄から洗濯物を取り出し洗濯機をまわしてベッドに倒れ込んだ。するととてつもない疲労感が襲ってきておれはそのまま寝てしまった。
気がついた頃には日はどっぷりと沈んでいた。家の中が真っ暗だったので電気をつけた。ベッドに座ってスマホを見るとメッセージがかなりたくさん届いている。ざっと確認すると木村や三木からも届いていた。元気だな二人とも。どうせ付き合いますとかなんかの報告だろう。おれは二人のメッセージの確認を後に回した。
確認を進めるとゼミの竹中先生からも来ていた。珍しいなと思って内容を見ておれはスマホを落とした。
中島さんが亡くなりました。
竹中先生からメッセージには確かにそうあった。おれはすぐにスマホを拾って再確認した。竹中先生からメッセージには、中島は夕方に実家に帰ったこと、帰った途端玄関で倒れたこと、病院に運ばれたが手遅れだったこと、通夜は明日行われるということが書かれていた。
竹中先生には中島のお母さんから電話があったそうだ。通夜は大学からそれほど遠くない会場で行われるらしい。おれは頭の中が真っ白になった。
あんなに元気そうに帰っていったのに。木村も三木も大丈夫だって言ったのに。なのに中島が死んだ。あのおじいさんが言った通りになった。おじいさんが言ったことをおれは聞いていたのに何もできなかった。いや、何もしなかった。
「なんでおれだけ助かってんだよ……」
助かったことによる安堵と中島を助けられなかったことに対する罪悪感が入り混じり、何とも言えない感情が胸を埋め尽くした。すると少しずつ視界がぼやけていき自分が泣いていることに気がついた。
目を閉じて大きく深呼吸をした。そうすれば少しは気持ちが落ち着くと思ったから。
三回ゆっくり深呼吸をして目を開けると目の前に黒髪でショートカットの女性の顔があった。
「ひっ……」
おれは思わず息をのんだ。この顔は見覚えがある。今朝廃墟で見た顔だ。どうしてここに? 混乱して何も考えられない。怖くて声も出ないし体も動かない。すると胸に鋭い痛みが走りおれは悶えながら胸を押さえた。あまりにも痛くて呼吸すらまともにできない。
おれはお前には何もしない
真っ黒のおじいさんの声が頭に響いた。そうだあのおじいさんはおれには何もしないって言った。言ったのに……。
おれは何もしていない
おれはただお前を見ているだけ
でもおれはお前が死なないとも言ってない
大きな鐘の音のように頭の中をおじいさんの声が響きわたる。脳を揺さぶるような衝撃に襲われておれは目も開けていられなくなった。
呼吸ができず遠のく意識の中、残された力でなんとか目を開けると目の前に真っ黒のじいさんがいた。
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