お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目

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1巻

1-2

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 運送会社が不在の回数に応じて急にペナルティを科すなんて話は聞いたことがないし、予告なくそんなことを始めるなんてことも考えられない。配達員が個人的になにかしているのかもしれないが、それなら態度が悪い配達員がいるとクレームを入れれば、運送会社側で対応してくれるだろう。
 考えれば考えるほど、変な配達員のことは大したことじゃないように思えてきて、気にしていた自分が馬鹿らしくなる。
 曲がり角で様子を見ていると、配達員がマンションから出てきた。距離があるので表情までは見えないが、荷物を持ってトラックに戻る姿を見たら、なんだか満たされたような気持ちになった。
 何気なくポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。液晶画面を光らせて時間を確認すると、すでに二十時を過ぎていた。
 一番遅い時間帯を指定しておいて、配達しに行ったら家主が不在。おれが配達員なら「どうして指定の時間にいない!」と大声で叫びたくなるだろう。
 きっとあの配達員も心の中では……なんてことを考えると、ついつい顔がにやけそうになる。我ながら嫌な性格をしているなと思うが、我慢しきれずに少し口角が上がる。
 配達員がトラックを発進させるのを確認してから、おれは何事もなかったかのようにマンションに向かって歩きはじめた。
 これで今夜も気兼ねなく寝られる。そう思いながら歩いている時だった。
 さっきポケットにしまったスマートフォンが小刻みに振動した。
 いつもなら気にせず帰宅して、家に入ってから通知内容を確認する。しかし、なぜか今日は今すぐに確認したい、いや、確認しないといけない気がして、ポケットに右手を突っ込んだ。
 画面には一件のメッセージの受信が通知されている。
 表示すると、見慣れない電話番号からショートメッセージが届いていた。


 ご不在の為お荷物を持ち帰りました。こちらにてご確認くださいxxx.####.com


「なんだ、スパムかよ」

 運送会社名の記載もなく、明らかに不審なURLを記載したメッセージだった。
 以前、一日中家にいた時に同じようなメッセージが届いたことがある。その時は、こんなわかりやすいスパムメッセージに引っかかる奴がいるか? だますつもりならもっと工夫すればいいのに、と呆れた。一時期、頻繁にこの手の怪しいメッセージが届いたが、無視しているといつの間にか件数が減っていた。きっと連絡しても無意味だと認定されたのだろう。しかし、ここ最近急にまた増えてきている気がする。こないだ届いたのは確か……
 受信履歴を消していなかったので、画面をさらさらと流して確認する。ここ一カ月で三回あった。
 その時、おれは大きな見落としをしていたことに気がついた。
 迷惑メッセージが届いた日は、おそらくおれが荷物を受け取らなかった、あるいは受け取れなかった日で、変な配達員が来た日でもあった。
 確証はない。おれはいつもメッセージアプリの通知は見落としがちだ。気がついた時に確認するから、受信してから見るまでに時間が空くこともある。しかし日付の間隔を見ると、変な配達員が来た日と合致する気がするのだ。
 メッセージの受信時間と配達員が来た時間、どちらが早かったかまではわからない。でも、この二つにはなにかしらの繋がりがあるように思えた。ということは、今夜これから変な配達員が家に来る可能性がある。
 そんな考えに行きついて、溜め息を吐いた。
 せっかく気が晴れたのに。重たい気持ちを引きずりながら、ゆっくりと家に向かう。
 マンションの階段を三階まで上り切ると、案の定、奴がいた。
 ドアの前に立つ、顔が見えない配達員。
 あれが誰なのかはわからない。ここ三回の遭遇のことを考えると、人間かどうかも怪しい。でも、これまで通りなら今日も同じ行動を繰り返して、いつの間にか姿を消すのだろう。おれはそうたかくくり、壁際に身を寄せた。
 怖いと言えば怖い。相手の正体がわからないのだから当然だ。しかし今日は恐怖よりも、せっかく晴れやかな気持ちになっていたのに、それを台なしにされたことに対する苛立ちのほうが大きかった。
 だから、配達員がインターフォンを三回、ノックを三回、呼びかけを三回、いつものように繰り返すのをまともに見もせず、スマートフォンでSNSを眺めながら配達員が消えるのを待った。
 芸能人の炎上投稿を追っているうちにSNSに見入ってしまい、思ったより長く時間を潰してしまった。慌てて自分の家の前を確認すると、すでに配達員の姿はなくなっていた。
 相変わらず不気味だけれど、危害がないなら気にしないでおこう。
 おれはスマートフォンに目をやりながら、廊下を歩いた。
 家まではもうすぐだ。その時、嫌な臭いが鼻腔をくすぐった。
 何度も感じたあの臭い、でも、今日は別の場所でもいだ記憶があった。どこだったっけ? 思わず立ち止まって記憶をさかのぼる。
 じっとりとした湿度の高い臭い。考えはじめてから時間にして十秒もかからないうちに、答えに辿りついた。
 朝、駅まで走った時にいだ臭い。雨に打たれた、鋪装したばかりのアスファルトの臭いだ。
 なんの臭いかわかってすっきりとしたのも束の間、むせ返るような生温かくべっとりとした土のような臭いが鼻の奥にへばりつく。吐き気がして、立ちくらみを起こしそうになる。今日は、今までで一番臭いがきつい。
 鼻を押さえながら急いで家の前まで走った。左手に抱えたビジネスバッグの中から鍵を探す。


「ご不在の為お荷物を持ち帰りました」


 鍵を掴んだ瞬間、右耳に吐息を感じるほどの距離で男の声がした。
 ざらざらした、耳障りな声だった。臭いがさらにきつくなる。同時に、背後に人の気配を感じた。
 マンションの廊下なんてそれほど幅は広くない。背後ということは、かなりの近さだ。
 おれは瞬時にそれを理解し、身震いした。


「ご不在の為お荷物を持ち帰りました」


 さっき届いたメッセージと一言一句同じ台詞。
 男の声が鋭く胸を刺す。物理的にはなにも刺さっていないのに、後ろからなにかで貫かれたような鋭利な痛みに襲われた。思わず足がふらつく。


「ご不在の為お荷物を持ち帰りました」


 逃げ出したい。なのに体が言うことを聞かない。おれはただただ男に背を向けたまま立っていた。鍵を開けさえすれば家に逃げ込める。なのにどうしてだか、それすらできずにいる。震える足はその場から一歩も前に出てくれない。えつが廊下に響く。恐怖から込み上げた涙が目から溢れた。


「ご不在の為お荷物を持ち帰りました」


 四度目の同じフレーズが耳に届く。
 それと同時に、おれの後頭部にそっと大きな手が添えられた。手はじっとりとれていた。冷蔵庫を開けた時のような、ひんやりした冷たい空気が背中を駆け抜け、全身に鳥肌が立つ。本能が危険を告げるが、同時に、どういても逃げられないとわかる自分がいる。
 体が浮く。浮くと言っても体感で指一本分ぐらい。ほんの少しの高さなのに、この高さがおれを無力化する。痛いほど静かな廊下に通行人の気配はない。
 嫌な臭いがさらに強くなり、胃酸が喉を駆け上る。目の前にあるのに、もう帰ることのできない自分の家のドアが涙でどんどん歪んでいく。
 後ろから添えられた手に力がこもる。そして慣性の法則に従い、頭の下に力なくだらりとぶら下がる体を置き去りにしながら、顔からドアに向かって力強く叩きつけられる。
 高速で近づいてくる鉄のドア。ああ、ぶつかる。と考える間もなかった。
 頭が破裂する音の鳴りはじめが耳に届いた。








 木製のローテーブルに置いたスマートフォンが短く振動して、メッセージの受信を告げる。
 知らない電話番号からのショートメッセージ。荷物を届けに来た配達員を装った内容だが、よく読むまでもなく迷惑メールであることはいちもくりょうぜんだ。
 URLがまずおかしい。不自然なアルファベットの羅列にしか見えないし、メッセージには運送会社の名前らしきものも入っていない。せめて嘘でもいいから社名を載せろよと思う。
 そもそも私は今日、朝からずっと家にいて、インターフォンは一度も鳴っていなかった。なのに『ご不在の為お荷物を持ち帰りました』、なんてメッセージを送られても、焦りすらしない。

「家にいる時にこんなメッセージ送られても、ねえ……」

 私はつい呆れて、思わず大きな独り言が出た。ワンルームマンションの狭い部屋の中、テレビの音に紛れて私の声が虚しく響く。
 六月最後の土曜日の昼下がり。外では夏らしさを纏いはじめた太陽がぎらりと地上を照らしている。日差しがきつく、外出時には紫外線対策が必須だけれど、家の中にいればまだ涼しい季節でもある。
 絶好のお出かけより。でも、インドア派の私は平日に録画しておいたドラマをぼんやり見ながらたいな休日を過ごしていた。仕事で疲れた体をこれ以上酷使するなんて、私にはとてもできやしない。
 特に集中することもなく、ありきたりなラブコメを流し見していると、テーブルの上のスマートフォンが震えた。なにかなーと思って見たら、迷惑メールだったのだ。
 ここ最近、変なメールがたまに届く。この間までは昼夜問わず毎日毎日大量に届いていたけど、メールアドレスを変更してからはかなり件数が減った。減ったとはいえゼロじゃないので、地味にストレスが溜まるのだ。
 たくさん届いた迷惑メールには、たまにきらりとセンスが光る内容のものがあったけれど、基本的にはどれもこれもレベルが低く、ふざけた内容のものばかり。
 こんなメールで本気で人をだませると思ってるの? と送り主に聞いてやりたくなる。
 そんな馬鹿みたいなメールだけど、送信者によって癖があるのか、文面に傾向を感じる。
 たとえば、アイドルや芸能人の名をかたり、

『身近に相談できる人がいなくて困ってるんだ……』
『もしよかったら直接会って話を聞いてくれませんか?』
『誰かに話を聞いてもらいたくて……』

 みたいな相談に乗ってほしい系の内容。もしくは『◯◯さん、お疲れ様です! こないだの収録、本当にありがとうございました!』といった、タレントが送り先を間違えたかのように見せかけたもの。はっきり言って人をだますための文章としては0点のやつだ。相談相手が欲しいからって一般人にいきなりメッセージを送りつける芸能人がどこの世界にいるのよ。
 妙に腹が立つのが、『収録』の二文字を『配信』に変えただけのものがここ最近増えてきたことだ。WEBの動画配信サイトを意識しているのだろうけれど、今さらそんなもの意識しても遅すぎるでしょ。あと、レベルの低い迷惑メールのくせに妙なところで向上心を見せてくるあたりが、なんだか余計に腹が立つ。
 次に、

『副業で月収二十万円目指しませんか?』
『抽選に当たりました! あなたにクーポンを差し上げます!』
『社長命令! 至急確認されたし』

 といった怪しさ満載の件名のメール。有名人をかたるメールもひどいが、こっちはさらにおまつすぎて比較にもならない。このタイプのメール送信者に対して思うことはたった一つ。うざい。
「くだらないメールを送るぐらいなら、もっとマシな仕事しなよ。こんな馬鹿丸出しの文章を書いて恥ずかしくないの?」と胸ぐらを掴んでやりたくなる。レベルが低すぎて本気で人をだまそうという姿勢が感じられないし、作業的に送っているのが丸わかりだ。どんな奴がメールを書いているのか顔が見てみたい。いや、冗談だ。どんな奴が書いているかなんてどうでもいい。というか、こんなくだらないことをしている奴の顔なんて見たくもない。
 最後に、こっちは唯一レベルが高いと感じたタイプ。

『ご利用いただいている動画配信サービスの月額利用料金が振り込まれておりません。至急こちらのメールアドレスに返信してください』
『購入されたお品物の代金が未払いとなっております。こちらのURLから再度クレジットカードを登録してください』
『お客様のお支払い方法が承認されませんでした。お支払方法に問題があり、特典をご利用いただけない状況です』

 届いた瞬間、「あれ、なにか利用してたっけ?」と心当たりを探してしまいたくなるような内容だ。だますための文章としては少し洗練された雰囲気を感じる。
 こっちのタイプは前の二つよりもたちが悪い。ご丁寧に大手通販サイトのロゴ、サイト名、本物のサイトに似たURLが記載されていることもある。
 初めて見た時は迷惑メールだと思わず、かなり焦った。でも、もしかしたらと思い、念のためメールの文面をコピーして検索した結果、だと気づくことができた。
 調べて知ったけど、このタイプのメールにはかなり大勢の人がだまされているらしい。確かにだまそうとする意欲を感じるし、迷惑メールはもうこんなレベルまで来たのかと素直に感心すらした。でも、しょせん迷惑メールだ。文字通り迷惑極まりないし、考えた人には殺意すら湧く。
 まあ、もう兎にも角にも迷惑メールはとってもうざったい。こんなくだらないことをする奴なんて、とことん不幸になって、絶望しながら苦しみあえぐことを切に願う。
 迷惑メールが届くようになった原因に心当たりがないわけではない。むしろ、大アリだった。
 先月、私はある婚活サイトにアカウントを作った。というより作らされた。本当は全く興味がなかったのに……


   ■■■‒□□□□


 彼氏が途切れてもうすぐ八年。いわゆる結婚適齢期を過ぎた私は、結婚というものを完全に諦めていた。
 いつからだろう? 合コンや街コンといったものに参加するのがおっくうになったのは。以前は好きだった恋愛話には会社でもプライベートでも距離を置くようになり、年下の友達や女性社員たちとの会話に入りにくさを感じるようになった。
 若い頃、いや正しくは二十代前半の頃は真っ白なウエディングドレスに憧れを抱いていたし、いずれ着る日がくるのだろうと思っていた。それが三十を過ぎた頃には「真っ白のドレスはちょっときつい」と思うようになり、さらに月日が流れると、「色に関係なくきついかも……」と思いを改めた。こうして私の中の憧れは、悲しい諦めに変わっていった。
 恋愛に対して消極的になりはじめた頃は、「このままで本当にいいの?」と、私自身不安に思うこともあった。けれど幸か不幸か、時間の流れがその焦りを取り除いてくれたらしく、今ではなんとも思わなくなった。
 そりゃあ、子どもが欲しいと思うことはある。同世代のSNSの投稿なんかを見ると、妻として、母としての日常を投稿する彼女たちに引け目を感じることがないとは決して言い切れない。女性の社会進出が進んだとはいえ、女は子どもを産むもんだという圧はゼロじゃないし、なんならまだまだかなり強く残っている。
 でも、四十代に突入してからだろうか。今の自分に対して引け目を感じることも、社会からの圧を辛く思う回数も減った。「そういうのに縁がなかった、ただそれだけ」、と徐々に考えるようになり、それに伴い、あまりくよくよ考えなくなっていった。
 考え方を変えたことで恋愛関係によるストレスからある程度解き放たれた私は、自由気ままに独身生活を満喫している。働いて、貯金して、たまにぜいたくをする。美味おいしいものを食べたり、旅行をしたりして、自分のやりたいことをやる。それからちゃんと老後資金を積み立てて、歳を取ったら施設に入って穏やかな最期を迎える。ファイナンシャルプランナーに相談して必要経費を算出し、しっかり今後のライフプランも立てた。
 今の生活に不満はない。結婚はできないし子どももいないけど、最高まではいかなくても、そこそこいい人生だと思って過ごしている。
 それなのに、それを許さない存在がいた。私の母である。

「私ももう若くないのよ。早く孫の顔を見せろとまでは言わないけど、せめて娘の花嫁姿ぐらいは見てから死にたいわ」

 私が結婚を諦めたと伝えた時は「聞きたくない」と言って現実逃避し、それ以降、私の諦めた発言をなかったことにして、耳にタコができるほど投げつけてきた言葉だ。


 一カ月前、五月最後の日曜日。昼近くまでみんをむさぼっていた私は、突然インターフォンの連打によって叩き起こされた。
 最初は無視してやりすごそうかと思った。でも、あまりに何度も何度も鳴らされるので我慢ができなくなり、重たい体を無理やり動かして、壁に設置されたインターフォンのモニターに向かった。
 朝からこんな迷惑行為をしてくるのはどんな奴だ? せっかくだから面を拝んでやるか、なんて考えながら、頭をかきつつゆっくり歩く。すると、「あんた! いつまで親を外で待たせる気なの?」と怒鳴り声がドア越しに聞こえた。
 モニターを確認するまでもなかった。私は一度舌打ちをしてから、そのまま玄関に向かう。苛立ちのせいで乱暴な足音が廊下に響いた。
 万が一、まあそんなことなんて百パーセントないとは思うけれど、ドアの外にいるのが知らない人だったら困ると思い、念のためドアスコープを覗く。するとドアスコープ越しに、なんとかこちらを覗き込もうと顔を近づける母のどアップの顔が見えた。
 そう、私の大嫌いな母の顔が。
 母が家に来るなんて……せっかくの休日が最悪の時間に早変わりした。

「近所迷惑だから静かにして」

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