蜃気楼の向こう側

貴林

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1 新たな出会い

若き日の父

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「おはよう」
真希乃が、母、千景に声をかける。

返事がない。
母を見る真希乃。食卓の椅子に腰を掛け、何かを見つめている。
「かあさん、どうした・・」
テーブルに置かれたものを見て、言葉に詰まる真希乃。
昨夜、家に帰ると、食卓に何気なく置いた。布に包んだ短刀。
そのまま、置きっ放しだった。

「あ・・・かあさん?それ」

「これ、どうしたの?」
慌てる真希乃。刃物だけに、変な誤解をされているのでは、と言い訳を考えていた。

千景は振り向き真希乃を見る。

「おとうさんのこの短刀、どこで見つけたの?」

「え、これ、とうさんの?」
また一つ、シンととうさんが繋がった。あの手の感触と優しい声。

千景は、真希乃の表情を見て嘘をついている顔じゃないとわかると
「本当に、知らなかったのね・・」
千景は短刀を掴む
「この懐刀ふところがたなはね、おとうさんから、かあさんが貰ったものなの」
刀の柄に、〈千〉の字が彫られているのを見せた。千景の千の一文字。

千景は、懐刀をテーブルに置くと、深く腰掛けた。
「何があったか、話して。真希乃」
向かい合わせに、腰掛ける真希乃。
「昨日、ある人に会った。とうさんかどうかは、わからない。ただ、シンと名乗ってた」
その言葉に、大きく反応する千景。
「シン?」
「かあさん、心当たりでもあるの?」
「シンという名前は、おとうさんが匿名で、よく使っていた名前よ」
少し、考える真希乃。
「そうか、シン、真の別の読み方」

「そう、でそれから?」

昨日の出来事を、全て話した。


「そう、そんなことが」
千景は、立ち上がり和室へと向かう。
押し入れを開けると、何かを取り出してきた。

長いもので、布袋に入っている。
ガチャリ 音を立てる、あと小さな巾着袋をテーブルに置いた。

「お前にも、知っててもらう必要がありそうね」
「これは?」
細長い布を縛っている紐を解く千景。
「日本刀よ」
「え」
スルリと布が落ち、日本刀が姿を表す。
「とうさん、若い頃は、居合術に夢中でね」
「とうさんが?居合を」
居合術、刀身をさやから抜いたときには、勝負が決まると言われる抜刀術。

「知らなかった」
真希乃は、驚いていた。また、嬉しかった。
「かあさん、これは?」
小さな巾着袋を指さす真希乃。
「水晶みたいなもの、入ってたわよ。確か」
「まさか」
袋の口を開け、逆さまにすると、それはスルリと出てきた。
紫色に透き通った結晶石。
「同じだ。こんなとこにも」
「この石が、どうしたの?」
「さっき話した、結晶石のこと」
「そうなの?じゃあ、大事にしないとね」
結晶石を袋に入れる千景。

「ふふっ、山籠りなんて、あの人らしいわ」

「とうさんが、死んだっていうの話は?」
「ああ・・」
日本刀を袋にしまいながら千景。
「しばらく、戻れないからって」
押し入れに、それを収める
「いつ帰れるか、わからない。真希乃を頼む。と、代わりに私は、これを、おとうさんに持たせたの」
千景が懐刀を愛おしそうに見つめる。
「あれから、十年。流石に失踪宣告しちゃったわよ」
懐刀を真希乃に差し出す。
「真希乃が持っていなさい」
「え、でも、これ」
「あの人が、真希乃に託したのだから、大事にしなさいよ」
手に取り、刀の柄の千の字を見つめる真希乃。
「うん」

「なんだか、湿っぽくなっちゃったわね」
壁の時計を見て慌てる千景。

我に帰る千景。
「真希乃、ごめん。今日、買い弁ね」
「うん」
「はいこれ」
テーブルに、千円札を置く千景。
「かあさん、先出るから」
「え、あ、うん」
「戸締り頼んだわよ」

バタン 玄関の扉が閉まる。
静まり返る。キッチン。

真希乃は、押し入れの方を見る。
「とうさんが、居合術ね」

シンが、父さんで居合術に夢中だった。
不思議に胸が躍る真希乃。
改めて、もう一度会いたいと、真希乃は思った。

玄関を出て、鍵を掛ける。

門扉もんぴを見る。
いつもなら、手を振り迎えてくれる大志。

一人、取り残されたようだった。
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