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2 裏世界
娘
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窓際に、置かれた長椅子で、眠りこける俊。
「どれ、部屋に行こうか。スグル」
軽々と、俊を抱きかかえると二階のナミリアの自室に連れて行った。
「俊ちゃんのこと、相当、気に入ったみたいね」
麗美が、二階を見上げながら笑って言う。
「ナミリアが、あんなに心を開くのを、はじめて見たよ」
真希乃も微笑む。
「ナミリアさん、デレデレでしたね」
厨房では、蓮華が洗い物をし、彩花が洗い物の片付けをしている。
真希乃は、テーブルを拭き、椅子をテーブルに収めている。
「あれから、三年か・・」
麗美は、視線を落とし、物憂げにふける
「生きてたら、スグルくらいになってたかな」
「え?生きてたら?」
彩花が、手を止め麗美を見る。
「ナミリアね。娘さんを亡くしてるのよ。それに旦那さんも」
言葉を失う三人。
「この鍛冶屋に嫁いで、娘を授かってね。親子三人、決して裕福ではなかったけど、幸せだったそうよ」
これから話すことに、想像がつく三人。
「娘さん、リアナと言ってね。そう、リアナが九歳になった時だったわ」
彩花が、厨房から戻ってきて、椅子に腰掛ける。
「あの日、この辺りは、焼け野原になった。ここも木造だったから火の回りが早くてね。二階に取り残されたリアナを助け出そうと、旦那さんが飛び込んで行ったそうよ」
「で、二人は、そのまま・・」
皆、言葉を失っていた。
真希乃が、代わりに口を開く。
「ロムル軍の侵攻・・ですね」
「ええ・・」
そこに、ナミリアが階段を降りてきた。
「あの時、一度は、三人とも外に避難していたんだ」
麗美がナミリアに振り返る。
「聞いてたのね」
ナミリアは、コクリ頷き、カウンターに入る。
「あの時、リアナが急に何かを思い出したみたいに、慌てて燃えさかる炎の中に飛び込んで行ったんだ」
「・・なんで、あんなこと・・」
ナミリアは、目を手で覆うと背中を丸くした。小刻みに震える体を、巨体は抑えきれずにいる。
咽び泣いた。
皆も、掛ける言葉が見つからない。
ナミリアの耳に遠く声が届く。
(・・か・あさん・・)
リアナの声?声の方を向くナミリア。
二階の客室前の廊下に、俊がふらりと立っている。
「・・スグル?」
「ナミリア・・」
「あれ?どうしたんだい、スグル」
慌てて涙を拭うナミリア。
真希乃は、俊に重なるように動く小さな人影のようなものを、見た気がした。白く光る靄を纏っている。
ゆっくりと階段を降りてくる俊。
どことなく、虚な目の俊。
「リアナちゃん・・これを」
何か持つ俊の手が、ナミリアに差し出される。
「これ、大事なものだからって」
ふわりとしたものが、ナミリアの手の上に乗せられる。
焼け焦げた布製の手作りの人形。
ナミリアは、ハッとして口元を手で塞ぐ。
俊とリアナが重なり、時々ブレる。
「それから、お母さん、ごめんねって、リアナ」
ナミリアは、俊を見る。目には、今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めて首を横に振る。
ナミリアは、手の上の人形を見ると、膝をついて崩れ落ち、人形を頬に、愛おしそうに擦り付け、涙が人形に染み込んでいく。
「・・リアナ・・」
俊は、悲しそうな顔をして、リアナの声で
「せっかく、作ってくれたのに・・ごめんね」
「・・いいのよ、・・リアナ。いいのよ・・そんなことで・・リアナ」
ナミリアは、耐えきれず、溜め込んでいたものを吐き出すように、泣いた。
三年間、枯れていた涙が、止めどなく溢れ出る。
リアナは、泣き崩れるナミリアに寄り添い、大きな首に手を回すと抱きしめた。白く光る靄が、ナミリアを包み込む。
「お父さんとね、見てるからね。ずっと先の事だけど、必ず会えるから。ずっとずーっと、いつまでも、待ってるね」
「リアナ・・」
「リアナね、笑ってるお母さんが、大好き」
ナミリアは、嬉し泣きに変わる。
「お母さんも、だ・・大好きだよ」
スグルとリアナを抱きしめ返す。
「うん、じゃ、行くね」
ふっと、リアナが離れるのを感じる。
「あ・・」
ナミリアの頬を涙が一筋流れる。
「またね、バイバイ」
光る靄の中で、手を振るリアナ。
ナミリアは、リアナを引き止めようと、手を伸ばす。
やがて、闇に溶けて消えて行った。
「リアナ・・!」
ナミリアは、手を伸ばすが、届かなかった。掴めなかった。虚しく、空を切る。
ふっと、俊から力が抜ける。グラリと、崩れる俊を、ナミリアは、しっかりと支えた。
「スグル!」
何事もなかったように、眠る俊。
ふっと、閉じた目のまま、俊が微笑んでいる。
ギュッと、スグルを抱きしめるナミリア。
「ありがとうね」
優しい母の顔が、そこにあった。
「どれ、部屋に行こうか。スグル」
軽々と、俊を抱きかかえると二階のナミリアの自室に連れて行った。
「俊ちゃんのこと、相当、気に入ったみたいね」
麗美が、二階を見上げながら笑って言う。
「ナミリアが、あんなに心を開くのを、はじめて見たよ」
真希乃も微笑む。
「ナミリアさん、デレデレでしたね」
厨房では、蓮華が洗い物をし、彩花が洗い物の片付けをしている。
真希乃は、テーブルを拭き、椅子をテーブルに収めている。
「あれから、三年か・・」
麗美は、視線を落とし、物憂げにふける
「生きてたら、スグルくらいになってたかな」
「え?生きてたら?」
彩花が、手を止め麗美を見る。
「ナミリアね。娘さんを亡くしてるのよ。それに旦那さんも」
言葉を失う三人。
「この鍛冶屋に嫁いで、娘を授かってね。親子三人、決して裕福ではなかったけど、幸せだったそうよ」
これから話すことに、想像がつく三人。
「娘さん、リアナと言ってね。そう、リアナが九歳になった時だったわ」
彩花が、厨房から戻ってきて、椅子に腰掛ける。
「あの日、この辺りは、焼け野原になった。ここも木造だったから火の回りが早くてね。二階に取り残されたリアナを助け出そうと、旦那さんが飛び込んで行ったそうよ」
「で、二人は、そのまま・・」
皆、言葉を失っていた。
真希乃が、代わりに口を開く。
「ロムル軍の侵攻・・ですね」
「ええ・・」
そこに、ナミリアが階段を降りてきた。
「あの時、一度は、三人とも外に避難していたんだ」
麗美がナミリアに振り返る。
「聞いてたのね」
ナミリアは、コクリ頷き、カウンターに入る。
「あの時、リアナが急に何かを思い出したみたいに、慌てて燃えさかる炎の中に飛び込んで行ったんだ」
「・・なんで、あんなこと・・」
ナミリアは、目を手で覆うと背中を丸くした。小刻みに震える体を、巨体は抑えきれずにいる。
咽び泣いた。
皆も、掛ける言葉が見つからない。
ナミリアの耳に遠く声が届く。
(・・か・あさん・・)
リアナの声?声の方を向くナミリア。
二階の客室前の廊下に、俊がふらりと立っている。
「・・スグル?」
「ナミリア・・」
「あれ?どうしたんだい、スグル」
慌てて涙を拭うナミリア。
真希乃は、俊に重なるように動く小さな人影のようなものを、見た気がした。白く光る靄を纏っている。
ゆっくりと階段を降りてくる俊。
どことなく、虚な目の俊。
「リアナちゃん・・これを」
何か持つ俊の手が、ナミリアに差し出される。
「これ、大事なものだからって」
ふわりとしたものが、ナミリアの手の上に乗せられる。
焼け焦げた布製の手作りの人形。
ナミリアは、ハッとして口元を手で塞ぐ。
俊とリアナが重なり、時々ブレる。
「それから、お母さん、ごめんねって、リアナ」
ナミリアは、俊を見る。目には、今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めて首を横に振る。
ナミリアは、手の上の人形を見ると、膝をついて崩れ落ち、人形を頬に、愛おしそうに擦り付け、涙が人形に染み込んでいく。
「・・リアナ・・」
俊は、悲しそうな顔をして、リアナの声で
「せっかく、作ってくれたのに・・ごめんね」
「・・いいのよ、・・リアナ。いいのよ・・そんなことで・・リアナ」
ナミリアは、耐えきれず、溜め込んでいたものを吐き出すように、泣いた。
三年間、枯れていた涙が、止めどなく溢れ出る。
リアナは、泣き崩れるナミリアに寄り添い、大きな首に手を回すと抱きしめた。白く光る靄が、ナミリアを包み込む。
「お父さんとね、見てるからね。ずっと先の事だけど、必ず会えるから。ずっとずーっと、いつまでも、待ってるね」
「リアナ・・」
「リアナね、笑ってるお母さんが、大好き」
ナミリアは、嬉し泣きに変わる。
「お母さんも、だ・・大好きだよ」
スグルとリアナを抱きしめ返す。
「うん、じゃ、行くね」
ふっと、リアナが離れるのを感じる。
「あ・・」
ナミリアの頬を涙が一筋流れる。
「またね、バイバイ」
光る靄の中で、手を振るリアナ。
ナミリアは、リアナを引き止めようと、手を伸ばす。
やがて、闇に溶けて消えて行った。
「リアナ・・!」
ナミリアは、手を伸ばすが、届かなかった。掴めなかった。虚しく、空を切る。
ふっと、俊から力が抜ける。グラリと、崩れる俊を、ナミリアは、しっかりと支えた。
「スグル!」
何事もなかったように、眠る俊。
ふっと、閉じた目のまま、俊が微笑んでいる。
ギュッと、スグルを抱きしめるナミリア。
「ありがとうね」
優しい母の顔が、そこにあった。
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