蜃気楼の向こう側

貴林

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2 裏世界

初めての剣術

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ナミリアの宿
「おはよう、ナミリア」
俊が鍛冶場に火を入れるナミリアに、声をかける。
「よく眠れたかい?スグル」
スグルのおでこから鼻先に、手袋のすすの汚れをこすり付けるナミリア。
こらぁ、と、ナミリアの体をポカポカと叩き返す俊。
それを嬉しそうに痛がってみせるナミリア。

「ナミリア、あんなに可愛い顔して笑うんだ」
グラスを片手に麗美が微笑む。
視線を俊に向ける。
「昨夜のあれは、いったい・・」

真希乃が、麗美に近づく。
「おはよう、麗美さん」
「ああ、真希乃くん、おはよう」
「どうかしたんですか?」
「あ、うん」
麗美が視線を送った先に、ナミリアに追いかけられて、はしゃいで逃げ回る俊がいた。
「俊ちゃん・・ですか?」
麗美は、壁にもたれると、グラスをカウンターに置いた。
「うん、あんなの、初めて見たわ」
「そうなんだ・・ここでは、普通なのかと」
「真希乃くんは、どう思う?」
「え?そうですね」
腕組みして、真希乃は考えた。
「俊ちゃんに、重なるように見えたもの・・」
「ええ、錯覚にしては、リアルすぎたわ」
「一種の、憑依みたいなものですかね?」
「わからないわ。でも、そうかもしれないし」
グラスに酒を注ぐと、それをグイッと空ける麗美。
「朝から、酒っすか?」
横目で、麗美を見る。
甘えた声の麗美。
「だって、ここの美味しいんだもん」
「仮にも、警護って任務中では?」
真希乃が、嫌味を言う。
「嫌なこと言うわねー」

「わかった、今日は、私が手解てほどきしてあげる」
「え?」

麗美は、ガチャっと、そばにあった剣を取ると真希乃に手渡した。

「抜いて、構えて、斬ってみて」
と、人差し指を立てて、クイクイと手招きならぬ指招きをする麗美。

剣のグリップを握ると抜刀に備える真希乃。
「本当にいいんですね?そんな、フラフラで大丈夫ですか?」

「平気よ。しかも、私はこれで」
二メートルもない、木の棒を持つとクルクルと、回す。

「では、遠慮なく・・」
真希乃は、ホルダーに納めた剣を抜こうとグリップを握る。
手に力をいれた瞬間。パシッと、木の棒で手を叩かれ手を離した。クルリと、木の棒を縦に回転させ下から、ガードを引っ掛ける形で、剣を持って行かれてしまった。

剣を地面に突き立て、ガードに寄りかかる麗美。

あまりの鮮やかさに、悔しさを通り越して、尊敬の目で麗美を見る真希乃。

「す・・すっげ!」

「恐れ入ったか」

確かに、病院での薙刀さばきは、
見事で見惚れるほどだった。

「真希乃くんも、実に見事だったわよ」
「え?」
「抜けてない、構えてない、斬ってない」
「ぐわは!」
ガクリと、肩を落とす真希乃。
「仮にも、居合術の名手の息子でしょ?」
日本刀を、持ってくると真希乃に差し出す。
「これ、腰に刺して持ち歩きなさい」
「い、いや、僕は・・」
「抜刀くらい、すんなり出来る様にしておきなさい」
さらに日本刀を差し出す麗美。
「わかりました」
「やってみて?」
帯を巻き、下緒さげおを帯に結び固定し刀を腰に下げる。
左手で鞘を持ち、右手で柄を持ち引き抜く。ぬ・・く、抜けない
「刀ってね、抜け落ちにくくするために、はばきってあるのね、だから、さやを持つ手でつばを押し上げる。よく時代劇でやってるでしょ?親指で、カチャッて」
ああと、なる真希乃。
こうかな?親指で押してみる。
カチャッていうより、クッて外れる感じ。
つかを持って、ゆっくりと抜いてみる。
スラリと、姿を表す刀身。ギラリと陽光を跳ね返す、光を発しているように。
重い。つかだけで持つと、重みが増す。
これでは、振り落とすだけで、なんでも切れそうだ と、真希乃は思った。

麗美が、真希乃を覗き込む。
「どう?」
「怖いです」
「いいんじゃない?それで」
「え」
「人を斬るんだから、怖いのは当然」

「それが、わからないようなら、やめた方がいい」

麗美が、指さす。
「竹藪、練習したら?」
「そうですね。やります」
「いい返事。食事出来たら呼ぶわね」
「はい」
真希乃は、竹藪に向かう。
竹藪に入る。
刀を抜く、刀をおさ・・納める。
ダッと、真希乃が麗美に駆け寄る。
半べその真希乃。左手人差し指を、チュウチュウしながらやってきた。
「指切った」
顔を覆い、首を振る麗美。
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