蜃気楼の向こう側

貴林

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4 恐頭山

珍毛大

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「これから、移動します。初めてのところなので、真希乃くんは、私の手を握ってね」
「はあ・・・」
状況の読めない真希乃。
「京介くん、先に行ってあの爺さんを捕まえといて」
「了解っす。麗美さん来るって伝えれば、どこにも行かないっすから」
んじゃっと、京介が消える。
はあ・・・と、肩を落とす麗美。
「麗美さん、これから会うお爺さんって、そんなに怖い人なんですか?」
「ある意味、怖いわね。あのしつこさは・・・」 
「しつこさ?」
よしっと、ガッツポーズをする麗美の気合が入る。
「とにかく、いくよ」
グニャリと二人が消える。

        ・

グニャリと、真希乃と麗美は、岩山らしきところに出てきた。

周りを見回す真希乃。
そこは、中国の武陵源ぶりょうげんのように、細長い岩山が立ち並び、雲が眼下に漂った場所だった。
真希乃は、息苦しさを感じ、喉に手を当てる。
「ここは、空気が薄いから、早く呼吸法を身につけてね」
さらりと麗美が言う。
「身につけろったって」
麗美は、何やら落ち着かないでいる。
「京介くん?いるの?」
呼びかけに反応がない。
「おかしいな、見つからなかったのかしら」
麗美は、足元に何やら気配を感じた。
「わしのこと、探しておるのかの?」
麗美の足の間で、杖を手に人が横たわっていた。
咄嗟に、麗美は、スカートではないが、股座またぐらを両手で隠すと飛び退いた。
「ちょちょちょ」
慌てる麗美の後ろから
「つれないの~、わしとの仲じゃというのに」
麗美のうしろのすぐ近くで、逆さまになって宙に浮き、麗美の髪を手に香りに酔いしれている。
「たまらんの~ふがふが」
「ひっ」
振り向き後退りして身構える麗美。
珍毛大ちんもうたい様、まずは、お話をお聴き下さい」
麗美は、言うとひざまずいた。
「よかろう、、と言うことは、楽しみは、、言うことだな」
「あ、はは・・・」
半ベソの麗美。
(もう、帰りたいよぉ)
宙に浮いたままの珍毛大。
「そやつか、わしに預けたいという若造は」
「はい」
平伏する麗美。
それを見た真希乃。
(そんなにすごい人なんだ)
よく見ると、先ほどからこの老人は、浮いたまま平然としている。
麗美は、真希乃の頭を押さえ同じように平伏させた。
「ん~」
腕組みして、思案する毛大。
「いかがですか?」
麗美が問いかける。
「うむ、条件を飲めるなら、話を聞くがの」
ゴクリと、固唾を飲む麗美。
「条件とは?」
今宵こよい一夜いちやとこを共にするなら、考えても良いぞ」
ゴン!たまらず、毛大の頭を殴る麗美。
何もなかったように平伏する麗美。
余韻で、毛大の頭が揺れている。
毛大は、頭を押さえ天を仰ぐ。
「はて?何やら、ぶつかった気が・・・」
「・・・」
毛大は、ホッホッホと、笑うと
「冗談じゃよ、R15であるからして、そのようなこと出来る訳がなかろうに」
ホッとする麗美。
杖の先を麗美に向ける。
「良いかの。せめて、今宵、一夜、共に湯浴ゆあみをせい」
ゴン!毛大の頭が揺れる。
何事もないように平伏する麗美。
「冗談じゃ。わしはただ、乳繰ちちくりあえたら、それで良いのじゃ」
麗美は、平伏している。
毛大の頭が揺れている。
「冗談じゃ」
(まだ、来るか)
麗美は、毎度の事で、毛大が 冗談じゃ と、言ってるうちは、しつこくあれやこれや言うのを知っていた。
「せめて、せめてじゃ、膝枕とお酌で、手を打たぬか?」
それくらいなら・・・と、麗美はホッとした。
「仰せのままに」
「むむ・・・.良いのじゃな。そのまま、乳繰り合う運びに・・・」
毛大の頭が揺れる。

「さすれば、そのもの、名はなんと申す?」
真希乃が答える。
「真希乃と言います」
「では、マキノ。まずは、そちの力量を見させてもらうが、良いかの?」
「え?」
「立ち上がって、端っこに立つのじゃ」
「はあ・・こうですか?」
言われるまま、岩山の崖っぷちに立つ真希乃。
「これから、どうすれば?」
「でわの」
毛大は、真希乃の背中をトンと押した。
無論、真希乃は、崖から突き落とされたからたまらない。
うわあああああああ
手足をバタバタさせて、みるみる落ちていく真希乃。
声が、遠く聞こえなくなった。
「んむ」
麗美は、不安になった。
本来なら、すでに姿を現しているはずが、未だに現れなかった。
「ありゃ、ダメだの」
嘆く毛大。
空気が薄く、途中で失神したとも考えられる。
崖淵で、手をついて下を覗き込む麗美。
「そんな・・・」
ガクリと、項垂うなだれる麗美。
毛大は、何やら気配を感じ取った。
「お・・戻ってきよった」
グニャリと空間が歪み、マキノが現れた。
ボタボタっと、マキノの腕の中から、桃がこぼれ落ちる。
「よかったら、一緒に食べませんか?」
毛大は、ニヤリとする。
「んっ、下界まで降りておったか」
「あ、はい。途中から下が見えたので、そのまま」
「で、桃を見つけ、盗んできたと?」
(・・・盗む?)
「はあ・・・そうなりますか」

「たわけ!」
毛大の気の圧力に押されて、よろめくマキノ。
麗美も、ホッとするのも束の間。
事態の重要さを理解していた。
「毛大様、申し訳ございません。きちんと、伝えておくべきでした」
真希乃は、キョトンとする。
「真希乃くん、あなた、とんでもないことをしてくれたわね」
「え?」
「その桃はね・・・」
崖の下の方から、真希乃でもわかる、ものすごい気を感じていた。
ババッと、羽根を広げて、美しい女神が現れた。
「まさか」
よくよく見ると、羽根と思ったそれは、羽衣だった。
わらわの、桃を取ったのは、どいつだえ?」
「あ・・・」
名乗り出ようとする真希乃を遮る毛大。
「すまんのう。美蝶華びちょうかよ。わしの弟子の過ちでの」
「弟子?」
周りを見渡し、視線が真希乃で止まる。見透かすように見据える。
「ふん!くだらん」
「ほほ、くだらんか?」
蝶華は、そっぽを向いてしまう。
「くだらんわ、石ころ如き拾うても、無駄な事ぞよ」
毛大は、後ろで手を組み、やや下向きで思案する。
「原石掘り出すにゃ、割ってみんことにはの」
「ふっ、かけらも出やせぬわ」
「ほお、それは、残念じゃの。もし出たら、美に、譲っても良いと思っとったがの~」
はっと、する蝶華。
「なんと、妾に譲ってくれると申すか?」
「今は、まだダメじゃがの」
「ふん、くだらん」
チラリと、蝶華は、麗美を見る。
「ほお、これだけ、輝いておるのに、まだ、原石を持っておるな。珍爺、桃の代わりに、この女子おなごでも良いぞよ」
毛大は、蝶華を静止する。
「いやいや、この女子は、すでに穢れておるでの」
麗美は、それを聞いて、否定するでもなく顔を赤らめた。
「ん~、ん?」
蝶華は、岩陰に、何やら気配を感じた。
毛大が、それに気づく。
「おお、忘れとったわ。なんなら、こやつで手を打たぬか?」
見ると、岩陰で、猿轡さるぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られ動けずにいる京介がいた。
じぃっと、見る蝶華。
「つまらんぞよ」
毛大は、顎髭あごひげを撫で下ろすと
「ダメかの?」
「ダメに決まっておろうが」
「ん~」
「磨き過ぎて、珍色ちんいろに染まり過ぎておるぞよ。そんなのつまらん」
「やはりの・・・さて、どうしたものかの」
蝶華が、何かを思い付いた。
「ならば、一年、妾に預けてみぬか?」
毛大が、大きく首を振る。
「いやいや、それはいかんの。いかんいかん」
蝶華は、毛大の異常なまでの、拒絶ぶりに驚いた。
「何故、そこまで、珍は拒むのだえ?たかが、一年であろうに」
チラリと、麗美を見る毛大。
「と、とにかく、今はダメじゃ」
蝶華は、その様子を見て、アゴを摘むと、麗美を見る。出るところと、引っ込むところ、メリハリのはっきりした体つきをしている。
「なるほど、そう言うことかえ・・・」
下を向く蝶華。
毛大が、そんな蝶華を見て
「どうしたんじゃ?顔が赤うなって、今にも破裂しそうじゃが」
ギロリと、蝶華は、毛大を睨みつける。
「未だに、若い女子にうつつを抜かしておるのかえ?」
毛大が、後退りをする。
「あ、いや、これはじゃの」
「妾の苦労も知らずに・・・」
毛大は、両手で蝶華を抑えるように手をかざす。
「まあまあ、ひとまず、落ち着かんかの」
「妾が、ここまで想いを寄せておるというに・・・」
「い、いかんの、これは」
毛大は、ゆっくりと後退りをする。
ジリジリと歩み寄る蝶華。
周りの小石がコトコトと、動き始める。真希乃と麗美は、足元の揺れで、足をすくわれる。
「早よ、逃げ」
毛大は、手の甲でシッシッと払う仕草をする。
「こ、この、色、色爺がー」
蝶華の掲げた右手が、妙に歪み大気が吸い寄せられて見える。
身構える毛大。
逃げ出すには、遅過ぎた。身をかがめて衝撃に備える真希乃たち。

蝶華は、右手を振り下ろした。
パーン 風船の割れる音?
「はぶ・・・」
毛大の断末魔の声。
毛大は、グルグルと、体を捻り回転させながら、吹き飛ばされた。

ドサッ 珍は、チーン と、撃沈。

蝶華は、真希乃の腕を掴む。
「珍よ。マキノは、妾が預かるぞよ」
「あ、いや、それは・・・」
毛大は、頬を摩りながらマキノに手を差し伸べる。
「何か、言い分でもおありかえ?」
「・・・ないの」
毛大は、ガクリと肩を落とす。

「でわの」
蝶華は、毛大を真似た口調で言うと、真希乃共々姿を消した。

思わぬ展開に、三人は途方に暮れている。


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