蜃気楼の向こう側

貴林

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9 提灯洞

丸見えなんですけど

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「ダメだ、これ以上我慢出来ない」
真希乃が座禅から立ち上がる。
一瞬、ドキッとする彩花は、ウロウロする真希乃を目で追う。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや、ちょっと」
「なあに?言えないこと?」
「お・・」
股を押さえながら、ウロウロする真希乃。
「ん?」
「おしっこがしたいんだよ」
真っ赤になる彩花。考えてみたら物陰に隠れて用を足したい所だが、その隠れるところが見当たらない。
「あ、あ、私、見てないよ」
言うと背を向ける彩花は、ふと考える。
(て、私もなんだか、そろそろ・・・)
「さ、サンキュー」
背中越しに水の流れる音。
想像ほど余計なものまで見えてしまうもので。また、さらに頬に赤みを増す彩花。
「ま、真希乃」
ブルブルと体を震わせている真希乃。
「な、何?」
「そ、そのまま、背を向けててくれる?」
「え?なんで?」
状況を理解しない真希乃。
「いいから、お願い」
「え・・・と」
ようやく事態を飲み込んだ真希乃。
「あ、いや、ごめん。そ、そうか、そうだよね」
出来るだけ遠くに行って、背を向ける真希乃は、下手な口笛を吹き始める。
「あ、ありがとう」
しゃがみ込む彩花も、精一杯背を向ける。
静かに用を足してみるが、音は容赦なく響き渡る。
さらに口笛を強く吹く真希乃。
聞こえない振りをされればされるほど、恥かしい。
岩の隙間から、流れ落ちる水で手を洗う真希乃。
立ち上がる彩花を横目に、座禅の続きを始める真希乃。
彩花も、手を洗うと真希乃の隣に座る。
お互いに話しかける言葉が見つからない。
こうして、暗黙のうちに男子用、女子用のトイレが決まる。
「あ!」
真希乃が声を上げる。
「今度は何?」
「あのさ、次からは手を上げるかして、教え合うってどう?」
「あ、うん、いいよ」
「でもって、しない方は、扉の中に入るとか」
「う、うん、そうしよ」
「それにさ、おしっこなら、まだいいけど・・」
真っ赤になる彩花は、その後の言葉を理解した。
「わわわ、わかった。それで、行こ」
「あ、うん。なら、そういうことで・・・」
「わかった・・・そういうことで」
また、二人は沈黙する。
上空からカラカラと音がし始める。滑車がゆっくり降りてきていた。
カゴに食事が入っている。
手桶などが中に入っていた。
実に質素である。
麦ご飯に、具のない味噌汁と焼き魚。
あっという間に、食べ終わってしまう真希乃。
彩花が、半分食べた魚の乗った皿をスッと滑らせて真希乃の前に置く。
「食べる?足りないんでしょ?」
「ありが・・」
箸を伸ばす手が止まる。
「・・いや、いいや」
「遠慮しないで食べなよ」
「だ、ダメだよ、この食事に慣れないとね」
苦笑いで答える真希乃。
「そお?まあ、真希乃がそう言うなら」
差し出した皿を引き戻す彩花。
ぐ~っと、真希乃のお腹が催促をする。
「やっぱ、食べたら?まだ、初日なんだし、少しずつ慣らしていったら?」
彩花が皿を真希乃に滑らせる。
首を大きく振る真希乃。
「いや、いいよ。彩花、食べなよ」
言うと、立ち上がり扉の向こうに入っていった。
肩をすくめる彩花は、仕方なく残りを平らげた。
彩花は手桶を取ると、樽に水を汲み木の皿を洗うとカゴに入れた。
残った水は、先程のトイレに流した。
壁を滴る水は、割と豊富に流れ出ている為、大きめな樽を水受け用に置いた。
さらにそこから、必要に応じて掬い取るように手桶を添えた。
木のコップがあったので、水を汲むと真希乃のいる部屋に入って行く彩花。
松明でゆらゆらと揺れる部屋の中は、外よりも少し暖かいようだった。
寝床が固い岩の上に敷かれた、藁を詰めただけの布と、布を何枚か重ねて作った肌掛けが置いてあった。真希乃は、そこにいた。
「飲む?」
水の入ったコップを差し出す彩花。
「ありがと、彩花」
受け取るとさっそく一口飲む真希乃。
「お、うま!」
彩花は、真希乃の横に腰を下ろすと、同じく一口飲む。
「うん、冷たくて美味しいね」
「うん」
一月ひとつき
「え?あ、うん」
「なんとか、切り抜けようね」
「だね」
「真希乃は、ともかくとして、私がこの状況を耐えられるかどうか」
「いや、彩花ばかりでもないよ」
「真希乃なら、大丈夫だよ」
「なんで、そう言い切れるんだよ」
彩花は、両足の間で手のひらを擦り合わせている。
「だって、真希乃は男の人で、私は女だから」
「そんなの関係ないよ」
「トイレだけならいいけど、体だって洗わなくちゃいけないんだよ」
「そ、そんなのわかってるよ」
真希乃は、毛大の言った言葉を思い返している。

[好きにして良いぞ]

それこそ、難しいことだった。
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