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九突き目 女たるや

咲と琴音

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哲ちゃんこと、矢島哲美の応援もあって何とか終わらせた厨房清掃。
脇を痛めた恵のことを気にした一城が「明日は、ゆっくり休め」と一言。急遽休みとなった恵と琴音組。
明日が休みとなって、少し時間は遅めだったが、久しぶりに病院に歩の見舞いに行くことにした恵。
家まで送るよ。と言った恵を断り、一緒に行くと言う琴音。
途中で、お見舞いと差し入れを兼ねて、コンビニに寄る二人。
車を降り、歩き出すと恵が脇を抱え顔を歪める。
「痛みますか?」
「いや、痛くないと言えば、嘘になるけど、大丈夫だよ」
「わかりました」
さりげなく、恵の手を取り指を絡めてくる琴音。思ったことを気持ちのまま行動にしてしまう子らしい。
ドキッとする恵だったが、悪い気はしなかった。そんな琴音を可愛いと思った。
雑誌のコーナーを横切りながら、不意に水着姿の女の子が表紙になった本を琴音が取り出すと恵に向かって見せつける。
「こういう子、どうですか?」
「え?」
慌てる恵、だがしっかり表紙を見る恵。大概、表紙を飾る女の子は胸が大きい。
「感想でも言えばいいの?」
「あ、いや、恵さんがどんな子が好きなのか気になったので」
「うむ、そうだね、可愛いとは思うけど、ズキンと来るものがないかな」
下唇を指で持ち上げる琴音。
「う~ん、この中だと、どの子にズキンとなります?」
並べられた雑誌に向け五本指を揃えて手のひらで、どうぞとする琴音。
「えええ、どうしても、選ばないとダメ?」
後ろで手を組む琴音。
「うん、選んで」
まいったな~と、襟足を掻く恵。
仕方なく、視線を泳がせる恵は、ある雑誌を見て、ズキンとした。
「この子かな」
指差す恵。
「え~、これですか?なんかズルくないですか?」
それは、歴史関連の雑誌で、戦場に散った乙女たちとサブタイトルの付いた雑誌で、鎧を着た女性を描いたイラストであった。
咲にどことなく似ていた。が、それを琴音は知らない。

デザートやら、お菓子やら見ると食べ物ばかりで買い物カゴが一杯になっている。その中に、先程の歴史雑誌もあった。
会計する際、琴音が腰袋から財布を取り出す。それを見た恵が、いいよと伏せる手をする。
久しぶりに、ちょっとしたデート気分を味わう二人。
店を出る二人は、自然に手を取り指を絡めあっていた。
琴音が、恵の肩に寄りかかるように、頬を擦り寄せてくる。
嬉しそうに、目を細め、はしゃいだ気分が琴音をスキップさせる。

病院に着くと、面会時間終了まで、あと30分を切っている。
慌てる二人は、やや駆け足になる。
部屋を知らない琴音は、恵の後を追う。

「ここだよ」
言われて、名札を見る琴音。
橘 歩
「橘って言うんだ。歩さん」
「うん」
コンコンと叩く恵。
「入るよ、咲」
ガラガラと扉が開くと、ベッドの上で、あぐらをかく歩が、こちらを見てニコリとすると人差し指を口元に当て、シー、とする。
歩の膝を枕にして、咲が眠りについている。
やや小声で手を振る恵。
「久しぶり。歩」
「いらっしゃい、恵」
今日の歩は、素のままだった。
こんばんは と、頭を下げる琴音。
「はじめまして、奈良岡琴音ならおかことねです」
会釈をして返す歩。
橘歩たちばなあゆむです。どうぞ、よろしく。恵? 可愛い子だね」
見た目が、女の子の歩が言う。
顔を赤らめる琴音。
「可愛いくなんか、ないですよ。ほんと」
自分に自信の持てない琴音。
ううんと、首を振る歩。
「恋してる女の子って、素敵な顔をしてるものだよ」
「え?」
「恵のこと、好いてくれてるんだね。ありがとう」
大事な親友に代わり、お礼を言う歩が微笑む。
「好きっていえば、そうかもしれません。ただ、一緒にいたいんです、恵さんと」
言うと、恵の手を握る琴音。
それに、答えるように手を握り返す恵。
「ありがとう、琴音。嬉しいよ。俺も・・」
言いかけた時、咲がムクリと起き上がった。
慌てた恵は、琴音から手を離してしまう。
え?と、思う琴音は、咲の顔を見て驚いた。何に、驚いたのか自分でもよくわからなかった。
急にドギマギとする恵。
「こ、こんばんは、咲」
まだ、寝ぼけている咲。
「え?恵くん?来てたんだ。起こしてくれたら良かったのに」
目を擦る咲。
「起こせるわけないだろ?疲れてるのに」
咲は、視線を恵から琴音に移す。
「そちらの方は?」
何かを言いかけて恵に遮られる琴音。
「会社の同僚で、奈良岡琴音さん」
ショックを隠せない琴音。
「あ、はじめまして。これ、差し入れです」
コンビニの袋を差し出す琴音。
ビニール越しに見える歴史関連の雑誌。
それを見た歩が口を開く。
「あ、咲お姉ちゃん」
子供の歩が顔を出す。
琴音は驚いた。歩の変わりぶりもそうだが、何よりも歴史関連の雑誌の表紙を見て言った言葉に驚いていた。
琴音は、あることに気づいた。
初めて会うのに、以前どこかで見た気がするのは、雑誌のイラストが咲に似ていたからだった。
(咲さんて、恵さんが好きな人なんだ)
そうわかると、急に胸が苦しくなるのを感じている琴音。
「お姉ちゃん、泣かないで」
歩が、悲しい顔をする琴音に言う。
え?と、なる恵と咲。
「泣いてないですよ」
言った琴音の頬を流れ落ちる涙。
「あ、やだ、私ったら、ごめんなさい。恵さん、やっぱ、私帰ります」
言うと、扉を開けて廊下に飛び出す琴音は、外を歩く看護師にぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
それを見た恵は、慌てて席を立つと扉に向かう。
扉を開けた手が、ピタリと止まると、咲と歩を見る恵。
「ご、ごめん、また来るね」
言い残すと、走り去っていく恵。
どうしたの?の顔をしている歩。
下唇を噛む咲は下を向いてしまう。



玄関を出たところで、やっと琴音に追いつく恵。
琴音の肩をつかまえる。
「待ってよ、琴音ちゃん、どうしたんだよ急に」
肩を掴まれた琴音、クルリと向きを変えられる。
涙でボロボロになっている琴音。
「どうしたじゃないですよ」
「え?」
「ずるいですよ。ずるすぎます」
「だから、何が?」
「だったら、おしえて下さい」
「何を?」
「私のこと好きですか?」
「あ、うん、好きだよ」
「じゃあ、咲さんのことは、どうですか?」
「え?なんでそれを?」
「ほら、やっぱり好きなんですね」
「いや、それは」
「それは、何?」
「だから、あ・・・」
「もういいです。わかりました」
言うと、背を向けてその場を離れようとする琴音。
「琴音・・・」
「もういいんです、もう済んだ事だから」
琴音を追いかけて、腕をつかむ恵。
「良くないし、まだ何も済んでないよ」
「痛・・離して。もう、放っておいて下さい」
「いやだ」
「何がイヤなんですか。痛いから離して・・」
琴音の腕をつかんだまま、引き寄せて自分の方を向かせる恵。
「こういえば、どうかな」
「なにを、ですか?」
「俺は、咲の事が好きだ。愛してる。そう、昔から好きだったよ。胸が苦しくなるくらいにね」
「・・・ほら、やっぱり。そうなんだ。ひどいよ、恵さん、私のこと好きって言ってくれましたよね?それなのに」
「好きって、言ったさ。好きなんだから」
「なんか、それっておかしくないですか?矛盾してます」
「そうさ、矛盾してるよ。だけど、俺は琴音が好きなんだよ」
「嘘ばっかり、もういいですから、離して下さい」
「・・・忘れたいんだよ、もう」
琴音の動きが止まり、恵が何を言いたいのか気になった。
「え?・・・忘れたい?」
「忘れたいんだよ、もう、咲のこと」
「咲さん・・?」
「ずっと、好きで好きで、胸が苦しくて今まで来たよ」
「だったら、そう言ったらいいじゃないですか。咲さんに」
「言えないんだよ。それに、言っても無駄なんだよ」
「そんなの言ってみなくちゃ、わからないじゃないですか」
「わかるんだよ、言わなくても」
「どうしてですか?」
「咲は、歩を愛してるから」
「あ、だから、私に乗り換えようって事なんですね」
「今、なんて言ったの?」
苛立ちを露わにし始める恵。
「え?」
「今、なんて言ったんだよ。なあ、琴音」
琴音の両肩を力強くつかむ恵。
「恵さん・・・怖いよ」
恵は、肩をつかんだまま、下を向くと大きく息を吐き出し、呼吸を整える。
「・・ごめん、だけど、乗り換えるとか言わないで。頼むから」
「だって、そうじゃないの?」
「好きだけど、諦めて、君を好きになる。ある意味、乗り換えるって、ことなのかもね」
「そうだよ。だから、言ってるんです」
「乗り換えるとか思ってないし、第一、最初は琴音のこと、好きでもなかったよ」
「なら・・・」
「でも、今は、はっきりしてるんだ。俺は、琴音と一緒にいたい。気がついたら、琴音を好きになってたんだ」
「今は、でしょ?」
「過去に誰が好きだったなんて、どうでもいい事じゃないの?だってその時、琴音は、そこにいないんだから」
「いたら好きになってくれたのかな?」
「それは、わからないよ。でも、楽しかったかもしれない」
「え?」
「正直言うとね、今も咲に会うと、ドキドキしちゃうよ。だって、好きだったんだから」
「なんか、開き直ってませんか?それ」
「なんて言っても構わないよ。開き直ってるって言われても仕方がない。でも、今は、琴音といるのが楽しいんだよ」
「私だって、楽しいよ」
「だから、それだけじゃ、ダメなのかって言いたいのさ」
「え?」
「はっきり言うよ。俺、女の子が好きだよ。だから、可愛いものは可愛いって思っちゃうし、たぶん見てしまうと思う」
「それは、私も・・・同じです」
「だろ?あ、ていうか、何が言いたいんだろ、俺」
「ん?」
恵の顔を覗き込む琴音。
「俺、琴音の寝顔が好きになったんだ。あの・・時から」
「そ、それは、言わないで下さい」
「ごめん、寝顔がすごく可愛くてね、Hな気分が消えちゃったんだ。あの時」
「・・・」
穏やかな気持ちになっていく琴音。少し照れた顔をする。
「恵さん・・・」
「ダメかな?琴音と一緒に、夜を過ごしたいって、言ったら」
「え?」
恵を見上げる琴音の頬が赤くなる。
「琴音を見ていたい。感じていたい。朝が来るまで」
「一晩だけでいいんですか?」
「意地悪言うなよ」
「えへっ、ごめん・・なさい」
「この所、毎日が楽しいんだ」
「私もです」
琴音のあごを手で持ち上げる恵。
「今夜は、琴音と、一緒にいたい」
「・・私も」
互いに、両の目を交互に見て、瞳の中の自分の姿を探す二人。
「好きだよ、琴音。愛しくてたまらない」
「恵・・・私も、胸が・・苦しいよ。大好きです」
琴音のおでこにキスをする恵。
「それじゃ、イヤ」
言うと、恵に抱きついて、激しくキスをする琴音。
それに答える恵も舌を絡める。
長く押しつけてくる恵、息が苦しくて、たまらず恵を、突き放す琴音。
「苦しいよ、死ぬかと思った」
「うん、じゃあ、こうなら?」
琴音の唇を唇で塞ぐ恵は、ふっと、思い切り息を吹き込んだ。
あまりの風圧に、せ込む琴音。
ゲホッゲホッと、咳き込む琴音。
「あはは、大丈夫?」
ニヤニヤする恵。
「もう、バカ。やめて下さい。そういうの」
恵の胸を拳で叩く琴音。
「いて、やったな」
恵は、両手の人差し指を立てると、ツンツン体勢に入り笑う。
「やだ、何する気ですか?」
手でそれを遮ろうと壁を作る琴音が困りながら笑う。
両手を交互にツンツンしてくる恵は、ニヤけている。
「もう、やめて下さい。それ、ダメですってば」
はしゃいで、逃げ出す琴音。
それを、ふざけて追いかける恵。
激しい追いかけっこのふざけ合いが始まる。
急に、脇の痛みでうずくまる恵は、膝をついて苦しそうにする。
心配して、駆け寄る琴音の表情は真剣だ。
「恵さん、痛むの?平気?」
「・・・く、いって・・」
痛みで、呼吸が上手く出来ない恵。
「何か、出来ることない?」
「せ、背中・・を」
「背中をさすればいいんですか?」
うんうんと、うなずく恵。
背中を摩り始める琴音。
「どう?」
「はあああ、ありがとう・・だいぶ、いいよ」
「良かった。もう、走ったりするからです」
「そ・・だね、ちょと、はしゃぎ過ぎたかな」
「帰って、休みましょう」
「うん、帰ろうか」
琴音は恵を支えながら顔を覗き込む。
「私んち、来ませんか?」
「え?」
「一緒に夜を過ごしたいんですよね?」
「うん」
「じゃあ、決まりです」
少し照れた顔で、ニコリとする琴音は、恵を支えて歩く足が速くなった。
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