8 / 78
記憶喪失1
しおりを挟む
解体した緑の獅子から、エーテル機関を取り出したムジカは歓声をあげた。
「いよっしゃあ無傷! これで3ヶ月は暮らせるぞ!」
奇械の心臓部にあたるエーテル機関は、街では貴重な動力機関として高い値段で取引をされていた。奇械の部品としてはもちろん、鉄馬車やボイラーなど、需要はいくらでもある。さらに言えば自律兵器のそれは、そこらの奇械アンティークとは段違いのエネルギー効率のために引く手あまただった。
そもそもケーブルや散らばっている流動金属はもちろん、外装ですら再利用されるため本来ならば売れないところなどないのだが。
「もって帰れないもんはしょうがないからな。これだけきれいに機関部をとれれば十分ってもんよ」
ムジカはふんふんと鼻歌を歌いながら、ペチコートを切り裂いて作った鞄へ突っ込む。
心臓部に厳重に守られているエーテル機関は、携帯工具だけでは取り出すのも一苦労なのだが今回はとてもスムーズだった。
その理由は。
とりあえずやることがなくなってしまったムジカは、ようやくぼんやりと立ち尽くしている青年人形に向き直った。
今の今まで現実逃避をしていたとも言う。
獅子型自律兵器を無力化した青年人形は、ムジカと視線が合うと平坦な声音で問いかけてきた。その右腕からは淡い緑の燐光を帯びた刃が伸びている。
「ブレードは必要ありませんか」
「お、おう」
どういう態度でよいかわからずに、返事はぶっきらぼうになってしまったが、青年は気にした風もない。
奇械特有の駆動音をさせて刃が腕の中へしまわれてゆくさまに、改めて彼が人形であることを意識する。
ムジカがなかなか装甲をはがせず困っていたときに、この青年人形に提案され許可を出したのだ。あれだけ苦労した装甲をあっさりと、バターのように切り裂いていくのには驚きつつも大変作業がはかどったのだが、残念ながら現実逃避する時間が短縮されてしまった。
しかしながら対話をしないことには始まらないと、ムジカは適当な機材に座って、青年人形を見上げた。
訊かねばならないことも、確かめなねばいけないことも沢山ある。
「……おい」
「はい」
「おい何で床に座る!?」
平静に話そうと決めていたムジカの覚悟は、青年人形が当然のように床へと膝をついたことで砕け散った。
青年人形は美しい顔をぴくりとも動かさずに返してくる。
「歌姫に恭順を示すのが自律兵器ですので」
古代の神々のようなゆったりとした衣服に包まれるその姿は、完璧に整えられた造作と相まって、羽がなくとも十分に浮き世離れした神秘的な雰囲気を醸し出している。
生まれたときから下級層で暮らし、貴族と聞けば顔をしかめ警官をみれば鼻を鳴らす環境で育ってきたムジカだ。かしずかれることに縁があるはずもなく、ものすごく居心地が悪かった。
顔をしかめつつムジカは、さらに言いつのる。
「座るんなら適当ながらくたの上にしてくれ」
「『適当ながらくた』の定義をお願いします」
「そんなもんそこらの……」
と、言いかけて、ムジカは彼が自律兵器であることを思い出した。
ムジカにとって適当に決められることでも、指示を与えられなければ定義できないのだ。どれだけ外見上は人間に似ていても、これは奇械であることを忘れてはいけない。
ものすごく面倒で、頭をかきむしりたくなったムジカだが、こんなところで躓いては話が始まらなかった。
「立っていても疲れないか」
「はい」
「なら立っていてくれ」
「はい、歌姫」
また、背筋にぞわぞわしたものを覚えつつも、予備動作もなく立ち上がる青年人形を見上げて、ムジカはようやく本題に入った。
まず気になることは、先ほどから何度も出てくる単語についてだ。
「なあ、なんで歌姫なんだ。自律兵器の主人なら指揮者じゃねえのか」
先ほどまでは聞き間違いかと思ったが、この青年人形は確かにムジカのことを歌姫と呼んでいる。今までそのような単語を聞いたことがなかったため、指揮者との違いを確認しておかなければならなかった。
というより、歌姫という意味がわかるムジカにとっては、気恥ずかしくむずがゆいものがあったのだ。
「指令権をもつ存在を歌姫と呼称すると記憶しています。俺はあなたを歌姫として登録しました」
「えーとじゃあ、お前の機体情報と基礎概念、記憶している歌姫の権限を教えてくれ」
基礎概念とは、奇械に設定されている基本的な行動原理のことだ。
人間で言うなれば、本能のようなものであり、使用人型奇械であれば、「空間を綺麗にする」「ものを運ぶ」など個々に与えられた仕事。自律兵器であれば「敵と戦え」など行動原理の根幹を成すものである。
機体情報と基礎概念がわかれば、正体不明の奇械であれどのような意図で作られたかわかるのだ。
だが、ムジカの期待は、青年人形の次の言葉で打ち砕かれた。
「機体情報、欠落。基礎概念『守護すべし』」
青年人形のあまりにも簡素な回答に、ムジカは顔を引きつらせた。
「いよっしゃあ無傷! これで3ヶ月は暮らせるぞ!」
奇械の心臓部にあたるエーテル機関は、街では貴重な動力機関として高い値段で取引をされていた。奇械の部品としてはもちろん、鉄馬車やボイラーなど、需要はいくらでもある。さらに言えば自律兵器のそれは、そこらの奇械アンティークとは段違いのエネルギー効率のために引く手あまただった。
そもそもケーブルや散らばっている流動金属はもちろん、外装ですら再利用されるため本来ならば売れないところなどないのだが。
「もって帰れないもんはしょうがないからな。これだけきれいに機関部をとれれば十分ってもんよ」
ムジカはふんふんと鼻歌を歌いながら、ペチコートを切り裂いて作った鞄へ突っ込む。
心臓部に厳重に守られているエーテル機関は、携帯工具だけでは取り出すのも一苦労なのだが今回はとてもスムーズだった。
その理由は。
とりあえずやることがなくなってしまったムジカは、ようやくぼんやりと立ち尽くしている青年人形に向き直った。
今の今まで現実逃避をしていたとも言う。
獅子型自律兵器を無力化した青年人形は、ムジカと視線が合うと平坦な声音で問いかけてきた。その右腕からは淡い緑の燐光を帯びた刃が伸びている。
「ブレードは必要ありませんか」
「お、おう」
どういう態度でよいかわからずに、返事はぶっきらぼうになってしまったが、青年は気にした風もない。
奇械特有の駆動音をさせて刃が腕の中へしまわれてゆくさまに、改めて彼が人形であることを意識する。
ムジカがなかなか装甲をはがせず困っていたときに、この青年人形に提案され許可を出したのだ。あれだけ苦労した装甲をあっさりと、バターのように切り裂いていくのには驚きつつも大変作業がはかどったのだが、残念ながら現実逃避する時間が短縮されてしまった。
しかしながら対話をしないことには始まらないと、ムジカは適当な機材に座って、青年人形を見上げた。
訊かねばならないことも、確かめなねばいけないことも沢山ある。
「……おい」
「はい」
「おい何で床に座る!?」
平静に話そうと決めていたムジカの覚悟は、青年人形が当然のように床へと膝をついたことで砕け散った。
青年人形は美しい顔をぴくりとも動かさずに返してくる。
「歌姫に恭順を示すのが自律兵器ですので」
古代の神々のようなゆったりとした衣服に包まれるその姿は、完璧に整えられた造作と相まって、羽がなくとも十分に浮き世離れした神秘的な雰囲気を醸し出している。
生まれたときから下級層で暮らし、貴族と聞けば顔をしかめ警官をみれば鼻を鳴らす環境で育ってきたムジカだ。かしずかれることに縁があるはずもなく、ものすごく居心地が悪かった。
顔をしかめつつムジカは、さらに言いつのる。
「座るんなら適当ながらくたの上にしてくれ」
「『適当ながらくた』の定義をお願いします」
「そんなもんそこらの……」
と、言いかけて、ムジカは彼が自律兵器であることを思い出した。
ムジカにとって適当に決められることでも、指示を与えられなければ定義できないのだ。どれだけ外見上は人間に似ていても、これは奇械であることを忘れてはいけない。
ものすごく面倒で、頭をかきむしりたくなったムジカだが、こんなところで躓いては話が始まらなかった。
「立っていても疲れないか」
「はい」
「なら立っていてくれ」
「はい、歌姫」
また、背筋にぞわぞわしたものを覚えつつも、予備動作もなく立ち上がる青年人形を見上げて、ムジカはようやく本題に入った。
まず気になることは、先ほどから何度も出てくる単語についてだ。
「なあ、なんで歌姫なんだ。自律兵器の主人なら指揮者じゃねえのか」
先ほどまでは聞き間違いかと思ったが、この青年人形は確かにムジカのことを歌姫と呼んでいる。今までそのような単語を聞いたことがなかったため、指揮者との違いを確認しておかなければならなかった。
というより、歌姫という意味がわかるムジカにとっては、気恥ずかしくむずがゆいものがあったのだ。
「指令権をもつ存在を歌姫と呼称すると記憶しています。俺はあなたを歌姫として登録しました」
「えーとじゃあ、お前の機体情報と基礎概念、記憶している歌姫の権限を教えてくれ」
基礎概念とは、奇械に設定されている基本的な行動原理のことだ。
人間で言うなれば、本能のようなものであり、使用人型奇械であれば、「空間を綺麗にする」「ものを運ぶ」など個々に与えられた仕事。自律兵器であれば「敵と戦え」など行動原理の根幹を成すものである。
機体情報と基礎概念がわかれば、正体不明の奇械であれどのような意図で作られたかわかるのだ。
だが、ムジカの期待は、青年人形の次の言葉で打ち砕かれた。
「機体情報、欠落。基礎概念『守護すべし』」
青年人形のあまりにも簡素な回答に、ムジカは顔を引きつらせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる