夜明けのムジカ

道草家守

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探掘坑3

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翌日。夜明け前に起きたムジカは、砂糖をたっぷり入れた紅茶を流し込んだあと、まだ真っ暗な街へ出発した。
 今日は霧が薄いおかげで、エーテルで灯る街灯だけで十分歩ける。
 荷物持ちがいると言うことで、ムジカは数日もぐり続ける目算で背嚢をラスにも背負わせるほど準備して来ていた。

「ムジカ、どこに向かわれるのですか」
「第3探掘坑だよ。公認探掘隊と顔を合わせたくないからな」

 バーシェの各所にあるいくつかの主要探掘坑は、使用料さえ払えば誰でも潜ることができる。安くはない使用料だが、それでも人が絶えないのは確実に金銭になるものが手に入るからだ。
 エーテル結晶は常に供給を必要としており、定期的に巡回する奇械アンティークを待ち伏せられるポイントもある程度絞られている。だから着実に見入り良く稼げるのだ。
 それでも未踏破の遺跡に眠る遺物で一攫千金を狙う探掘屋シーカーが、未許可の探掘坑を秘匿していることもままあるが。

 ムジカたちは最寄り駅で、カンテラを頼りに馬型ホースタイプ奇械アンティークに引かれてやってきた乗り合い馬車に乗る。奇械アンティークの馬が引く馬車の中は、探掘屋シーカーとおぼしき荷物を背負った人間ばかりだった。
 男性が7割に女性が3割ほど。どちらもムジカほど若い人間はおらず、場違いとも言える若いムジカとラスにいぶかしげなまなざしを向けてくる。
 いつものことなので、ムジカはすべてを無視していた。

 だがちらりとラスを見れば、茫洋とした瞳で、どこともしれぬ場所を眺めている。 
 やがて馬車は街の外れへたどり着き、終点についたとたん探掘屋シーカーたちは我先にと降りていった。馬車の隅で彼らが降りるのを待っていたムジカに、ラスが問いかけてくる。

「ムジカは急がなくていいのですか」
「いいんだよ。あいつらはエーテル採掘だから、目的が違う」

 普通の探掘は日雇いか月決め契約だ。親方の陣頭指揮の下、必要分のエーテル結晶を取りに行く。一定数採掘した後は歩合制となり、採掘した分だけ自分の取り分にできるところが多い。
 仕事はきついが短期間で稼げると、日雇いの空きは常に競争が激しかった。
 だがムジカの目的は奇械アンティーク狩りのため、採掘夫たちが去った後にゆっくりと降りる。
 夜も明けない早朝は、探掘坑が一番賑わう時間帯だろう。

 探掘屋シーカーを当て込んだ酒場や露天売りがランプを掲げていて、排ガスで常に霞がかっている周辺をわずかに照らしていた。
 買い忘れた人間用の錬金具店はもとより、娼館、宿屋など、ここだけで小都市の機能を有している。遺跡を利用した浄化設備があるため上下水道は整っているはずだが、それでも片付けられないゴミや汚物が道路転がり、悪臭が立ちこめていた。
 程度の差はあれ、探掘坑近くはだいたいこのような風景が広がっている。

 その奥にぽっかりとあいているのが探掘坑だった。

 高さは傍らの三階建ての建物と同程度。幅も同じくらいある。遺物の資材で補強されたそこには、縦穴を潜るための巨大な昇降機が設置されていた。
 ここから潜れる範囲は、大方の奇械アンティークが取り尽くされ、安全域と危険域が明確だ。一番稼ぎは少ないが、比較的安全と呼ばれる場所だった。公認探掘隊も興味を示さないらしく、目撃情報がない。ムジカも確実に利益を出したいときにちょくちょく潜っている。
 ラスが何ができて何ができないかを知るためにはちょうど良いだろうと、今回はこの第3探掘坑を選んだ。

 初心者向けと呼ばれる探掘坑のせいか、慣れない様子の人間が目立っている。
 彼らが生き残れるかは彼ら次第。

 悠々と歩いていたムジカは、にぎわう探掘坑前広場の中に小柄な少年を見つけて青の瞳を半眼にした。

 
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