26 / 78
探掘坑3
しおりを挟む
翌日。夜明け前に起きたムジカは、砂糖をたっぷり入れた紅茶を流し込んだあと、まだ真っ暗な街へ出発した。
今日は霧が薄いおかげで、エーテルで灯る街灯だけで十分歩ける。
荷物持ちがいると言うことで、ムジカは数日もぐり続ける目算で背嚢をラスにも背負わせるほど準備して来ていた。
「ムジカ、どこに向かわれるのですか」
「第3探掘坑だよ。公認探掘隊と顔を合わせたくないからな」
バーシェの各所にあるいくつかの主要探掘坑は、使用料さえ払えば誰でも潜ることができる。安くはない使用料だが、それでも人が絶えないのは確実に金銭になるものが手に入るからだ。
エーテル結晶は常に供給を必要としており、定期的に巡回する奇械を待ち伏せられるポイントもある程度絞られている。だから着実に見入り良く稼げるのだ。
それでも未踏破の遺跡に眠る遺物で一攫千金を狙う探掘屋が、未許可の探掘坑を秘匿していることもままあるが。
ムジカたちは最寄り駅で、カンテラを頼りに馬型の奇械に引かれてやってきた乗り合い馬車に乗る。奇械の馬が引く馬車の中は、探掘屋とおぼしき荷物を背負った人間ばかりだった。
男性が7割に女性が3割ほど。どちらもムジカほど若い人間はおらず、場違いとも言える若いムジカとラスにいぶかしげなまなざしを向けてくる。
いつものことなので、ムジカはすべてを無視していた。
だがちらりとラスを見れば、茫洋とした瞳で、どこともしれぬ場所を眺めている。
やがて馬車は街の外れへたどり着き、終点についたとたん探掘屋たちは我先にと降りていった。馬車の隅で彼らが降りるのを待っていたムジカに、ラスが問いかけてくる。
「ムジカは急がなくていいのですか」
「いいんだよ。あいつらはエーテル採掘だから、目的が違う」
普通の探掘は日雇いか月決め契約だ。親方の陣頭指揮の下、必要分のエーテル結晶を取りに行く。一定数採掘した後は歩合制となり、採掘した分だけ自分の取り分にできるところが多い。
仕事はきついが短期間で稼げると、日雇いの空きは常に競争が激しかった。
だがムジカの目的は奇械狩りのため、採掘夫たちが去った後にゆっくりと降りる。
夜も明けない早朝は、探掘坑が一番賑わう時間帯だろう。
探掘屋を当て込んだ酒場や露天売りがランプを掲げていて、排ガスで常に霞がかっている周辺をわずかに照らしていた。
買い忘れた人間用の錬金具店はもとより、娼館、宿屋など、ここだけで小都市の機能を有している。遺跡を利用した浄化設備があるため上下水道は整っているはずだが、それでも片付けられないゴミや汚物が道路転がり、悪臭が立ちこめていた。
程度の差はあれ、探掘坑近くはだいたいこのような風景が広がっている。
その奥にぽっかりとあいているのが探掘坑だった。
高さは傍らの三階建ての建物と同程度。幅も同じくらいある。遺物の資材で補強されたそこには、縦穴を潜るための巨大な昇降機が設置されていた。
ここから潜れる範囲は、大方の奇械が取り尽くされ、安全域と危険域が明確だ。一番稼ぎは少ないが、比較的安全と呼ばれる場所だった。公認探掘隊も興味を示さないらしく、目撃情報がない。ムジカも確実に利益を出したいときにちょくちょく潜っている。
ラスが何ができて何ができないかを知るためにはちょうど良いだろうと、今回はこの第3探掘坑を選んだ。
初心者向けと呼ばれる探掘坑のせいか、慣れない様子の人間が目立っている。
彼らが生き残れるかは彼ら次第。
悠々と歩いていたムジカは、にぎわう探掘坑前広場の中に小柄な少年を見つけて青の瞳を半眼にした。
今日は霧が薄いおかげで、エーテルで灯る街灯だけで十分歩ける。
荷物持ちがいると言うことで、ムジカは数日もぐり続ける目算で背嚢をラスにも背負わせるほど準備して来ていた。
「ムジカ、どこに向かわれるのですか」
「第3探掘坑だよ。公認探掘隊と顔を合わせたくないからな」
バーシェの各所にあるいくつかの主要探掘坑は、使用料さえ払えば誰でも潜ることができる。安くはない使用料だが、それでも人が絶えないのは確実に金銭になるものが手に入るからだ。
エーテル結晶は常に供給を必要としており、定期的に巡回する奇械を待ち伏せられるポイントもある程度絞られている。だから着実に見入り良く稼げるのだ。
それでも未踏破の遺跡に眠る遺物で一攫千金を狙う探掘屋が、未許可の探掘坑を秘匿していることもままあるが。
ムジカたちは最寄り駅で、カンテラを頼りに馬型の奇械に引かれてやってきた乗り合い馬車に乗る。奇械の馬が引く馬車の中は、探掘屋とおぼしき荷物を背負った人間ばかりだった。
男性が7割に女性が3割ほど。どちらもムジカほど若い人間はおらず、場違いとも言える若いムジカとラスにいぶかしげなまなざしを向けてくる。
いつものことなので、ムジカはすべてを無視していた。
だがちらりとラスを見れば、茫洋とした瞳で、どこともしれぬ場所を眺めている。
やがて馬車は街の外れへたどり着き、終点についたとたん探掘屋たちは我先にと降りていった。馬車の隅で彼らが降りるのを待っていたムジカに、ラスが問いかけてくる。
「ムジカは急がなくていいのですか」
「いいんだよ。あいつらはエーテル採掘だから、目的が違う」
普通の探掘は日雇いか月決め契約だ。親方の陣頭指揮の下、必要分のエーテル結晶を取りに行く。一定数採掘した後は歩合制となり、採掘した分だけ自分の取り分にできるところが多い。
仕事はきついが短期間で稼げると、日雇いの空きは常に競争が激しかった。
だがムジカの目的は奇械狩りのため、採掘夫たちが去った後にゆっくりと降りる。
夜も明けない早朝は、探掘坑が一番賑わう時間帯だろう。
探掘屋を当て込んだ酒場や露天売りがランプを掲げていて、排ガスで常に霞がかっている周辺をわずかに照らしていた。
買い忘れた人間用の錬金具店はもとより、娼館、宿屋など、ここだけで小都市の機能を有している。遺跡を利用した浄化設備があるため上下水道は整っているはずだが、それでも片付けられないゴミや汚物が道路転がり、悪臭が立ちこめていた。
程度の差はあれ、探掘坑近くはだいたいこのような風景が広がっている。
その奥にぽっかりとあいているのが探掘坑だった。
高さは傍らの三階建ての建物と同程度。幅も同じくらいある。遺物の資材で補強されたそこには、縦穴を潜るための巨大な昇降機が設置されていた。
ここから潜れる範囲は、大方の奇械が取り尽くされ、安全域と危険域が明確だ。一番稼ぎは少ないが、比較的安全と呼ばれる場所だった。公認探掘隊も興味を示さないらしく、目撃情報がない。ムジカも確実に利益を出したいときにちょくちょく潜っている。
ラスが何ができて何ができないかを知るためにはちょうど良いだろうと、今回はこの第3探掘坑を選んだ。
初心者向けと呼ばれる探掘坑のせいか、慣れない様子の人間が目立っている。
彼らが生き残れるかは彼ら次第。
悠々と歩いていたムジカは、にぎわう探掘坑前広場の中に小柄な少年を見つけて青の瞳を半眼にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる