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過去の足音1
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酒場の薄暗い明かりの中でもその銀の髪と紫の瞳の美しさは損なわれず、くっきりと浮いて見えた。
「頬が紅潮し体温も上昇しているようです。体調不良ですか」
ここ数日でいつも通りになったずれた反応に、ムジカは一気に肩の力が抜けて吹き出した。ひとしきり笑った後、目尻ににじんだ涙をぬぐいつつ応じる。
「酔ったのか? と聞けよ。ここは酒場なんだから」
「ムジカの摂取していた飲料物に、アルコールは微量であると確認していました」
「おま、あたしの飲んでたもん確認してたのか!?」
「肯定です。酔っ払いの介抱は、酔っていない者の義務だと教えらたため、ムジカが倒れた際は介抱をするべきだと観測していました」
おおかた、ラスを囲っていた酔っ払いの話だろう。
律儀な性格であるラスに頼ろうと思ったか、あるいはラスとムジカの仲を勘ぐって、下世話な話をしたか。ラスに正確な会話内容を聞けば正確に再現するだろうが、この顔からスラングまみれの汚い言葉を聞きたくなかったムジカは、そのあたりは放置し訂正しておいた。
「酔っ払いは自己責任だ。仲のいいやつじゃなくて命に関わらなきゃ、道ばたにでも転がしとけ」
「了解しました、記録します」
こくりと頷いたラスの表情は変わらない。
「なあラス、大丈夫だったか」
「大丈夫、の範囲の指定をお願いします」
「そうだな、質問の仕方を変える。あいつらにどんなことを聞かれた?」
「ムジカとの出会いと、探掘を始めた理由、戦闘能力を身につけた経緯などです。主にムジカについての質問が多い印象がありました」
「お前でも、印象って使うのな。どう答えた?」
小さく問いかければ、ラスは不思議とムジカの耳に響くような声で答えた。
「秘匿すべき案件と考え、ムジカの声のみに拾えるように音声を調整しています。返答は事前に設定していた筋書き通りに、設定外のものは拒絶し問題のない範囲であると考えたものは返答しました」
「たとえばどんな質問だ?」
「ムジカとの関係は、と問われましたので、唯一無二の従うべき存在ですと返答しました」
「ばっ!!!」
最高に最悪な返答にあんぐりと口を開けるしかないムジカに、ラスは小首をかしげた。
「歌姫の単語は使用不可でしたので、最適な表現を模索しました」
「誤解してくれって言ってるようなもんだそれ……」
「端的に表せたと自己評価をしていたのですが。次に居住形態を聞かれましたので」
「あーもういい! もう聞きたくねえ!」
完全に同居がばれていれば、もはや恋人というのを否定しても焼け石に水だろう。ちらと周囲を伺ってみれば、好奇を揶揄の気配も色濃くこちらを伺っている。
「次はプライベートですから、で断れ」
「了解しました。質問をしてもいいですか」
やはり早めに引きはがすべきだったとため息をついていれば、ラスに前置きをされて見上げる。
「先ほど頬が紅潮していた理由は何ですか」
「あーうーん。そうだな……」
ムジカは視線をさまよわせたが、ラスはこちらが指示を出さない限りあきらめることはない。言いたくないでも良かったのだが、ムジカはエールのジョッキを回しつつ答えた。
「たぶんこれは、嬉しかったんだ」
「うれしい」
「探掘屋って、自分のために潜って自分のために遺物を持ち出すもんだからさ。掘り出した遺物が誰かのためになるかって考えないわけ。例に漏れずあたしも自分のために潜ってた。だから今回ありがとうって口々に言われて。自分の仕事がすごいって言われたのがな。自分が案外悪くないことをしてるんじゃないかって気がした」
集約するとそこに行き着くのだ。とムジカは思う。
テッサ達がまぶしくて、探掘夫達から感謝されるのが照れくさくて。
探掘屋である自分の技術を認めてもらえたようで満足を覚えたのだ。
「ムジカは他者の希望を叶えて、感謝されることを好ましいと考えるのですか」
「うーん。そうとも言えるんだけど。言葉にするの難しいなあ」
あまり深く考えたことがない事柄に、ムジカは頭をひねりつつも言葉を紡ぐ。
「お前はあたしの命令を聞いて、役に立ちたいって言うだろ」
「はい、それが俺の基礎概念の一部です」
「人間にもそう言うところがあるんだと思う。ただ、人間は特定の誰かとかだけじゃなくて不特定多数でも対象になったりするんだよ。あ、もちろん自分が嫌いなやつじゃなかったり、嫌なじゃないことだったら、って条件がつくけど」
「ですが、ムジカは自律兵器の存在を確認してすぐ向かいました。命に関わることは嫌なことではないのでしょうか」
「いや、とっさだったし、深く考えてなかったというか」
自分がいつもより口が軽くなっていることを、ムジカは自覚していた。
もしかしたら酒精がすこし回っているのかも知れない。
「ただ、あたしにできることで、あたしのやりたくないことじゃなかったからやった。それだけ。それで満足だったけど、感謝をされて嬉しかったってとこ。まあお前だったら達成感だと考えればいいんじゃねえか」
「……記録します」
いつもと変わらず、そう答えたラスにムジカは肩をすくめてジョッキを傾けた。返答の声色に困惑が混じって居るような気がして少し戸惑った、というのもある。
「もう一つだけ、確認してもいいですか」
「あん? なんだよ」
「なぜムジカは奇械にまで気にかけるのですか」
思わぬことを言われて、ムジカは青の瞳でラスを見上げた。
「は? 私がいつ奇械にまで」
「以前使用人型に黙とうしていました。本日俺に『気持ち悪くないか』と質問したことも該当します」
「そんなこと言われたってなあ。ただなんとなくこう、気にならねえか」
「俺たちは奇械です。人間の役に立てばそれだけでよい存在です。命令以外に気に掛ける必要はありません」
厳然と言い切るラスに、ムジカは妙なかたくなさを感じた。
自律兵器として高度な思考能力を有しているからそう錯覚しているだけだろうが、面白くなかったムジカは、唇を尖らせた。
「それだけじゃあ、寂しいじゃねえか」
エールの炭酸がぱちぱちと弾ける中、紫の瞳が丸くなる。
明らかに虚を突かれたその表情は驚くほど幼く思えてムジカは目を瞬く。だが幻のようにいつもの無表情に戻っていた。
「では炎蛙を気に掛けるそぶりを見せていたのも、寂しいからでしょうか」
「いやそれは……」
今日倒した自律兵器の音声。
声こそ奇械のものだったが、まるで……
「人間が、しゃべってるみたいだったな、と思ってよ」
「ムジカ?」
「気にするなこの話はおしまいだ」
グイっとエールを飲み干したムジカは、ジョッキを返すためにカウンターへ向かった。
足元が少しふわふわしていた。酔い始めている兆候だろう。気を付けないといけない。
「ああ、ムジカ君! ここにいたか!」
ジョッキを返したところで声をかけられ、ムジカはその事務畑の男を見上げた。
「頬が紅潮し体温も上昇しているようです。体調不良ですか」
ここ数日でいつも通りになったずれた反応に、ムジカは一気に肩の力が抜けて吹き出した。ひとしきり笑った後、目尻ににじんだ涙をぬぐいつつ応じる。
「酔ったのか? と聞けよ。ここは酒場なんだから」
「ムジカの摂取していた飲料物に、アルコールは微量であると確認していました」
「おま、あたしの飲んでたもん確認してたのか!?」
「肯定です。酔っ払いの介抱は、酔っていない者の義務だと教えらたため、ムジカが倒れた際は介抱をするべきだと観測していました」
おおかた、ラスを囲っていた酔っ払いの話だろう。
律儀な性格であるラスに頼ろうと思ったか、あるいはラスとムジカの仲を勘ぐって、下世話な話をしたか。ラスに正確な会話内容を聞けば正確に再現するだろうが、この顔からスラングまみれの汚い言葉を聞きたくなかったムジカは、そのあたりは放置し訂正しておいた。
「酔っ払いは自己責任だ。仲のいいやつじゃなくて命に関わらなきゃ、道ばたにでも転がしとけ」
「了解しました、記録します」
こくりと頷いたラスの表情は変わらない。
「なあラス、大丈夫だったか」
「大丈夫、の範囲の指定をお願いします」
「そうだな、質問の仕方を変える。あいつらにどんなことを聞かれた?」
「ムジカとの出会いと、探掘を始めた理由、戦闘能力を身につけた経緯などです。主にムジカについての質問が多い印象がありました」
「お前でも、印象って使うのな。どう答えた?」
小さく問いかければ、ラスは不思議とムジカの耳に響くような声で答えた。
「秘匿すべき案件と考え、ムジカの声のみに拾えるように音声を調整しています。返答は事前に設定していた筋書き通りに、設定外のものは拒絶し問題のない範囲であると考えたものは返答しました」
「たとえばどんな質問だ?」
「ムジカとの関係は、と問われましたので、唯一無二の従うべき存在ですと返答しました」
「ばっ!!!」
最高に最悪な返答にあんぐりと口を開けるしかないムジカに、ラスは小首をかしげた。
「歌姫の単語は使用不可でしたので、最適な表現を模索しました」
「誤解してくれって言ってるようなもんだそれ……」
「端的に表せたと自己評価をしていたのですが。次に居住形態を聞かれましたので」
「あーもういい! もう聞きたくねえ!」
完全に同居がばれていれば、もはや恋人というのを否定しても焼け石に水だろう。ちらと周囲を伺ってみれば、好奇を揶揄の気配も色濃くこちらを伺っている。
「次はプライベートですから、で断れ」
「了解しました。質問をしてもいいですか」
やはり早めに引きはがすべきだったとため息をついていれば、ラスに前置きをされて見上げる。
「先ほど頬が紅潮していた理由は何ですか」
「あーうーん。そうだな……」
ムジカは視線をさまよわせたが、ラスはこちらが指示を出さない限りあきらめることはない。言いたくないでも良かったのだが、ムジカはエールのジョッキを回しつつ答えた。
「たぶんこれは、嬉しかったんだ」
「うれしい」
「探掘屋って、自分のために潜って自分のために遺物を持ち出すもんだからさ。掘り出した遺物が誰かのためになるかって考えないわけ。例に漏れずあたしも自分のために潜ってた。だから今回ありがとうって口々に言われて。自分の仕事がすごいって言われたのがな。自分が案外悪くないことをしてるんじゃないかって気がした」
集約するとそこに行き着くのだ。とムジカは思う。
テッサ達がまぶしくて、探掘夫達から感謝されるのが照れくさくて。
探掘屋である自分の技術を認めてもらえたようで満足を覚えたのだ。
「ムジカは他者の希望を叶えて、感謝されることを好ましいと考えるのですか」
「うーん。そうとも言えるんだけど。言葉にするの難しいなあ」
あまり深く考えたことがない事柄に、ムジカは頭をひねりつつも言葉を紡ぐ。
「お前はあたしの命令を聞いて、役に立ちたいって言うだろ」
「はい、それが俺の基礎概念の一部です」
「人間にもそう言うところがあるんだと思う。ただ、人間は特定の誰かとかだけじゃなくて不特定多数でも対象になったりするんだよ。あ、もちろん自分が嫌いなやつじゃなかったり、嫌なじゃないことだったら、って条件がつくけど」
「ですが、ムジカは自律兵器の存在を確認してすぐ向かいました。命に関わることは嫌なことではないのでしょうか」
「いや、とっさだったし、深く考えてなかったというか」
自分がいつもより口が軽くなっていることを、ムジカは自覚していた。
もしかしたら酒精がすこし回っているのかも知れない。
「ただ、あたしにできることで、あたしのやりたくないことじゃなかったからやった。それだけ。それで満足だったけど、感謝をされて嬉しかったってとこ。まあお前だったら達成感だと考えればいいんじゃねえか」
「……記録します」
いつもと変わらず、そう答えたラスにムジカは肩をすくめてジョッキを傾けた。返答の声色に困惑が混じって居るような気がして少し戸惑った、というのもある。
「もう一つだけ、確認してもいいですか」
「あん? なんだよ」
「なぜムジカは奇械にまで気にかけるのですか」
思わぬことを言われて、ムジカは青の瞳でラスを見上げた。
「は? 私がいつ奇械にまで」
「以前使用人型に黙とうしていました。本日俺に『気持ち悪くないか』と質問したことも該当します」
「そんなこと言われたってなあ。ただなんとなくこう、気にならねえか」
「俺たちは奇械です。人間の役に立てばそれだけでよい存在です。命令以外に気に掛ける必要はありません」
厳然と言い切るラスに、ムジカは妙なかたくなさを感じた。
自律兵器として高度な思考能力を有しているからそう錯覚しているだけだろうが、面白くなかったムジカは、唇を尖らせた。
「それだけじゃあ、寂しいじゃねえか」
エールの炭酸がぱちぱちと弾ける中、紫の瞳が丸くなる。
明らかに虚を突かれたその表情は驚くほど幼く思えてムジカは目を瞬く。だが幻のようにいつもの無表情に戻っていた。
「では炎蛙を気に掛けるそぶりを見せていたのも、寂しいからでしょうか」
「いやそれは……」
今日倒した自律兵器の音声。
声こそ奇械のものだったが、まるで……
「人間が、しゃべってるみたいだったな、と思ってよ」
「ムジカ?」
「気にするなこの話はおしまいだ」
グイっとエールを飲み干したムジカは、ジョッキを返すためにカウンターへ向かった。
足元が少しふわふわしていた。酔い始めている兆候だろう。気を付けないといけない。
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