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祝勝会2
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第5探掘坑は入口自体が狭く、移動にすら器具が必要なルートだ。奇械やはもちろん自律兵器までが徘徊し、遺跡自体に設置してある防犯機能が生きている箇所がある。リスクは高いがその分、一山当てれば破格の実入りが期待できる。
だからムジカは探掘始めから第5探掘坑を選んでいた。
「何年潜ってるんだい」
「1人ではまだ3年」
勢いに押されてうっかりいらぬことまで答えたムジカはヒヤリとしたが、テッサ達は気づかなかったようだ。だが、化け物を見るような目でムジカを見る。
「初めて潜ったやつが半年以内に8割死ぬあそこで3年か。そんな若いのに」
「過大評価しすぎだ。生きて帰ってくるのはそんなに難しくない。死ぬやつの大半は欲張って山ほどの遺物を持ち帰ろうとするのが原因だよ。現にあたしはまだ稼ぎは全然だ」
本音を漏らしたムジカは、ぐいっとサイダーを傾けた。
実際、第5探掘坑を潜る熟練の探掘屋達はムジカの数十倍は稼ぎ、上層階に屋敷を構えるものもいるほどだ。ムジカも稼いではいたが、借金ですべて消えてしまうため、探掘道具や消耗品をそろえるので手いっぱいである。
だが、テッサ達の反応は変わらなかった。
「……もしかして第5探掘坑を1人で潜ってる女って、あんたのことかい? 必ず無傷でエーテル機関を持ち帰るって噂の」
「たしかあだ名は『野良猫』」
勝手につけられた通称を呼ばれて、ムジカはつい渋い顔になった。
「たぶんあたしだけど買いかぶりすぎだ。それにエーテル機関だけじゃなくて部品が多い」
ムジカが奇械を持ち帰れるのは、あの指揮歌のおかげである。誇ることでもないとついつい訂正すれば、テッサ達の表情がなぜか一気に輝いた。
「いや、すごいだろう!? 潜っていて知らないのか!? 探掘屋の花形って言ったら、自律兵器の回収だけど、聞く話はどれもむさい力自慢の男どもばかりだ。1人で潜って男どもと同じくらい遺物を堀上げてくるあんたは、あたし達のあこがれなんだよ」
「まさか私たちより小さいとは思わなかったけどね!」
楽しげに笑いながら、彼女たちの表情から見える羨望にムジカは面くらい、なんとも言えない気分でうつむく。
探掘屋を始めて受けたのは多くのあきれと、若い女であることを軽んじるまなざしだった。一部の探掘屋には与しやすいとみて、探掘成果を盗まれかけたり、乱暴をされかけたりもした。
小さなころから、それこそ10にも満たないころから父に連れられて潜ることで培った技術と処世術で何とかしてきたから、今のムジカがある。
だがそれでもこちらを下に見るような、突き放されるような壁はなくなるわけではない。稼ぐようになってからは暗くじっとりとしたねたみしか向けられてこなかったため、同業者とはそれほど深くつきあってこなかった。
だから、彼女たちのような単純な明るい感情は初めてで戸惑ったのだ。
「小さいは余計だ」
弱く言い返しつつなんとなく覚える落ちつかなさに、ムジカはサイダーを傾ける。
この程度の酒であればたいしたことないはずなのだが、やけに頬が熱い。
テッサが顔を見合わせているのにも気づかず、ムジカがちびちびとサイダーを傾けていれば、テッサがのぞき込んできた。
「んで? その野良猫ちゃんが、とうとう相棒を持つ気になったのは何でなんだい?」
「話が戻ってきたな!?」
忘れていなかったのか、とムジカが軽くにらんでみてもテッサはにやにやとした笑みを崩さなかった。
「だってなあ気になるだろう? こっちにまで来るうわさ話では、あんたはかたくなに1人を貫いていたんだ」
「別に、知り合いから面倒を押しつけられただけだし。仕方なく使ってるだけだ」
「それでも命を預けるくらいには信頼してんだろ、ひゅー熱いねえ!」
「そんなんじゃ……!」
「でなきゃあんなふうに自律兵器の前に出られないだろう。あんなの近づいただけで死んじまうのに」
テッサに口笛を吹かれたムジカは、反射的に声を荒げかけたが、続けられた言葉に口ごもる。
ムジカはラスが高性能な自律兵器だと知っている。だから硬化弾を撃つためにその場にとどまっても、必ずラスがしとめられると理解していた。
彼女たちが知らず、ムジカが知っていること。
しかし、それを必ずやりとげると考えるというのは、信頼といわないか?
まだたかだか数日の付き合いなのに?
「……お代わりもらってくる」
ごちゃごちゃと考えすぎてわからなくなったムジカは勢いよくテーブルから立ち上がると、テッサ達の返事を待たずにその場を離れた。
頬が熱い。たぶん、これは恥ずかしいというやつだ。
人混みをぬい、足早にカウンターへと向かってエールを頼む。
だが酒場の店主から金はいらないと言われて、ジョッキを持たされて居心地が悪い思いをした。それが感謝の証なのだと理解していても、落ち着かない。初めての経験だ。
「ムジカ」
アルトとテノールの間。唐突に声をかけられてムジカが振り仰げば、予想通りラスがいた。
だからムジカは探掘始めから第5探掘坑を選んでいた。
「何年潜ってるんだい」
「1人ではまだ3年」
勢いに押されてうっかりいらぬことまで答えたムジカはヒヤリとしたが、テッサ達は気づかなかったようだ。だが、化け物を見るような目でムジカを見る。
「初めて潜ったやつが半年以内に8割死ぬあそこで3年か。そんな若いのに」
「過大評価しすぎだ。生きて帰ってくるのはそんなに難しくない。死ぬやつの大半は欲張って山ほどの遺物を持ち帰ろうとするのが原因だよ。現にあたしはまだ稼ぎは全然だ」
本音を漏らしたムジカは、ぐいっとサイダーを傾けた。
実際、第5探掘坑を潜る熟練の探掘屋達はムジカの数十倍は稼ぎ、上層階に屋敷を構えるものもいるほどだ。ムジカも稼いではいたが、借金ですべて消えてしまうため、探掘道具や消耗品をそろえるので手いっぱいである。
だが、テッサ達の反応は変わらなかった。
「……もしかして第5探掘坑を1人で潜ってる女って、あんたのことかい? 必ず無傷でエーテル機関を持ち帰るって噂の」
「たしかあだ名は『野良猫』」
勝手につけられた通称を呼ばれて、ムジカはつい渋い顔になった。
「たぶんあたしだけど買いかぶりすぎだ。それにエーテル機関だけじゃなくて部品が多い」
ムジカが奇械を持ち帰れるのは、あの指揮歌のおかげである。誇ることでもないとついつい訂正すれば、テッサ達の表情がなぜか一気に輝いた。
「いや、すごいだろう!? 潜っていて知らないのか!? 探掘屋の花形って言ったら、自律兵器の回収だけど、聞く話はどれもむさい力自慢の男どもばかりだ。1人で潜って男どもと同じくらい遺物を堀上げてくるあんたは、あたし達のあこがれなんだよ」
「まさか私たちより小さいとは思わなかったけどね!」
楽しげに笑いながら、彼女たちの表情から見える羨望にムジカは面くらい、なんとも言えない気分でうつむく。
探掘屋を始めて受けたのは多くのあきれと、若い女であることを軽んじるまなざしだった。一部の探掘屋には与しやすいとみて、探掘成果を盗まれかけたり、乱暴をされかけたりもした。
小さなころから、それこそ10にも満たないころから父に連れられて潜ることで培った技術と処世術で何とかしてきたから、今のムジカがある。
だがそれでもこちらを下に見るような、突き放されるような壁はなくなるわけではない。稼ぐようになってからは暗くじっとりとしたねたみしか向けられてこなかったため、同業者とはそれほど深くつきあってこなかった。
だから、彼女たちのような単純な明るい感情は初めてで戸惑ったのだ。
「小さいは余計だ」
弱く言い返しつつなんとなく覚える落ちつかなさに、ムジカはサイダーを傾ける。
この程度の酒であればたいしたことないはずなのだが、やけに頬が熱い。
テッサが顔を見合わせているのにも気づかず、ムジカがちびちびとサイダーを傾けていれば、テッサがのぞき込んできた。
「んで? その野良猫ちゃんが、とうとう相棒を持つ気になったのは何でなんだい?」
「話が戻ってきたな!?」
忘れていなかったのか、とムジカが軽くにらんでみてもテッサはにやにやとした笑みを崩さなかった。
「だってなあ気になるだろう? こっちにまで来るうわさ話では、あんたはかたくなに1人を貫いていたんだ」
「別に、知り合いから面倒を押しつけられただけだし。仕方なく使ってるだけだ」
「それでも命を預けるくらいには信頼してんだろ、ひゅー熱いねえ!」
「そんなんじゃ……!」
「でなきゃあんなふうに自律兵器の前に出られないだろう。あんなの近づいただけで死んじまうのに」
テッサに口笛を吹かれたムジカは、反射的に声を荒げかけたが、続けられた言葉に口ごもる。
ムジカはラスが高性能な自律兵器だと知っている。だから硬化弾を撃つためにその場にとどまっても、必ずラスがしとめられると理解していた。
彼女たちが知らず、ムジカが知っていること。
しかし、それを必ずやりとげると考えるというのは、信頼といわないか?
まだたかだか数日の付き合いなのに?
「……お代わりもらってくる」
ごちゃごちゃと考えすぎてわからなくなったムジカは勢いよくテーブルから立ち上がると、テッサ達の返事を待たずにその場を離れた。
頬が熱い。たぶん、これは恥ずかしいというやつだ。
人混みをぬい、足早にカウンターへと向かってエールを頼む。
だが酒場の店主から金はいらないと言われて、ジョッキを持たされて居心地が悪い思いをした。それが感謝の証なのだと理解していても、落ち着かない。初めての経験だ。
「ムジカ」
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