夜明けのムジカ

道草家守

文字の大きさ
43 / 78

自己嫌悪1

しおりを挟む
 どう帰ったのか、覚えていない。
 ムジカが我に返った時には、自宅の玄関の壁を背に座り込んでいた。
 あそこから出て行って正解だったと思う。
 これ以上居たら、あの男を殴り飛ばしたくなっただろうから。

 早鐘のような鼓動が収まらない。吐き気がする。思考がぐちゃぐちゃで叫び出したい衝動に駆られた。
 自分の中で整理をして納得をして、しまい込んだと思っていたのに、ただ嫌なものをすべて箱の中に押し込んでいただけだったのだと気づいてしまった。
 ましになったと思っていたのに。強くなったと思っていたのに。

「ムジカ」

 アルトとテノールの中間。
 あきれも、いたわりも、戸惑いも、一切含まれない平坦な呼びかけだった。

「荷物はムジカの分も運搬してきました。ほかに何をすれば良いですか」

 この人形がついてきていることは知っていた。何も言わず、当然のようにただ後ろを歩いて。
 それを、ありがたいと思う日がくるとは思わなかった。
 下手に感情が含まれていれば、ムジカは無様に当たり散らしていただろう。ムジカの挟持が許さなかったとしても。
 おかげでほんの少しましな気分になったムジカは、膝に埋めていた顔を上げて、目の前に立つ銀色と紫の瞳の美しい人形を見上げた。

「となりに、座れ。そんで、話を聞け」
「はい」

 ラスが従順に膝を折り曲げてムジカの左隣に座った。
 こいつは人形だ。ならばこれは、独り言だ。
 そう自分に言い聞かせて、ムジカはゆっくり話し始めた。
 いまこぼしておかなければ、動けなくなると思ったからだった。

「あたしの親父はな、探掘屋シーカーだったんだ」

 けして、同じとは言わない。
 スカート地が厚いおかげで、10月の肌寒い季節でも床から寒さは上がってこない。
 だが昔は違った。部屋の一番寒い物置に閉じ込められて、足下から忍び寄る寒さで凍えながら必死に泣くのをこらえた。
 泣けば喉をつぶすなと余計に殴られるからだ。

「腕はそうでもなかった、と思う。同じ第5探掘坑に潜ってた連中から見れば、捜索方法も、奇械アンティークの見つけ方もお粗末だ」

 一時期は、父親の探掘に同行させられていたからわかる。今のムジカのほうがうまくやるだろう。

「だけど、親父は奇械アンティークを従えられた。生身で指揮歌を歌えたから」

 ラスは何も言わなかった。当然だ、話を聞けと命じたのだから。
 けれどちらりと隣を伺えば、紫の瞳が静かにこちらを向いて聞く姿勢を保っている。人形だが、人形だからこそ、ありがたいのかも知れないと思った。
 だからムジカは先を続けた。スリアンも詳しくは知らない、ムジカの経験してきたことを。

「親父は先祖代々の言い伝えられた黄金期の遺産を探し続けてた。『遺産さえ掘り起こせば全部変わる』が口癖で、ちっさいころのあたしでもやべえと思うくらいにはのめりこんでた。なんでも親父のおやじも、そのまた親父もずっとそうだったらしい。それで親父は指揮歌だけを武器に第5探掘坑を潜っていた」

 母親は知らない。おぼろげながら柔らかくて優しい手があったような記憶がある。だがはっきりものを考えるようになる頃には、くそみたいな父親の背中についてバーシェの薄暗い霧の中で暮らしていた。
 どうやらバーシェの遺跡にある噂が今まで調べてきた先祖の言い伝えと合致したらしい。だが先祖代々同じ早合点を繰り返して空振りを繰り返してきたのだろうと想像がついたムジカは全く興味がなかった。
 まさか本当にあるとは思わなかったが、とムジカは銀の人形を見やる。

「あたしは飲んだくれる親父が大嫌いだった。探掘がうまくいかなければ酒を飲んで当たり散らして、親父がオズワルドさんと別れてからは、あたしを探掘に連れて行って手伝いをさせたんだ」

 12歳以下の探掘規制がないころだったから自由だったのだ。奇械アンティークのおとりにさせられて、死に物狂いで父親の見よう見まねで指揮歌を歌った。
 そこでアルバから盗み見た探掘技術や歌い方が今の飯の種になっている。
 だが酒場で働いているほうがずっとましだった。アルバには気に入らないことがあれば殴られ、稼ぎが良ければ取り上げられ、部屋に帰ってくることすら嫌になる親だった。

「親父はあたしが人前で歌うことを嫌った。てめえの歌は人に聴かせるもんじゃねえってていうのが口癖だった。親父の前以外で歌ったら火が付いたみてえに怒られたよ」

 ムジカは一時期チップを稼ぐために酒場の舞台に立っていたことがある。
 10にも満たない少女だったからか酔客はもちろん、わざわざ聴きにくる客までいてムジカの懐は温かかった。
 にもかかわらず、それを知ったアルバは今までで一番怒り狂い、ムジカが動けなくなるほど殴った挙句、酒場をやめさせられた。
 そのときに、アルバはムジカが歌うのが嫌いなのだと思った。命じられて唄った指揮歌ですら顔を背けたのだ。

「だから言われても歌わねえって思った。絶対親父みたいにはなるもんかと誓ってたのに」

 ムジカはぐっと膝を抱える手に力を込める。

「なのに親父はあたしに歌を教え始めた。何かのたがが外れたみたいに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...