44 / 78
自己嫌悪2
しおりを挟む前触れはなかったように思う。
ある日唐突にアルバは探掘に行かなくなり、ムジカに歌い方を教え始めた。
声楽の基礎から、今まで絶対に教えようとしなかった指揮歌の音程まで。
一音でも外せば何度でもやり直しをさせられ、与えられた課題が終わるまで食事を抜かれた。口答えをすれば拳と罵声が飛んできた。
指揮歌は特殊な発声法の上、音程を半音、息継ぎを一つでも間違えれば効力が大幅に半減することなんてどうでもいい。生きるために死にものぐるいで歌い方を覚えた。思い出したくもない日々だった。
今でもバイオリンの音を聞くと、心がすくむときがある。
歌がない時は、今までの探掘成果を教え込まれた。知らない歌を延々と繰り返し続けるうちに、日にちの感覚がなくなっていった。
その期間が1年ほど。
スリアンが現れなければ、ムジカは喉がつぶれるか餓死していただろう。
保護されてから間もなくアルバは死んだ。エーテル症によって骨すら残らず。
亡霊すら残らなかった。
執着していたのはムジカではなく、研究成果を受け継がせることだったのだと気づいた。
「親父が死んだ後、最悪だった。よくぞここまでって感じでいろんな場所から借金していたことがわかって。借金の形にあたしを女衒に売る算段がつけられてたんだ」
今でもどろりとした怒りが湧いてくる。
晩年、アルバは喉が衰えており、それを補うために変声器を購入していた。
変声器は奇械の型によって専用品が必要だ。だが探掘屋向けに用意されている万能型は、中層部に家が一軒持てるほどの法外な値段がする。
それをアルバは借金で入手していたのだ。
スリアンが交渉し、借金の半分を肩代わりしてくれなければ、ムジカはすぐに下着のような衣装を着て街頭にたっていただろう。エーテルと薬にやられてぼろぼろになっていた。
それでも借金を返せることを証明するために、法外な金を用意しなければならなかった。だが、ムジカが朝から晩まで酒場で働いたとしても、一生かかっても用意することはできない。
しかも期日は迫っている。
「だからあたしは探掘屋になるしかなかったんだ。あたしが持っている能力で確実に稼げるのがそれしかなかったから。捕まえようとする借金取りから逃げて、第5探掘坑に潜り込んだ」
無謀なのは重々承知していた。死ぬのならそれで良かった。
父親の思い通りになるのだけは嫌だったのだ。
案の定死にかけた挙句、自律兵器に遭遇し破れかぶれに歌ったおかげで、アルバよりも強力に奇械を従わせられると気づいた。無意識に口ずさむくらいに、体にしみこんでしまっていることに吐き気がしたが。
そしてムジカは無事に自律兵器を捕獲し、堂々と金を用意できた。差し出される大金を前にした借金取りたちの惚け顔は、大変胸がすいたものだ。
ただ自律兵器を止められたのは後にも先にもあの時だけだが。
「あたしは親父が大嫌いだ。親父があたしに押しつけた歌が嫌いだ。だから、あたしは誰かのためには歌わない。あたしのためだけに歌う」
探掘のために歌を利用することも嫌だったが、一人で生きるために目をつぶった。なにせ、借金はまだ半分残っているのだ。半分でも、普通の少女には払いきれない途方もない金額である。潜らなくてはならない。
それに、父親の執着した遺跡の果てをこの目で見て、そんなものなかった、あるいは大したことはなかったと鼻で笑って壊すつもりだった。
そういう意味では、ムジカも先祖の呪縛に囚われているのだろう。だがそれもムジカで終わりなのだ。
思い出し口に出して、怒りと共に指先に熱が戻ってくる。湧き上がってくる活力にムジカはほっとした。
いつだって怒りはムジカの原動力だった。怒れるのならまだ大丈夫だ。
たったあれだけの言葉で動揺するのは、ムジカとしても予想外だったのだ。
じくじくとした傷が未だに痛むことに、未だに父親の影を払拭できていないことを思い知ったが、はき出せたおかげですこしましな気分になれた。
それでも立ち上がるにはまだ足りなくて、ムジカは足を伸ばして壁に背中を預けてラスを振り仰ぐ。
「まあ、そういうわけだ。世話かけたな」
「……ムジカは、歌いたくないということでしょうか」
「端的に言えば、そうだ」
青年人形は、薄暗い部屋の中でも鮮やかな紫の瞳をゆるりと瞬かせた。
「俺はムジカのための自律兵器です。あなたの希望を叶えます」
いつもの返答と違うような気がしたが、やはりいたわりの言葉も、変な同情もないことにムジカは安心した。
ムジカはそれしかなくとも自分でこの道を選んだ。だから後悔など何もない。
「あーあ挨拶もせずに帰ってきちまったから、ウォースターさんには悪いことしたなあ。明日にでも謝りに行くか。仕事は……うんだめだろう、けど」
少し、気が抜けたようだ。
たちまち押し寄せる睡魔に、ムジカはこっくりこっくりと船をこぎ始める。
肌寒さはあるものの、慣れないことをした疲れが一気に出たのだろう。酒が回ったのもあるのかも知れない。
「ムジカ、眠るのなら寝室へゆくのが最適です。ここは適切ではありません」
「うー、ちょっと寝て、から……。じぶんで、うごき、たくない」
「了解しました」
ラスの声が聞こえ、ムジカの体がふわりと浮く。
しっかりした腕に抱かれながら、ムジカの意識は眠りの底に滑り落ちていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる