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1巻
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しおりを挟む第一章 旅立ち編
その一 アラフォー、美少女になる。
男は童貞のまま三十歳になったら魔法使いになれると言うけれど、まさか三十歳まで処女だったら異世界に召喚されるとは思わないじゃないか。
私、三上祈里には、三十歳の誕生日に異世界のとある帝国に召喚され、「男の勇者」として魔王を討伐した過去がある。
髪がショートカットだったせいか、Tシャツにジャージという色気のない格好だったせいか、はたまたコンビニケーキをつまみに日本酒をかっくらっていたせいなのか。
ともかくメイドさんに風呂場でひん剥かれるまで女だと気付かれなかった。
そして、帝国基準で女と思えなかったらしい私は、そのまま「男の勇者」として扱われたのだ。
まあ、勇者って広告塔には、女より男のほうが都合が良かったのだとすぐ気付いたけどさ。
とはいえ帰り方もわからない私はしかたなく、陰険メタボ皇帝のうっすい髪をぶちぶち抜く妄想をしながら、言われた通り討伐に出たもんだ。
ここは異世界人を誘拐したり魔王がいたりすることからわかるように、呪文を唱えて魔法をぶっ放し、剣を片手に魔物をぶった切るファンタジーな世界だった。
そんな世界で過酷な旅を乗り越え、多大な犠牲を払って魔王を倒した後、ついでに帝国もぶっ倒し、仲間と共に国を一つ作ったのだ。
だって帝国ってば私が帰れないの黙ってたし? なんなら隷属の首輪なんぞ用意していたし?
……わりとノリと勢いでやりすぎたかな、と反省はした。
でもさ、勇者パーティの中で口うるさい目付け役だったセルヴァが華麗に軍師に転身して、国内外の協力者をまとめ上げて一大勢力作りーの。飲み仲間だった傭兵のムザカが面白がってがんがん敵を薙ぎ倒し将軍なんて呼ばれーの。常識人だと思っていた褐色ケモミミ美女なナキまで、べそべそ泣きながら魔法を大盤振る舞いしてくれたのだ。
ほかの仲間達もそれぞれの得意分野で能力をフル活用した結果、帝国がさくっと滅びたのは今では酒の席での語り草になっている。
いやそれでも私が王様に据えられたのは解せないよ。
だって勇者していたとはいえお局様だったOLが王様ですよ、奥さん。笑えない?
まあ仲間達は当の私を差し置いて相談済みであったらしく、「馬鹿皇帝よりあなたのほうが断然ましです」とか言われたら、良いかなーとか思っちゃったんだよね。
というわけで、そのまま十年、私は、グランツと名付けたこの国でお飾りの王様業なんてものをしていたの、だが!
「なあんで、こんなに見合い話が来るかなあ⁉」
深夜の自室で、私は酒瓶を抱えてやさぐれていた。
部屋は無駄に広いけど、居心地の良さは最高だ。置いてある家具の値段? 気にしちゃいけない。
やさぐれている理由は外でもない。お茶会という名のお見合いに強制参加させられたからだ。
「たしかにさぁ。美女美少女にちやほやされるのは楽しかったよ? でも私はお・ん・な! どれだけ可愛くってときめいたって結婚できないんだよおお!」
これが悪役令嬢的なえげつない子達だったらまだスルーできたけど、軒並み良い子だっただけに大変良心が痛んだものだ。
三十のまま私の外見年齢が止まっていて優良物件に見えるのも悪いけど、女でしたってネタバレができずにいるのがさらに事態を悪化させている気がする。
いや無理でしょ、「勇者王万歳」とか持ち上げられてる中で「実は女でした、あとよろしく☆」なんてぶっちゃけるのは無理。少なくとも私は無理だった。
でもさあ!
「私は、おひとり様がいいんだよぉおおおお……」
だって地球時代から換算しておひとり様歴の長い私は、今さら恋とか愛とか面倒くさいのだ。
じたばたと床を転がれば、林立していた空の酒瓶がごろごろ転がった。
ええとなん本空けたっけ。ひいふうみい……ああもういいや、とりあえずいっぱい。
これも全部メガネ宰相セルヴァのせいだ。美人な嫁さん子持ちのリア充め、幸せにやりやがれ。
……いや、本当はわかってる。あいつが私を心配しているだけだってことくらい。
お見合いだって私を休ませたいための口実だ。じゃなきゃ女ってわかっているのにお嬢さんを勧めるか。
でもこのやり口は気に食わないのだよ! まったく仕事ならいっくらでもやるのにさ。
「くっそう、いっそどっか高飛びしてやろうかな」
私はつまみにくすねておいたするめをかじりつつ不貞腐れた。
だけど、勇者である私の顔は全世界に出回っちゃっていて、お忍びしようにもどこでも王様とバレてしまう。それじゃあまったく面白くない。
あーあ、外見が変えられる魔法ないかなあ! 仮にあっても、そんな器用な魔法が使えないから無理なんだけど!
「ああもう、今日は大奮発で二百年もののエルフ領ワインを空けてやるぅ! ってあれ?」
ふらふらしながら未開封ゾーンの酒瓶の中から持ち上げたのは、やったら小さい瓶だった。
しかも中身はあやしすぎる虹色だ。こんなお酒くすねてきたっけ?
くるりと瓶を裏返した私は、ラベルを見て一気に酔いが醒めた。
「そうだこれがあった、実年齢にモド~ル!」
この薬、今日の昼に我が国最高の魔法使いであるナキが届けてくれた魔法薬だ。
まさか一ヶ月前に酒に酔って絡んだ時の無茶ぶりを、実現してくれるとは思ってなかったよ。
さすが賢者ナキ! ネーミングが死ぬほどださいけど!
ナキの獣耳をへたらせた半泣きの顔を脳裏に描きつつ、私はニマニマした。
これを飲んでアラフォーに戻れば立派なおじさん、お嬢さんがたも幻滅して万々歳! このお見合い攻勢から逃れられるってもんだ! あれ、おばさんだっけ? まあいいや。
「今こそ飲みどき!」
私はそのあやしい虹色の液体を一気にぐびっとやる。どろっとした感触が喉を這いずっていった。
実年齢にモド~ルは、粘土と七味唐辛子に大福とチョコレートとフルーツフレーバーのナニかをぶっ込んだ味がした。
――お酒と薬は一緒に飲んじゃいけません。
そんなこともすっぽり抜けていた私は、強烈なめまいと共に意識を失ったのだった。
意識を失っていたのは、ほんの数十分らしい。
まだ外が暗い中、ぱちっと目が覚めた私は、くらくらする頭を抱えながらのそのそと起きた。
「くそう、せっかく良い気分で酔ってたのに、あのくそまずさは何さ。これで老けてなかったらナキをもふりの刑にしてやる……てあれ」
脳内で尻尾をもふもふしてナキを半べそにしつつ私は体を起こしたのだが、はてと首をかしげた。
なんか、やたらと声が高いような。
しかも妙に体が軽いような。
まさか老けられたのか⁉
「〝光よ〟」
私はいそいそと初級の光魔法の呪文を唱えて光源を確保すると、ガラス窓の前に走った。
ふっ、表向き男の部屋に鏡台なんぞがあるわけないだろう。
くっそう、にしても裾がめちゃくちゃ邪魔! これメイドさんが用意してくれた体にぴったりなパジャマのはずなのに!
「ぐふぅ⁉」
しかもなんか銀色のものを踏んでずっこけた。
なんだよもう、髪を引っ張られた時みたいに頭痛いし。寝てる最中に何か頭にひっつけたのかな。でも銀色のものって心当たりないんだけど。
混乱しつつも起き上がった私は、そこでようやく異常を目の当たりにする。
床についた手が、やたらとちっこかった。
「……………………………………老けると手が小さくなるものだっけ?」
いやいやそんなことはあるめえ。あくまで年を食うとなくなるのは、体の大きさじゃなくて肌の張りだ。逆に増えるのは脂肪と皺で、元の世界にいた時は忍び寄る老いに震えていたさ。こんなぷりっぷりのお肌になるはずはない。
しかも、はらりと手元に落ちてきた銀の糸は、もしや髪か? 私の?
まさか、まさか。
そうっと厚いカーテンを開けてガラス窓の前に立った私は、言葉を失った。
そこにいたのは、それは美しい少女だった。
白くありながら温かみのある肌にはシミ一つなく、こぼれそうなほど大きな瞳は深淵な森の緑。
ぽかんと開いた唇はほのかな桜色に色づき、心なしかつやを帯びている。通った鼻筋は気品があり、意志の強そうな眉もあくまで可憐で高貴な印象と愛らしさが両立していた。さらに滝のように流れる、星屑を撚り紡いだみたいな銀の髪が、やわらかな頬を彩っていた。
要するに、そうそうお目にかかれないような超絶美少女なのだ。
しかも私がまぶたを動かすと、目の前の美少女もまつげをばさばささせている。
なっが、まつげなっが‼ いやでも、これ、私の顔。まったく面影ないけど。
反射的に自分の体を見おろせば、腕も足も華奢な子供の体がある。
大体十から十二歳くらいだろうか。ちょうどセルヴァんところの長女と似た体型だ。
「何この現実味のない美少女。やばすぎるだろ。貢ぐわ。絶対貢いじゃうわ」
精霊って言われても信じるぞ私。まあ実際の精霊は死ぬっほどやっかいだけどな。
私は喪女とはいえ、可愛いものや綺麗なものが嫌いじゃない。むしろ愛でるのは大好きだ!
ひとしきりガラス窓で美少女を眺めて楽しんでいた私は、はっと我に返った。
「いやいや実年齢に戻るはずなのに、なんで若返った上に別人になってんの」
ナキは泣き虫だけれど魔法の腕はぴか一だ。千年に一度の天才は伊達じゃない。「これで大丈夫ですう」と言ったからには絶対に注文通りの効力を発揮するはずである。
……いや待てよ、これを渡された時に「魂に刻まれた年齢を元に、肉体の齟齬を是正してぇ……」とも言ってたな。
「私の精神年齢が十歳児ってことかよ」
可愛いけどこれじゃあ美少女すぎて女だってバレバレだし、別人すぎてお見合いお断り作戦ができないじゃないか。あとは高飛びするしか方法が……てあれ。
思いっきりうなだれていた私は、ぴくんと顔を上げた。
「もしかしてこれってそんなに悪くないどころか、むしろ良いのでは」
考えてもみよう。四十歳に戻ったとしても、男と勘違いされているままの場合、脂がのっているとか言われて、見合い攻勢が収まらない可能性が高い。伊達に十年男に間違われてないからな!
けれども十歳児(女)の場合、お嬢さんからの求婚はもちろんなくなり、代わりに野郎が来ても「てめえら全員ロリコンなんだな?」と両断できるのでは。
しかも美少女顔に私の面影がないということは、勇者王だと気付かれずに出歩き放題なのでは⁉
「バレなければ地酒とおいしいご飯も食べられるしセルヴァに嫌がらせもできるって一石何鳥よ」
そう気が付いた瞬間、頭の中は休暇の二文字で一杯になった。
だって、勇者業からそのまま王様業に入ったから、休みらしい休みを取ったことないんだよ?
私、めっちゃ頑張ったし、ちょっとぐらい好きにしたっていいんじゃないかな。
せっかくの異世界なのに、ファンタジーな街も観光したことがないなんて人生の損失だろう!
そうだそうしよう。ずっと行ってみたいと思っていたじゃないか。
なんてったってこっちに召喚される前は、おひとり様のエキスパートだったのだ。
一人暮らしに一人焼き肉に一人旅だってお手の物。何より私の冒険心がうずいている!
……ついでにあいつとの約束も果たせるしね。
「行き当たりばったりも乙なもの。よーし善は急げ、十年分の有休でお忍び旅を満喫だーっ!」
小さく雄叫びを上げた私は、わっくわくとお忍び旅に繰り出したのだった。
☆ ☆ ☆
ははははっ! 自由の身になった祈里さんだぞー!
城を抜け出した私は、ホップステップジャンプで一路、交易都市ソリッドを目指していた。
ふふん私、王様だもん。城の警備状況だって把握してるもん。すり抜けるくらい朝飯前だもん。
そんな感じで走ってわかったのは、体力と筋力が外見年齢と同じ十歳児並みに落ちていることだった。部屋の窓から外に出るだけでぜえはあしたし。
けれども魔力の総量は、まったく変わってないみたいなのは安心した。それなら勇者時代に培った強化魔法で体力不足は補えるし、相棒の聖剣ミエッカも抜けたから問題ない。
この子、使い手以外には塩対応だからな。あ、さすがに腰に佩くと地面に引きずったから、背中にひもでくくりつけている。
よーし。さっさと王都から離れて、旅に必要な道具を揃えようっ!
と、思っていたのだが。
気が付いたら箱詰めされていた。
「……」
がらごろがらごろと周囲は大変けたたましい。音からして、たぶん安い荷物運び用の幌馬車だ。
ええっとたしか色々遊びながら歩いていたけど、途中でめちゃくちゃ眠くなったから良さげな木の下でお昼寝ならぬ夜寝を楽しんでいたんだったな。
あ、それでこの馬車の人達は、いたいけな美少女である私を見つけて、保護してくれたと。
そうだよねー道ばたで推定十歳の銀髪美少女が眠りこけていたら、そりゃ心配になるよねー!
けれど、もそもそ動いてみると、ご丁寧に足と腕が縄で縛られていた。
「いやいや普通は縛らないしそもそも箱詰めしないな」
当然のごとく背中に負っていた私の剣も見つからない。
まるでどころじゃなく、隠して運ぶ気満々である。
うん。ギルティ。
耳を澄ませば、かすかに男の声が聞こえてきた。一人ではないのは確かだな。
箱に詰められた美少女なんて、退廃的! と思うけど、実際にやるのは悪い人である。
よーし、ひと眠りしたおかげで体力もばっちり回復したし、さくさくやりますか。
魔法を使える人間を縄でふん縛るだけなんて、甘っちょろいにもほどがある。
私が魔法を使うのに、呪文は一切必要ない。あふれる魔力にただ一言願えば良い。
「〝風よ〟」
たちまち私の魔力が風として荒れくるい、どかんと箱どころか幌馬車の屋根まで吹っ飛ばした。
あっれー。箱だけ壊すつもりだったのだけど……って精霊がいたせいか。
褒めてーって顔でふよふよしている。うん良し、威力は予定外だけど褒めてしんぜよう。
あともうちょっと協力してねー魔力あげるから!
「な、なんだあ⁉」
「荷物が爆発したか⁉」
「ちげえ、ガキだ。拾ったガキが魔力を暴発させやがった」
馬車の傍らを歩いていた男達が驚いて混乱していた。けれども幌が吹き飛んだ馬車の上で仁王立ちする私に気付くと、剣呑な顔で取り囲んできた。
ひいふうみい……全部で五人か。旅の商人って雰囲気だが、どうにも顔が荒んでいる。
馬車内には一応商品らしき荷物があって、今の暴風で梱包が破れて一部が見えていた……って。
「これ、魔法射出できる君じゃない。でも認証マークが入ってないってことは、無許可で製造されたやつ! もー売るのも買うのも違法だぞ」
先端に魔法触媒が付いた杖の形をしたそれは、一定の魔力を込めると呪文を唱えなくても魔法が使える優れものだ。だけどうちの国グランツには著作権法と特許が整備されていてな。特に攻撃系の魔法具は売るのも買うのも認可制なのだよ!
「と、いうか、そもそもいたいけな美少女である私を箱詰めなんてひどいんじゃない? 一体ドコに移送しようとしていたのかな?」
拾った違法な魔法射出できる君で肩をとんとんしながらすごむと、違法密売人のおっさん達は一瞬息をつめた。けど、すぐに奇妙な感じに顔を歪める。
なんて言うか、こう子供の悪ふざけを見るような感じで。
「立場がわかってねえらしいな。たとえ魔法が使えても、こっちは大人が五人もいるんだぜ」
「変なガキだが、顔だけは恐ろしく良いからな。大人しく縛られるんなら許してやってもいいぞ」
「それとも、多少は痛い目みないとわからねえか?」
おっさん達の態度に私はちょっと首をかしげたけど、あっと気付く。そうだ、今私子供だった。
いつもならこのあたりで、全員泣き入れてくるものだからさ。なるほど、お子様だともっと徹底的にやんなきゃいけないんだな。
余裕綽々のおっさん達が近づいてくるのに、私はにやりと笑ってみせた。
そっちがその気ならしょうがない。この体がどこまでできるか試すのにもちょうどいいし!
「よーし。じゃあお仕置きの時間だね!」
瞬間、私は振り返ると、背後から襲いかかってきた六人目の男に、魔法射出できる君を向けた。
盗賊達もさ、私に対して油断しきっていたわけじゃないってことだ。
けれど残念。さっきから精霊達がね「うしろうしろー!」って某コント番組よろしく教えてくれていたのだ。おっさん達にはまったく見えてないだろうけど。
心底驚いている六人目のおっさんに、私は極力魔力を少なくした魔法射出できる君をぶっ放した。
貼られていた雷撃のラベル通り、おっさんに光の球が飛んで感電させる。
だがその一発で、魔法射出できる君の先端にはまっていた触媒が割れてしまった。
「あーやっぱり一発で壊れちゃうじゃない」
攻撃用は複雑な術式が必要だから、安全のためにも認可制にしたのだ。
そもそも魔法射出できる君は、乾燥とか浄化とか生活魔法を使うものなのにまったくもう。
私がぶつぶつ文句を言っていれば、残りのおっさん達が信じられないといった顔で叫んでいた。
「なんで壊れるんだ、おかしいだろ⁉ 十発は撃てる代物だぞ⁉」
「正規品なら何発撃っても壊れないから、そもそもアウトだよ」
目を剥いているおっさん達にそう返しつつ、私はぽいっと壊れた魔法射出できる君を放り出してきょろきょろと馬車の床を見渡す。
あ、あったあった。
つかんだのは我が相棒の聖剣ミエッカだ。
剥き出しで置いといてくれて助かったけど、一応これ国宝なのになあ。
「おうおう自分から武器を放り投げて隠れるなんて、やっぱりガキだ、な……?」
私がちょっと太めのグリップを握ってすらりと剣を抜いて振り返れば、騒いでいたおっさん達が珍妙な表情になった。
「嬢ちゃんそれ、なんだ」
「うん? 何って私の剣だけど」
「いやどう見たって鉄バッ」
「のようなものに見えても剣だけど何か」
「あ、はい」
私が片手に持っているのは、優美な曲線を描いて鈍色に輝く、鉄バット……のようなものだ。
野球を知っている人なら十人中十人が鉄バットと称するだろうけど、これはあくまで剣なのだ。グリップに派手めな鍔が付いてるし。
いやね、この聖剣ミエッカは、主人と定めた持ち主に一番使いやすい武器になるらしいんだ。
んで、ただのOLだった私が持ったことのある長物と言えば、バッティングセンターでストレス発散に振るっていたバットぐらいなもんだったんだよ!
さらに言えば、こっちにも野球に似た遊びがあったのも悪かった。
はっはっは、こいつを初めて引き抜いた時の周囲の視線の痛さと来たらやばかったぜ……
「じゃ、じゃあなんで今それを取り出すのかな」
当時を思い出して遠い目をしていれば、おっさんの一人が正しい突っ込みをする。
私はミエッカでとん、と馬車の床をついて、にっこり笑ってみせた。
「そりゃあ、おじさん達と遊ぶためだよ? 安心してね。命までは取らないから」
まあ、死ぬほど痛いと思うけど。
にしても手は小さくなっても、この握り手はしっくり来るぜ。この分なら振るえそうだな。
私がそんな風に考えてることなんて知らないおっさん達は、げはげはと笑い出した。
「いやあお嬢ちゃんは冗談がうまいねえ! そんな遊び道具で俺達を追い払えると思ってるとは」
「魔法具のほうがよっぽど役に立つだろうになあ!」
まあ普通に考えれば、鉄バットより魔法射出できる君のほうが役に立つと思うわなあ。
そもそも彼らは美少女な私なんてひとひねりできると思っているから、これだけ余裕なんだろう。
ま、私にもこいつらの思惑なんて関係ないんだけどね!
しがないOLだった私に勇者ができたのは、この世界の人の何十倍もある魔力と、この世界の神々の加護。それからこの聖剣ミエッカがあったおかげだ。それはお子様になった今も変わらない。
楽しげに笑うおっさん達にかまわず、私は体内魔力を循環させる。
「ミエッカ、お仕置きモードでよろしく」
強化魔法発動、聖剣との同期完了。
あ、久々に振るうからミエッカったらちょっとテンション上がってるね?
「さあ、お遊びはここまでだ」
盗賊の一人が言いながら、私に手を伸ばしてくる。
その前に、私はミエッカを構えていた。
同時に虚空へと、圧縮された空気の弾を作り出す。初級魔法の風弾は、勇者時代からよくお世話になった魔法である。
バッター、振りかぶってぇ……
「ホームランっ‼」
「うわああああ⁉」
ミエッカで思いっきりぶっ叩いた風の弾は、精霊達のおかげで巨大な竜巻となり、おっさん達を巻き込み舞い上げた。私の銀髪もきらきらと舞い散る。
おっさん達を巻き上げても竜巻の勢いは止まらず、そのまま空の彼方へ飛んで行ってしまった。
あっれー掛け声ホームランにしたせいか、思っていたよりも強くなったな。しかも魔力の制御が甘くなっているか。これは要課題っと。
まあ、撃退には成功したので良しとしよう。ミエッカも問題なく振るえるってわかったしね。
どんどん遠くなっていく彼らの無事をちょっぴり祈りつつ、ミエッカを鞘に戻した私は、はじめに倒したおっさんの側にしゃがみ込んだ。
ふふふだってね、このおっさん達は犯罪者。私は誘拐されかけた被害者。
そ・れ・な・ら。
「迷惑料、たあっぷり貰わなきゃね」
腕まくりをした私は、馬車の上で気絶するおっさんの懐をうきうきとあさりはじめた。
はー良かった! 王様になると現金使わないから、お金持ってなかったんだよね。当座の資金はこれで大丈夫だろう。
え、はんざい? どうせこのおっさん警邏隊に被害を訴えられないもん。
子供に倒されましたなんて言っても、信じてくれる人なんていないだろうしね!
おっといけない、美少女らしからぬあくどい顔になってたぞ。
にしても自分の国でこういう輩に遭遇するのはちょっと悔しいなあ。警備強化するのも限度があるけれども。あ、でも私がぶん殴って行けばいいのか。
問題ない。これはお忍び旅。遭遇した不正や事件はその場で解決してしまえばいいのである。
ふふりふりと笑いつつお財布を検めた私は落胆した。このおっさん、財布の中身が少ない。
ほかのおっさんを空の彼方に吹き飛ばしたのが悔やまれる。
街に着いたらまず資金調達を考えなきゃなあ。まあでも、こうして悩むのも楽しいし!
今後の方針が決まったところで、私はいそいそと馬車から降りようとした。
おっとおかしいな、足が地面に届かないぞー。
最終的に弾みをつけて飛び降りた私は、きらんとポーズを決めた。
「謎の美少女が活躍してしまったのだった! なんちゃって」
アラフォーだと痛いだけだが、今の外見は美少女だから楽しいだけである。
誰も見ていないし大丈夫大丈夫。
「えーっと馬車は街に向かっていたはずだから、こっちだね」
私はるんたった、と街へと歩き始めたのだった。
☆ ☆ ☆
方向は間違えていなかったようで、しばらく歩くと私は交易都市ソリッドに辿り着いた。
そろそろお腹も空いてきたし、まずは腹ごしらえかなあっと思っていたのだが。
「待ちなさい」
ソリッドに入る手前で、おもっくそ門番さんに止められた。
止めたのは勤続二十年以上は経ってるだろうな、って感じのナイスミドルのおじさまだ。
でも私、悪いことしてないのになんで⁉
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