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東の街へ
静寂の前触れ
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午前一時過ぎ、その時は唐突に訪れた。
気を抜けば見失ってしまいそうなほど微かな気配。空気がわずかに揺れたのを感じ、僕は息を殺して短剣を抜いた。
「何者だ?」
振り向きざまに首へ刃を突きつける。だが次の瞬間、冷たい金属が僕の喉元に触れていた。
「……幻影か。報告どおり、中々手強い護衛のようだ。だが――」
キン、と澄んだ金属音。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
間合いを詰め、腹を蹴り上げる。だが男は半歩下がり、僕の足は空を切った。
「いいのか? 俺一人に構って」
「何人いたって構わないよ。僕の仲間が、彼らには髪の毛一本触れさせない」
男は低く笑う。
「大した自信だな。仲間の力を過信しすぎているのか? それとも俺たちを甘く見ているのか」
「それはないね。接敵した瞬間に大体の実力は読めている。それに――」
僕は刃を滑らせ、首元へと軌道を変える。
「僕らの心配なんてする前に、自分の心配をしたら?」
布が裂ける音。だが皮膚には届かなかった。
「威勢がいいわりに、当たっていないが?」
「当たっていないのではなく、当てる気がなかったからだとは思わないのかな?」
裂けた布の隙間から、焼き印のような紋が見えた。
それは以前、目にしたことがあるものだった。
「それは……帝国の古い奴隷紋だな」
男の動きが一瞬止まる。
「……よく知っているな」
「一応帝国出身だからね。昔は時々見かけていた。でも、今は違法なんじゃないかな。」
たしか、ライが取り締まっていたはず。
この奴隷紋は、相手の全てを縛ることができる闇属性の魔法の一種。
ライが完全には取り締まることができなかった相手、ということか?それとも、帝国ではなく、王国内でのことだから手が出せなかったということか?
どちらにせよ、背後にいるのは相当な権力者だろう。
「……同情するか?」
「しないよ。ただの殺し屋を殺そうが、奴隷として使われている人間を殺そうが、僕の心は痛まない。そもそも、同情なんて僕の辞書には載っていない。」
男の目が細まる。
「冷たいな。もう少し同情してくれてもよかったのに。」
「悪いけど、身内以外には興味ないんだ。どんな過去を持っていようが僕には関係ないし。心を痛めたところで1リビアにもならないのに、なんでそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ。…で、僕を倒せないなら帰ってくれない? ここ宿屋なんだ。騒ぎになる前に」
そう言うと男は肩をすくめた。
「確かに。今日は下見だ。もともと盗むつもりはない」
盗む。
殺すではない
受けた命令は殺しではなく誘拐か?
「それより、捕まえなくていいのか?」
「奴隷一人捕まえたところで意味はない。自害命令がかかっていれば終わりだし、簡易とはいえ転移陣を何度も使える財力があるなら、奴隷一人の損失など痛くもないだろう」
男は小さく笑い、窓へと向かう。
「どうぞお帰りください。二度と来なくていいからね。ああ、そうだ。足りない頭でよく考えてから奴隷を送れと主に伝えといてよ。」
夜風が吹き込み、男の姿は瞬く間に消えた。
静寂が戻り、全てが何事もなかったかのように消え失せた。
「……金持ちを敵に回すのは、本当に面倒だ。」
独り言が終わると同時に、扉が開いた。
「カイんとこも終わったん?」
コウが顔を出す。
「うん。そっちは?」
「指示通り首元の布を裂いたら、変な紋章があった。殺さず逃がしたぞ」
「ありがとう」
短剣を鞘に収めながらふうと息を吐いた。
「まさか奴隷とはね。予想外だ」
「なら、なんで首元確認しろって言ったんだ?」
「この宿の店主に聞いたんだ。ここから西に中規模の盗賊団がいるらしい。そいつらは首元に蛇の紋を入れているらしいから、念のためね。」
「蛇じゃなかったな。」
「うん。予測は外れた。でも、それ以上に収穫はあった。」
僕の言葉にコウは眉をひそめた。
「どういう意味や?」
「盗賊じゃない。もっと面倒な相手だということだよ」
奴隷紋。
転移陣を複数所持。
資金力と組織力。
そして法を踏み越える権力。
「本命は明日以降だね」
「今晩が山じゃなかったんか?」
「今晩は“確認”らしいよ。向こうは僕らの実力を測った。次は人数を増やすか、手段を変えてくるだろう。」
コウが低く息を吐いた。
「……厄介やな」
「うん。でもやることは変わらない。」
僕は窓の外を見る。
夜はまだ深い。
「守るだけだよ。」
廊下の向こうで、イリアスの精霊の気配が揺れた。
淡く、静かに。
「全員無事、か。」
「当然だよ。」
当然でなければ困る。
「カイは少し休んだほうがいい。二時間後に交代しよう。」
「了解。」
コウが部屋を出ていき、扉が静かに閉まった。
窓の外では、雲が月を覆い隠し、街は闇に沈んでいる。
さっきまであった気配は消えたはずなのに、空気の奥にまだ何かが潜んでいるような錯覚が消えない。
椅子に腰を下ろし、短剣を膝の上に置く。
眠るつもりはない。
ただ、耳を澄ました。
廊下の軋み。
遠くの犬の遠吠え。
風に揺れる看板の音。
すべてが静かで、そしてどこか不自然だ。
「……来るなら来い」
小さく呟き、目を閉じる。
絶対に、思い通りにはさせてやらない。
この僕がいるのだから。
気を抜けば見失ってしまいそうなほど微かな気配。空気がわずかに揺れたのを感じ、僕は息を殺して短剣を抜いた。
「何者だ?」
振り向きざまに首へ刃を突きつける。だが次の瞬間、冷たい金属が僕の喉元に触れていた。
「……幻影か。報告どおり、中々手強い護衛のようだ。だが――」
キン、と澄んだ金属音。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
間合いを詰め、腹を蹴り上げる。だが男は半歩下がり、僕の足は空を切った。
「いいのか? 俺一人に構って」
「何人いたって構わないよ。僕の仲間が、彼らには髪の毛一本触れさせない」
男は低く笑う。
「大した自信だな。仲間の力を過信しすぎているのか? それとも俺たちを甘く見ているのか」
「それはないね。接敵した瞬間に大体の実力は読めている。それに――」
僕は刃を滑らせ、首元へと軌道を変える。
「僕らの心配なんてする前に、自分の心配をしたら?」
布が裂ける音。だが皮膚には届かなかった。
「威勢がいいわりに、当たっていないが?」
「当たっていないのではなく、当てる気がなかったからだとは思わないのかな?」
裂けた布の隙間から、焼き印のような紋が見えた。
それは以前、目にしたことがあるものだった。
「それは……帝国の古い奴隷紋だな」
男の動きが一瞬止まる。
「……よく知っているな」
「一応帝国出身だからね。昔は時々見かけていた。でも、今は違法なんじゃないかな。」
たしか、ライが取り締まっていたはず。
この奴隷紋は、相手の全てを縛ることができる闇属性の魔法の一種。
ライが完全には取り締まることができなかった相手、ということか?それとも、帝国ではなく、王国内でのことだから手が出せなかったということか?
どちらにせよ、背後にいるのは相当な権力者だろう。
「……同情するか?」
「しないよ。ただの殺し屋を殺そうが、奴隷として使われている人間を殺そうが、僕の心は痛まない。そもそも、同情なんて僕の辞書には載っていない。」
男の目が細まる。
「冷たいな。もう少し同情してくれてもよかったのに。」
「悪いけど、身内以外には興味ないんだ。どんな過去を持っていようが僕には関係ないし。心を痛めたところで1リビアにもならないのに、なんでそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ。…で、僕を倒せないなら帰ってくれない? ここ宿屋なんだ。騒ぎになる前に」
そう言うと男は肩をすくめた。
「確かに。今日は下見だ。もともと盗むつもりはない」
盗む。
殺すではない
受けた命令は殺しではなく誘拐か?
「それより、捕まえなくていいのか?」
「奴隷一人捕まえたところで意味はない。自害命令がかかっていれば終わりだし、簡易とはいえ転移陣を何度も使える財力があるなら、奴隷一人の損失など痛くもないだろう」
男は小さく笑い、窓へと向かう。
「どうぞお帰りください。二度と来なくていいからね。ああ、そうだ。足りない頭でよく考えてから奴隷を送れと主に伝えといてよ。」
夜風が吹き込み、男の姿は瞬く間に消えた。
静寂が戻り、全てが何事もなかったかのように消え失せた。
「……金持ちを敵に回すのは、本当に面倒だ。」
独り言が終わると同時に、扉が開いた。
「カイんとこも終わったん?」
コウが顔を出す。
「うん。そっちは?」
「指示通り首元の布を裂いたら、変な紋章があった。殺さず逃がしたぞ」
「ありがとう」
短剣を鞘に収めながらふうと息を吐いた。
「まさか奴隷とはね。予想外だ」
「なら、なんで首元確認しろって言ったんだ?」
「この宿の店主に聞いたんだ。ここから西に中規模の盗賊団がいるらしい。そいつらは首元に蛇の紋を入れているらしいから、念のためね。」
「蛇じゃなかったな。」
「うん。予測は外れた。でも、それ以上に収穫はあった。」
僕の言葉にコウは眉をひそめた。
「どういう意味や?」
「盗賊じゃない。もっと面倒な相手だということだよ」
奴隷紋。
転移陣を複数所持。
資金力と組織力。
そして法を踏み越える権力。
「本命は明日以降だね」
「今晩が山じゃなかったんか?」
「今晩は“確認”らしいよ。向こうは僕らの実力を測った。次は人数を増やすか、手段を変えてくるだろう。」
コウが低く息を吐いた。
「……厄介やな」
「うん。でもやることは変わらない。」
僕は窓の外を見る。
夜はまだ深い。
「守るだけだよ。」
廊下の向こうで、イリアスの精霊の気配が揺れた。
淡く、静かに。
「全員無事、か。」
「当然だよ。」
当然でなければ困る。
「カイは少し休んだほうがいい。二時間後に交代しよう。」
「了解。」
コウが部屋を出ていき、扉が静かに閉まった。
窓の外では、雲が月を覆い隠し、街は闇に沈んでいる。
さっきまであった気配は消えたはずなのに、空気の奥にまだ何かが潜んでいるような錯覚が消えない。
椅子に腰を下ろし、短剣を膝の上に置く。
眠るつもりはない。
ただ、耳を澄ました。
廊下の軋み。
遠くの犬の遠吠え。
風に揺れる看板の音。
すべてが静かで、そしてどこか不自然だ。
「……来るなら来い」
小さく呟き、目を閉じる。
絶対に、思い通りにはさせてやらない。
この僕がいるのだから。
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