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第三章
ダンジョンチルドレン
しおりを挟むファンタジー的な『シーフ』かと思ったが、ただのこそ泥だった。
捕まえた泥棒のフードを取ると、小さな頭と短く刈られた髪が出てきた。
少し驚く、先程の反応から女の子かと思ったが……。
「お前、男の子か?」
尋ねてから後悔する。
その子の顔が屈辱で歪んでしまった。
「……シラミが付いてるからって……切られた」
一度丸坊主にされて、乱雑に伸びただけだった。
「悪かった。すまない、謝るよ。けど人の物を盗ったらだめだぞ。何でこんなことをしたんだ?」
捕まえた女の子は10歳を少し過ぎた程度にしか見えず、軽い説教のつもりだったが、返事は返ってこない。
ストリートやマンホールに住む子供たちってのが、俺の世界にもあったなと思い出す。
う~ん、これはどうするかなあ。
女神さまは、人の不幸とか苦しみとかは気にしない。
魂の輪廻がある世界だから、悪い人生でも雨が降った日のようなものと達観しておられる。
しかしだ、平和な現代に生きてた俺は、こういうガキを”しつけ”だとぶん殴って放って行けるほど悟ってもいない。
アメを使おうと、俺は決めた。
「槍は戻ったが、他の荷物は売ったのか? 素直に話せば、幾らかお前にくれてやる。管理人にも引き渡さないぞ?」
子供は、ぱっと顔を上げたが、直ぐに『騙されるもんか!』って顔をして俯いた。
大人への不信感が相当強いみたいだ。
「嘘じゃないぞ。俺にとってこの世界のお金は、特に価値がないからな。俺の目的は、この穴の一番奥の更に下だ。そこで一戦交えたら、この世界から出ていくんだ。分かるか?」
「……おっさん、頭おかしいのか?」
ようやく、女の子が喋ってくれた。
「おっさんじゃねーよ、お兄さんだ!」
定番の返しをしておいて続けて話した。
「さっきの戦い見てたろ? 俺はこの先に現れた……強い魔物かな、まあそいつを退治する為に神さまから派遣されてきたんだよ」
「おっさん、やっぱイカレてるな」
今度は少し歯を見せて笑うが、その歯は黄色く虫歯が何本も見える。
この子に、もう少し証拠を見せてやろうと決めた。
すらっと剣を抜き、女の子の前に突きつける。
捕まえた手には、恐怖でびくっとすくむ感覚が伝わったが、そうじゃないから怯えるな。
「お前、虫歯だらけだな。この剣に映して見てみろ」
”にっ”と剥いた歯には、やはり虫歯が目立つ。
「それを治してやるから、見てろよ」
一度剣を地面に突き立てて、預かった大量の能力の中から<<治療>>を選ぶ。
ありがたいことに詠唱なんてなし、右手にでも宿らせて使うだけ。
手で女の子の口を塞いで数秒待つ、これで完成だ。
「見てみろ」と再び剣を差し出すと、女の子の顔が驚いて一瞬だけ笑顔になった。
いが栗坊主にされてても、笑うとかわいいものだ。
「す、すげえ……一瞬で歯が……」
どうだ驚け、これで俺が女神のお使いの最中だと理解しただろう。
女の子はまた俺を見て、また目を伏せて、少し悩んでから俺に視線を合わせる。
その大きな瞳には、これまでにない強い覚悟があった。
「お、おっさん、いやお兄さん! 弟や妹達を助けて下さい! 病気で死にそうなんです!」
女の子は強い瞳のまま、いきなり俺に訴えた。
その目は急激に力を失い、みるみるうちに涙に覆われる。
「お願いします、出来ることなら何でもします。うちの女では、ボクが一番大きいから、ボクの身体なら好きにしてくれていいです! だから助けてください……お、おねがい……」
完全に泣き崩れてしまった子供から、捕まえていた手を離す。
その子は、その場にペタンと座って泣きじゃくっていた。
「何処だ?」
「……え?」
「お前たちの家だよ。病気の一つや二つ治してやる。心配するな、子供に手を出したりしないよ。うちの上司は、コンプライアンスには事の他厳しいんだ」
後半の言葉の意味は分からなかっただろうが、助けることは伝わったようだ。
『信じられない』といった表情をした女の子が、今度は安心から泣き出した。
子供の泣き声ってのは、悲しい時と嬉しい時で違うんだなと、俺は知った。
ぐすぐすと鼻を慣らす女の子――名前も分からんのでは不便だな。
「お前、名前は?」
「ボクですか……ぐすっ……シースと呼ばれてます。『姉』って意味です」
な、名前もないのかぁ……生い立ちを聞くのが怖いなあ。
寄り道になるが、これくらいは女神さまも大目に見てくれるだろう。
日本から離れてまだ一年も経たぬ俺に、これを見捨てて先を急げって言われても無理ですよと。
開き直った俺は、ダンジョンにある子ども達の家へとついていくことにした。
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