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第四章

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 朝飯のあと、アドラーはブランカに頼んだ。

「ブランカ、ちょっと取ってきて欲しいものがあるんだ」

 アドラー達の手元にあるのは、リューリアがずっと着けている翠石の髪どめと刀くらい。

 他の者が牢を出れば脱獄だが、ブランカは勝手にやってきた。
 出入りは自由である。

 牢番も、出て行く白い尻尾をちらっと見たが何も言わない。
 オーク達の興味は既に、このあとのオルタスの試練に移っている。

「オークって適当ねえ……」

 食後のお茶を飲みながら、ミュスレアが牢番にも聞こえるように喋る。
 牢番の強面オークは、恥ずかしそうに頭をかいた。

「まあ……そこが良いとこなんだがね。エルフ族だってかなり適当だし」

「そんなことないわよ!」とリューリアが反応したが、姉と弟を見て意見をかえた。

「そんなとこもあるかもね」

 オークの寿命は二百年以上、エルフは三百年以上。
 几帳面な人族とは時間の感覚が違う。

 それに、長い寿命の分だけ子を残すわけでもない。
 多産でサイクルの早い人類は、他種族を圧倒し始めているのだ、この大陸では。


 祭りの準備は整っていた。

 和平会談の為に主な部族が集まり、観客も戦士も揃っている。
 
 昨夜の大盤振る舞い――エルフの姫の歓迎会――から一転、最高の出し物である殺し合いが見られるとあって、オーク達はやんやと盛り上がる。

 常設の闘技場は満員御礼。
 ファゴットら役人に護衛隊長など、エルフ族の主だった面々まで席を与えられる。

「他の兵士は?」
 アドラーがファゴットに聞いた。

「何の抵抗もなく全員捕まって……すいません。ところで、これ何ですか?」

「うーん、まあ友情の儀式だよ」
 アドラーの返事に、エルフ族の友人は首をひねる。

「ところで、相談があるんだが……」
 ファゴットと高官に、アドラーの持つ情報を伝える。

 首都でクーデターが起きるとの話に、ファゴット達は慌てふためいた。

「ど、どうしましょう?」
「それを考えるのがお前の仕事だろ? だが、名案がある」

 アドラーは、短い時間でエルフ族から名案の了承を取り付けた。
 もう他にろくな選択肢もない。

 オルタスの試練が始まる前、闘技場に太い鉄の棒が一本置かれた。
 これを切れとばかりに、アドラーに自分の刀が渡される。

「良く分からんが……っと!」
 アドラーは、地面に立てた鉄塊を上段から真っ二つにした。

「おおおおおっ!」
 見つめるオークから歓声が上がり、足をドンドンと踏み鳴らす。
 どうやら受けたようだ。

 アドラーの剣は回収され、代わって族長が出てくる。

「見ての通り、この者はヒトにしてはそこそこやる。しかもこの者は、素手で試練に臨むと宣言した! この者を……アドラーとかいったかな、倒した戦士にはこやつの剣も与えるぞ!」

 族長が勝手に約束する。

「ま、まて! いや、待たなくて良いや。俺は命と名誉と剣を賭ける。こっちの望みも聞いてもらえるか?」

「なんなりと申すがよい! 死する男の願いだ、なんでも良いぞ」

 族長の言葉に甘えることにして、オーク語で喋り始めた。

「勇敢なる戦士諸君!」
 アドラーは、オークの好む呼びかけから始めた。

「今、エルフの国に危機が迫っている! 諸君らも住む森と雪の大地に、土足で踏み込んだ者共がいる。奴らは大軍で、新しい兵器を持っている。これを北の海へと追い落とすのに、諸君らの力が必要だ。俺は、オークとエルフの同盟を要求する!」

 普段は、騒ぐか怒鳴るかしないオークが、低くざわついた。

「そしてだ!」
 アドラーは観客席を指さす。

 そこには、着け髪に衣装、化粧に装身具を整えたキャルルがいた。
 ブランカが牢屋に持って来た物である。

 キャルル演じるシュクレティア姫は、涙目でオークに訴えた。
「あの、みなさん! わたし、命を狙われてます! 助けてください……!」

 オークの趣味は、オーク族の女。
 背は190前後、胸も尻も格別に大きく、よく働いて情が深い。
 オークの雄は、貧相な多種族の雌など見向きもしない。

 それでも小柄な美少女エルフの訴えは効いた。

 見守る数万のオークが歓声と共に足を踏み鳴らし、何かしらの反応を起こす。
 手を広げて静めたアドラーが、最後に付け加えた。

「貴様らが従うに相応しい戦士か否か、ここで証明してみせよう! 我こそはと思うものはかかってこい!」

 どっと沸くと同時に、一人のオークが進み出る。
 鎧は無いが手には巨大な斧。

「西の一族のバイオスだ! その首と剣は俺が貰う!」

 問答無用の戦斧をアドラーに叩きつけるが、次の瞬間、バイオスは地面に膝をついた。

 左手だけで斧の柄を受け止めたアドラーは、右手でオークの腹を強く突いていた。

「こんなものか? メガラニカのオークはひ弱だな」と言いつつ、顎を蹴飛ばして気絶させる。

 直ぐに、次の挑戦者が出てきた。

 アドラーは、昨夜の歓迎会で着ていたエルフ風の正装。
 薄い布を何枚も重ね、着物のように帯で留める。
 足元は革のサンダルで、短めの茶色い巻き髪が動く度に小さく揺れる。

「だんちょー! がんばれー!」
「兄ちゃん、頑張ってー!」
「アドラー、やれ! 殺せ!」

 物騒な応援はミュスレア。
 リューリアは見ていられないのか、目を閉じて姉にしがみ付く。

 次々に現れるオークの挑戦者を、アドラーは倒す。
 手加減はしない、いやオーク相手では出来ない。
 大半の者は、腕か足の骨、または首か背骨を折った。

「リューリア、ちょっと良いかい?」
「……うん。ぐすっ」

 本格的に泣きそうな次女に、アドラーは頼み事をした。

「こいつらの怪我、治してやってくれ」
「……どうして?」

「この後、一緒に戦うからさ」

 治療を頼んでから、アドラーは闘技場の中央に戻る。
 既に、十八人のオーク戦士が戦闘不能になっていた。

「流石にタフだな、こいつら」
 長期戦に備えて、アドラーは二つの強化を交互に使う。

 元々、優れた冒険者の素質があるアドラーの戦闘力は高く、経験も豊富。
 三倍程度に跳ね上がれば、一対一で遅れを取ることはない。

「三十!」まで数えたあたりで、アドラーが勝った時にもオークの足踏みが激しくなる。
 アドラーのことを認めた証だった。

 それでも挑んでくるオークの数は減らない。
 なぶり殺しを好まぬ戦士達も、強者に挑み始めたのだった。

 アドラーは、敵が武器を落としても拾ったりしない。
 体温が上がり、上着は下衣一枚になったがスピードで翻弄する。

 先に攻撃させて避けるか止めるかして、膝や肘を砕く。
 大型の二足種族を相手にする時の、正攻法で片付けてゆく。


「ふう、六十七人目!」
 遂に、東の一族で最強と語ったガレアスを退ける。

 アドラーは三時間以上も戦い続けていた。
 ほんの僅かだが、次のオークが出てくるまで間が出来た。

 その隙を見逃さずに、アドラーが族長に提案した。

「族長、ダルタスを出してくれ。奴が勝てば自由を、俺が勝てば奴を貰う。少しくらい、おまけしてくれても良いだろ?」

 しばし悩んでいたが、族長は認めた。
 ダルタスが出てくるまでの間、闘技場はしばらくの平穏が訪れた。

 リューリア以外にも、治癒魔法を使える者が集まり手当てをしているが、転がったオークはまだ二十人ほどいる。

 牢番に連れられて出てきたダルタスは、素手だった。
「礼は言わぬ……いや、戦いの機会を与えてくれたことを感謝しよう」

 ゆっくりとアドラーとの距離を詰めて、互いが同時に殴りかかる。

「やはり、こいつ、ずば抜けて強いな!」

 ダルタスは強かった。
 アドラーは呼吸の限界まで拳を繰り出す。

 大きく息を吸い込む間際に、右の拳がダルタスの顔面を捉える。

「ぐおっ!」
 ダルタスがほんの半歩下がった瞬間、アドラーは呼吸を整え、渾身のストレートを打ち込んだ。

 顎が砕けた手応えがあった。
 しかしダルタスは、膝も手もつかぬ。

 半開きの口からはオークの牙が見えるが、戦意は失わない。

「ダルタス」
「……」
 
 アドラーの呼びかけに、顎が砕けたオークは返事をしなかった。

「お前の身柄は俺に預けると、族長は約束した。新しい戦場を用意してやる、俺に従え」

 闘志の衰えぬオークの前で、アドラーはこの日初めて二重の強化を使う。

「……そ、それほどか……」
 ダルタスが地面に膝をついて、降伏した。

 次の挑戦者は、現れなかった。
 勝者と敗者を称えるオークの足踏みが、ひたすら大地を揺らしていた。


 アドラー達とエルフの解放を族長が約束する。

「どうじゃ? わしとも一戦やらぬか? 勝てば娘を一人やるぞ!」

 族長が指した娘は、はち切れんばかりの胸を持った若いオーク娘だった。

「わ、悪くないですなあ!」
 社交辞令で答えたアドラーの後頭部に、ミュスレアとリューリアの拳が炸裂した。

「うむむ、貴公でも避けれぬとは、エルフもやりおるのぅ……」

 試練を見届けた族長は、オーク義勇軍の編成と指揮をアドラーに許可した。
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