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第五章
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しおりを挟むアドラーは、残りの全員を後退させた。
「さっき見かけた廃神殿。あそこに行け」
古代遺跡の一つに籠もるように指示する。
普通の野宿よりは安全なはず。
「エスネさん、後は頼む。あの二人は、何とか返してもらうから」
ライデンのトップギルドの副団長にパーティを託し、腰に付けた財布をぽんっと叩いた。
アドラーは、金で解決するつもりだった。
もちろん、後で”シロナの祝祭”団に請求するが。
「こんな事で、戦いなんてごめんだからな」
もし捕まったのがリューリアとキャルルなら、アドラーは容赦しない。
土下座で済むなら頭をこすりつけるが、いざとなれば実力行使も迷わない。
だが、いい歳をした冒険者が先に剣を抜いて捕まったとあっては、刃傷沙汰にするつもりはない。
剣と魔法の世界に慣れてはいても、アドラーには前世で身につけた常識がある。
しかしこの世界には、常識がない者もいる。
素手で歩きだしたアドラーの横に、並ぶ者があった。
アドラーは一瞬横を向き、正面を向いてから、二度見した。
「くるなっ! 戻れ、みんなのとこに居てくれ!」
「そうもいかない! 捕まったのは私の部下だからな!」
青のエスネだった。
その横顔は、使命感に燃えていてきりりと美しい。
「いやいや、困ります」
「ふっ、貴公に任せて背を向けるほど、私は臆病ではないぞ?」
「いや、ぜんぜん違うし。あんたが来ると……」
ややこしくなりそうだ、と言おうとしてアドラーは控えた。
ブロンドの長髪に凛々しさのある美形、さらに青い瞳に合わせた専用の青い鎧と白いマント。
鎧の胸部は大きく膨らみミュスレアでも負ける。
『捕虜になる為に冒険者となった』としか、アドラーには見えなかった。
「お願いです、エスネさん……ここは引いて下さい。男三人なら、何とでもなりますから!」
土下座して頼むべきか、アドラーは本気で迷っていた。
「何を騒いでる。お前らも仲間か?」
村の正門前で言い争う二人に、リザード族が銛を突きつけた。
槍でなく銛、返しの付いた魚を取る生活道具に囲まれてアドラーは思った。
『あまり武器を持たない平和な部族なんだな』と。
「わたしは、エスメラルドティーナ・フラウ・ローエンベルトだ! シロナの祝祭団の副団長にして、銀剣のランクを持つライデンの冒険者である!」
長い本名を持つエスネは、堂々と自己紹介をした。
「心配するな。皆はちゃんと逃してきた」
不安を隠そうともしないアドラーに、ウインクしながら告げたエスネは、更に続けた。
「先の二人は、私の部下だ。非礼は重ねてお詫びする! どうか彼らを返してはくれないだろうか?」
リザード族の一人が、銛をひっくり返して木の柄の方でアドラーをつついた。
紳士的な対応である。
「話は中で聞く、こっちさ来るだ」
アドラーは、団員達の方を見る。
大人しく退いて、もう五百歩は離れていた。
リザード族もそちらを追う気はないようで、アドラーは安心して捕まることにした。
「むっ、今のでは駄目か?」
渋々といった感じで丸腰のエスネも捕まる。
縄などかけられなかったが、リザード族の一人がアドラーの肩をぽんっと叩く。
慰められたようで、アドラーは悲しくなった。
村の中では、ハボットともう一人が縛られて転がされていた。
「このっきさまら! トカゲ風情がシロナの幹部にこの仕打ち! 団が知れば皆殺しだぞ!?」
ハボットは威勢よく騒いでいて、エスネを見つけるとさらに元気になる。
「おお、エスネ様! わざわざこんな薄汚い所まで! トカゲどもっ! 今直ぐ縄を解け、エスネ様の聖剣ミュルグレスの錆になりたいか!」
黙って聞いていたアドラーは、リザード族に申し訳なくなった。
見知らぬ魔物が出て警戒してたところに、余計な仕事を増やしてしまったのだ。
少しでも手間を減らそうと、自分は武器を持ってないと手をあげてアピールする。
つられて、エスネも両手をあげた。
「んなっ!? エ、エスネ様! け、剣も持たずに何故こんな所へ!?」
ハボットは、やっと本気で慌てだす。
エスネに代わり、アドラーが答えた。
「話し合いに来たんだよ。だからその口を閉じろ」
あと一言でも喋れば、ハボットの髭面を蹴ってやろうとアドラーは決めた。
だがハボットは、「ぐぬぬ」と言ったきり黙り込む。
アドラーとエスネは、小さな小屋に入れられた。
隣の小屋には、ハボットと道連れの若者が縛られたまま放り込まれる。
「くっ、虜囚の辱めを受けるなど、このエスネ一生の不覚……」
「だから来るな、って言ったのに……」
「何か申したか?」
「いいえ、何も」
アドラーには、まだ余裕があった。
地下牢や水牢に入れられなかったのは幸運。
湿って虫が出る健康に悪い場所に閉じ込められれば、力ずくでも逃げるしかない。
『ここのリザード族に迷惑かけたくないなあ、これ以上』
アドラーは心底から願う。
しばしの間、隣の小屋からのハボットの罵声だけが響く。
「アドラー! エスネ様に何かあったら! 指一本でも触れたら!」
などと騒いでいる。
かつての”太陽を掴む鷲”の副団長で、アドラー達に借金を押し付けて置き去りにした張本人のグレーシャ。
彼女と幼馴染だというエスネは、丁寧に膝を揃えて座り、三つ指を付いてアドラーに謝罪をした。
「こんな事になって申し訳ない。部下の不始末は私の責任だ。私に出来る事なら何でもしよう。何でも言ってくれ」
「何でも?」
目の前で頭を下げたブロンドの女冒険者にアドラーは聞き返す。
「ああ、何でも言うことを聞く!」
エスネは、ぱっと顔をあげた。
「ふむ、ならば……」
アドラーは、エスネに命令することにした。
「ああっ! ちょっと、いやー!」
二人の小屋から怪しい声が漏れ出した。
「そ、そんなー! おやめになってください……」
「なっ!? アドラー、きさま! 何をやっておるか!?」
隣の小屋のハボットが大きくわめく。
「あっやだ! 胸当ては着けたままだなんて、どういう趣味?」
エスネの棒読みが続く。
「くっ、仕方ないわ。これも私の責任だもの……だめぇ、リザード族が見てるぅ」
アドラーが地面に指で書いた文字を、エスネが読み上げていた。
一層うるさくなったハボットのとこへ、リザード族の見張りがやってきて棒で殴って黙らせる。
アドラーの方はちらりと見ただけで、見張りは去っていった。
「こんなとこか。もういいよ、委員長」
「こ、これに何の意味があるのだ? それに私は副団長だぞ?」
「ごめんごめん。やっと静かになった……いや、警戒の度合いや見張りの数を確かめる為さ」
アドラーは、剣と魔法が支配する非道な世界にも慣れていた。
ハボットが静かになったので、休める内に休もうとアドラーは横になる。
エスネと一番離れた壁際まで転がって、壁を向いて目を閉じる。
眠る前のアドラーの背中に、エスネが声をかけた。
「……な、なあアドラー殿、貴公は年齢は幾つだ? 若くも見えるが、時折凄く落ち着いて見える」
この質問は、かつてのアドラーは苦手だった。
だが、最近は普通に答えることが出来る。
前世の経験や知識があっても、精神は今の入れ物に強く引っ張られる。
エルフ族なども、数十年生きていても見た目と体が若ければ、言動や行動も若い。
精神だけが成熟するなど、どだい無理な話だとアドラーはこの世界で知った。
「うーんと、もう二十三かなあ。こっちに生まれてから」
「な、なんだ! 私より若いではないか!」
「グレーシャと同い年だっけ? エスネは」
「エスネさん、だぞ? けど貴公には呼び捨てを許そう。わたしもアドラーと呼んで良いか?」
「どうぞどうぞ。エスネも休むと良い、何があるか分からないし……」
「うん、そうだな。おやすみ、アドラー」
エスネも素直に横になる。
冒険者らしく寝床は選ばない。
わざわざオカバンゴ・デルタの奥地へ踏み込んだアドラーの今日の収穫は、これだけだった。
ふと「みなは無事に飯を食ってるだろうか」と思い立つ。
ミュスレアもダルタスもマレフィカもブランカも居る、身の心配はほとんどない。
だがちょうどこの頃、キャルルが大冒険をやらかすなど、アドラーでさえ予想してなかった。
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