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第五章
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しおりを挟む十九人とロバと猫の集団は、湿地帯をふらふらと進む。
当たり前だが、歩ける場所は限られる。
「そりゃ大きな町が出来ないわけだなあ」
雨のない乾季と大量の水が流れ込む湿潤季。
人が住むにはいささか厳しい。
アドラー達は、リザード族の集落を目指していた。
魔物の後を追うにも、足跡が判別出来なかったのだ。
「しかし、ところどころに遺跡があるんだな」
大声でのアドラーの独り言に、シロナ団の若者が答えてくれた。
「この辺りはめっちゃ多いですよ。石の古代文明ですね。環状列石から石積台状遺跡、地下墳墓にオベリスクまで、何でもあるんですが、水が土を緩めるので沈んで崩れるんですよ。たぶん、大昔はこんな気候ではなかった証拠ですね。リザード族のモノでもなく、名前も記録も残ってない。それでですね、ここからが俺の考えなんですが……」
どうやら、この冒険者が好きな話を振ったようだった。
冒険者には、文系の学者肌の者が混じることがある。
民俗学や考古学は、冒険者ギルドに入って実地に赴くのが一番だった。
アドラーも、前世でなりたかったのは動物博士。
まだこの世界の博物史に名を残すことを諦めていない。
ちなみに、理系の者は魔法に進む。
これは錬金術時代の地球と変わらない。
突然、「静かにしろ」と別の者が古代文明好きを黙らせた。
話がうざくなったわけではない、先頭を歩いていた者が止まれの合図を出していた。
今はシロナ団の者が先頭に立ち、手でアドラーとエスネを呼ぶ。
中腰のまま様子を見に行くアドラー達を、ハボットが憎々しげに見つめていた。
先頭の二人と並んでアドラーも腹ばいになり、低い丘から顔を出す。
「何を見つけた?」とエスネが聞いた。
「あれです。大乱闘ですな」
「ナフーヌが……食われてるだと……」
アドラーも目を疑った。
丘に沿って見下ろすと、沼の岸辺でナフーヌが地元のモンスターに襲われている。
ワニの手足をマッチョにした怪物、セベクの群れがナフーヌを捕食していた。
セベクは陸上でも素早く、大きさは六メートルを超え、普通の個体でも魔物と張り合う獰猛な獣。
「アドラー、どう思う?」
腹ばいのままで、エスネが尋ねた。
「指揮系統を失ってるみたいだ……食われてる方が。セベクに任せて避けましょう」
「うむ、私も同意だ」
アドラー達は、大きく迂回することにした。
リザードのペペ族の集落に着いた頃には、日が沈みかかっていた。
「村に入れてもらえないと困るな。交渉してくるから、待っててくれ」
アドラーは自分の剣を預け、荷車から予備の剣を数本取り出した。
本物のリザード族は、ブランカほどかわいくない。
爬虫類のような顔付きに、水中に適した滑らかな肌。
水かきも尻尾もあるが、卵でなく子を産む。
「怪しいものじゃない、冒険者だー。村で一晩を過ごしたい、村長はいるかー?」
アドラーは、両手で剣の鞘を掴んで、敵意の無いことを示す。
この予備の剣は、そのまま贈り物にする。
塩と金属は、何処の地域のどんな種族でも価値がある。
ペペ族は、アドラー達を受け入れた。
しかし何やら困ったことがあると、村長に呼び出される。
「旅のお方、実はですな。見知らぬ魔物が村の周りをうろついておりまして……」
「大丈夫です。始末する為に来ました」
アドラーは食い気味に答えた。
「それはありがたい! それともう一つありまして」
「なんでしょうか」
アドラーは嫌な予感がした。
「村の子供たちに熱病が流行ってましな。魔物のせいで薬になる植物を取りに行けないのです」
「……その植物とは?」
「丸く青い花を咲かせる植物です」
「そうきたかー」
アドラーは軽く天を仰いだ。
だが、一緒に話を聞いていたミュスレアとエスネは、がっくりと膝をつく。
「……村長、丁度手持ちにその花があるので、差し上げます」
旅の者であるアドラーは、村長に申し出る。
ミュスレアとエスネは半泣きだったが、反対はしなかった。
「仕方ないわ……子供の病気と聞いたらね……」
「くっ! このような試練が待ち受けているとは……」
二人の美女は、お互いに慰めあう。
理由さえ知らなければ、とても美しい光景だなとアドラーは思った。
アオイロマンゲツソウを煎じて、子供たちに飲ませる。
「わたしが見てるわ。病気も少しは分かるから」
一時は街の治療院で働くつもりだったリューリアが、ペペ族の子供たちの看病を買って出た。
「癒やしの女神パナシアよ、リューリア・リョースが祈ります。苦しむ幼子を救う慈愛を、あなたに代わって施すことをお許しください」
神術治療の決まり文句を唱えて、リューリアは手のひらに魔法を集めた。
リザード族の子の頭を膝に乗せて、優しくおでこに手をあてる。
熱と痛みが引いたのか、その子は穏やかに眠り始めた。
「お姉ちゃん、僕も!」「わたしも!」と子供達が寄ってくる。
「順番よ、順番。まだ余り上手ではないけどね」
リューリアの台詞の後半は、見ていたアドラー達にあてたもの。
「いい子じゃないの、あなたと違って」
「わたしに似てとても良い子なんだ」
エスネがミュスレアに軽口を叩いて、姉は自慢そうに答えた。
リザードのペペ族は、リューリアの姿を見て出来る限りの歓待をしてくれた。
一夜の宿だけでなく、魚を中心にしたご馳走まで出す。
「美味いな、これ」
魚料理の種類は多く、アドラーの舌に合った。
熱病の子供達を隔離した小屋からは、エルフの子守歌が聞こえてきた。
エルフが歌と音楽を好むのは有名で、リューリアが子供らにせがまれて歌いだしたのだ。
ちらりと小屋を見たアドラーは、すぐに手元の焼き魚に視線を戻して、また小屋を見た。
「マ、マレフィカ! あれ見て! 小屋の方!」
「なんだー? 急に……って!」
アドラーとマレフィカが立ち上がり、病院代わりの小屋の戸を開く。
「きゃっ、なによ二人共。いきなりっ!」
びっくりしたリューリアが、歌うのをやめた。
「リュー、もう一回歌って」
「どうしてよ、わたしの歌声に聞き惚れたの?」
リューリアは恥ずかしがったが、真剣な表情のアドラーに促されて歌い直す。
「どう? マレフィカ?」
「へーこりゃ凄い。増幅した範囲魔法か、滅多に見られるものじゃない」
リューリアには、歌に乗せて治癒魔法を広める力があった。
子供達の熱病は、急速に良くなる。
適切な薬と、クォーターエルフの少女の歌声で。
ペペ族は大喜びで、「この御恩は決して忘れません」とまで言いだす。
アドラーは何の要求もなかったが、マレフィカが村長に頼み事をした。
「何を頼んだの?」
「内緒だよー。上手くいったら教えてあげる」
血統の魔女は怪しく笑う。
翌日、アドラー達は更に湿地の奥へ進む。
ペペ族が漁を休んで船を出してくれる。
新種の魔物――ナフーヌ――の残存集団は、東へ向かっていた。
アドラーはこの後を追う。
次のリザード族の村へ着いたが、多少は慎重に行かねばとアドラーは考えていた。
ペペ族は人の勢力圏に近く、冒険者にも慣れていた。
「またちょっと行ってくる」
交渉に出ようとしたアドラーを、引き止めた者があった。
「ごほんっ! 今回は自分に任せてもらいましょう! ”シロナの祝祭”の方が、名が通っておりますからな!」
ハボットだった。
アドラーはエスネを見たが、『すまないな』といった表情をされたので、この男に任せることにした。
リザード族は、それほど好戦的な種族ではない。
怒らせなければ、取引や交渉を守るタイプ。
ハボットともう一人が、村の入口へ近付く。
見張りに止められるところまでは、アドラーと同じ。
その数分後、アドラーは呟いた。
「……何やってんだよ……」
ハボットが、剣を抜いてリザード族に突きつけていた。
直ぐに多数の村人が集まり、ハボットはあえなく捕まる。
「えー……今日は道を戻って野宿します! ダメ?」
アドラーは宣言したが、騎士のように凛々しいエスネの困り顔を見つけてしまう。
アドラーは、剣を外してミュスレアに放り投げた。
「ちょっと行ってくる……」
指揮権を預かったのはアドラーで、ここで見捨てて逃げるわけにもいかない……。
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