上 下
113 / 214
第六章

113

しおりを挟む

 死屍累々と、冒険者たちが転がっていた。

 本戦を戦い抜いた四千人もの精鋭を倒したのは、突如現れた謎の大怪獣でも、恥をかかされた帝国の大軍でもない。
 過酷なイベントからの開放感と大量の酒。

 季節は夏の終わりで、地面で寝てもまだ風邪を引くこともない。

 アドラーも、ダルタスと並んでくすぶる焚き火の横に転がっていた。

「こちらでしたか、アドラー殿。おはようございます」

 寝転がる冒険者の顔を確かめながら、一人の男がアドラーの元へやってきた。

「……おはようございます!」
「ああ……うん。おはよう、どちら様で?」

 アドラーも知らない顔。

「バルハルト閣下の秘書官を勤めております、シュタッツと申します。これをお届けに参りました」

 シュタッツは、一通の手紙を差し出した。
 目を通してから、アドラーは返事を伝える。

「明日、必ず伺うとお伝えしてくれ。ところで、よく俺が分かったね?」

 アドラーの周囲1キロ四方には、同じ様に飲み明かした冒険者が千人は転がっている。

「先月のシュラハトを見ておりましたので、直ぐに分かりました」
「ふーん、そうか。いや、わざわざありがとう」

 アドラーは、シュタッツと名乗った秘書官が、軍隊側の人間だろうと目星を付けた。

 きびきびとした動きと受け答えは、冒険者とはちょっと違う。
 実際にシュタッツは、去り際に敬礼しようとして咄嗟にやめた。

「あの爺さん――バルハルト――が率いると、昨日のようにはいかないだろうな」

 統率者の器量で、数倍の力を発揮するのが軍隊。
 しかもそれは数を増すほど、掛け合わせるようにして力も増す。

 個人でも少数でも、それに指揮官とはぐれても、その場で何とかしようとするのが冒険者。
 しかも数が多けりゃ良いというものでもない。

 五人から三十人あたりが、動きやすい人数なのだ。
 どちらも一長一短で、冒険者も軍隊も統率出来るバルハルトは稀有な人材。

 アドラーも、冒険者の力を数倍に引き上げる事が出来るのだが……。

「人の集団とは戦いたく、戦わせたくないなあ……」
 ”太陽を掴む鷲”のみんなを、槍の戦列の前に立たせるのは避けたい。

「ダルタス、そろそろ起きろ。家へ帰るぞ」

 アドラーは、相手が軍隊でも喜んで戦うであろうオークを、つま先で起こした。


 対抗戦の本戦五日間で、”太陽を掴む鷲”が稼いだのは金貨280枚相当。
 三割程は食料や魔法道具、それに武具などの現物支給になるが、小さなギルドにとっては大金である。

 一番稼いだミュスレアも一番小さなキャルルも、分け前なんか良いからギルドの為に使ってと言ったが、アドラーは断固として分配した。

「ボーナスです!」
 これまで、ほぼ食事だけで働いたみんなへのせめてものお礼。

「ぼー?」
 聞き慣れない単語に、ブランカが頭を傾けた。

「まあ儲かった時にみんなに配るお金だ。これをやらない所は、絶対に潰れるからね」

 ミュスレア達、三姉弟に金貨六十枚。
 稼ぎの割合で言えば、ミュスレアだけで五十枚はあるが、彼女は自分だけ多く受け取るのを嫌がった。

「将来の為に貯金しましょうね」
 小遣いを欲しがる妹弟に、長女は笑顔で告げる。

 ひょっとすれば、ミュスレアは二等分してリューリアとキャルルの貯蓄に回すかもとアドラーは思った。

 この長女にはそういうところがある。

「少しは自分の為に使ったら……」と言いたいが、そこまで口を出して良いものか、アドラーは迷うが答えは出ない。

 ダルタスとマレフィカとブランカにも、金貨二十枚ずつ。
 大人の二人は何とでもするが、ブランカはちょっと困った。

「竜だから光るものは好きだけど……どうしよ?」
 アドラーとミュスレアを見上げて相談する。

「それだけあれば、何でも買い食い出来るって! だからちょっと寄越せ……いてっ!」

 ブランカにたかろうとしたキャルルが、リューリアから鉄拳制裁を受けた。

「わたしかアドラーが預かっても良いけど……」
 どちらかに渡しておくのが無難ではある。

 個人から財貨を預かる銀行のようなものはある。
 だがあくまで身元のある者に限る。

 それに何千年も生きる竜には対応してない。

「だんちょー、これ」
 ブランカが金貨を差し出したところで、マレフィカが割って入った。

「ふふふ、これの出番だな! 見よ、魔法の革財布!」

 マレフィカが、ヒキュウの革から作りあげた小さな袋を取り出した。

「このヒキュウという魔物は、金銀を食べる! その性質を利用して何千何万という金貨をこの小さな袋に収めることが出来るのじゃ!」

「おおおっ!」
 みんなで拍手した。

「ま、貧乏魔女には用がない。ブランカ、あげるね」
「ほんと? ありがとう!」

 ブランカは、小さな袋を首からかけた。

 これより遥か先の時代、苦労して伝説の白竜の元に辿り着いた冒険者の全てが書き残す一節がある。
 『竜は一枚の金貨も持っていなかった。ただ、話しが好きで歓迎された』と。


 さらに翌日、アドラーはライデン市郊外にあるバルハルトの屋敷を訪れた。

 同行者はキャルル。
 団の皆は、いよいよアドラーがキャルルに英才教育をする気になったのかと思った。

 ただアドラーは、「子供が一緒なら無闇に物騒な話にならないだろう」と思っていただけ。

 しかし、アドラーの思惑は微妙に外れた。

「なんだ、お前?」
「お前こそなんだ!?」

 バルハルトも、少年魔術師のアスラウを同席させていた。

 二人とも、アドラーとギムレットのギルド会戦にも参加した同世代の少年冒険者。
 まず真っ先に、お互いにライバル視し始めた。

「せっかくだ、二人で外で遊んでおいで」
 アドラーは、両方とも会談の席から放り出すことにして、バルハルトも同意した。

 二人は「魔法と剣で勝負だ!」「どっちが上か思い知らせてやる!」と言いながら、引きずり出された。

「何か飲むかね? 酒でもよいぞ」
 バルハルトは、アドラーを歓迎し、穏やかに話を進めるつもりのようであった……。
しおりを挟む

処理中です...