139 / 214
第七章
139
しおりを挟むアドラーは、表情と視線を保つのに必死だった。
気を抜くと、巨大な二つの山に引き寄せられてしまう。
神さまクラスになると、裸体を晒すなど気にしないとバスティから聞いていた。
地上の者の、せいぜい長くて数百年の記憶にまで構う気は起きないと。
「なら見ても良いのでは」
アドラーは真理に辿り付いたが、その前に大切な事を思い出した。
ギルド対抗戦で会った時は、女神の聖水で助けてもらったのだ。
「レーナ川を統べる女神アクア様、その節は大変お世話になりました。本日は急に押しかけてしまい……」
「あらやだ、堅苦しいのはやめてくれる? そういうのはここの人達でお腹いっぱいよ」
アクアは、膨らみどころかくびれのある滑らかなお腹をぽんと叩く。
アドラーの横で、キャルルがごくりと唾を飲んだ。
「あの、堅くないのは嬉しいのですが、裸のお付き合いは……。その教育上良くないので……」
女神が何を目的に出てきたか分からないが、ただの気まぐれの可能性も高い、アドラーは早くに収拾する必要があった。
板一枚隔てた女湯には、同じギルドの女性陣が揃って入っているのだ。
「強い気配が幾人もわたくしの神殿に来れば、様子くらい見に来るわよ。それにお風呂で服を着てる方が変じゃない? ねえ、エルフの僕ちゃん?」
アクアの青い瞳が見つめると、キャルルが長い耳まで温泉に隠れそうになる。
アドラーも理解した、この女神は分かってからかってると。
「と、とりあえず、温泉から上がってゆっくりお話を!」
キャルルが溺れる前に逃げ出そうとした団長の耳に、聞き慣れた声が飛び込む。
「あれれー? だんちょーが裸の女の人と一緒にいるぞー?」
仕切り板を乗り越える勢いで男湯を覗くのはブランカ。
大きな声は、あきらかに後ろのミュスレア達にあてたもの。
将来は服など無しに空を飛び回るブランカも、裸の羞恥心はとても薄い。
「なんですって!?」
クォーターエルフの姉妹の声が男湯にも響き、バスティの声が続く。
「あーこの気配はアクアだにゃ」
アドラーの耳に、リューリアが怒鳴るのが聞こえる。
思春期のリューリアが、妖艶で大人なアクアの事を好きでないのは、アドラーも知っている。
「また余計なことを……」
アドラーが竜の子を睨むと、顔だけ出したブランカは面白そうに笑っていた。
何とか体は温まったが、アドラーは冷たい視線に晒される。
特にリューリアが怒っていたが、乱入してきたのは女神の方。
浮気した父親を見るような目つきには耐えられず、アドラーはそっと声をかけた。
「リュ、リュー? 神さまはほら、何考えてるか分からないから……」
「むー、分かってるわよ」
全く分かってない顔でリューリアは唇を尖らせた。
ヒトの年齢では18でも、エルフ混じりのリューリアはもっと幼い。
「事故みたいなものだから、機嫌をね」
「ねえ、アドラーお兄ちゃん?」
アドラーは少し警戒する、こういう呼びかけをする時は危険のサイン。
「な、なにかな」
「あのね、わたしはね、お姉ちゃんと結婚すると思ってるから納得して我慢してるの。もし他のひとに手を出したら、夕食に毒キノコ混ぜるからね?」
フェンリルにキノコの胞子を植え付けられて以来、アドラーはキノコが苦手。
言いたい事を言ったリューリアは、すっきりした顔で跳ねていく。
「……退路を立たれた兵士ってこんな気持ちなのかな」
アドラーは追い詰められて逃げ場のない兵の気分を知った。
女神のアクアは、暇なので話でも聞きにと現れただけだった。
遠く離れたエルフとオークの話や、近くのゴブリンの話まで、地上のことを楽しそうに聞く。
「いずれ天上に戻った時、わたしらのような若い神は、年寄りから土産話をせがまれるのよ」
街に出稼ぎに来た娘のようなことを言いながら。
話を聞き終えたアクアは笑いながらいった。
「それで斧をなくしたのね。確かにこの国には伝説の斧はあるけど、アストラハンも悪い子ねえ。オークでも使えるものではないわよ、だって巨人の斧だもの」
アドラーとダルタスが顔を見合わせる。
ルーシー王国には、国を囲むカルデラにまつわる神話がある。
巨大なカルデラの中心には、長さ五十メートル以上ある古代の斧が埋もれて立っている。
竜と巨人が争った時代の物で、巨人族が斧の一撃で大地をえぐり外輪山が生まれたという神話。
余りに重く動かせず、削ることすら困難な未知の金属の斧は、ルーシー国の観光名所。
もちろんダルタスでも持つことさえ出来ない。
アストラハンが慌てて言い訳をする。
「すいません、騙すつもりはなかったんです。この国では誰でも知ってる斧で、ほんの冗談だったのですけど……田舎でごめんなさい」
「うーむ、船の帆柱を二本立てたよりも大きな斧か……流石の俺でも無理だな」
ダルタスは、本気で残念そうな顔をした。
「まあ、お詫びと言ってはなんだけど、斧なら紹介出来るかも。それと、神の力を授けてあげるわ。せっかく遊びに来たんだもの!」
「えっ! 良いんですか!?」
アドラーが驚きの声をあげる。
狙った神から有用な加護、神授魔法をもらうのは大変な手間とお金がかかる。
当たりを引くのは良くても二十分の一、運が悪いと一生ハズレばかり。
特に戦女神《ヴァルキリア》や盾の女神といった戦闘系の神々は渋いので有名。
神に祈るのを諦めて、優秀な武器を買った方が良いくらいだが、冒険者の中にも小金が貯まると神殿へせっせと足を運ぶ者がかなり居る。
「へーきへーき、わたしの母って大洋母神のテティスでしょ。そっちの女神にも顔が利くのよ。その代り、お願いを聞いて欲しいなーって」
女神はただでは働かない。
まだ神殿に通いつめて祈ったり捧げたりする財力のない”太陽を掴む鷲”が、このチャンスを逃す訳にはいかなかった。
「分かりました、何なりと」
アドラーはまたも覚悟を決めた。
0
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる