144 / 214
第七章
144
しおりを挟む突然始まった修羅場に、アドラーは気配を消した。
「おいおい、彼女にも話してないのかよ」と突っ込みたいが、二人とも二十歳前後で、口を出す場面ではないと思ったのだ。
「クリミア、分かってくれ! 俺は自分の力を試したいんだ……何時か戻ってくるから……!」
アストラハンは、傷つけない別れ文句を持ち出した。
こんな事を吐く男が戻ってくる可能性は、旅立った鮭が川に戻って来るより低い。
気丈にもクリミアは、縋り付くこともせず涙も見せなかった。
「アスラ、あなたの夢は知ってるわ。縛るつもりもないの! けど、もう少しだけ側にいて。せめて生まれてくる子に……名前を付けるまで……」
アドラーは気配を消したまま、アストラハンの後頭部を平手打ちした。
お別れ会は披露宴となる。
無責任かと思われたアストラハンは、吹っ切れた顔をしていた。
「アドラーさん、本当に申し訳ありません。これからはここで彼女と子供を守ります」と。
孤児だった彼には当たり前の決断で……男の団員達からは、手荒い祝福を受けていた。
かなり強めに殴られても、アストラハンは笑顔だった。
家族が出来た喜びと、黙って行こうとしたのも『この一発』で許してもらえたから。
「この若さでお婆ちゃんになるなんてねえ」
千五百歳を超えるアクアも喜びの乾杯をする。
最初にクリミアのお腹の子供に気付いたのは、女神アクアだった。
一人の気配が二人になれば、神さまなら分かる。
この世界でも、一番人気の神さまは子孫繁栄と母子健康を司る大地母神の一門。
彼女らの保護があるから、魔物が住む世界で人々は命を繋ぐことができた。
アドラーも、急に盛り上がった雰囲気を楽しんでいた。
お別れの寂しさよりも、新しい命を祝う方がずっと良い。
幻影団の最年長であるアストラハンとクリミア、二人の婚約と妊娠の発表は、若者の多い二つの団に衝撃を与えた。
リューリアは、同世代のクリミアと仲良くなっていて、ありったけの笑顔でお祝いした後にアドラーのところへやって来る。
「知ってる? クリミアさん、19歳なんだって」
「へーそうなんだー。アストラハンが21だっけ……」
アドラーは再び包囲された兵士の気分になっていた。
次女はさらに付け加える。
「わたしも、来年19なんだけど?」
思わぬ伏兵にアドラーは逃げ道を探したが、何処にもありそうにない。
そして包囲網が閉じる。
「お姉ちゃん、もうすぐ26かあ……」
ついでにキャルルもやってくる。
「姉ちゃんの何が不満なの? やっぱり性格?」
アドラーは大きく首を横に振る。
むしろ自分では釣り合わないと思ったことしかない。
だが、ひょっとすると好意を持たれているのかも、くらいの自覚はアドラーにもあった。
「ふ、不満なんてないが……。リュー、キャル、良いかい? こんな商売してると、長生きする気がしない。だからお前らにも早く足を洗って欲しいと思ってるんだ」
「そーいうのは良いから」
「兄ちゃん、話をずらしても駄目だよ?」
姉弟の堅い包囲は崩れない、殲滅まであと僅か。
「うっ……それに、寿命も結構違うだろ?」
異種族婚でよくある理由をアドラーは持ち出した。
ミュスレアは百五十年から二百年は生きて、アドラーはどんなに長くても百歳までなのだが、姉弟は大きなため息を付いた。
「良いじゃないの。あと三十年しても、お姉ちゃん全然老けないわよ?」
「そうそう。兄ちゃんが寝たきりになっても、姉ちゃんはぴんぴんしてるし」
アドラーは、自分にはメリットしかない事に気付いたが、逆にそれが心の足枷になってしまう。
「もう、戦いの時みたいにしゃきっとしてよね!」
煮え切らないアドラーにリューリアが怒り、キャルルが別の手を提案した。
「いっそ、姉ちゃんをけしかけたら?」
「駄目よ。お姉ちゃんもそっち方面はさっぱりだから」
「うーん、ダルタスでも攻めてるのになあ」
「えっ、何それ? 詳しく聞かせなさいよ!」
キャルルは、ダルタスがギルド対抗戦で出会ったハーモニアに、クエストから帰る度に会いに行ってると姉にバラした。
その隙に、気配を殺したアドラーがこっそりと逃げ出す。
当のミュスレアは、魔女や女神と一緒に、振る舞い酒を次々に飲み干していた……。
翌日出発する予定だったが、せっかくなのでもう一晩となり、アドラーは昼過ぎまで寝ていた。
「二日酔いには、温泉だなあ……」
お湯にのんびりと足を付けて汗をかくくらい、アドラーはリラックスしていた。
何だかんだと言われても、アドラー達の結束は固い。
新しい武器や力を手に入れた者も増え、団の中に問題は全くない。
団長としては、もう数日はゆっくりしたいところだった。
そこへ、幻影団の若者が服のまま飛び込んできた。
「アドラーさん! 神殿の表に使いが来てます。ライデンからと言ってますが、あきらかに軍人です。どうしましょう?」
アドラーは、少し考えた。
思い当たる節は幾つもあるが、ルーシー国まで捕らえにやって来るような事はやっていないはず。
ライデン――ミケドニア帝国――の名を騙るのは、普通の国ではリスクが高すぎる。
「会うから入れてあげてくれるかな。ごめんね、使い番みたいなことさせて」
幻影団の若者は、喜んで走っていく。
歴戦のアドラーやダルタスは、彼らには憧れの先輩冒険者なのだ。
使いの男は、アドラーに伝言を持ってきていた。
命令を出したのは、侯爵へ昇進したバルハルト。
手紙や連絡球で伝えられぬ重大事は、信用出来る人を走らせるのが確実で早い。
「アドラー様、突然のご無礼お許し下さい」
風の精霊の盗み聞きを防ぐ魔法を発動させた男は、口頭で告げた。
「バルハルト閣下より、サイアミーズに動きありライデンにて待つと」
「了解した。ところで、閣下は帰り路については?」
「レオン王国の沿岸に、軍艦が来ております」
「直ぐに出発するが、一緒に戻るか?」
「いえ、自分は先に馬を飛ばしますので。これを大使館でお見せ下さい」
使いの男は、魔法で封印された書状をアドラーに渡すと、休む間もなく去って行く。
許可なき者が開けば燃えるか文字が消える魔法がかかった書状は、普通の封蝋も施されていて印章もあった。
王冠を被った横を向く獅子の顔、この紋章を持つ家は大陸に一つしかなく、アドラーでも知っていた。
ミケドニア帝国を統べるアグリシア家の、直系男子のみが許されるものだった。
0
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる