157 / 214
第七章
157
しおりを挟むアドラーにはやることが沢山あった、というか増えた。
・明日にはやってくる王国軍を食い止める
・ドワーフの怪我人や女子供の避難
・同時に反撃用の武器作成
・大砲を据える陣地の選定と整備
・古い友人、イグアサウリオに手紙を書いて加勢してもらう
・捕虜から聞き出した情報の整理
・休養も栄養もしっかり取る
「ここで抵抗するのは無理でなかろうか?」と考え始めた。
手一杯になると、急に弱気になるのがアドラーの悪い癖だった。
アドラクティア大陸は広い、そして人口は少ない。
天敵のナフーヌはまだまだ生息しているし、魔物も強い。
「一定の土地を譲り渡し、屈辱でも平和を買う」という手もある。
アドラーだけが、二つの大陸を知っている。
北の大陸の誰もが戦うべきだと叫んでも、それを止めるのが役目ではないかと思い始めていた……。
崩れずに残った家で一番大きなものが、アドラー達に用意されていた。
キャルルもブランカも寝静まり、アドラーが一人で考えていたところへ、やっとリューリアが戻ってきた。
「リュ、リュー、大丈夫かい? 顔色が酷いよ」
アドラーは焦って立ち上がる。
「うん、平気、平気よ。わたしなんて全然平気」
体力と気力の限界まで振り絞ったリューリアは、地獄を見てきた。
治癒魔法があるといっても、まず傷口を洗って縫って包帯を当て、骨折には添え木をして、空いた穴から出る血は止めねばならない。
リューリアは女達の手を借りて応急処置を済ませた後に、ひたすら回復魔法を歌に乗せて癒やしていた。
傷が深い者には直接手を当てて魔法をかけながら、日が沈む前から日付が変わる今までずっと、怪我人に付き添っていた。
アドラーの顔を見て緊張が解けたリューリアは、飛びついて泣き出す。
ずっと我慢していた涙をアドラーの服に零しながら、リューリアは言う。
「せ、背中にね、金属の破片がめり込んだ子供がいたの、後ろから打たれてた。けどね、その子は助かるの。けどね、それはお母さんが庇ったからなの。お母さんは、胸に穴が空いて……もう死んでて……、その子が目を覚ましてもお母さんはいないの! わたしその子に、何て伝えれば良いの……?」
「リューリア……よく頑張ったね。えらいね、ありがとう」
アドラーにも答えることが出来ない質問で、ただひたすら頭を撫でる。
彼女が居なければ、死者はもっと増えていた。
泣き疲れたリューリアの力が急に抜けて、アドラーが抱きかかえる。
体力も精神力も使う魔法を使い続けて、限界を超えた次女は眠っていた。
家の扉が開いて、ミュスレアとダルタスも戻ってくる。
「静かに。今、眠ったところだ」
アドラーの言葉に、二人は黙って頷く。
ミュスレアは、桶一杯の水と手ぬぐいを用意してから言った。
「ありがと、怪我人は酷いみたいね。わたしが運ぶわ、顔と手足だけでも拭いてあげないとね」
長女は次女を軽々と抱っこする。
これからしばらくは、悪い夢を見ないように妹に寄り添うつもり。
「うむ、では俺が話そう」
捕虜の坊主から得た情報を、ダルタスが語る。
有用なものから意味のないもの、敵将の名前から食事が少ないとの文句まで、あらゆる事を二人は聞き出した。
最も重要なのは二つあった。
「敵は自給自足も含め、現地での食料の確保を始めた。転移装置が運べる人数と物資は、限界があったそうだ。そして、ここ以外にも小さな村を三つ襲ったらしい」
ダルタスも苦々しげな表情になる。
周囲一帯の安全確保と食料集めを、サイアミーズ軍は強引に行っていると分かった。
この一ヶ月、大量の人員を毎日送っては帰還させていたサイアミーズは、遺跡が貯め込んでいたマナが急減してから事態に気付いた。
今では、こちらに送った二万近い数が帰還するだけで精一杯。
時間が経ってマナが回復するか、供給する方法を編み出さないと援軍は送れない。
「それであの陣地か。下手をすれば送ったきり冬の寒さにやられて全滅だ、それは避けたいものな」
アドラーも敵軍の行動、堅い駐屯地の設営と、この集落を襲った理由が分かった。
「それで、敵の目的はもう一つあるのだ」
ダルタスが深刻な声を出した。
「なんだ?」
「友軍との合流、連絡の確保だ。そちらは四個軍団が送り込まれたと」
驚きの大軍である。
「合計で六個軍団、付属の兵科を含めれば四万にはなるな。地理が分かり兵站が続けば、大陸を統一出来る」
「団長は、敵の位置が予測出来るだろう。合流させるかね?」
バルハルトから貰った情報で、アドラーには敵が何処に出るか予想は付く。
教えてやればこの渓谷地帯を離れ移動する可能性もあるが……。
「いや、無理だな。正門と搦め手をこじ開けたんだ、一つを捨てる訳がない」
こうなるとアドラーに残された選択肢は二つ。
周辺の集落部族を全て避難させて土地を明け渡すか、戦闘不能に追い込んで叩き返すかだ。
面倒事が増えて弱気になっていた団長の腹が決まる。
「あいつら、リューリアを泣かせやがった」
オークがにやっと笑う。
「お嬢を泣かせるとは、百回殺しても足りんな」
「他でも死者が出てるだろう。ドワーフも他の種族も、いずれ我慢の限界を超える。俺たちが居る内に叩き出す」
「うむ、承知した」
アドラーは、古い仲間に手紙を書いた。
挨拶もそこそこに、こっちへ来てくれ、ありったけの戦力を連れて、武器も食料も自分持ちで、最低でも二千は必要だと。
そして「大至急だ。頼む、アドラーより」と手紙を締めた。
翌朝、マレフィカとバスティに手紙を託した。
マレフィカは飛べるし、バスティはこちらの二足種族とも話が通じる。
神さまのテレパシーのようなもの。
だが、事前に手紙を一読した魔女が首を傾けた。
「なあ、こんな手紙で来るのか? と言うかアドラー団長だと気付くか?」
「うっ、イグアサウリオとは長い付き合いだ。たぶん大丈夫……」
「多分では困るなー。英雄を騙った魔女だ、捕らえて火炙りだ! では困るんだよ」
「そ、そんな事はしないよ。たぶん、いやきっと!」
普通に考えたら、三年前に死んだはずの奴からの手紙など夏のホラー。
証明する方法を考えていたアドラーの肩に、黒猫が飛び乗った。
「何を悩んでるにゃ。これを使えばいいにゃ!」
バスティは、首輪に付けた水晶球をアドラーの頬に押し付ける。
写真の水晶球、今では音と映像も撮れるようになった魔法道具に、アドラーは伝言を吹き込む。
姉を押すようにして、リューリアも写りに入ってくる。
一晩寝たリューリアは、少し元気を取り戻していた。
「お姉ちゃん、ここで隠れてちゃ駄目よ。イグアナドンとやらが女だったらどうするの?」
「な、何の話だよ、イグアサウリオは男だよ!」
それも最上級のプリーストで頑丈な力持ち、今一番欲しい人材だった。
結局、団員が一塊になったところで、アドラーは付け加えた。
「これが今の仲間だ。俺は元気にやってるよ」と。
ブランカも自分の紅い宝玉、同じく映像を残せる魔法球を取り出して撮影をせがむ。
ほんのしばらくの間、アドラー達は戦いを忘れて記念撮影をした。
マレフィカとバスティが飛び立つ。
山を二日かけて下って、さらに二日程歩いた距離、空飛ぶほうきなら直ぐに着く。
「さてと、ではこっちはかき回してやりますか」
アドラーはしっかり寝て休んで、朝飯も食った。
その代わりにドワーフの男達が徹夜で山道崩し、木を倒し、溜池から水を引いて通行不能にしていた。
新たに三千の部隊が、攻撃を仕掛けに山に入ったが……アドラーは徹底的にやると決めていた。
0
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる